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640万事業所を狙え! 激震する小規模事業所市場

第二回・「隠れた大マーケット」会計事務所を巡るビジネス


 なぜ、日本デジタル研究所(以下、JDL)が、小規模事業所向け会計ソフト「JDL IBEX出納帳3カジュアル」を無償で提供できるのか?

 JDLの取締役 マーケティング本部長兼広報担当部長、森崎利直氏はこう説明する。「日本には4万の会計事務所が存在する。そのうち、1万が当社のユーザーだ。さらに当社は、2万5000社の一般企業ユーザーをもっている」

 この既存ユーザーが収益の源泉となっているからこそ、JDLは無償でソフトの提供ができる。しかし、意味もなく無償でソフトを提供するのでは、収益を食いつぶすだけで終わってしまう。無料ソフトの配布でJDLが狙うものとは、一体何か。

 「当社のかつての目標は、会計事務所向けコンピュータでのナンバー1シェアだった。しかし、現在は日本の会計システム全体でのナンバー1となることが目標だ。そのためには、会計事務所向けだけでなく、一般企業で利用される会計システムでもナンバー1を獲得しなければならない」

 同社を支える会計事務所向けマーケットだけでなく、そのほかの会計システム市場でもナンバー1の座を獲得するために、無償での製品提供という戦略が必要ということのようだ。


顧問先にも影響大きい会計事務所

 JDLのいう会計事務所向けコンピュータというのは、会計事務所および税理士事務所が利用する専用機を指す。公認会計士/税理士は中小企業の会計業務を支援する専門職である。

 公認会計士は国家資格で、所定の試験を受け、業務経験を経なければ資格を取得することができない。税理士も公認会計士同様に、 税理士試験に合格しなければならないが、弁護士、公認会計士の資格所有者であれば、税理士業務を行うこともできる。

 会計事務所/税理士事務所が利用するのも広い意味での会計システムではある。会計システムとしては、個人事業主向けのものから大企業向けまで、ターゲットごとにさまざまなシステムが存在している。だが、会計事務所/税理士事務所では、顧客である複数の中小企業の会計処理をこなさなければならないうえ、税務申告に関する専用のソフトも必要となってくる。通常の会計システムでは対応することができないために、会計事務所/税理士事務所専用の会計システムが存在しているのだ。

 この会計事務所が利用する会計システムを作っているのが、JDLであり、ユニシンクの営業権を取得したミロク情報システム(以下、MJS)である。さらに、TKC、セイコーエプソン、NTTデータといった企業が専用システムの開発・販売を行ってきた。

 専用システムということで知る人ぞ知るという存在ではあるが、会計事務所向けシステムをメイン業務とするJDLの昨年度(2004年3月期)の売上高は229億9300万円、MJSの昨年度(同)売上高は192億5900万円と、確固たる市場が存在しているのである。

 これだけ確固たる市場があり、売り上げをあげているからこそ、JDLは無償での会計ソフトの提供、MJSはユニシンクの営業圏を取得し、パッケージソフト市場に参入するといった新たな分野に進出する余力があるのだ。

 しかも、「会計事務所には、マーケットとしての魅力にとどまらない価値がある」と、会計事務所市場に注目するIT業界の関係者は多い。

 会計事務所/税理士事務所は中小企業の会計業務を支援しているだけに、中小企業は公認会計士/税理士を、「先生」と呼んで、その存在を頼りにしている。それだけに、「会計事務所が顧問先に、『こんな会計システムを使ったらどうか』と勧めれば、中小企業も違和感なく受け入れる。会計事務所は、中小企業のIT化導入を促す、巨大なセールスチャネルと成り得る可能性がある」という見方も出てくるのである。

 この見方を裏付けるように、中小企業のIT化を支援する人材を認定する制度であるITコーディネーターの資格取得者には、公認会計士、税理士の比率が高い。公認会計士/税理士の中には、中小企業のIT導入支援をビジネスのひとつとしている人も存在しているのである。


記帳代行からの脱却

MJSの経営管理部経営企画 広報IRグループ兼e-Japan推進室統括部 吉岡賢司部長
 しかし、かつての公認会計士/税理士は、中小企業が利用する会計システムを目の敵にするところも少なくなかった。

 それは、中小企業の中には、取り引きにかかわった伝票すべてを会計事務所/税理士事務所に渡して、帳簿の記帳は公認会計士/税理士に任せてしまう場合も少なくなかったからだ。企業にかわって帳簿の記帳を行う業務を、「記帳代行」と呼ぶが、かつては、「記帳代行業務こそ、会計事務所が担うべき仕事」と考える、会計事務所/税理士事務所も少なくなかった。

