先行ユーザーに聞くAzureのいいところ・悪いところ


 2008年10月の発表から半年が経過したAzure。現在、開発者向けCTPとして公開されており、国内企業でもAzureを利用したアプリケーションを実際に開発する企業も出てきている。今回、Azureを先行利用した企業に実際に使った上での印象などを伺った。


Windows開発者をそのままAzureに振り向けられるのがメリット-イースト

 イースト株式会社は、国内でいち早くAzure上でアプリケーションの開発を行ったソフトウェアベンダー。同社代表取締役社長の下川和男氏と、開発を担当したソフトウェア事業部 第三グループ 主任の遠藤大樹氏に話を伺った。

Azure上に移植された「Toripoto(トリポト)」

―どのようなシステムをAzure上に構築したのですか?

下川氏
 今回、Azureに移植したのは、JTBグループのeコマース専門会社の株式会社i.JTB、株式会社ジェイティービー情報システムとわが社が共同で開発していた「Toripoto(トリポト)」という旅の写真をオンライン上で、編集したり、共有したりするサイトです。

 もともと、ToripotoはWebサービスを念頭にして開発していました。クライアントには、Silverlightを使用し、写真を保存するアルバムサービスや画像サービスなどは、わが社が運営しているデータセンターで運用していのです。写真の編集機能などの多くは、Silverlightで処理しています。

 Azure版では、ユーザー認証にLive IDを使用し、アルバムサービスのデータはAzureのSQL Data Servicesを使用して、Azure側に保存していまする。そのほかの画像サービスは、イーストのデータセンターで運用しています。

 つまり、Azure版のToripotoは、Azureとオンプレミスのデータセンター、Silverlightを利用したクライアントという構成になっています。

―Azureへの移植には、どのくらい期間がかかりましたか?

遠藤氏
 Azureに移植すると決めてから、作業自体は3日ほどで終わりました。少し、SQL Data Servicesの部分に手間取りました。それよりも、Azureのドキュメントを読み込んだりする方が時間がかかりましたね。

 Toripotoサイト自体が、Webサービスを意識したシステム構成を採用していたことで、写真の編集機能などのインタラクティブな部分は、Silverlightを使ってクライアント側で処理する仕組みとなっています。このため、クラウド側では、ユーザーインターフェイスに関連する処理はありませんでした。まあ、Toripoto自体がクラウドサービスを意識した設計になっていたため、クラウドに持って行きやすいアプリケーションだったといえるでしょう。

 クラウドをまったく意識していないアプリケーションをAzureに移植するのは、大変だと思います。Webサービスを意識したToripotoだったからこそ短期間で移植できたのだと思います。もともとがWebサービスを意識していたから、Azureとオンプレミスのサーバーを連携させて動かすという仕組みも簡単にできたのだと思います。

Azure版のToripotoサイト。Webサイト部分、ID管理、データベースをAzureにポーティングしている

―御社にとってAzureはどのようなメリットがありますか?

下川氏
 イーストのような開発中心の企業にとっては、Azureのようなクラウドサービスは待ち望んでいたモノです。現在、Windowsベースのデータセンターを運用していますが、このデータセンター自体をメインのビジネスとは思っていません。受託でさまざまなアプリケーションを開発していく上で、運用もということで、流れでデータセンターの運用をしています。だから、Azureのようなクラウドが、データセンターの運用といった部分を受け持ってもらえるなら、規模の小さな企業にとっては大きなメリットがあります。

 データセンターは、設置するのにサーバーやデータ回線など初期投資がかかります。また、安定した運用を考えれば、専任の管理者も必要になってきます。こういう部分をAzureが受け持ってもらえるなら、われわれはより開発に注力することができます。

 ビジネスという面では、規模の小さな企業にとって、低コストでサービスが開発できるクラウドは、月額使用料といった日銭を稼ぐ手段になるのではとも考えています。これは、システムを開発して、運用をしていくことができれば、システム開発費とは別に、月々の運用費用も稼ぐことができるからです。

 今までなら、ほかのデータセンターに運用を任せたり、コストはかかるが自社でデータセンターを運用したりすることになります。しかし、Azureなら、データセンター自体の運用はマイクロソフトが行ってくれるため、それほど手がかからず運用できると思います。このため、データセンターの運用コストはかからなくなり、月々の運用費用は収入として入ってくるのです。

 たしかに、Azureに支払う費用は発生しますが、自社でデータセンターを運用しているコストを考えれば、きっと安くなるでしょう。

 また、開発したシステムの負荷が急速に上がったとしても、Azureなら必要なときにサーバーを増やし、負荷が低くなったら、サーバー数を減らすという、負荷に応じたサーバー数の増減が行えます。これなら、必要なときにCPUパワーを増強し、いらないときにはCPUパワーを減らして、コスト効率のいい運用ができるでしょう。こういったことは、実際にハードウェアを導入するデータセンターでは、なかなか対応できません。

―クラウドコンピューティングが重要で、別にAzureでなくてもいいのではないですか?

