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SaaS型に挑戦するマイクロソフト「Dynamics CRM」の価値とは?


 マイクロソフトの日本法人が初めてリリースした業務アプリケーション「Dynamics CRM」。発売から1年半、早くも新バージョン「同 4.0」がリリースされる。新バージョンではもちろん、使い勝手などの機能向上もされているが、SaaS対応機能の搭載が大きな目玉だという。マイクロソフト自身ではSaaSでのCRMは提供しないものの、Dynamics CRMを利用してパートナーがサービスを提供できるようになる機能が、今回盛り込まれたのだ。

 CRMは、マイクロソフトが製品を投入する前からセールスフォース・ドットコムなどSaaSが先行している分野である。今回、マイクロソフト自身も、SaaS対応可能な新バージョンを投入することで、競合と真っ向から戦える環境を整えた。さらに、「これまでのパッケージソフト版とSaaS版の両方を提供することで、ユーザーの選択肢を拡大する」と説明する。


キーワードはPower of Choice

マーケティング部 部長の新保将氏
 「なぜ、パッケージ版、SaaS版の2つをリリースするのか。理由は明確です。当社はお客様の選択肢を増やしたい。米国ではPower of Choiceと説明していますが、お客様の状況に応じて、パッケージ版、SaaS版を使い分けてもらう環境を提供していきたいと考えているのです」、マイクロソフトのマーケティング部 部長の新保将氏はこう説明する。

 マイクロソフト自身もわかりやすさを優先し、外部に対してはSaaSという説明を行うが、マイクロソフト用語でいえば、SaaSではなく、「ソフトウェア+サービス」。これまでのパッケージソフトに加えてオンラインサービスを提供することで、ユーザーに新たな製品価値を提供するというスタンスだ。

 すでにマイクロソフト製品で、オンライン経由で利用できる「ソフトウェア+サービス」と呼ばれる製品はほかにも存在する。だが、Dynamics CRMは、最初のリリースから1年という早いスピードで通常のパッケージ版、SaaS版の両方を提供することになる。

 その背景を新保部長は次のように説明する。

 「おそらく、SaaS専門のベンダーさんは、『パッケージ版とSaaS版の併用よりも、SaaS版オンリーの方がこんなにいい点がある』とアピールされるでしょう。逆にパッケージ版オンリーのベンダーさんからは、『パッケージ版オンリーの方が、メリットがある』というアピールもあると思います。それに対してマイクロソフトは、パッケージ版、SaaS版の両方をそろえることができるのが大きなアドバンテージとなると思っています」(新保部長)。

 この発言から、マイクロソフトが競合メーカーを意識した上で、パッケージ版、SaaS版の両方をそろえる選択をしたことがうかがえる。

 こうしたマイクロソフトの動きは、ユーザーにとってもプラスといえるだろう。ユーザーにとってアプリケーション選択要因は、本来、「SaaSだから」、「パッケージだから」という理由でなされるべきではないからだ。

 むろん、SaaSはこれまでのパッケージソフトにはない、オンラインサービスならではのインタラクティブ性を持っている。だが、最近ではパッケージソフトであっても、オンラインアップデートを頻繁に行うものもある。SaaSの特性であるマルチテナンシーという発想を備えたパッケージソフトも登場している。

 おそらく、マイクロソフトのこうした動きに対して、SaaSベンダーはSaaSオンリーの機能強化を進めてくるだろう。この機能強化競争の成果は、ユーザーにとっては決してマイナスではなく、むしろメリットとなるはずだ。製品強化が続けられることで、それぞれの製品のメリット、デメリットがもっと明確になり、まさにユーザーにとってはPower of Choice、製品選択機会が増えることにつながる。

 そういった意味でマイクロソフトの動向は、SaaS、パッケージの両方を含めたソフトウェアビジネスにとって大きな試金石といえそうだ。


「選択権をもつのはベンダーではなくユーザー」とマイクロソフト

 ではマイクロソフトのパッケージ版、SaaS版は、ユーザーにはどんなメリットがあるのだろう。

 「SaaS版のメリットは、簡単に、小さく始めることができる点にあると考えます。CRM導入といっても最初はお試し的なところからスタートしたい。特定部門だけで利用するというお客様も多く、そういうお客様にSaaSは支持されている。しかし、利用するユーザーの数を増えてくると、パッケージ版の方に、コスト的なメリットが生まれます。ところが、これまではSaaSからパッケージに乗り換える手段が用意されていませんでした。マイクロソフトはそこに選択肢を提供するのです」(新保部長)。

