数年前のドットコム・バブルのおりには、企業名にドットコムという名の冠を被せた有象無象のベンチャーが誕生し、そのほとんどは数年を待たずして、わずかな例外を除いて消えていくという憂き目に遭ったことは記憶に新しいことでしょう。Web 2.0というキーワードを追っていくうえで、どうしても避けられないのは、このWeb 2.0がドットコム・バブルと同じ単なるブームに過ぎないのではないか、という疑問です。
Web 2.0が一過性のブームであり、気まぐれな狂騒に過ぎないのか。それとも数年にわたるトレンドであり、気高い構想であるのか。それを明確にしていくことこそ、この連載の求めるところです。
しかし、2005年の暮れになんとWeb 2.0をそのまま企業名にしたベンチャー企業が発足することを聞いたときには、さすがに驚きを禁じ得ませんでした。その名も「株式会社WEB2.0(ウェブ・ツーポイント・オー。以下、WEB2.0社)」です。
今回のゲストである佐藤匡彦氏は、ITベンチャーの草分けであるデジタルガレージのメンバーとして、テクノラティ・ジャパンの立ち上げに奔走されましたが、今回このWEB2.0社に移籍されたとのことで、急ぎインタビューさせていただきました。
■ WEB2.0社が提供するサービスは“CGM版オールアバウト”
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株式会社WEB2.0 佐藤匡彦氏
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─まず、WEB2.0社の概要をお聞かせいただけますか。
佐藤氏
WEB2.0社は、デジタルガレージとカカクコム、それにチケット販売のぴあとの合弁会社で、資本金は5000万円です。社長はデジタルガレージの林が兼任し、カカクコムとぴあからも取締役を招いています。また、実質的なオペレーションスタッフとしてデジタルガレージのブログ系ビジネスのリーダーと、技術担当としての私がいます。あとはエンジニアやデザイナーをこれから募集するところです。
─「WEB2.0」という会社名には驚きましたが(笑)、誰がつけたのでしょうか?
佐藤氏
社長の林です。
─こういってはなんですが、その臆面の無さはなかなかまねができませんね(笑)。ビジネスモデルはどういった形になるのでしょうか。
佐藤氏
概念としては、オールアバウトのようなCGM(Consumer Generated Media:ユーザーが参加してコンテンツを生み出すメディア)を作っていきます。具体的にいうと、オールアバウトは、企業側が選択したプロのモデレーターが得意なカテゴリーについて語っていく形式ですが、コンシューマの中にはあまり表面に出てこなくても優れた知識を持っている人たちがいます。彼らの意見や情報をどんどん見いだして、それ自体をメディアにして事業化したい、と考えたわけです。
─では、具体的な戦略はどうなるのでしょうか。
佐藤氏
まず「PingKing」というサイトを提供することで進めています。PingKingは、商品やアーティスト、イベントなど、物理的にあるものを語っていただく場所になります。詳しくはまだ話せませんが、1人が説明するというより多くの人が話していることを、広く紹介するWebページになります。Web 2.0らしい機能を組み合わせていきます。
─とすると、収益はやはり広告からになりますね。
佐藤氏
そうなるでしょう。サービスモデルをWeb 2.0の時代の流れに沿う、方向性をあわせるようにすることが大事ですが、それとビジネスモデルは別です。サービスモデルは先進的であるべきですが、ビジネスそのものが先進的である必要はありません。広告を収益源にするにしても、キーワードマッチでもバナーでも、何でもいいと思います。
■ ユーザーにどんな利益があるかを示すことが重要
─では、佐藤さん自身がWeb 2.0をどう考えているかについて聞かせてください。佐藤さんはWeb 1.0と2.0の間に「Web1.5」という段階があることをご自身のブログなどで述べられていますが、それはどういうことですか?
