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SaaSはASP 2.0なのか?

最終回-SaaSは新たに再生したASP


 おそらく、Web 2.0という言葉が流行している日本でSaaSが生まれていたとすれば、その名称は「ASP 2.0」となっていたかもしれない。これが各ベンダを取材した中で得た結論である。

 ASPとSaaSは、「ソフトをオンライン上のサービスとして提供する」という同じコンセプトを持ったものだ。技術の進化やユーザーの成熟度といった点において相違点はあるものの、基本的なコンセプトに違いはない。

 ではなぜ、ASPではなく、SaaSという名称に変わっていったのか。今回は連載の最終回として、その背景を検証する。


コンセプトは同じだが技術背景の違いで性能に大きな違い

 ASPとSaaSではどこに違いがあるのか?-その答えを推測するのではなく、実際にASPビジネス、SaaSビジネスに関わるベンダに取材することで明らかにするのがこの連載の狙いだった。

 取材を始める前は、「おそらく、当事者は両者の違いを明確に主張するだろう」と考えていたが、「ASPとSaaSはまったく違うもの」と答えたベンダは1社もなかった。相違点はあるものの、同じオンデマンド型のサービスであり、実現しようとしていることは同じと考えてよいという見解を示すベンダばかりだった。

 各ベンダの指摘を総合すると、ASPとSaaSの、「ソフトをオンライン上のサービスとして提供する」というコンセプトはまったく同じものだ。ただし、ASPが日本でブームになった2000年ごろには、それを実現するための技術、ノウハウ、ユーザーの認識などが十分ではなかった。

 その一方で、クライアントの管理強化などを目的として、自社のサーバー経由でアプリケーションを提供したいという企業からのニーズは根強く存在した。完全なオンデマンド型のソリューションではなく、アプリケーションの仮想化によって実現するソリューションである。そうしたニーズに応える製品の代表的なものが、シトリックス・システムズ・ジャパンの提供する「MetaFrame」(現Citrix Presentation Server)をはじめとする製品群だ。

 こうしたサーバー経由でアプリケーションを提供するソリューションが普及していくのとは正反対に、ASPが提唱された時に考えられていたようなサービスとしてのアプリケーションの普及はなかなか進んでいかなかったのはご存知の通りである。

 その状況を打破するように、日本でも2006年になって、アプリケーションをオンデマンド型のサービスとして提供する「SaaS(Software as a Service)」という総称が登場する。

 コンセプト自体は大きな違いはないのに、SaaSという新しい総称がついたのは、「マーケティング的な意味合いも大きかったのではないか?」という意見が、連載の取材の中で何回か出てきた。いわば、一度ケチがついてしまったASPという総称を捨てて、SaaSとすることで新たなビジネスチャンスを作ろうとする狙いがあったのではないかという見方だ。

 ただし、総称が変わるとともに、SaaSはASPの時には足りなかった要素を実現している。このSaaSになって新たに加わった要素こそ、最大のポイントといえる。


ポイントとなるシングルシステム・マルチテナントとマッシュアップ

 SaaSが実現した新たな要素として、次の2つをあげることができる。

 1)シングルシステム・マルチテナントの実現
 2)他社のサービスと連動するマッシュアップ

 1)のシングルシステム・マルチテナントは、ひとつのシステムを複数の企業で共有するものだ。利用する企業ごとに、異なるサーバー経由でサービスを提供しているようでは、サービスを提供する側もコストを下げることができない。シングルシステム・マルチテナントであれば、サービスを提供するベンダ側もより低コストでサービスを提供することができるようになる。

 ただし、シングルシステム・マルチテナントを実現しながら、顧客のニーズを満たしていくのは決して容易なことではない。いくら提供コストが安くても、企業が要求する仕様の変更要求に応じることができなければ、企業の支持を得ることはできない。カスタマイズに対応しながらも、システム自体のバージョンアップも行う必要がある。

 もちろん、使いやすさも必要だ。オンデマンド型であっても不自由なく使える使いやすさがなければ、やはりユーザーは支持してくれない。

 ASPが登場したころには、こうした課題を解消することは難しかった。だが、それから時間が経過して課題を解消するための技術は大きく進化した。

 例えば、ネットスイートではAjaxを採用し、ユーザーインターフェイスの改善を実現している。こうした技術的な進化があったことも、ASPにはない、SaaSのメリットといえるのではないか。

 2)のマッシュアップは、元々は音楽用語である。IT業界で使うキーワードは、経営コンサルタントがつかうビジネス用語が多いことを考えると、異色のキーワードだ。

 音楽でのマッシュアップとはどんなものか、わかりやすい例をあげると、トヨタの「bB」のテレビコマーシャル。CMの第1弾では、布袋寅泰とRIP SLYMEの曲が、第2弾では米米クラブとHOME MADE 家族の曲が、1つの曲のように使われていた。まったく異なる曲を、1つの曲のようにくっつけて使うのが音楽におけるマッシュアップだ。


米NetSuiteのザック・ネルソンCEO
 ITの世界のマッシュアップも音楽同様、異なるサービスをセットにして利用する。セールスフォース・ドットコムのシステムとGoogle Mapを連携して1つのサービスのように利用するというのが典型的な例だ。

 こうした異なるサービスの連携という発想が出てきたのは、いろいろなサービスがインターネット上で公開され、利用するユーザー側もそうしたサービスを加工して使うことに慣れてきたからだろう。これもASP時代には絶対に実現できなかったことだ。

 ただし、米NetSuiteのザック・ネルソンCEOは、「マッシュアップは大きな可能性を秘めている重要なポイントではあるが、すべてのことがマッシュアップで事足りるわけではない」とも指摘していた。企業の財務会計システムと給与システムの連動といった用途については、マッシュアップではなく、パッケージ製品同様「スイート」を利用する方が望ましいという。

 今後、マッシュアップが浸透していくにしたがって、「マッシュアップで実現できること」、「マッシュアップでは実現できないこと」をきちんと見極めていく必要があるだろう。


簡単には誕生しないSaaS用アプリケーション

 取材を進めていく中で、技術やノウハウが成熟した上で誕生したSaaSはASPのように簡単に消えていくことはないだろうと確信した。

 ひとつだけSaaSの今後に不安があるとすれば、簡単には対応アプリケーションの開発が進まないだろうという点である。

 セールスフォース・ドットコムへの注目度が高まり、同じSaaSを指向するネットスイートが日本に上陸したものの、後を追うベンダはなかなか登場しない。この状況は次々にASPを標ぼうする企業が登場した、日本でASPブームが起こった時とはだいぶ状況が異なる。

 なぜ追随するメーカーが現れないのか、正直なところ不思議だった。SaaSの可能性が案外小さいものだと感じているから追随するベンダが現れないのかと思っていたが、その疑問はネルソンCEOのことばで氷解した。

 「既存のクライアント/サーバー型のアプリケーションをデータセンター経由で提供しようとしたベンダはすべて失敗した。専用のアプリケーションを作ったベンダだけが生き残ったが、ユーザーに支持されるシステムを開発するには時間がかかる」

 確かにシングルシステム・マルチテナントでありながら、カスタマイズが可能なシステムの開発は容易にできることではない。つまり、SaaSアプリケーションが次々に誕生するというのは難しいかもしれない。

 ASPの時のように、いろいろな企業が市場参入を表明するわけではないので、いく分、地味な印象になってしまうところが、SaaSの弱点といえそうだ。

 おそらく、今後のSaaSは静かにヒタヒタと普及していくのではないかと、筆者は考えている。


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( 三浦 優子 )
2006/10/18 00:00

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