 マイクロソフトの見解をまとめると以下のようになる。

SaaSのメリット
・人数分だけの利用が可能なため、少人数からのスタートが可能
・ハードウェアの導入、設定などが不要なため、利用開始時の負荷が最小限に抑えられる
・月額利用料金制のため企業として予算がとりやすい

パッケージ版のメリット
・製品を買い取りするため、追加コストが不要
・利用人数、利用期間が増えてくると、SaaS版よりも割安になる場合が多い
・社内でサーバー/クライアントを管理するので、情報漏えいリスクを抑えられる

 もちろん、ここに書いたメリットも、場合によってはデメリットに転じることもある。例えば、情報漏えいリスクは、「実は社外よりも、社内経由で情報漏えいすることが多いので、データを保全するサーバーは社外に置いた方が実は安全」といった意見だ。

 料金についても、パッケージにも「保守料金」が必要となることから、「本当にパッケージの方が割安になるのか?」という意見もあるだろう。

 「そういった意見を総合すると、ベンダー側がどちらがいいと決めるのは誤りではないかという結論に達しました。そこで、状況に応じてユーザー側が選択できる提供形態とすることとしました」(新保部長)。

 両方の選択肢を用意した上で、乗り換え、買い換えを行う場合についても、「マイクロソフトは、SaaSでスタートしたお客様がパッケージに移行する際、最も気にする『カスタマイズしたものはどうなるのか?』という問題にも、明確な解をもっています。Dynamics CRMはカスタマイズ部分を定義ファイルとして吐き出すことができる構造のため、移行に際してもそれをそのまま活用できるのです」(マーケティング部 CRMプロダクトマネージャの吉田周平氏)というメリットがあると説明する。


新たなパートナービジネス確立の可能性も

マーケティング部 CRMプロダクトマネージャの吉田周平氏
 新しいDynamics CRMは、「この製品を担いでビジネスを行うパートナー企業にも大きな変化をもたらすことになります」と吉田プロダクトマネージャは強調する。

 「ホスティングサービスは、マイクロソフト自身ではなく、パートナー企業の皆様を通して実施されていくことになります。ホスティング事業者にとっては、大きなビジネスメリットが生まれることになります。さらに、このことがコンテンツサービスビジネスを提供してきた事業者の皆さんにとっても、ビジネスチャンスを生むことになります。例えば、調査会社が提供する企業情報、天気予報といったコンテンツは、個々に契約しなければならないと『わざわざ利用するのは…』と、ちゅうちょされることもあると思います。これがホスティングサービスのメニューのひとつとして提供されることで、ユーザーが気軽に利用できるようになるわけです」(吉田プロダクトマネージャ)。

 かつてマイクロソフトのビジネスパートナーといえば、流通事業者、システムインテグレータ、ソフト開発会社などだった。それがホスティング事業者、コンテンツ事業者に広がる。

 これはマイクロソフトにとっても大きな環境の変化だが、かつてのパートナー企業も自分達は従来型のビジネスを継続するのか、新しいビジネスモデルに追随していくのか、選択を迫られることでもある。最近、システムインテグレータや流通事業者も、ソフトウェアのオンライン化によって、「今後のビジネスはどこに焦点を置くべきか?」と大きな悩みを抱いている。Dynamics CRM 4.0のように、パッケージ、SaaSのどちらでも可能という製品の場合、ビジネスパートナーにとっても「自分達はどういった提供形態が適切か」を考え直すきっかけになる可能性もある。

 こうした状況を考えていくと、Dynamics CRM 4.0は、マイクロソフトというベンダー自身にとって新しいチャレンジであるとともに、それを利用するユーザー、競合ベンダー、ビジネスパートナーにとってもビジネスを見直す大きなチャレンジとなるのではないか。



URL
  マイクロソフト株式会社
  http://www.microsoft.com/japan/

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  ・ マイクロソフト、SaaS対応の新CRMソフト「Dynamics CRM 4.0」(2008/02/29)


( 三浦 優子 )
2008/03/03 09:10

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