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知られざる“生体認証”を探る

第二回・富士通 バイオメトリクスこそ究極のユビキタスソリューション


 富士通では、手のひらを使った静脈認証技術を活用した自社開発のソリューションを提供。金融機関をはじめ、自治体などに導入した実績を持つ。

 こうしたバイオメトリクスソリューションは、「ユビキタスを実現する要素となる」というのが富士通の見解だ。すなわち、手のひらの静脈をかざすだけで、携帯電話やパソコンといった機器を持たなくても、お金の支払いをしたり、切符の代わりに使って電車に乗ったりすることを実現する可能性があると考え、バイオメトリクスソリューションをユビキタスシステム事業本部の中に置いている。

 もっとも、現在推進する静脈認証ソリューションは、登場してからまだ歴史が浅い。現在は事例を積み重ねながら、その可能性を探っている段階でもある。今回は、その現状と将来の展望について、同社に話を聞いた。


複数の基礎技術が積み重なって完成する静脈認証

ユビキタスシステム事業本部 バイオメトリクス認証システム部の若林晃部長
 「静脈認証技術が出来上がり始めたのは、当社も含めて2000年前後」と、ユビキタスシステム事業本部 バイオメトリクス認証システム部の若林晃部長は指摘する。

 「富士通の場合、静脈認証のベースになっているのは画像処理技術。人工知能の研究といったことを進めていく中で、写った映像を識別する研究が進められ、その応用のひとつとして静脈認証技術が誕生した」

 ただし、画像認識技術単独だけで静脈認証ソリューションが形成されているわけではない。

 「静脈を読み取るためには、原理的にいえばデジタルカメラのような光学センサー技術が必要になってくるし、写した画像を処理するための画像処理技術も必要になる。その画像が正しいものなのかを照合するためのプログラムも必要になってくる」(若林部長)

 しかも、静脈認証のベースとなる基礎技術は、ソリューション作りにおいても重要な役割を占める。通常のソリューション作りは、基礎技術は同じものを活用しながら、応用部分、つまりアプリケーション部分のみを用途に応じて作り替えるのが一般的だ。

 ところが、ユーザーニーズに合致した静脈認証ソリューションを作り上げるためには、アプリケーション部分だけでなく、基礎技術まで及んだ作り込みが必要になってくる。

 「ユーザーの要望にあわせたソリューションを構築するためには、アプリケーション部分だけでなく、基礎技術まで一部変更が必要となる場合がある。これは用途によって、必要とされるセキュリティレベルの違いや、建物の出入りに利用する場合のように、屋外に置かれることもあるなど、案件ごとに必要とされる条件が大きくことなってくるため」だと、若林部長は説明する。

 当然のことながら、1社で利用しているものをまったく同じように他社で利用するというのではなく、案件ごとに個別にソリューションを作り上げている。これは静脈認証技術が形成されたのが2000年ごろと、まだまだ技術としてもソリューションとしても、歴史が浅いことも要因となっている。

 急速に身近になりつつあるバイオメトリクスソリューションだが、実体としてはまだまだ始まったばかりのソリューションでもある。


静脈の太さ、多さから指でなく手のひらを選択

手のひら静脈認証装置の付いたATM。ガイド装置を付けることで、手をどこに置いたらいいのかをわかりやすくしている

装置の小型化も進んでいる。写真左は、3月に発表された新型装置。従来型(右)と比べて1/4の小型化を実現した
 歴史が浅いだけに、「バイオメトリクスにはまだまだ誤解も多いと感じている」と若林部長は指摘する。

 富士通では静脈認証ソリューションを積極的に販売しているが、若林部長はバイオメトリクスという切り口で取材を受ける中で、「静脈認証」に加え、「指紋認証」「顔認証」「虹彩認証」といった技術の優劣を比較していくことに、「大きな違和感を覚える」のだという。

 「各技術は、異なる得意分野を持っている。その得意分野に合わせて各技術を使い分けていくというのが本来の活用方法ではないか」

 例えば、顔の特徴を判別する顔認証は、他人と本人とを区別するという点から見れば、精度はそれほど高くはない。しかし、センサーからの距離が遠くても識別が可能となるため、本人の気がつかないうちに識別を行うことが可能だ。これはセンサーからの距離が至近距離でなければ識別ができない、指紋認証や静脈認証にはないメリットとなる。

 実際に空港等でテロリストを見分けるために顔認証ソリューションが導入されたといったニュースも報じられている。大勢人が集まっている空港で、意識されずに、目的の人物を見つけるといった用途には顔認証が向いているのだ。

 富士通では、金融機関などから生体認証を利用した精度の高いソリューションを要求する声が多いことから、「“なりすまし”を防ぐことに特化するのであれば、静脈認証が最適という判断をした」(若林部長)。指紋認証技術も持っているが、最近、もっとも要望の多い金融機関向けということであれば、精度の高さから静脈認証を推している。

 「指紋は手の表面にあるため、他人が偽物を作り出すことも不可能ではない。それに対し静脈は生きている人間の体内にあるものなので取り出して偽造することは難しい」

 前回紹介した日立製作所では、指を使った静脈認証だが、富士通の静脈認証は指ではなく、手のひらの静脈を判別するものだ。

 「静脈は、指、手のひら、手の甲のいずれにも存在しているが、最も血管が集中しているのが手のひら。その形状も複雑で他人との違いが大きい。そこで指ではなく、手のひらを採用することとした。血管は寒さで縮むといったこともおきるが、手のひらに走る血管は太いので、指の毛細血管に比べ寒さの影響を受けにくい。そうした安定性からも検討を重ねた結果、手のひらが最適だと考えた」(若林部長)

