「Windows 7は計画を2割上回る実績」、マイクロソフト樋口社長に3年目の抱負を聞く
マイクロソフトの樋口泰行社長が、2008年4月1日に、社長に就任してから2年が経過した。この間、経済環境の悪化という厳しい状況のなかでのかじ取りを余儀なくされる一方、2009年10月のWindows 7の発売をはじめとする大型プロダクトの発売を成功させるなど、新たな製品による成長戦略にも経営手腕を発揮してきた。
社長就任直後から「顔が見えるマイクロソフト」への転換を掲げるとともに、「ワン・マイクロソフト」への進化にこだわり続けてきた樋口社長の取り組みは、この2年でどんな成果として表れているのだろうか。樋口社長に、これまでの2年間にわたるマイクロソフトの変化と進化、そして、今後の取り組みについて聞いた。
■この2年間、“ワン・マイクロソフト”という意識を社内で徹底
―2008年4月1日の社長就任以来、ちょうど2年を迎えました。この2年を振り返って、どんな成果をあげることができましたか。
代表執行役社長の樋口泰行氏 |
樋口氏
外資系企業というのは、上司が海の向こうにいるということもあり、往々にして数字だけが評価される側面があります。しかも、この2年間は景気の後退局面にありましたから、経営的にも厳しい状況にある。中でも、当社はクライアントOSやオフィスアプリケーションといったシェアの高い製品がありますから、これらはどうしても経済環境の影響を受けやすい。
だが、経営というのは、いい企業文化を作り、その上で正しい方向で事業を推進すれば、必ずいい数字につながるものです。ちょうど、この2年で地ならしができた。これから次の局面に入るための地盤ができ、次の高見を目指していける土台ができたといえます。
―具体的にはどんな点ですか?
樋口氏
もともと日本の市場は、ガラパゴス化しているといわれるように、特殊性がある市場だといわれてきた。日本ならではの商慣習があるだけでなく、IT産業においても、メインフレームが高いシェアを持っているという特殊性があり、欧米とは異なった日本独自の展開をする必要があるとされてきた。
だが、本当にそうなのか。日本の企業における経営手法は大きく変わっていますし、海外の先進的な手法を取り入れなければ、国際的な競争にも勝てない。クラウドといった新たな仕組みを活用するという点でも、グローバルの流れに沿った手法が求められる。マイクロソフトの日本法人も、米国本社のリソースを活用し、本社の仕組み、枠組みと整合性をとった取り組みが重視されるようになってきた。もはや、日本は独自の市場だからということを盾にして、日本法人が独自性を発揮する時代は終わったといえます。
―社長就任以来、「ワン・マイクロソフト」という言葉を掲げてきましたね。
樋口氏
「ワン・マイクロソフト」は、マイクロソフトが次の局面に入るための軸となります。数年前のマイクロソフトは、縦割りの意識が強く、自分の担当する事業のことは考えるが、その裏返しとして、隣の部門のことや、マイクロソフト全体を考えるということが希薄だった。次の発展をとらえた場合、組織がひとつになり、マインドがひとつになり、文化がひとつになり、全社戦略が推進できる体制にする必要があった。
ワン・マイクロソフトとして重心がしっかりとしなければ、その上にはなにも乗せることができない。特に、これから本格的に取り組んでいくクラウド事業では、方向性や文化がバラバラではなにもできない。部門を越えて協力する必要がある。そう考えて、ワン・マイクロソフトという意識を社内に徹底してきました。
例えば、かつてのマイクロソフトでは、プリインストール版のWindowsを伸ばそうとすると、パッケージを売っている担当部門からは、「いやいやちょっと待ってくれ、こっちが売れなくなる」ということが起きていた。だが、そうではなく、全体としてプラスになるにはどうしたらいいかということをお互いに考えるようになってきた。
野球の二塁手が一塁手との間に線を引いて、ここから向こうにいったら私の担当外だなんていったら、ボールは外野に転がるだけ。チームとして勝てるわけがない。お互いにカバーできるところはカバーして、チームが勝つために努力する。そうした組織づくりの準備をしてきた2年間だったといえます。
