「インフラ面の充実が携帯コミックのブレークに」ビービーエムエフ谷口社長
「Eビジネスマイスターに聞く!」では、IT業界の次世代を担うキーパーソンを「Eビジネスマイスター」と称し、Eビジネス研究所 代表理事の木村誠氏がさまざまな話を伺います。今回は、株式会社ビービーエムエフ 代表取締役社長の谷口裕之氏に話を伺いました。
Eビジネスマイスター:谷口 裕之 株式会社ビービーエムエフ 代表取締役社長 1965年生まれ。宮崎県出身。日商岩井(現・双日)に入社、情報産業本部にて携帯電話会社各社への投資や端末の全国販売網構築に従事。シンガポール支店勤務を経て、2001年に独立、ソフトウェア開発のベンチャー企業を立ち上げる。 2005年、ビービーエムエフとの資本提携に伴い、同社のグループ経営に参画。 |
―『ケータイまんが王国』がブレークしていますが、ズバリ成功の秘訣(ひけつ)は?
谷口氏
いろいろと要因はありますよ。でも、一番大きかったのは、携帯のコミックに参入するタイミングがよかったことですね。他社に比べて工夫し努力した部分や戦略的なことはもちろんありますけど、市場がある程度できあがってから参入したというタイミングがよかった。やはり市場がないと大きく広がらないですからね。
―とはいえ、ご自身は、俗にいう「ケータイ世代」とはちょっとかけ離れていますよね…。
谷口氏
そうですね(笑)。私自身は、もともと日商岩井(現・双日)にいたのですが、私が在籍していたのはちょうど今のNTT(現在のNTTドコモ)以外の電話会社ができあがったころで、主にモバイル関係の会社の担当をしていたのです。
IDOや東京デジタルフォンに商社が出資して、人も送り込んで携帯の販売網を作り上げたのが1994年くらいで、携帯がこれから普及していくという時期。当時はまだ通話が中心でしたが、通話からデータ通信、iモードなどがでてきて徐々にコンテンツ市場ができあがってきました。そういった意味で、携帯市場そのものが私にとってはもともと非常になじみのある業界だったんです。97年からシンガポールへ転勤したんですが、海外でもそういったIT系の担当をしていました。
当時は、電話回線を作る場合、膨大なインフラ投資があって、端末をメーカーでどうやって作って仕入れて、どうやって売って…と、そのパーツごとに商社がビジネスになるところに入っていったのです。電話会社そのもののビジネスモデルをゼロから立ち上げている姿をそばで見ることができたので、この経験が今でも非常に生かされていますね。
―現在の携帯コンテンツ市場について教えてください。
谷口氏
一昨年くらいまでは急激に伸びましたが、少しずつ伸びはなくなってきています。急成長した市場なので、シェア拡大は難しくなってきています。携帯のコンテンツ事業はどこも同じような伸びを示しています。
その中で一番盛り上がっている携帯コンテンツは「音関連」。昔は着メロでしたが、今は着うたフルとかが人気ですよね。レコード会社も参入してきましたしね。音楽の次がゲームやデコメ。近年急激に伸びてきたのが電子書籍・コミックですね。
―携帯コンテンツ市場が急成長した要因は何でしょうか?
谷口氏
やはりインフラ面の充実が一番の要因で、パケット定額制が導入されたことが大きいですね。コミックの単価はひとつあたり30~40円くらいだったとしても、ダウンロードするだけで2000円くらいの通信費がかかってしまっていましたが、定額制だとタダみたいな感覚になります。音楽も同じですよね。電話会社の戦略としてパケット定額制を導入することでどんなコンテンツが有効なのかを考えて、データ容量が大きいリッチコンテンツのように今まで現実的に買えなかったものをたくさん提供するようになったのも大きいですね。
―ビービーエムエフ設立の経緯を教えてください。
谷口氏
もともとは、アメリカ国籍の華僑が立ち上げた会社でした。携帯のゲームを製造販売していくというコンセプトで作った会社で、設立当時は中国で携帯用のゲームを安価に作って、世界中に販売していくということをしていて、北米をメインの市場として考えていました。
だけど、携帯ゲームについては圧倒的に日本の市場の方が進んでいました。そういった現状を見て、「携帯ゲームでやるなら日本で勝負しないといけない」と思って、2004年12月末ごろには主戦場をアメリカから日本に移しました。ちょうどそのタイミングで私がビービーエムエフの創業者と知り合ったのです。
日本の携帯コンテンツビジネスは、諸外国から見ても非常に特殊です。キャリア主導でユーザーをコンテンツへ誘導して販売していくといった手法なので、なかなか外国人だけでは難しいものがあるんです。
当時私は商社時代の先輩が立ち上げたジェイディスクにジョインしていたのですが、日本人のスタッフばかりで組織もしっかり整っていたジェイディスクがビービーエムエフに買収される形になって一緒にやることとなりました。
―華僑の方とのビジネスは難しかったのでは?
