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SaaSはASP 2.0なのか?

第一回・シトリックス-アプリケーションの仮想化こそが“本当のASP”


 今年になってSaaS(Software as a Service)というキーワードをあちこちで見かけるようになった。その名の通り、これまでのようにユーザー自身がソフトを所有するのではなく、Webを介し、サービスとしてソフトを提供していくものだ。各クライアントPCに入ったアプリケーションの管理やセキュリティ対策に悩む企業にとっては、魅力あるものとなっている。

 が、その概要を聞いて、「同じようなコンセプトは以前にも聞いたことがある」と既視感を覚えた人も少なくないはずである。1999年頃から日本でも話題となったASP(Application Service Provider)がSaaSと酷似しているのだ。

 ASPもSaaS同様、サービスのひとつとしてソフトを利用していく。やはり、アプリケーションの管理などに悩む企業や、自社でサーバーを導入するのはコスト、管理などの面で難しい小規模企業を救う救世主となると見られていた。しかし、注目度の高さに比べると、ASPは普及したとはいえなかった。

 今回、新たに登場したSaaSは、ASPとは違う要素を持ったものなのだろうか?両者の違いが明らかになれば、ASPが話題になった割に普及が進まなかった理由も明らかになるはずである。そして、SaaSというものが日本に定着していくものとなるのか、予測することができるはずである。

 本連載では、この疑問を明らかにするために、実際にASP、SaaSを提供している主要ベンダに取材し、ASPとSaaSの違いについて聞いてみることにした。

 連載の第1回目はASPブームの中心にいた企業であり、現在ではエンタープライズシステムには欠かせないベンダとなっているシトリックス・システムズ・ジャパン株式会社(以下、シトリックス)を取材した。


ユーザーが望んでいたのは仮想化の実現

シトリックスのマーケティング本部 柳宇徹本部長
 「5年くらい前、ASPがブームになった時、ASPは大きく誤解されていたと思う」-シトリックスのマーケティング本部 柳宇徹本部長は、ASPブームの時点を振り返り、こう分析する。

 「ブームが起こった時点では、ASPはビジネスモデルなのだと勘違いされた。しかも当時は、誤解されていたASPビジネスモデルを、エンドトゥエンドで実現できるような環境は整っていなかった。そのため、サービスプロバイダ主導でいろいろな試みが行われたものの、うまくいったものがほとんどないという状況になった」

 一方シトリックスとしては、ASPブームが起こった時点では、「ユーザーが望んでいたのは、バーチャリゼーション(仮想化)を実現することだったと認識している」(柳本部長)のだという。

 しかし、多くの人が、ASPをサービス型のビジネスモデルと誤解。しかも、当時はサービスでソフトを提供するインフラ環境が整っていなかったため、サービスプロバイダ主導で立ち上がったサービスの多くはうまくいくことはなかった。

 「ASPブームが起こっていた当時、多くの人がアプリケーションとサーバーだけを認識していて、『ネットワーク』というものをきちんと認識していなかった。そのため、ネットワーク環境が十分整っていなかったのに、アプリケーションをサービスとして利用するビジネスモデルを提供しようとしたことに無理があった」(柳本部長)

 そこでシトリックスでは、ユーザーが望んでいたアプリケーションのバーチャリゼーションを実現するツール群を提供。それを必要とするユーザーが多数存在したことによって、ASPブームが過ぎ去った後でも確固たる地位を得ているのだという。

 確かに、ASPブームが起きた当時は、クライアント/サーバー型のシステムの増加によって、あらためてシステムの管理、運用のコストやセキュリティ的な問題点などが取りざたされていた時期にあたる。「TCO」というキーワードが脚光を浴びたのも同じ時期であり、解決方法を探すユーザーが増えてきていた時期でもある。

 実際にASPブームが起こった時点からビジネスを展開してきたシトリックスの言葉は、それだけ説得力がある。


アプリケーションをサービスとして提供する事業者向けにツールの提供も強化

 そして昨今、話題を集めているSaaS。このSaaSに対してシトリックスでは、ASPブームが起こった時点で考えられていた、ASPビジネスモデルに近いものだと考えているようだ。