下川氏
 われわれがWindowsベースの開発を行っているということもありますが、AzureはWindowsベースのサービスが数多く搭載されています。例えば、データベース一つとっても、今までオンプレミスで使っていたSQL Serverに近いモノが、Azureで利用できます。

 また、開発環境や言語を考えても、今まで使っていたVisual StudioやC#、ASP.NETがそのまま利用できます。経営者にとっては、Windowsのシステムを作っていた開発者をそのまま、Azureというクラウドサービスの開発に振り向けることができます。もし、クラウド独自の開発環境や言語などが必要になれば、新たにクラウド向けの開発者を育てなければなりません。こういうことにコストがかかるのは大変なことです。既存のWindowsの開発者が、スムーズにAzureの開発に移っていけるというのは、重要なことなのです。

 Windowsの開発者が、そのままAzure上でのアプリケーション開発が行えるという点は、マイクロソフト自体も狙っている部分なのでしょう。だからこそ、Windowsの環境をそのままAzureに展開しているのだと思います。

―Azureについてはどうお考えですか?

下川氏
 現状のAzureは、CTP版なので、機能も不足していたりします。しかし、2009年中には、多くの機能が作られて、実際にAzure上でビジネスが行えると思います。Azureの使用料に関しては、まだ発表されていませんが、ワールドワイドで大規模なデータセンターが運用されることを考えれば、リーズナブルなコストになると思っています。マイクロソフト側も、Azureのコストが高ければ、ほかのクラウドサービスと競争していけないと思うため、リーズナブルなコストになると信じています。

 ただ、さまざまなサービスがAzure上に展開されているので、サービスそれぞれがオプションになり、全体で考えると、ある程度コストはかかる可能性も否定できません。

―クラウドコンピューティングは、ビジネスにどのようなインパクトを与えますか?

下川氏
 Azureなどのクラウドサービスが一般化すれば、ソフトウェア開発のビジネスモデルも変わるかもしれません。

 現在、データセンターの運営を含め、ある程度の規模の企業でないとサービスを運営するのは難しいですが、Azureなどのクラウドを使えば、少人数のチームで作ったアプリケーションを、それほどコストをかけずに運用することもできます。大ヒットアプリケーションを個人で開発・運用することも可能になるかもしれません。

 多くのPCがインターネットに接続されていることを考えれば、PC向きのアプリケーションもAzure上で配布することも可能になるでしょう。アプリケーションのアップデートもネットで自動的に行えることを考えれば、アプリケーションの販売モデルも変わるかもしれません。

 Azureは大きなインパクトがあると思います。もしかすると、Azureは、DOSからWindowsへとOSが移行していったこと以上の大きな節目になるのかもしれません。


クラウドリソースとしてのAzureに期待-グレープシティ

 グレープシティ株式会社は、中高向けの学校運営システム「レーザー」をASPモデルで提供しているソフトウェアベンダー。今回、このASPモデルの学校運営システムを、そのままAzureにインプリメントしている。同社レーザー事業部 開発統括部長の中村亨氏に話を伺った。

クラウド環境向け「レーザー」の構造図

―ASPモデルでサービスを提供されているモノを、なぜAzureにインプリメントしたのですか?

中村氏
 2003年から、当社の「レーザー」という学校運営ソフトをASPモデルにして提供していましたが、ユーザー数が増えるにつれて、サーバーの運営コストがかさんできました。現在約700校(1200ライセンス)のユーザーを、あるホスティングベンダーのデータセンターで運営しています。これ以上、ユーザーが増えていくと、さらにサーバーを増設していかなければなりません。ただ、データセンターにラックが空いていなかったり、電源が足りなかったりと、サーバーの増設自体も難しくなっています。また、クライアントが増えたからといっても、翌日にサーバーを増強するわけにはいきません。

 そのほか、学校運営システムという性格上、年度末に作業が集中しがちです。この時期の負荷に合わせてサーバーを増強しているため、年度末を過ぎると、サーバーのパワーが余ってしまっています。つまり、1~2カ月の忙しい時期に合わせて、後の10カ月ぐらいサーバーを遊ばせている状況になっています。

 そこで、クラウドコンピューティングを利用すれば、自社でサーバーを運営してサービスを提供する部分のコストを低下できるのではないかと考えました。また、忙しい時期には、クラウド側のリソースを増強して、暇な時期にはコスト重視でリソースを抑え気味に運営するといったことが可能なのではと考えたのです。

―Azureへのインプリメントは大変でしたか?

