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SaaSはASP 2.0なのか?

第四回・セールスフォース・ドットコム-シングルシステム・マルチテナントでも柔軟さを失わないのがSaaS


 SaaSというコンセプトを代表する企業といえば、最初に名前があがるのがセールスフォース・ドットコムである。インターネット上で提供するCRM(顧客関係管理)ソリューションの専業企業として誕生した同社は、「シングルシステム・マルチテナント」であることこそ、SaaSの最大の特徴だと考えている。

 インターネットデータセンターの誕生とともに盛り上がったASPが、シングルシステム・シングルテナントであるケースが多かったのに対し、ひとつのシステムを複数の利用者が使っていくシングルシステム・マルチテナントがSaaSの特徴だ。しかも、複数でひとつのシステムを利用しているにもかかわらずカスタマイズが可能と、技術的には達成が難しいことを実現している。


インターネット利用に慣れたユーザーが求める直感的な操作

セールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長
 「ASPはデータセンター側で盛り上がった。センター集中、いわば昔のIBMのメインフレームに近い発想でしかなく、ユーザーやアプリケーション側からの視点が欠けていたのではないか」-セールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長は、ASPとSaaSの違いをまず、こう説明する。

 続けて、「またインフラ的にも不十分で、ユーザーが支払うコストも定額制ではなかったため、割高となってしまっていた。確か、2001年ごろにはブロードバンドを使えるユーザーは1万5000程度しかいなかったんじゃないか」と指摘する。

 ブロードバンドが当たり前に利用できるようになったことで、インターネットを利用するユーザーの考え方が大きく変化したというのが宇陀社長の見解だ。

 「ヤフーやグーグルを利用することに慣れた利用者にとっては、アプリケーションは難しいものでなく、直感的に利用できるものでなければ支持を得ることができなくなった。つまり、ベンダ側が主導し、トップダウンで導入が進むシステムでは受け入れられないケースも出てきた。ASPの時代には、トップダウンで導入が決まるケースが多かったかもしれないが、現在のSaaSはボトムアップで導入されるケースも増えている」(宇陀社長)

 同じサーバーベースのシステムといっても、ASPは「サーバー側の集中管理」という部分が主眼となった。エンドユーザーが直感的に使えるものというよりは、クライアント側を適切に管理し、システム運用コストを削減するといった点が受け入れられ、企業への導入が進んでいった。

 それに対し、SaaSではエンドユーザー側がメリットを感じて導入を決定するケースも出てきている。中には、いわゆるCRMのイメージとは違う用途での導入例もある。

 「当社のシステムをスポーツマーケティングに利用できないだろうか?といった問い合わせも来ている。いわゆる法人システムからすれば、違和感がある使い方をしたいという問い合わせが入ってくる」(宇陀社長)

 こうしたベンダ側の意図を超えた導入案件が生まれてくるのは、まさにインターネットが当たり前に使いこなされるようになった結果だろう。個人向けのサービスで実現できていることをビジネス的にも利用できないのかという発想は、確かにASP時代にはなかったものだ。ユーザーの意識の変化も、ASPとSaaSの違いのひとつといえそうだ。


戦略部門となることを指向した情報システムから賛同の声

 宇陀社長は、「実はエンドユーザーだけでなく、情報システム部門もASP時代と現在では意識が変わってきている」とも指摘する。

 「従来の情報システムのあり方を変えていきたいと考える情報システム部門が増えている。例えば、当社のユーザーでもあるシスコシステムズからは、『これまではITのT(Technology)にばかり時間をつぎ込んできた。しかし、本当に時間をかけるべきなのはI(Information)に対して。このIに時間をかけていくために、セールスフォース・ドットコムのシステムを活用する』という意味合いの意見をもらっている。これまでは情報システム部門といえば、守りの部門という印象が強かったが、これからは企業戦略を構築する攻めの部門にならなければならないと考える情報システム部門が出てきた」

 攻めの情報システム部門となるために、セールスフォース・ドットコムのシステムを活用するゆえんは、「当社のシステムが持つ構築のスピードの速さと柔軟性」だという。

 通常、情報システムの仕様変更を行うとなれば、ひとつの項目を変更するにも「何カ月」という単位がかかった。「ある自動車メーカーでは、システムに項目ひとつを追加するのに1カ月かかっていたそうだ。当社のシステムであれば、5分間で追加が可能となる。これだけスピードが速まれば、システムを構築している間にビジネスの状況が変わり、出来上がった時にはビジネスとシステムがかみ合わないものとなっていたといった事態を回避できる。つまり、情報システムを戦略的に活用していくことができるようになる」

