「Word」「Office」販売差し止め-小さなベンチャーに負けたMicrosoft


 Microsoftの米国向けオンラインストアから、「Word」「Office」の一部製品が消えた。Wordの機能の一部をめぐる特許侵害訴訟で裁判所が下した販売差し止め命令を受けたものだ。Microsoft側は、これまでのところ完敗しているが、まだまだ戦いをやめる気はないようだ。

 問題の特許権を持っているのは、従業員約30人のカナダのベンチャー企業i4iだ。同社は、「Word 2007」「Office 2007」に搭載された「カスタムXML機能」が自社の特許権を侵害しているとして2007年3月にテキサス州連邦地裁に提訴した。

 i4iが所有する特許は「コンテンツと構造が分離されたドキュメントを操作する方法およびシステム」で、1998年に取得した。MicrosoftがWordに搭載したカスタムXMLは、独自のXMLスキーマをWordに埋め込むことができる機能で、WordのカスタムXMLを含む「.XML」「.DOCX」「.DOCM」「.DOCM」形式のファイルを開く機能が侵害にあたると認定された。

 陪審は2009年5月、i4iの主張を認める評決を下し、同連邦地裁がMicrosoftに2億ドルの損害賠償支払いを命じた。また8月には、該当機能を含む製品の販売差し止め命令が下されたが、Microsoft側は控訴。さらに、急な販売停止はユーザーや業界に混乱をもたらすと申し立てたDellやHewlett-Packardの援護射撃もあって、命令の執行は延期となった。

 そして、第二ラウンドの控訴審では12月22日、連邦巡回控訴裁判所が一審を支持。Microsoftにあらためて販売差し止めと、懲罰的損害賠償もあわせた2億9000万ドルの損害賠償金支払いを命じた。Microsoft側の完敗である。

 Microsoftは即日発表した声明で、発効日までに差し止め命令に対応すること、次期版「Word 2010」「Office 2010」のベータ版では該当機能を搭載しないことを明らかにした。

 今回の1月11日の販売停止は、こうして迎えたものだ。Microsoftはオンラインストア、MSDNやTechNetからOffice 2003、Word 2003、Office 2007、Word 2007などを削除。あわせて、修正した製品を近日中に投入するとしている。また、ダウンロードセンターでは、Word 2003向けのパッチをはじめ、カスタムXMLを無効にするパッチを公開している。

 この訴訟は、Microsoft側に不利な展開となっている。裁判官は電子メールなどの証拠を基に、同社が「意図的に特許を侵害した」とまで述べており、小さなベンチャーとの争いで、巨人Microsoftの面目は丸つぶれだ。

 それでも同社は争う姿勢を崩していない。12月22日に「上訴を含め法的な可能性を探っている」とコメント。1月8日には連邦控訴裁判所に陪審と大法廷の両方での再審理を申し立てた。大法廷による再審理の要求は通常、「法的な問題というより政治的なもの、(中略)問題に対して意見を申し述べるため、標準的な訴訟手続きを回避するために用いられる」(Seattle Post Intelligencerでの特許弁護士の解説)という。

 カスタムXMLを利用しているユーザーは0.2~0.5%程度というから、削除による影響は少ないといえそうだ。だが、Microsoftが引く気配はない。なぜなのか――。

 1月8日の申し立てについて、Microsoftの広報担当ディレクター、Kevin Kutz氏は、Mary-Jo Foley氏や一部のメディアに対し、「12月22日の判決は、これまでの訴訟手続きおよび損害の測定と矛盾するものであり、この判決が、将来の特許訴訟において、判事が適切な保護を適用する権限を弱めることになる」と説明している。だが、これもわかりにくい。

 ハイテク専門弁護士のAndy Updegrove氏はブログで、この訴訟を“熟達した2人のプレーヤーによる、いちかばちかの商業的チェス”と呼んでいる。

 同氏によると、損失額を考えた場合、Microsoftにとっては明らかに訴訟を継続する方が合理的だという。高額な報酬を支払っている弁護士たちを活用した方が、損害賠償金よりも安上がりというわけだ。同社は法廷に提出した書類で、2億9000万ドルという額は「はなはだしく度を超えるもの」と記している。

 一方、Microsoftが戦いの継続を宣言するとなれば、i4iにとっては、今からでも、より少額の和解金で訴訟を終結させる動機になるという。なぜなら、1)獲得できる額が今後減少する可能性、2)訴訟費用の負担、3)最終的な敗訴、などのリスクを抱えることになるからだという。

 ただUpdegrove氏は、このチェスでは「Microsoftはクイーンを失ったところだといってもよい」とも述べ、同社にとって厳しい状況であることも間違いないとも指摘している。



(岡田 陽子=Infostand)

2010/1/18/ 09:10