Enterprise Watch
バックナンバー

「株の動きは意志の集合体、とてもWeb的」カブドットコム谷口氏


 今回のゲストは、カブドットコム証券の谷口さんです。谷口さんとは昨年11月に行われたビジネスセミナーでもご一緒しましたが、証券会社というイメージとは離れた非常に軽快なキャラクターの方です。自らを、1ドットの違いも分かるデザインを理解するエンジニアを称する谷口さんに、ネット証券のテクノロジーを支えている自負を伺いました。


カブドットコム証券・谷口氏 谷口 有近(たにぐち ありちか)
カブドットコム証券株式会社 システム統括部 ITプロフェッショナル・エバンジェリスト

2001年、ソフトハウスを退社しカブドットコム証券に入社。
ネットワークやWindowsによる証券取引システムの基盤設計、構築、運用の全般に従事。 現在は、開発と運用の垣根を越えてシステム基盤の改善に取り組んでいる。「利用できる最先端の技術を使う」


ネット証券とは

小川氏
 谷口さん、僕は株をまったくやらないので素人目線でお聞きするんですが、オンライン専業の証券会社というのはどういうものなのでしょう?


谷口氏
 そうですねえ。証券会社は、有価証券の売買や売買の仲介などを行う会社のことですよね。その中でもインターネット上での売買の仲介を行う会社のことを、いわゆるネット証券会社と呼んでいます。

 まず、日本における証券会社の転換点は、手数料自由化が成立した年(99年10月完全自由化)にあります。証券会社というか金融会社にとって、法改正のときはチャンスでもあるんですね。そこからインターネット専業証券会社が乱立し始めることになりました。


小川氏
 大手というと、どういう会社があるんでしょうか。


谷口氏
 そうですね、大手五社という言い方をすれば、まずSBI証券(旧、SBIイー・トレード証券)がトップで、クルマでいうとトヨタみたいなものです。二番目が楽天証券(旧、DLJディレクトSFG証券)で、まあ日産みたいなものかな。三位が松井証券で、もともとはお客さまとの対面での取引をしていた会社がネット化したところです。その次にマネックス証券と当社の五社になります。


小川氏
 その五社以外にもネット証券はたくさんあるんでしょうが、投資家からすれば何が仲介を委託するポイントになるんでしょう?


谷口氏
 うーん。まず当社のことをいうと、当社が業界の中でも珍しいのは、システムを全部自分で作っているというところなんですよ。例えばSBI証券さんはもともと外資であるイー・トレードですから、システムは海外から持ってきてますよね。比較的閉鎖的といえる金融業界の中では、システムをどう作っているかとか、銀行がどこの企業のシステムを使っているかなどは公開しないものです。エンジニア同士でも横に情報が広がらないんです。そんな情報が少ない中で、勘定系のシステムまで自分自身で作ったところに当社の面白さがあるんじゃないかと思います。


小川氏
 カブドットコムのユニークなポイントは、自社技術で成立しているところにあると。


谷口氏
 そういうポジショニングですかね。ネット証券でいえば、システムが全面に立っている会社だと思います。そもそも金融とITは相性がいいわけですが、ITに特化したことで当社は成長できたと思います。いまでは個人投資家はほとんど対面ではなくネットでの注文にシフトしていますし。能動的にシステムを構築していけばお客さまに役に立てるというのがコンセプトですね。


小川氏
 はい。


逆指値注文を他社に先駆けて行えたのは自社開発のシステムだからこそ

谷口氏
 例えば逆指値という概念があります。


小川氏
 逆指値?


谷口氏
 はい。逆指値とは、株価が売買注文時から「指定の株価まで下落したら売る」とか「指定の株価まで上昇したら買う」などと指定する注文形態のことです。通常の指値注文と反対の方法なので、逆指値、と呼ぶわけです。(詳しくはこちら)。当社はこの逆指値のパイオニアと呼ばれています。


小川氏
 逆指値をカブドットコム以外の会社がやらなかった、あるいはやれなかった理由は?


谷口氏
 株を買う人は店頭で株価をみてそれで買える、売れる、と誤解しやすいんですが、一種のオークションなんですよ。そんなバックボーンのなかで、高くなれば売るし、安くなれば買うわけです。実は海外では逆指値が普通でした。値段が下がったら買う、上がったら売る。大きなトレンドを観察しつつ、これから大きくあがっていけば買う、下がり始めたら売る、という逆指値は、日本では投機を誘発する、という評価を受けていて、個人保護の観点から国内では行われていなかったんです。規制があったというよりも、そういう慣習だったといえます。

 また、当社以外の証券会社は、最初に申し上げましたように、自社でシステムを構築していない会社が多かった。だから日本の慣習に合わせたシステムで注文を受けていた。そこを当社は自社でシステムを作ることで、逆指値の仕組みを誰よりも先に提供していったんです。2000年6月、他社に先駆けて、逆指値を始めたわけです。


小川氏
 なるほど。ほかの証券会社は既存のシステムの利用や日本の慣習に配慮してついてこれなかった、というわけですね。


谷口氏
 いまではみんなやってますけどね(笑)。

 しかし、株の動きというのは、意志の集合体です、とてもWebに似ていると思いますね。株価は企業の未来の業績を織り込んで動くし、グローバルだからアメリカの出来事が一瞬で世界を動かしてしまったりする。Web的ですよね。


CPUあたりの売上の高さがネット証券としての一分

小川氏
 逆指値というパイオニアであるというイメージと、自社構築のシステムによるサービスというブランディングで御社が差別化できているというのは分かりましたが、ほかの企業はどうなんでしょう?


