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知られざる“生体認証”を探る

第一回・日立-指静脈認証で1000億円ビジネスへ


 携帯電話やパソコンなどのデバイスに搭載されるのが珍しくなくなった生体認証。銀行は生体認証機能付きATMの導入とICキャッシュカードの提供を開始し、「安全」をセールスポイントに、利用者にこれまでのキャッシュカードからの切り替えを訴える。こうした変化によって、生体認証は日常生活でも利用する機会が急増した。

 ITの世界でも生体認証を利用したソリューションが急増。オフィスの入退室管理に利用されたり、社内システムのアクセス認証にも利用されたりするようになっている。

 だが、生体認証に使われている技術が確立したのは最近のこと。その技術を利用した製品や導入が始まったのも、最近になってからだ。

 そのため、生体認証の存在は認識していても、その技術の成り立ちや特徴、システムとして利用する時のメリットやデメリットといったことは正確に理解されていない部分も多い。

 そこで今回は、生体認証技術や製品を開発しているベンダや、生体認証を利用したソリューションを提供するシステムインテグレータを取材。生体認証を取り巻く現状を紹介していく。

 連載の第1回目は、指紋/静脈という2つの生体認証技術をもち、日本のみならず、海外でも積極的にソリューションを販売している日立製作所(日立)に、生体認証ビジネスの現状を聞いた。


指静脈のビジネススタートは2003年

日立 情報・通信グループ IDソリューション事業部 グローバル推進センタ、河合一成部長
 日立グループは、自ら開発した静脈認証技術を搭載した認証システムを積極的に販売している。日立本体だけでなく、日立ソフト、日立エンジニアリングなどグループ企業それぞれがATM、入退室管理システムなどの製品を持っており、日立グループとしてソリューションを提供していくという。

 日立では静脈認証だけでなく、指紋認証の技術も持ち、指紋認証を利用したソリューションも提供しているが、最近では静脈認証を一押しとしている。指紋よりも静脈を推進する理由はどこにあるのか。

 「指紋は手の表面にあるため、静脈に比べ偽物が作りやすい。また、日本ではそういうケースはないが、アジアでは人間の指を切り取って指紋認証を利用するといった事件も起きている。静脈は指を切り取ってしまえば利用できないので、そういったトラブルが起こりにくい。また、指紋認証で問題となる、『指が乾燥していると認識率が下がる』というようなトラブルが起こりにくいことも、静脈認証を積極的に推進するようになった理由だ」(日立 情報・通信グループ IDソリューション事業部 グローバル推進センタ、河合一成部長)

 日立で静脈認証技術が誕生したのは1997年。「静脈は指紋同様、一人として同じものがない」、という事実が明らかになったのとほぼ同時に、社内の研究所での研究をスタートした。2002年にはオリジナル技術が確立し、2003年には静脈認証を利用した入退管理システム「SecuaVeinAttestor」が日立エンジニアリングから発売されている。

 静脈認証には指の静脈を利用したものの、手のひらの静脈を利用したものと2通りあるが、日立の静脈認証は指を利用したもの。「手のひら静脈に比べ、機器のサイズをコンパクトにすることが可能」との判断から、手のひらではなく、指静脈を選択している。

 静脈認証の導入事例として、2003年から提供している日立タワー(シンガポール)がある。

 「シンガポールの日立タワーは、もともとはICカードを利用したビル入退室管理システムを利用していた。だが、米国のテロ事件以降、セキュリティ強化ニーズが高まったことから、指静脈認証ソリューションを提案。当初は、生体認証まで利用する必要があるのか、という疑問の声も出たが、実際に導入してみると、ICカードのマイナス面をカバーできる点が高く評価されることになった。その結果、周囲のビルにも同様の静脈認証を利用した入退室管理システムが導入されることになった」(河合部長)

 シンガポールに導入された入退室システムは、ゲートタイプのもので、4けたの暗証番号を入力し、指をかざして認証を行うタイプ。

 河合部長のことば通り、このシステムを導入する前は、ICカードを利用した入退室管理システムを利用していたが、ICカードの携帯を忘れてしまったり、他人のICカードを使ってしまう「貸し回し」が起こったりするなどの問題があった。指静脈には、こうしたICカードの問題点をカバーするメリットがあるのである。


利用者数、場所などに応じて変わる機器とその価格

昨年開発された小型センサーによって、ノートPCへの搭載も可能になった
 一口に「静脈認証ソリューション」といっても、利用する人数、導入できる機器のサイズなどに応じて、認証精度、価格も異なる。