 「今後、データセンターを持っている事業者やシステムインテグレータなどがサービスビジネスを提供する例が増えていくだろう。そうした新しい需要を実現するためのツールを提供していくことが、シトリックスにとってのビジネスになる」(柳本部長)

 ASPブームが起こった時とは異なり、現在はネットワークインフラが格段に充実している。ネットワーク環境が整ったことで、自分達が持っているアプリケーションをサービスとして提供する事業者が増えていくだろうとシトリックスは分析している。

 「すでにあるユーザー事例として、福祉事業者向けおよび医療機関向けコンピュータシステムの企画開発、販売、サポートを提供している企業の事例をご紹介したい。彼らは介護事業者向けアプリケーションを提供しているが、これを利用する介護事業者には専任のIT管理者の数は圧倒的に少ない。そこで、IT管理者を抱える介護事業者にはアプリケーションを販売し、IT管理者がいない介護事業者にはサービスとして機能を提供している。ユーザーの環境にあわせて提供する方法を変えていくことで、この企業はユーザー拡大を実現することができた。この事例はアプリケーションメーカーにとって、新しいビジネスモデルを示しているといえるのではないか」(柳本部長)

 すでにデータセンターを運営する事業者やアプリケーションメーカーにとっては、ネットワークインフラが整ったことで、いよいよ新しいビジネスを実践するタイミングとなった。シトリックスとしては、そうした需要向けにツールを提供していくことで、「当社のビジネスも大きく拡大していくチャンスが訪れようとしている」と見る。

 9月11日には、米国でマイクロソフトと共同で、「Microsoft Windows Server OSとMicrosoft Internet Security and Acceleration(ISA)をベースに、最近発表したCitrix WANScalerソリューションを活用した、多機能な事業拠点アクセス向けアプライアンスの開発とマーケティングで協力する」という発表を行った。

 これは、支店での勤務や在宅ワークで働く社員のコンピューティング環境の拡充と、セキュリティの充実、コストの削減などを狙ったものだ。

 「単にMicrosoft OfficeをASPモデルで利用するにとどまらず、ブランチオフィスの活用といった、ワークスタイルの革新に向けたツールの活用といった研究も始まった。当社にとっては、新しいビジネスを実現することができる時期に入った」と柳本部長は強調する。


すべてがSaaS一色になることはあり得ない

 しかし、その一方で、あらかじめSaaS専用に開発されたアプリケーションは、シトリックスのような運用ツールをあらためて必要としない。今後、運用ツールを必要としないSaaS型のものが増えてくると、シトリックスのビジネスに影響を及ぼすことはないのだろうか?

 それに対し柳本部長は、「Web 2.0が完全に実現された世界になってしまったら、違う答えになるのかもしれないが」と前置きしながら、「企業が利用するアプリケーションすべてがSaaSとして開発されたものになってしまうとは考えにくい。一部はそういうものに置き換わるだろうが、現実としてはいろいろなものが混在して利用されていくというのが現実的なところではないか」と回答してくれた。

 SaaS、ASP、これまで通りのクライアント/サーバー型のシステムなどは、「ファットクライアント、シンクライアント、リッチクライアントという言い方で置き換えてもいいだろう。これらのどれか1つに、すべてのクライアントが置き換わってしまうということは考えにくい。それぞれが混在して、仕事に応じて使い分けられていくというのが現実的なのではないか」ともいう。

 「単純にASPとSaaSのどちらがいいのか?と比較するのではなく、ユーザーの環境などに合わせて最適なものを選ぶというのがユーザーにとってプラスになると考えています。実際に当社の場合でいえば、ERPの世界各国の通貨換算といったヘビーなシステムをWeb環境で利用したいとは思わない。カンパニーポリシーなどによっても最適なものはどれか答えが変わってくるだろうし、同じ企業でも担当業務によって最適なものは違う可能性だってあると思う」(柳本部長)

 現時点では、「完全にサービス型のSaaSと、アプリケーションをバーチャライズしたASPとは混在して利用するのがベスト」-というのがシトリックスの見方なのである。



URL
  シトリックス・システムズ・ジャパン株式会社
  http://www.citrix.co.jp/


( 三浦 優子 )
2006/09/13 00:00

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