他部門の売り上げになるだけで、自分の手柄にはならないから協力しない、という部門長は、これからのマイクロソフトにはいらない。部門長がそういう発想だと、社員まで同じ発想になってしまう。まずは、異なる部門のトップ同士が、私を交えて話し合いをする場を設けて、お互いに積極的に情報交換できる土壌を作った。あとはそれぞれが連携してワン・マイクロソフトを形づくっていく。それが少しずつ成果になってきたといえます。
クラウド事業においては、マイクロソフト全体を伸ばすためにはどうするかという考え方を一人一人が持ち、組織全体がベクトルをひとつにして動かせるようにしなくては、事業が成功しないのは明らかです。クラウドをやると、オンプレミスが売れなくなるという発想がその最たるものですね。チームとしての勝利を目指す体制にしなくては、このビジネスは成功しません。
―もうひとつ、樋口社長が就任以来掲げてきたのが、「顔が見えるマイクロソフト」への転換ですね。
樋口氏
マイクロソフトに入り、顧客やパートナーから最初に聞いた言葉が、「一体、誰と話をしたらいいのか、誰に相談をしたらいいのかわからない」ということでした。なかには、「血が通ったような返事をする社員がいない。まるでサイボーグと話をしているようだ」とさえ言われた(笑)。マイクロソフトの社員の顔が見えないということが最大の課題だと思いました。
そこで、社長就任直後から300社以上を訪問し、実際の声を聞いて回った。私自身の役割を、まずは会社の外にフォーカスすることに置いたわけです。そして、社員にも、どんどん外に出ていってもらった。最近になって、ようやく「マイクロソフトの顔が見えるようになった」という声を聞くようになりました。顧客の課題にまで踏み込んだ会話ができるようになってきたことの証しだといえます。
ただ、今度は次の要求が出てきた。「営業の顔は見えるようになってきた。次はエンジニアの顔が見たい」と(笑)。困ったことがあったときに、あのエンジニアに相談したいというところまではまだいっていないんです。次はそこまで顔を見せていきたいと考えています。信頼関係はかなり強いものになってきたのではないでしょうか。
■Windows 7は当初予想を2割上回る実績
―樋口社長は、マイクロソフト入りから1年間という期間を経て社長に就任したものの、外部から就任した初めての日本法人の社長でもあり、米国本社とのパイプという意味では、歴代社長のなかでは最も細いといわざるを得ませんでした。この2年間で、日本から要求ができる経営トップとして、本社とのパイプは太くなりましたか。
樋口氏
結果的に順番が正しかったかどうかはわかりませんが、まず、私がフォーカスしたのは、日本のお客さまであり、パートナーです。本社から見れば、「あいつはなにをやっているんだ」と見えたかもしれませんね(笑)。米国本社とのつながりは、イベントドリブン型であり、品質問題や、商売上の課題が発生したときに、具体的な問題解決を通じてのパイプづくりというのが中心でした。ですから、パイプの太さという点では部門によって温度差があるというのが正直なところです。
だが、この2年間で、「こいつの言うことならば信用できる」、「こいつが言うならばやってみよう」という雰囲気へと変わりはじめたという自負はある。問題が発生したからといって、日本からなんでもかんでも要求するのではなく、正しいと思えるアプローチを、仕分けして、センスよく提案し、問題解決を図ることに力を注いできました。特に信頼性という点では、日本の要求を満たせば、世界に通用するという意識が高まってきた。
PCの普及は人口に連動するところがあるため、どうしても経済成長率が高い新興国に目が行きがちですが、企業のIT基盤は経済力に準じるところがある。日本にはまだまだメインフレームやUNIXといったレガシーシステムが多く、それは、裏返せば日本にはホワイトスペースが多く、ビジネスチャンスがあるということにもつながる。日本への注目は高いといえます。
