Flash対応を拒むApple、デファクト戦略を貫くAdobe


 Steve Jobs氏は1月末、新しいタブレット端末「iPad」を“魔法のような端末”として自信たっぷりに披露した。だが、デモの画面では、New York Times紙のFlashで表示される部分は空白。その後、自社のモバイル端末ではFlashのサポートを拒む姿勢を明らかにした。これに対し、Adobeは、デファクトスタンダードを受け入れない頑迷な態度として非難している。両社の論争を読み解いてみよう。

 これまでiPhoneのFlashサポートについては、あまり正面から議論されることはなかった。しかし、今回、Adobeはすぐに反応し、Flash担当マーケティングマネージャのAdrian Ludwig氏が「(iPadには)大事なものが欠けている」と公式ブログで指摘した。

 このFlash論争が一挙にヒートアップしたのは、Jobs氏がFlashを散々こきおろしたと伝えられてからだ。Jobs氏は従業員向けのクローズドなミーティングなどで、Flashをサポートしない理由として、「バグが多い」「CPUを浪費しまくる」「怠惰」などと言ったという。また、次のWeb標準であるHTML5では動画サポートが加わるため、Flashはもはや不要になるとの見解も示したという。

 対するAdobeは、CTOのKevin Lynch氏が公式ブログで「怠惰なのはAppleの方」とやり返す。またThe Mercury Newsなどによると、CEOのShantanu Narayen氏は、スペインで開かれたMobile World Congressでのインタビューで、「Appleのビジネスモデルはプロプライエタリなロックインをしようとしている」と非難したという。

 これまでは、業界のプレッシャーの中で、いずれAppleもFlashに対応するだろうと見る向きが多かった。しかし、こうなると、Apple側が折れる可能性は低そうだ。

 このFlash対応の議論は、1)“HTML5の動画”か“デファクトスタンダードのFlash”か、2)ビジネスモデルをどうするか、の2つの点に分けることができる。

 まずHTML5とFlashだ。Flashは、「YouTube」の動画をはじめ、さまざまなコンテンツで利用されている。ユーザーの環境を気にせず開発できるWebブラウザプラグイン、プレーヤーの無償配布でインストールベースを増やし、デファクトにするといったAdobeのやり方は、PDFの場合と同じだ。

 その結果、FlashはPC向けインターネットの世界で圧倒的な地位を築いている。インストール率は98%、コンテンツでもWebゲームの70%、オンライン動画の75%がFlashベースという。そしてAdobeは次の主戦場となるモバイルでもFlash普及を推進しており、すでに携帯電話メーカーのトップ20社中19社が何らかの形でFlash搭載を実現または計画中という。

 Appleは20社中で唯一、Flashに対応していない携帯電話メーカーだ。それでもiPhoneが成功していることは、Adobeの主張も絶対ではないということを実証している。つまり、Flashがなくてもモバイルインターネットを楽しめる。そのうちHTML5が現実のものになる。であれば、それまでFlashなしでやっていけるのではないか――。Jobs氏はこう考えているのだろう。

 一方、AdobeのLynch氏は「HTML5が登場したところでWebブラウザ間の互換性を確保できるとは限らない。開発者はそれぞれのブラウザ向けにコンテンツを作成する必要に迫られるだろう」との見解をブログで表明している。

 新しい標準が確立されて、それまでの標準が一気に廃れた例は、テクノロジーの世界ではいくらでもある。だが、現状を考えると、まだまだFlashの地位は揺るがないとみる業界人は多い。

 例えば、IDCのアナリスト、Al Hilwa氏は「HTML5が標準として完成するまであと3~5年はかかる/HTML5が登場しても、既存のコンテンツを書き直す作業は時間を要する/HTML5で動画コンテンツを開発できるようになるまでは複数のブラウザで作業をする必要があり、既存のFlash資産を捨てたいとは思わないはずだ」(Financial Times紙へのコメント)と述べている。

 もう一つはビジネスモデルの観点だ。Apple InsiderやBusiness Weekは、Jobs氏の狙いをAppleの端末戦略の要である「App Store」を守ることだと指摘する。

 つまりAppleは、App Storeで販売しているコンテンツとユーザーの間に、他のソフト企業が入ってくることを望まないし、Adobeをメディア配信ビジネスに参入させくない。

 一方で、Android、Symbian、Windows Mobileなど他のプラットフォームの開発者がネイディブソフトの代わりにFlashを使うようになれば、「Android Market」や「Nokia Ovi」など、App Storeのライバルたちの存在意義が薄れ、App Storeのリードを強化することができる、というわけだ。

 ともかくモバイル、Web、動画はハイテク業界の大きなトレンドだ。それが交差する今回のApple対Adobeの論争は、いよいよこの3つのトレンドが融合しはじめたことを印象付けている。これは「将来に向けた戦い」(IDCのHilwa氏)なのだ。

 なお、先週は動画関連の動きとして、ビデオコーデック技術を開発するOn2 Technologiesの買収をGoogleが完了したというニュースもあった。

 On2はHTML5のビデオコーデック候補「Ogg Theora」をベースとする技術を持っている。HTML5では、Ogg TheoraとH.264でブラウザベンダーの支持が分かれていたため、W3C(World Wide Web Consortium)は結局、「義務付けなし」としている。Googleが今後、On2技術をどうに展開するかによって、Web動画の将来が変わってくる可能性もあるのだ。



(岡田 陽子=Infostand)

2010/3/1/ 09:00