佐藤氏
Web 1.5は私の造語ではありません。Webの創世期を1.0とすると、ネットバブルの時代が1.5といえると思います。2.0との違いを明確にすることはなかなか難しいのですが、時期で分けるとそうなります。
Web 2.0を定義づけるとすれば、月並みですがインターネットがインフラとして挙動することでしょうか。それと、力が企業に集中していた時代から、ユーザーが力を持ち始めた時代に変わったともいえるでしょう。企業が上から見るのではなく、ユーザーと一緒にもの作りをしていくという感覚です。
─技術的なキーワードとしてはいかがでしょう?
佐藤氏
XML、Web API、Ajaxあたりでしょうか。あと興味を持っているのは「Microformats」や「Structured Blogging」といった、構造型のデータフォーマットです。インターネットは図書館のようなものだと思いますが、これまでのようなHTMLベースではデータが構造化されておらず、必要な情報を探すにも事欠く状況でした。Web 2.0以降では、XMLやMicroformatsのような形でデータが集められているべきと思います。
─Microformatsは米Technoratiが、Structured Bloggingは米PubSubが、それぞれ主導になって進めている、ブログのコンテンツフォーマットを統一しようとする運動ですね。
佐藤氏
そうです。オープンソースのように共通のタグを使ってデータの書き出しを行おうという動きです。ただ、Microformatsで足りないのは、肝心となる「その結果、何が起こるのか?」ということが、まだユーザーに通じていないところでしょう。フォーマットが書きやすくても、ユーザーに何かしらの利益を示せることが必要です。
─ユーザーとしては、小難しいことをいわれるように、何が得なのかを聞かせてほしいですね。
佐藤氏
そうですね。Microformatsでいえば、米Technoratiのチーフ・テクノロジストのタンテック氏が一生懸命になって普及に努めていますが、まだ一般に認知されてません。タンテック氏がタグなどに基づいて仕様を固めてきましたが、どのプレイヤーがどんなメリットを得るかが明確になってません。そこをはっきりさせないといけませんね。
■ “Web 1.0的企業”と組むことに意味がある
─ではWEB2.0社は、ユーザーにどのようなメリットを強く打ち出していきますか。
佐藤氏
アフィリエイトやPVなどは別として、PingKingを使ってくれる人に何らかのリターンを渡していきたいと考えています。
テクノロジーにおいては3つ。まず、とにかく標準化されているものをサポートします。その流れに乗って、Web 2.0の時代に向けたWebをしっかりと作ることを示していきたいです。
2つ目は、そうした流れ、つまりPingKingで使われている技術が、標準化の流れに則していることをユーザーに示すことによって、デファクトスタンダードになっていきたいと考えます。
3つめはオープンソースソフトウェア(OSS)プロジェクトに対する関与です。OSSを利用して作ったコンポーネントなどをオープンにし、Microformatsに返したい。そうして社会に還元するという仕組みを作りたいと思います。
─その方向でWeb 2.0的な別の企業とのアライアンスを進めることはありますか。
佐藤氏
いえ、Web 2.0を表明している企業と組むというよりは、Web 1.0的企業と組んでいきたいと考えていて、正直いってWeb 2.0的企業はあまり意識してません。カカクコムやぴあは、世間的にはWeb 2.0的だと思われませんから、そうしたところと組むことに意味があります。
いきなり現状のサービスをWeb 2.0的に変えていくことは難しいと思いますが、それをPingKingで手伝っていければいいと思います。ぴあの場合、ブログの口コミを利用してマーケティングすることがなかなかできないと思いますが、PingKingを使うことでそれを実現してほしいです。PingKingのコンテンツを、そうしたパートナーにフィードバックすることもあり得る。互いを強くすることを意識したいですね。
■ Web 2.0的サービスは「できるだけシンプルが理想」
─では、佐藤さんが個人的に好きなWeb 2.0的サービスはありますか。
佐藤氏
日本のサービスはほとんど知らないのですが、米国では「digg.com」と「del.icio.us」が好きです。また「commontimes.org」や「wists.com」のようなサービスも面白いです。テキストだけの世界から、より構造化、ビジュアル化したサービスが好きですね。