―一方で、日本のPC市場は過去10年間にわたって拡大していないという指摘もあります。実際、1300万台から1400万台の年間出荷規模というのは10年前とほぼ同じで、同じ先進国である欧米諸国が大幅な市場拡大を見せているなかで後れが目立ちます。
樋口氏
年間出荷台数が伸びない背景には、買い換えサイクルが長期化していることもあります。だが、日本の場合、中堅・中小企業のPC導入の遅れや、シニア層や若年層への浸透率が低いという課題があります。ここを解決しなくてはならない。
シニア層には、人生を楽しむため、豊かにするための提案がもっと必要でしょうし、携帯電話ばかりを使っている若年層にもPCの魅力を伝えていかなくてはならない。また、キッズ向けPCといった観点からの取り組みも積極化していく必要がある。ここ5年ほどは、個人の消費は、PCよりも、携帯電話と薄型テレビに流れていた傾向があったが、今後は、これらの機器との連動した提案も可能になり、新たな利用を創出できると考えています。
―ところで、2009年10~12月は、日本法人の目標達成率が世界で最も高かったという結果でした。2010年1~3月の業績はどうですか。
樋口氏
もっとすごいことになっています(笑)。Windows 7の勢いがついていること、パートナーとのエコシステムが機能していること、そして、中堅・中小企業の領域において、マイクロソフト製品を取り扱っていただくパートナーが、1年で2~3割増加し、リーチできる幅が広がったことなどが好調な理由にあげられます。
ただ、中堅・中小企業は、まだ既存のITユーザーの置き換えが中心であり、これまでITを使っていなかった新たな層が使い始めているのかというと、そこまでは達していないという気がします。ここにはまだ課題があります。
―Windows 7は、間もなく発売から半年を経過しようとしていますが、その成果をどう自己評価しますか?
樋口氏
発売前からの予約や発売後の売れ行き、そして現在までの普及状況を見ても、いままでで最も売れているOSであるということに変わりはありません。具体的な販売数量には言及できませんが、当初の予想を2割程度は上回っています。前世代のOSに比べて大幅な改善を加え、リフレッシュしたいという需要がたまっていたことがプラスに作用していることも見逃せません。ただ、まだまだ陳腐化したPCがありますから、この置き換えを促進することに力を注ぎたいと考えています。特に企業向けのライセンスビジネスはこれからが本番だといえます。
―ここ1年では、パートナーとのエコシステムでの成果が目立ちます。NEC、富士通、日立といった大手ベンダーとのアライアンスが深くなり、ここ数年にわたり少し距離があった富士ソフトとの提携強化、オラクルの主力SIerである新日鉄ソリューションズとの提携といった、これまでにはない成果が出ています。
樋口氏
マイクロソフトは、数年間にわたって、パートナー戦略に力が入っていなかった反省がある。この2年間は、パートナーとの信頼関係をあらためて構築するといった期間でもありました。ただ、パートナーにとってもコスト競争力が高いマイクロソフトの製品は、既存のビジネスモデルを崩す結果にもなりかねませんから、極めて慎重な姿勢だった。
ところが、経済環境の変化により、ニューエコノミーと呼ばれる世界へと変わり、マイクロソフト製品を選択する必要が出てきた。度外視するわけにはいかない状況になってきたのです。同時に、タイミングよく(笑)、マイクロソフトに対する信頼感が高まってきたことも、当社と手を組むパートナーが増えてきた理由のひとつといえるでしょう。
■クラウドとパートナー戦略が3年目の強化ポイント
―いよいよ社長に就任して3年目に入りました。3年目の重点課題はなんでしょうか。
樋口氏
「クラウド」、そして、「パートナー戦略」が強化ポイントになります。2010年は、クラウド元年であり、クラウドを本格的に立ち上げるために、体制を大幅に強化します。ニーズの掘り起こしから、運用、サポートに至るまでのバリューチェーン全体を対象に組織を強化し、課金方式や運用方法についても、特殊な要求に応えられるような柔軟性を持たせ、オンプレミスと同じレベルで、日本が求めている品質保証レベルを達成するといったことにも力を注ぎます。そして、公共分野のユーザーが利用できるための仕掛けも作る必要があるでしょう。
