18歳のアメリカンドリーム~ランダムチャット「Chatroulette」創業者米国へ


 誰か知らない相手とランダムに接続されてビデオチャットを楽しむ――。そんなサービスが評判になっている。今年に入って急速に広まっている「Chatroulette」(チャットルーレット)は、このままいけばTwitterやFacebookのように“化ける”可能性も感じさせる。創業者はロシアの高校生。彼は今春、あこがれのアメリカの地を踏み、アメリカンドリームを実現させるべく一歩を踏み出した。

 

誰が出てくるかわからないルーレットのようなチャット

 Chatrouletteは、Webカメラとインターネットにつながった端末さえあれば、世界中のユーザーと“場当たり的”にチャットを楽しめるサービスだ。気に入らなければ「Next」ボタンを押せばいい。すぐに画面が変わって、次の相手が現れる。誰が出てくるのかわからないルーレットのようなチャットというわけだ。

 人々を引きつけるのは、画面に飛び込んでくる映像だ。いろんな人種や国籍の人に会えるのはいうまでもない。ダンスや楽器などのパフォーマンスをする人、ぬいぐるみ、グループでカメラの前に座るティーンネージャーとまさに何でもあり。話題が話題を呼び、即興ピアノプレーヤーといった有名人も生まれた。本人が名乗らない限り匿名で、互いに名前や素性を知らないままコミュニケーションできる。それだけに、「pervert」(ヘンタイ)と呼ばれる人たちに当たることあるので、少々覚悟も要る。

 このサービスは今年2月ごろから米メディアを中心に取り上げられるようになった。当初はビデオチャットのダークな部分にスポットがあたったが、関心は次第に、誰がこのサービスを思いついたのかに移っていった。

 

創業者はロシアの高校生

 当初「ロシアの高校生」とだけ伝えられていた創業者、Andrey Ternovsky氏の人物像を詳細に紹介したのは、インテリ・富裕層向け雑誌の「The New Yorker」だ。同誌が明らかにしたプロフィールは非常に興味深い。

 Ternovsky氏はソビエト連邦解体の翌年である1992年4月、数学者の両親の間に生まれた。数学の成績が特に優秀というわけでもなく、父親に与えられたコンピュータが「唯一の世界の窓だった」という。彼がChatrouletteの原型「Head-to-Head.org」を Webフォーラムで公開したのは2009年8月。この時、Ternovsky氏は17歳だった。

 サービスを始めたきっかけは、前の年の夏に経験したアルバイトだったという。Ternovsky氏はモスクワで観光客相手に土産物店を営んでいたおじの下で働きながら、世界中からやってきた客と片言でおしゃべりを楽しんだ。その体験をインターネットサービスとして実現できないか――と考えたのである。

 こうして翌年の夏、Head-to-Head.orgが誕生した。画面からは、名前も年齢も知らない相手の顔、プライベートな生活や状況が伝わってくる。Nextを押せば全く違う別の世界をのぞける。なるほど、Chatrouletteは、入れ替わり入ってくる観光客と数分の立ち話を楽しむような体験に似ている。

 だがインターネットには新しいアイデアがあふれており、このサービスもいきなりユーザーを集められたわけではない。Chatrouletteも面白いアイデアだが、Head-to-Head.orgというサービス名では浮上できなかったかもしれない。

 Ternovsky氏はサービス開始から3カ月経った2009年11月、映画「ディア・ハンター(The Deer Hunter)」のロシアンルーレットのシーンに着想を得て、サービス名をChatrouletteに改称する。これが転機となって、まず、ブラジルのサッカーファンがスポーツのチャットに利用する。一方で、pervertも流入してきて、それが注目を集めるきっかけになった。

 ユーザーは急増し、これに応えて、Ternovsky氏はテーマ別チャットルームやメッセージボードなどの機能を追加しては削除する試行錯誤を重ねていった。

 資本金らしいものといえば、父親からもらったという1万ドルだけ。Ternovsky氏はこれをもとに7ドルで「Chatroulette」ドメインを購入し、設備投資を行う。ロシアのデートサービス「Manba」からの1日1500ドルの売り上げは、ベラルーシ在住のプログラマー5人とドイツに立てたサーバー15台にあてた。これは、渡米するまで続いたと思われる。

 Chatrouletteは、ほどなく“次のFacebook”を探し回っている投資家の目にとまる。Ternovsky氏はニューヨークの大手ベンチャーキャピタル、Union Square VenturesのFred Wilson氏から声をかけられ、すぐに同氏の支援の下でビザを取得し、渡米することになる。

 

米国の投資家からの出資で米国で起業

 3月7日、米国の地を踏んだTernovsky氏を待っていたのは、知らせていないのに空港に出迎えたというロシアの投資家Yuri Milner氏だ。だがTernovsky氏はMilner氏の誘いを断った。米国の投資家からの出資で米国の会社を立ち上げることにこだわった。「モスクワには帰らない」と語るTernovsky氏は3月中旬に予定していた帰国を取りやめ、米国でビジネスを成功させるためにパロアルトで新生活をスタートさせた。

 彼は現在、卓越した能力を有する人に発給される「O1-ビザ」の取得手続に入っており、モバイル向けソーシャルゲームベンチャー、 Social Gaming Networkの創業などで知られるShervin Pishevar氏の指導と投資を受けているという。

 モスクワから米国に渡るまでを取材したNew Yorkerの記事には、逸話もちりばめられている。「数学ではあれほどの空白分野があるのに、どうしてコードがかけるのだろう」と数学ができないことから両親がつけたという家庭教師は首をかしげる。また、渡米当日の心配そうな両親の様子からは、西側諸国の若者と違って旅行慣れしていない幼さやうぶさもうかがわれる。モスクワ時代、New Yorkerの記者にビジネスについて聞かれたTernovsky氏は「知らない。勘定していない」と無頓着な返事を返した。米国では、パロアルトのアパートに入居して2400ドルで買った自転車が翌日盗まれるという事件にも遭遇した。

 Ternovsky氏は自身の夢をかなえることができるのだろうか? チャンスはありそうだ。Chatrouletteの最大の特徴は匿名性にある。同じ動画でも、You Tubeにはないリアルさとコミュニケーションがある。同じソーシャルでも、実名と顔写真とともに人々が健全で明るいインターネット世界を演じるのがFacebookとすれば、Chatrouletteはその対極にある。

 ルーレットのように移り変わる画面からは、人間が本能として持つ他者や社会への興味を感じることができる。「インターネットを組織化し、居心地がよく安全な場所にするという10年にわたって続いたトレンドに逆らうものだ」とNew Yorkerの記者は分析する。10年を彩るのはGoogle、MySpace、Facebookなどのサービスだが、「Chatroulette は、ユーザーがカオスも求めていることを裏付けるものだ」ともいう。

 Ternovsky氏は米国で新しい一歩を踏みだし、18歳の誕生日を米国で迎えた。その行く手には、どんな世界が待っているのだろう。


(岡田 陽子=Infostand)

2010/5/17/ 11:24