 これは帳簿をつけるためには、簿記の知識が不可欠で、簿記の知識がなければ帳簿がつけられないという前提によったこと。だが、小規模事業所向け会計システムの中には、「簿記の知識がなくとも、複式簿記通りの帳簿記帳ができる」ことをセールスポイントとしているものが少なくない。実際に、会計システムを利用してみるとわかるが、確かに簿記の知識がなくとも、コンピュータ画面の指示に従って入力していけば、申告に必要な最低限の帳簿は完成してしまう。

 そのため、「記帳代行こそ主要業務」と考える会計事務所/税理士事務所の中には、中小企業がパソコンと会計システムを導入することを、忌み嫌う場合が少なくなかったのである。

 ところが、「今や記帳代行がメイン業務といっている会計事務所/税理士事務所は、生き残れない時代へと変わってきている」とMJSの経営管理部経営企画 広報IRグループ兼e-Japan推進室統括部、吉岡賢司部長は指摘する。

 この背景には、2002年4月に税理士法が改正されたことがある。「50年ぶりの大幅な法改正」といわれるほど大規模なもので、従来は認められて来なかった会計事務所/税理士事務所の法人化が認められるようになった。

 法人化が認められることで、欧米の大規模な会計事務所の日本上陸など、公認会計士/税理士の世界にも大きな変化が起こるのではないかといわれている。

 吉岡部長は、「現状ではそれほど劇的な変化が起こっているわけではない」としながらも、記帳代行業務については「法改正の前からだが、低価格化が進んでいる」と話す。確かに、インターネットの検索エンジンで「記帳代行」と入力すると、相当な数の記帳代行を請け負う事務所が出てくる。しかも、記帳代行だけなら、税務相談とは異なり、税理士の資格がなくても請け負うことができるのだ。従来のように、記帳代行業務だけを請け負っていては、税理士資格をもっていても、収益が確保できない時代になろうとしている。


経営指導にはパソコンの会計システムが最適

JDLの取締役 マーケティング本部長兼広報担当部長 森崎利直氏
 では、会計事務所/税理士事務所の新たな収益源とはどんな業務なのだろう。

 「これまでも、日本の中小企業の相談相手は会計事務所/税理士事務所だった。今後はその側面がさらに強化され、会計事務所は中小企業の経営相談の相手としてのビジネスを展開することになる」(JDL・森崎取締役)

 つまり、記帳代行のような事務処理ではなく、税務相談や経営相談といったことが業務となっていくのではないかというのだ。

 企業の経営状況を把握するためのツールとしては、紙の帳簿よりも、パソコンの会計システムが適している。紙であれば、わざわざ出向いて閲覧しなければならないが、パソコンのデータであれば、データの分析も容易だし、データをインターネットで送って確認することも可能だ。そこで、最近は自分の顧問先がパソコンを使った会計システムを導入することを支援する会計事務所/税理士事務所が増えてきた。

 「自分の顧問先の企業が、パソコンの会計システムを利用する場合、会計事務所としては自分が知らないソフトを導入するよりも、自分が知っているソフトが入った方が都合がよいと考える」とミロク・ユニソフトの三木正志社長は話す。

 MJSがユニシンクの営業権を取得し、ミロク・ユニソフトを設立したのも、「MJSとしては店頭で販売される会計ソフトによって、顧客シェアを獲得できれば、会計事務所向けシステムにおいて新しいビジネスを展開できるという可能性がある」(ミロク・ユニソフト・三木社長)からだ。

 JDLが無償で会計ソフトを提供するのも、「顧問先の囲い込みが可能となり、税務コンサル、経営コンサルという業務へのシフトができる」(森崎取締役)という狙いがあるからである。

 さらに、これまで中小企業/SOHO向け会計システムの開発・販売に業務を特化してきた弥生が、会計事務所向けシステムの販売をスタートしたのも、こうした背景があるからだった。弥生の場合、「会計事務所が担当する中小企業に、たくさんの弥生会計が導入されている。それを見た会計事務所が、『だったら、自分も弥生会計を使ってみようか』というケースも増えているのだが、会計事務所が利用するには、機能的に足りない部分もある。会計士からあがってくる、『こういう機能が欲しい』という声にこたえるために、会計事務所向けシステムの開発をすることを決意した」(弥生・平松庚三社長)とJDL、MJSと逆の流れで会計専用システム作りに着手したというのだ。

 弥生は新たに会計事務所向けシステムに進出することで、どんなビジネスを始めようとしているのか。そして、ほかのメーカーが会計ソフト分野に進出し、どんなビジネスを始めようとしているのか。次回は各社が狙う新しいビジネスとはどんなものなのかを紹介しよう。



URL
  株式会社日本デジタル研究所
  http://www.jdl.co.jp/
  株式会社ミロク情報サービス
  http://www.mjs.co.jp/
  株式会社ミロク・ユニソフト
  http://www.miroku-unisoft.co.jp/
  弥生株式会社
  http://www.yayoi-kk.co.jp/

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  ・ 第一回・会計ソフト業界が今変化する理由(2004/08/18)


( 三浦 優子 )
2004/08/25 00:00

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