また、クラウドビジネスの開始にあわせて、パートナーとのエコシステムをしっかりと作り上げることにも力を注いできました。まだまだ新しい分野ですから、パートナーとの連携を強め、スピード感を持って、事業拡大に取り組んでいきたい。
―手応えはどうですか。
樋口氏
正直なところ、クラウドの反響がここまでいいとは思わなかった。具体的な数字はお話しできませんが、意欲的な顧客獲得目標を掲げましたが、すでに目標を上乗せしなくてはならないところに来ています。成果は、目標数値の達成するということで評価しますが、一方で、名だたる顧客が、マイクロソフトのクラウドを活用していただくということも重要な成果としてとらえたいと考えています。他社に先行されて、それを後からひっくり返すのは大変なこと。クラウドにおいては、そうなってはいけないですからね。
―日本でのデータセンターの設置については、その後、進展がありましたか。
樋口氏
一部の顧客からは日本にデータセンターを設置してほしいという声があることは事実です。その点では、前向きに考えていることは事実です。しかし、具体的なところまではいまの段階では言及できません。
―米国本社では、開発エンジニアの7割がクラウドに関与しているといった発表をしています。日本法人では、どの程度の社員がクラウドに関連することになりますか。
樋口氏
日本における開発エンジニアの数は少数であり、営業、マーケティングが主体となることを考えると、そのままの数字が日本法人に当てはまるというわけではありません。これも、現時点では具体的な数字はお話できませんが、クラウドビジネスは全社をあげて、重点的に投資をしていく分野であることに変わりはありません。
―先ごろ、2011年2月に本社を品川に移転することを発表しましたね。
2011年2月にマイクロソフトが移転する品川グランドセントラルタワー |
樋口氏
ワン・マイクロソフトを実現する上でも、5カ所のオフィスをひとつにするという点では大きな意味があります。現時点で、分散したオフィスを社員が移動する件数は、一日に延べ5500回にも達しています。これを1カ所に集約できるメリットは大きいといえます。
―新本社の場所選定に当たっては、どんな条件をあげたのですか。
樋口氏
ひとつは、オフィス構造がマイクロソフト1社で分離したビルという点です。移転する品川グランドセントラルタワーは、18階までは別の企業が入居していますが、マイクロソフトが入居する19階~31階までは、もともと三菱商事が本社として入居していた部分で、入口が別になっており、19階以上が独立した構造となっています。その点では、私の条件に適している。
2つめは、山手線内という点です。営業部門が山手線の外に出た途端に、モチベーションはかなり下がりますよ。加えて、7割以上の企業が東京の東側に立地していますから、品川駅という立地はその点でも便利です。また、新幹線や羽田空港へのアクセスでは、現在の新宿よりも適している。いまのマイクロソフトにとっては、5年に一度出るか出ないかの物件だと考えています。
―社長室は最上階ですか?
樋口氏
まだ腹案ですが、30階、31階はお客さまのフロアにしたいと考えているんです。私は、真ん中ぐらいのフロアがいいかなと思っています。上にも下にも行きやすいですから(笑)
―社長就任3年目が終わったときにはどんな企業像を描いていますか。
樋口氏
マイクロソフトは外資系企業だから、日本の利益を搾取するのではないか、というイメージは完全にぬぐい去りたいですね。日本の企業の発展させ、コンシューマユーザーの利便性を高め、ひいては日本が元気になり、活性化するためのお手伝いをしたい。そして、多くのパートナーとの共存していくという関係を作りたい。日本において、信頼され、尊敬され、日本に根付いた企業を目指したい。そうしたマイクロソフトへと成長することに、この1年、取り組んでいきます。
2010/4/7/ 12:00