コミュニケーション革命の波が到来? 「Google Wave」とは何か


 Googleが発表した「Google Wave」が大きな反響を呼んでいる。かつて「Google Maps」を開発した名コンビRasmussen兄弟が新たに世に送り出した最新のWebサービスだ。既に「次世代通信ツール」「新メッセージング&コラボレーション・プラットフォーム」「リアルタイム・コラボレーション基盤」などさまざまに表現され、その可能性にWeb業界は注目している。Google Waveとは、いったい何なのだろうか?

 開発者向けカンファレンス「Google I/O2009」で、Waveは「パーソナル・コミュニケーション/コラボレーションツール」という紋切り型の言葉で紹介された。だが、そのデモは参加者に大きなインパクトを与え、参加者からは、うなりと拍手がわき上がった。

 デモは、オンラインの友人に送信したメッセージ(Wave)に対し、返信のタイピングがリアルタイムに表示されるものや、会話の途中でWave画面に写真をドラッグ&ドロップすると、即座に相手の画面に表示されるといったもの。このほか、インラインメッセージを利用して行うドキュメントのリアルタイム編集、英語とフランス語のユーザーが翻訳ロボットを介して行うリアルタイムのコミュニケーション、ネットワーク越しであることを感じさせないユーザー対戦チェスゲームなどだ。

 この様子はビデオアーカイブにしてGoogleのWebサイトで公開されている。約1時間20分のビデオからは、なにか、すごいものが登場したとき特有の緊張(水を打ったような静かさの中からわき上がる驚きと期待)を感じることができる。

 Waveは、技術的には、「Google Web Toolkit」で作成した「HTML 5」準拠のサービスだ。リアルタイム、コラボレーションをスムーズかつ直感的にするユーザーインターフェイス、拡張性などが特徴となる。電子メール、インスタントメッセージ(IM)、Wiki、Twitterのようなマイクロブログ、ソーシャルネットワークといった長短あるコミュニケーション手段の長所を取り出し、洗練されたインターフェイスでくるんだというイメージである。

 Googleは、プロダクトとサービスとしてのWaveに加え、プロトコルとプラットフォームとしてもWaveを推進していく考えだ。Waveは現在、開発者向けのプレビュー段階で、同イベントの参加者のみにアクセスを制限しているが、組み込み型と拡張型の2種類のAPIを公開して開発者の参加を呼びかける。将来的にはコードを公開し、オープンソースプロジェクトとして進めていくという。

 Googleの狙いは何だろう? 開発者会議でWaveを紹介したLars Rasmussen氏(兄弟のJens Rasmussen氏とともにGoogle Mapsを送り出した)はステージで、こう着想の背景を述べている。

 「電子メールはインターネットとWebの前に誕生した。もし電子メールをいま発明するなら、どんなものになるのだろう」。つまり、インターネット上のコミュニケーションを根本から作り直すことが、Waveの、少なくとも開発時の目標なのだ。

 ひょっとするとGoogleは、いまわれわれが利用しているSMTP電子メールを不要にするつもりかもしれない。あるいは、Twitter人気が引き起こしつつある“情報のストリーミング”時代に向けた回答を示したとも見える。Waveが単なる新しいWebアプリの提供ではなく、Webの革命を狙うとすれば、非常に野心的なプロジェクトである。

 このWaveの発表に対して、業界は賞賛を送っている。CNETは「iPhone発表時に匹敵する興奮」とし、匿名希望のGoogleのライバル企業をはじめとしたI/O参加者のコメントを引用している。Technologizer.comも「これまでで最も野心的なサービス」と称える。オープンソース業界で著名なブロガーMatt Asay氏(英Alfresco)は、Waveのような構想はIBM、Oracle、Microsoftからは生まれなかったし、その模倣に終始するベンチャーからも出てこなかったとしたうえで、「(Waveは)Googleよりも大きく、業務ソフトウェア業界に、イノベーションとはかくあるべきだと示すもの」と絶賛している。

 Waveが取り付けた最強の支持者は、「Web 2.0」という流行語を作ったTim O'Reilly氏だろう。O'Reilly氏は、自身のチャネル「Radar」で、プロトコルを公開し、他のプロバイダーに採用を呼びかけるフェデレーションモデルを推進するGoogleのビジョンを「支持」し、「業界がこの挑戦を受け入れることに期待したい」と記している。

 だが、ビジョンがいかに正しくても、現実には、世界中にSMTPサーバーがあり、企業はSharPointやExchangeといった既存資産を抱えている。個人ユーザーは別として、企業がWaveを受け入れるかとなると、疑問だ。また技術インフラだけではなく、習慣の問題もある。CNETのWebwareチャンネル編集長Rafe Needleman氏は、「驚嘆」と賛辞を送りながらも、「ユーザーがなじんだ機能の多くと重複しており、離陸には障害がある」とも記している。

 Waveは部分的な導入ではなく、全面的に利用することで最大の威力を発揮しそうに見える。ユーザーの根本的な意識改革が起こせるかどうかは今後の課題だろう。また、Microsoftウォッチャーとして有名なMary Jo Foley氏が「WaveはGoogleのMicrosoft化を示すもの」と記したように、Googleがインターネットの根本部分を定義していくことへの抵抗も予想される。

 Computer Worldは、Googleが、Waveを「Google Apps」に組み込み、オンラインアプリケーションの付加価値を高めることで、まずは普及を図るのではないかとみる。このあたりは、Googleの今後の動きで分かってゆくだろう。

 実際にWaveが成功するか否かはともかく、その登場は新しい時代を感じさせる。O'Reilly氏は「HTML5によって、Webアプリケーションはネイティブアプリケーションに対抗できるだけではなく、打ち勝てる」というGoogle幹部の言葉を紹介しながら、現在を「クラウドアプリ時代における、DOSとWindowsの境目のような地点」と説明する。そのうえで、「Webはプラットフォームであり、われわれが今日使っているあらゆるアプリケーションを、LarsとJensの視点で見直す必要がある」と言う。

 Lars Rasmussen氏はデモの最後に、「Google MapsでAPIを公開したあとには、われわれが驚かされるようなことが起こった。そういうことがWaveでも起きることを期待したい」と締めくくった。

 Waveが発表されたのは、Microsoftの「Bing」の発表と同じ日だった。BingでGoogleを追うMicrosoftに対し、Googleは、さらに新しい世界を提示して見せたといえる。O'Reilly氏が書いたように、MicrosoftがDOS時代に「Windows 95」で驚かせたのと同じ“境目の地点”ならば、この日はインターネットの歴史に残る日になるかもしれない。



(岡田 陽子=Infostand)

2009/6/8/ 09:00