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ソーシャルブックマークサービス「del.icio.us」。2005年12月に米Yahoo!による買収が発表された
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del.icio.usは、もともと銀行員が片手間に作ったサービスが、ユーザーにすごく受けたのをきっかけに事業化し、それをYahoo!に買収されたことで、小資本のベンチャーとしてはいいビジネスになりました。アメリカではこういったことが日常茶飯事なのですが、日本では個人が新しいサービスを作って利益を得られる土壌がまだないので、真剣に取り組むことが少ないですね。だからなかなか魅力的なサービスが生まれません。
─グリーはどうですか?楽天の一社員が作ったサービスですが。
佐藤氏
グリーはそうかもしれませんが、まだまだ特殊な例です。米国では普通のことです。だからマッシュアップといわれても、日本では使えるAPIが少ないのです。
─これから出てくるであろうWeb 2.0的サービスというと、どんなものがいいでしょう。
佐藤氏
投資環境に準拠すると思いますが、できるだけシンプルな方がいいはずです。日本の企業はあの手この手でいろんな機能をつけて分かりづらくさせてしまう傾向があり、VC側も多様化を評価することが多く、結果的にベンチャーもあれこれ複雑にしてしまいがちです。これでは、よくありません。
個人的には小川さん(サイボウズ)が進めているFeedpathは好きですが(笑)PingKingは、見かけはどちらかというとWeb 1.0的になると思います。イノベーターやアーリーアダプターのような人に使ってもらうより、ITに疎い人向けサービスとして提供したいです。
だから、Ajaxも必要がなければ使わないかもしれません。大事なことは、インターネットがインフラになるということと、その上でデータが行き来するということ。そして、そのイニシアティブをユーザー側が持つということなので、我々はユーザーにどれだけ有用なデータを提供できるかを考えるべきだと思っています。
■ Webの標準化、構造化は止まらない
─最後に、2006年のWebビジネスについて佐藤さんの予想をお聞かせいただけますか?
佐藤氏
予想は難しいのですが…、Webの標準化、構造化の流れは止まらないでしょう。Web 2.0というキーワード自体はあまりはやらないかもしれません。なぜかというと、ブログやSNSのようなサービスと違ってWeb 2.0というモノが存在するわけではありませんから。ただ、サービス提供者がユーザーと一緒に創造していけるようなスタンスに変わっていく方がインターネット的に正しいし、面白いです。
インターネットビジネスの構造上、中間マージンを抜く人が多いのですが、そうしたビジネスモデルが崩れていくでしょう。そのきっかけになるのがオープンソースではないでしょうか。
個人的には、Web標準やMicroformatsというきちんとしたものを伝え、作ることによってインターネット上のデータをきれいに“整備”していくことを目指していきたいですね。
─期待しております。ありがとうございました。
■ Web 2.0に対する共通認識
佐藤氏や、前回お話を伺ったRSS広告社の田中氏とはFBSの活動を通じて話をすることが多いのですが、私も含めて全員が主に新サービスの立ち上げをしてきたというキャリアに共通点があります。
Web 2.0という言葉については共に冷静な見方をしていますが、Web 2.0的な環境変化が起きているという事実と、それがもたらすインパクトに対する認識に違いはありません。
この連載では、まずVC側のご意見を伺いました。次いでブログ事業、広告事業、(CGMの)メディア事業での成功を目指すベンチャー企業側のお話を聞いてきました。次回は視点を変え、米国のWeb 2.0的と呼ばれる企業の状況をレポートしてみようと思います。
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小川 浩(おがわ ひろし) フィードパス株式会社 COO。1996年、デル、ゲートウェイの代理店としてマレーシアにて日系企業および在住邦人向けのPC通販ベンチャーを創業。1999年9月にアジアと日本をまたがるSNSを開始。その後日立製作所にてコラボレーションウェア「BOXER」を立ち上げたのち、ネットビジネス・プロデューサーとしてサイボウズにジョイン。ブロガーとして「Web2.0 BOOK」「ビジネスブログ」シリーズなどの著作がある。 |
2006/01/17 08:35
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