 システムの柔軟性を示すのが「マッシュアップ」だ。マッシュアップとは、異なる企業が提供するサービスを掛け合わせて使うもの。代表的なところではセールスフォース・ドットコムのシステム内にある顧客データとGoogleマップをセットで使い、住所情報を地図で表示するといった使い方ができる。

 「デモレベルであれば、ユーザー側で勝手に利用してもらってかまわない。自社の持っているコンテンツやサービスと当社のシステムをマッシュアップすることで新しいビジネスをしたいというのであれば、ぜひ、当社に声をかけてもらいたい。日本発で新たなマッシュアップを作っていくことで、ユーザーにとってもメリットが生まれる上、新たなビジネスチャンスを生むきっかけともなる」(宇陀社長)

 システムが柔軟であることから、仕様変更が簡単にできることを見越して、利用を始めた当初はあえて少ない機能にして、必要なものを後から加えていく利用者も登場している。「もちろん、すべての情報システム部門が私の意見に賛同するというわけではないだろうが、確実にオンデマンド型のシステムがニッチからメインストリームになってきている手応えを感じる」と宇陀社長は自信を見せる。


SaaS用に開発されたシステムだからこそ併存できる集中管理と柔軟性

 エンドユーザーにとっては直感的な操作方法であると感じさせ、情報システム部門にとっては戦略的な情報システム構築を可能とするセールスフォース・ドットコムのシステムは、「シングルシステム・マルチテナント」だ。すなわち、ひとつのシステムを複数のユーザーが共同で利用している形態である。

 ひとつのシステムを複数のユーザーが利用しながら、「仕様変更が柔軟に行える」、「直感的な操作ができる」といった特徴は、併存しないことのようにも思える。従来の情報システムであれば、当然、両立できないものと思った方がいい。だが、セールスフォース・ドットコムのシステムは、複数の利用者が利用しながら、おのおのが仕様変更もできる作りとなっている。

 これは、「既存のアプリケーションをWeb化したものではなく、シングルシステム・マルチテナントでありながら柔軟性を持ったシステムとすべく、専用で作られたシステムだからこそ実現できていること」と宇陀社長は説明する。

 確かにひとつの利用者が利用することしか想定せずに開発されたアプリケーションは、いくらWeb用に置き換えたとしてもシングルシステム・マルチテナントで、カスタマイズを可能にするわけにはいかないだろう。インターネットデータセンター経由で利用していたとしても、カスタマイズを必要とするのであれば、シングルシステム・シングルテナントにせざるをえなくなってしまいがちだ。

 「当社のシステムは都合6年間で20回以上、バージョンアップをしている。ユーザーに使い続けてもらいながら、それだけこまめにバージョンアップしていくことで、ユーザーの要望を取り込み、一度使ってもらったら、利用を止めることを減らすことにつながっている。もちろん、6年間の間には、お客様に謝らなければならない事態も何回か起こってしまったが、ようやくそれもなくなりつつある。シングルシステム・マルチテナントの良さを生かせる状況になってきた」(宇陀社長)

 もちろん、シングルシステム・マルチテナントを実現できれば、利用コストにも大きな影響を与える。

 「だからこそ、低コストを実現できる。ひとつのシステムを5年間使い続けるという企業と比較しても、おそらく当社のシステムを利用すればコストは3分の1で済ませることができる。1年ごとに仕様変更などを加えていく企業のシステムコストと比較すれば、10分の1程度のコストに押さえることができるだろう」(宇陀社長)


 とはいえ、現在のオンデマンド型システムの普及状況はまだまだ始まったばかり。宇陀社長も、「今、ようやくアーリーアダプターの次の利用者層が利用を開始した。2段階目に入る前の1.5段階目というのが現状だろう。今のところ、システム導入の成功事例やビジネスの成功事例が発表は少ないのだが、そろそろそれも出てくるのではないか」と、ようやく利用者拡大が始まった段階だと指摘する。

 ただ、オンデマンド型システムが注目されるのは決して短期的な流行ではないと宇陀社長は強調する。「間違いなく、今後10年間はオンデマンド型のシステムがトレンドとなっていく」。

 これまでは時期尚早と見られていたSaaSのようなオンデマンド型情報システムがいよいよ利用できる段階に入ったことは間違いないようだ。



URL
  株式会社セールスフォース・ドットコム
  http://www.salesforce.com/jp/

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( 三浦 優子 )
2006/10/04 00:00

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