谷口氏
 SBI証券さんは当社に比べると手数料が安いですね。安くして皆さんに使っていただこうという戦略なのかもしれません。その結果、口座数が一番多い。150万口座くらいになのかな、はっきりとは覚えてないですけど。

 楽天証券さんはマーケットスピードというダウンロードツールで勝負してますね。当社は手数料高めだけどトータルサービスで勝負というところです。自動音声の電話やメールで指定銘柄の動きをお教えしたりしています。まあ、それもいまはどこでもやっていることですけどね。現物、先物、信用、FXなどを一つの口座で取引しませんか、というコンセプトや、他社にはない上限注文の仕組み(上に超えたら成り行きに切り替えたりする)、まあバーチャル営業マンという感じです。私は好きな言葉ではないですが(苦笑)。例えば当社はコールセンターには30人ちょっとしかいないんですが、それは他社の何分の一かの数だと思います。当社従業員が80名くらいでサーバー台数は440台、CPUは1200個というのはほかにない特徴でしょう。


小川氏
 なるほど(笑)。


谷口氏
 ライブドアショックのころに、当社の売上手数料をCPUの数で割ったら、年収にして2000万~3000万円相当になりました。当時のGoogleを推測で計算したら月収で18万くらいだったんです(笑)。まあ、遊びで計算しただけですけどね。


小川氏
 コンピューティングの効率性で収益を上げる、という観点ではGoogle以上だったと(笑)。でもその見方はネット専業会社とすれば、証券に限らず大事なことですよね。ところで、谷口さんが御社でやっていることを具体的に教えてください。


谷口氏
 サーバーの面倒、運用も含めてですけど、インフラのレイヤー、ネットワークの基盤系の面倒をみていますね。ミドルウェアの設計・設定・設置運営まで一気通貫です。当社はデータセンターを持っていて、電源や空調の管理までやっているんですよ。だからこそ、自社でオンデマンドでサーバーの追加も可能になっています。

 すべてを自社で行っていることの良さは、証券システムをプロパーの社員が作っているということで、攻撃的な運用が可能になるということです。やはり運用とか開発の垣根を越えて物事を知ることができるのは、横断的な知識を持つことにつながります。プログラムの基本がわからないと運用もできない、というか、運用と開発を分けてしまうのが最近の風潮ですが、それは開発にかかわる者にも運用にかかわる者にもかわいそうなことです。


銀行と保険と証券のシステムは近い将来一つになる

小川氏
 なかなか現実には難しいですよね。

 ちなみに、厳しい現実に直面しているという意味で、サブプライムが金融とITの双方に深刻な影響を与えている現状をどうみていますか?


谷口氏
 難しい質問ですね。100年に一度という経済の衝撃ですから、あくまで個人的なお答えとさせていただきますが、ミリセック(1000分の1秒)を争うような速度で膨大な数の注文を処理するような流れにはもうならないのかもしれませんね。金融システムとITのからみがどうなっていくか、正直分からなくなっています。

 エネルギー保存の法則ではないですけど、みんながもうかっているようにみえるときはもう既にバブルで、実は何かを失っているんです。あくまで個人的な感想ですが。


小川氏
 金融業界全体への影響は?


谷口氏
 少なくとも取引の自動化は進むわけですが、銀行と保険と証券のシステムが別という流れは終わるでしょうね。例をあげると、銀行は3時に終わって、勘定系取引情報のバッチ処理をしているわけです。

 つまり夜中に家計簿の処理をしているようなもので、そのときは入出金はさせられないことになります。でも、24時間365日取引できる時代は必ずきてしまうわけです、海外との関係上。法的な問題もあるでしょうが、システムがお客さまのサイフの中をちゃんとみていて、お客さまの資産を文字通り、一元管理してさしあげられるようになるでしょう。アカウントアグリゲーションとでもいうんですかね。


小川氏
 分かります。


谷口氏
 個人的には、金融機関に身を置いていますが、社会的なインフラを作っていきたいという思いがありますね。

 お客さまのニーズに応じてシステムを作っていく、キャッチアップしていかないと。お客さまが社会を変えていくわけです。そこをキャッチアップするのが私の仕事です。




小川 浩(おがわ ひろし)
株式会社モディファイ CEO。東南アジアで商社マンとして活躍したのち、自らネットベンチャーを立ち上げる。2001年5月から日立製作所勤務。ビジネスコンシューマー向けコラボレーションウェア事業「BOXER」をプロデュース。2005年4月よりサイボウズ株式会社にてFeedアグリゲーションサービス「feedpath」をプロデュースし、フィードパス株式会社のCOOに就任。2006年12月に退任し、サンブリッジのEIR(客員起業家制度)を利用して、モディファイを設立。現在に至る。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)などがある。

2009/01/06 00:00

Enterprise Watch ホームページ
Copyright (c) 2009 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.