 指に比べ、手のひらは面積が大きくなるので、機器類もその分大きくなると考えがちだが、「よく、誤解されるのだが、手のひらの一部を認証に利用するので、手のサイズと同じくらいの機器が必要になるわけではない。当社の静脈認証ソリューションは非接触型で、実物よりも機器のサイズは小さくて済む」と同部長は反論する。


データをどこに置くのかがポイントに

 富士通ではバイオメトリクスソリューションを、ユビキタスの1つと位置づける。

 「現行のユビキタスは、利用する機器を意識する必要があるが、バイオメトリクスは機器を1つも持たずに、手ぶらで外に出てお金の支払いを行うといったことを実現する可能性を秘めている」(若林部長)

 最近、携帯電話に鉄道の定期券を組み込んだソリューションが登場しているが、バイオメトリクス技術を使えば、手のひらをかざして定期券代わりにすることも理論上は不可能ではない。

 ただし、「実際にそこまでユビキタスな世界を実現していくためには、認証を行うための高速ネットワークと高速コンピュータが存在しなければならない」と若林部長は笑顔で指摘する。

 定期券代わりに手のひらをかざすとなれば、認証のスピードは遅くとも数秒、できれば1秒以下でなければ、実用的とはいえない。

 現実的には数万~百万レベルの定期所有者の中から、数秒で正しい認証を行うだけのスピードを実現する高速ネットワークや、高速コンピュータは実用化されていない。

 それでは現在でも利用されている銀行で使われているバイオメトリクスソリューションは、どうやって数万人の登録者の中から、正規の利用者かどうか、わずかな時間で判別しているのだろうか。

 「現在、銀行で利用されているものは、静脈のデータを銀行のホストコンピュータ側に置くのではなく、利用者の持つICカードに置くことで、1対1の認証を行い、精度、認証速度のスピードを実現している」(同部長)

 確かに銀行のキャッシュカードになれば、少なくとも数万人単位の利用者を想定しなければならない。それだけ多くの利用者のデータを登録し、その中から正しい利用者なのかを判別するとなると、認証までの時間もかかり、精度を保つことも難しくなる。そこで、ICカード側にデータを持たせることで、自分の手のひらの静脈とICカード内のデータを1対1で認証する形式となっている。

 また、銀行側が個人の静脈データを保管しないことは、万が一、データが外部に漏えいするといったトラブルを未然に防ぐことにもなる。現段階では静脈のデータが漏えいしたとしてもそれが悪用される可能性は低いかもしれない。しかし、先ほど紹介した静脈認証が定期券代わりに使われるといったことが具現化すれば、流出したデータは十分に悪用される可能性が出てくる。

 「さまざまな可能性を検討していくと、バイオメトリクスソリューションにおいては、認証のベースとなるデータをどこに置くのかは重要なポイントとなる」という言葉は、よく理解できる。


事例の積み重ねが新しい可能性を生む

 とはいっても、万単位のデータベースをもったバイオメトリクスソリューションも登場し始めた。

 富士通が受注した、2006年10月開館予定の茨城県那珂市の市立図書館システムは、世界で初めて、非接触型の手のひら静脈認証を“カード代わりに”採用。図書館を利用する人は、利用者カードなどを使用することなく、手のひら静脈のデータを使って図書を借りることができる。

 「この案件に関しては、万単位のデータベースとなると見ている。バイオメトリクスソリューション普及のためには、こうした事例を積み重ねていくことが重要な一歩。そのためにも、この案件は重要なものととらえている」(若林部長)

 静脈データの登録は、登録する利用者も、登録作業に立ち会う図書館のスタッフにとっても慣れない作業となる。登録にあたっては、これまでは3回手のひらをかざしてデータを取っていたが、2回、手のひらをかざせば登録ができるようにした。

 「登録作業にかかる手間や時間は、どんどん軽減される方向に進化しているが、図書館のスタッフは静脈の登録といった作業に慣れていないので、当初は富士通側でサポートをして、登録作業に慣れてもらうように経験を積み重ねてもらう。ハード側にもガイド装置を置いて、どこに手を置いたらよいのか、わかりやすくするなどの工夫を行っている」

 手にけがをして静脈が読み取れない場合は、バックボーンとしてもう片方の手を登録しておくといった作業が必要だが、「指に比べて、手のひらを怪我する確立が低いことは医学的に立証してもらっている」という。

 こうして事例を積み重ねていくと、「提供する側は想像もしていなかった、新しい使い方の要望も出てきた」(若林部長)。

 同部長は、こうしたユーザー側からの要望によって、静脈認証ソリューションの用途が拡大していくのが今後のポイントと見ている。

 「例えば、あるゲームセンターでは、センター内で利用するコインが使い切れなかった場合、コインを貯めておく際の認証に静脈データを利用している。こうした、我々が想定していなかった使い方がどれだけ出てくるのかが、今後、静脈ソリューションなどが普及していくための鍵ではないか」



URL
  富士通株式会社
  http://jp.fujitsu.com/

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  ・ 第一回・日立-指静脈認証で1000億円ビジネスへ(2006/05/10)


( 三浦 優子 )
2006/05/17 00:00

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