中村氏
 Azureのデータベースが、SQLベースではなくACEモデルだったので、データベース設計が最初からになり、大変でした。ただ、3月にAzureのデータベースがSQLモデルになると発表があったので、これから先はデータベースをまるっきり最初から設定し直すことにはならないでしょう。

 今回は、テストをかねて、ASPの学校運営システム「レーザー」の月額使用料管理システムをAzureにインプリメントしています。ID管理には、Live IDを使用しています。システムの一部だけを自社のデータセンターにおいたりしているわけではありません。

 インプリメントには、データベース設計を一から行ったため、20人月ほどかかりました。データの量も256ユーザー分に限ってテストしているため、それほどヘビーなテストというわけではありません。まあ、Azure上での開発がどんなモノかテストしてみたという状況でしょう。

―Azureで開発を行って問題点などはありましたか?

中村氏
 新たなサービスということを考えれば、空のデータベースでサービスは始められますが、われわれのようなサービスでは、クライアント/サーバーやASPからの移行になると思います。実際に、Azure上に構築したサービスにデータを移行しようとしたら、256ユーザー分のデータ登録に34時間もかかってしまいました。これはちょっと時間がかかりすぎです。このあたりは、SQLモデルにデータベースが変更されたことで、使いやすくなるといいですね。まあ、現状のAzureは、機能テスト版ですから、パフォーマンスや信頼性など、まだまだキチンとした評価ができる段階ではありません。

 学校運営システムというサービスの性格上、クラウドサービスにおいても、日本国内にデータセンターが必要ではないかと感じています。これは、ネットワークのレイテンシーなどのテクニカルな問題よりも、法規的な問題や官庁などの意向が絡んでいます。マイクロソフトも日本国内にクラウドサーバーを構築しないと、官公庁関連のビジネスは取りにくいと思います。

 また、データに対する学校側の考え方もあります。ASPモデルでも経験したのですが、ASPモデルであっても学校外にデータが存在するということを問題視する場合もあります。もし、クラウド化を行うなら、重要なデータは校内のサーバーに置いて、そのほかのサービスはクラウドを使うといった切り分けが必要になるでしょう。

―実際にAzureは、御社にとって有効ですか?

中村氏
 Azureに関しては、性能評価など突っ込んだところは、まだ評価できていません。Azure自体がそこまでのレベルに達していないからです。また、Azureの価格、SLA(サービスレベルアグリーメント)、稼働率などが明らかになっていないため、本格的な評価はまだ無理です。今後、Azureの機能をテストしていき、今年秋ごろにはAzureが本サービスを開始するので、その後状況を見て、1~2年ほどかけて、クラウドコンピューティングに移行したいと思っています。

 学校運営システムのレーザーをAzure化するかどうかは、はっきりいって決まっていません。Amazon EC2、Google App Engineなど、いくつかの企業がクラウドコンピューティングのインフラを提供しています。これらのサービスとAzureを比較して、コストや開発面などを考慮して、対応していきたいと考えています。

 ただ、現在ASPモデルのサービスを提供しているので、何らかの形でクラウドコンピューティングに学校運営システムのレーザーを移行させていくと思います。運営コストなどを考えれば、クラウド化は必須になっていくでしょう。

 学校向けのシステムは、単に経済コストだけでなく、先ほど話したように法規や省庁のルール、学校側の意向などもあるため、ASP化するだけでも大変でした。システムの開発自体は、それほどの問題にならないのですが、それを利用する学校側の意識を変えてもらうのに、時間がかかりました。クラウド化も同じような問題が横たわっていると思います。テクノロジーやコスト面だけでは、片付かないことが多いのです。

 今後を考えていけば、サービスの利用コストの値下げ、サーバーの運用コストの低減など、ビジネス面ではいろいろなことがあるので、安く、高信頼で、必要なときにリソースを簡単に増やせるクラウドは魅力的ですね。今後、Azureなど、さまざまなクラウドコンピューティングを検討していきたいと考えています。ただ、Azureは、マイクロソフトが持つさまざまなWindowsミドルウェアが提供されているので、Windowsベースのアプリケーション開発を行っている企業にとっては技術的なハードルは低いと思います。






(山本 雅史)

2009/4/23 09:00