 例えば銀行のATMでの利用となれば、100万人規模の利用者を想定する必要があり、サイズはATMに納めることができるサイズでなければならない。お金にかかわるものなので、きわめて高い精度が必要となる。

 シンガポールの日立タワーのように、ビルの入退室に利用するものであれば、1万人程度の利用者が利用することになる。機器のサイズもゲートシステムに搭載するのである程度の大きさが必要でも問題はない。

 ただし、入退室管理ソリューションとして利用される場合でも、オフィス内の特定の部屋に出入りを管理する少人数の利用を想定したものもあれば、ビルの外のような屋外に設置するタイプのものもある。「入退室ソリューション」といってもタイプや利用者の数にあわせて価格や機器のサイズや形態が異なるのも無理はない。

 しかし、現段階では精度やサイズによる価格の違いといったことがなかなかユーザーには理解されにくいという。

 「パソコンに接続する静脈認証キットは数万円で販売されている。『それに比べて、ATMに導入する静脈認証システムの価格は高すぎる。なぜ、パソコンにつけているものがATMに利用できないのか?』という指摘をいまだにうける。用途に応じて精度が違うので、価格も違うということがまだまだ理解されていない」(河合部長)

 精度が違うというと、パソコン用のものは認識率が低いと誤解されることもある。この場合の精度の違いとは、パソコンや携帯電話はふつう利用者が特定されているが、ATMの場合は100万人規模の利用者を想定しなければならない。その精度に応じて、ソリューションの価格にも違いが生まれる。

 また、静脈のデータをどこに置くのかも、ソリューションによって異なってくる。

 入退室管理システムであっても、A社はドアに置いた装置部分にデータを置いている。B社の場合は入退室だけでなく、パソコンのアクセス認証にも静脈認証ソリューションを利用しているためサーバー側にデータを置いている。C社の場合はICカードにデータを入れて、ICカードの管理は企業側ではなく、利用する個人に任せているといった具合だ。

 データを所有する場所の違いは、技術というよりは企業のデータ運用に関する考え方によって異なってくる。銀行では生体認証データを銀行ではなく、個人が持つICカード型のキャッシュカードに置いている。これはデータの数が多くなって管理が難しくなる上、情報流出といった事態を防ぐためだといわれている。

 日立のようなベンダとしては、「顧客の要望に応じた提供体制を持つ」ことが現時点では必須のこととなっている。


ビジネス本格化はこれから

USB接続の外部認証装置
 外付けの指静脈認証機器は、パソコンにバンドルされているものと比べると大きく見える。

 機器のサイズが大きいのは技術的な理由によるものと思いがちだが、「静脈を読み取るためには、きちんと所定の位置に指を置いてもらう必要がある。そのためには、ある程度のサイズがあった方が指を置く場所を安定させることができる」というのが真相だ。

 静脈を登録するための時間は本来は1分程度しかかからない。しかし、指を置いて静脈を読み取るという作業を初めて体験する人にとっては、登録の時にも、登録後の利用の時にも、「緊張して、指が震えて登録や読み取りができない場合が結構ある」のだという。こうしたトラブルを軽減するためにも、機器を大きくして指を置く場所を安定させる必要があるのだ。

 登録の際には、登録した指がけがした場合などを想定し、左右あわせて6本の指の静脈を登録する。ただし、これも、「ユーザーの要望によっては、10本登録という場合もある」そうだ。

 2004年度までのところ、入退室管理システムとパソコンのアクセス認証システムのトータルで数千台を販売した。

 「ただし、引き合いはかなり多いので、これからは急速にビジネスが拡大していくものと考えている。2005年10月にはATM向けソリューション、パソコンへの内蔵型の製品を発売したことから、今後3年間で1000億円という売り上げ目標を掲げている。日本の売り上げが半分で、残りは日本以外の世界各国。ワールドワイドで見ても、静脈認証技術をもっている企業は数社しかないので、全世界規模のビジネスができることが大きな強み」と河合部長は強気な見通しをアピールする。

 今後はより多くのユーザー層をカバーしていくために、日立は、中堅・中小の販売パートナー網を構築し、ソリューション販売に注力していく計画だ。



URL
  株式会社日立製作所
  http://www.hitachi.co.jp/


( 三浦 優子 )
2006/05/10 00:00

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