谷口氏
私は商社マン時代にもともとシンガポールに駐在していたこともあり、華僑の方と仕事をすることに慣れていました。東南アジアやシンガポール、マレーシアは華僑が多い地域で、彼らは英語もしゃべれるし、中国語もしゃべれます。ビジネスの感覚はアメリカ人に近いものがあります。もちろん中国に関しても造詣が深く知識も豊富の方ばかりですね。
―『ケータイまんが王国』が始動したのは2006年。マンガに参入しようと考えたのは?
谷口氏
マンガに参入しようとしたのは、実は偶然の産物。現在南京で働いている150人のスタッフはもともとゲームを作っていた人たちなんですが、携帯のスペックの問題だったり、言語の問題だったり、技術の問題だったりがあって中国では日本向けのゲームは作れないなと思いました。
マンガのコンテンツを作るということであればそういった問題はクリアできるのかなと思って、彼らをゲームのデザイナーからマンガの加工屋さんに切り替え、2006年初頭から教育を繰り返しました。
最初はマンガがここまで伸びるかどうかはわかりませんでしたね。もともとゲームで参入していてものすごく競争が厳しかったのですが、それに比べてマンガへの参入のタイミングが非常によく、結果としてマンガが主力になってきました。
―配信するマンガコンテンツの製作過程を教えてください。
谷口氏
まず配信権を出版社や著者と契約し、契約が完了したらマンガを買ってきて作業をします。元のデータはもらえないので、紙からコンテンツに落とすんですよ。1枚ずつスキャニングして1コマずつ、読む順番を指示します。一話あたり30~40円で携帯コンテンツとして売っているので、一話ごとにファイルを作っていかなければならないんです。われわれは月にこれを何十万ページと作って配信します。配信しているのはデジタルコンテンツなんですけど、アナログ的な人海戦術の作業が必要。そうなると人件費もかかってきます。東京だと場所もコストもかかりますから、いかに大量にそういう人を雇用できるか集められるかが大切ということもあり、中国に注目しました。今は南京と台湾にマンガコンテンツの製造工場があり、マンガのコーディング的なことを海外支社で賄っています。
―デジタルデータを出版社からもらえば、作業効率があがるのでは?と思うのですが。
谷口氏
実は、作家はマンガのデジタルデータをもっていないんです。手描きの原稿を編集者がきれいにして、最終的には印刷会社に渡します。そこではじめてデジタル化されます。出版社と契約した場合に出版社からデジタル化されたデータをもらうことはありますが、それでもわれわれの作業はそんなに変わらないんです。というのは、携帯の画面上できれいに見えるための微調整が一番時間がかかるからです。チリみたいなごみなどもキレイに見えるように取り除いたりしています。
―日本以外の海外支社をコントロールするのは難しいのでは?
谷口氏
海外でこういった仕事をスピーディに展開できたのは華僑の方々のおかげですね。台湾や南京をコントロールしているのはカナダ人。そういった英語圏で学んだ華僑の方、グローバルスタンダードが理解できている人たちがうまく機能しています。今後、海外市場に注目しているので、彼らの能力が発揮できる場が増えると思いますね。
―『ケータイまんが王国』の展開について教えてください。
谷口氏
今年の予想ダウンロード数は4億5000万。単行本にすると4500万冊くらいです。これはデジタルのすごいところ。本屋さんは場所をとるので常に新しい本を並べるが、デジタルは古い本も売り続けられるメリットがあります。
『ケータイまんが王国』はそれなりの規模になってきましたから、うちのサイトで掲載している作品をうちのサイトだけで売るというだけではなくなってきています。2007年まで『ケータイまんが王国』だけで勝負していましたが、今は提携サイトがあります。例えば2008年の後半にYahoo!と共同で立ち上げたマンガサイト。Yahoo!ブランドでマンガサイトを立ち上げて、コンテンツは自社のものをすべて使う、といったBtoB的な戦略です。自社ブランドサイトだけでなく提携サイトも含めて販路を拡大しました。
もう一つは海外への拡大。今は韓国と台湾ではじめていますが、5月からは中国にも拡大します。海外の携帯のコンテンツプロバイダに中国語や韓国語に翻訳したマンガコンテンツを販売委託します。
―御社のこれからの展開を教えてください。
谷口氏
これまでは携帯で昔の作品を配信していたが、今後は新しい作品も配信していく必要があるだろうと思い、出版社を昨年作りました。作家さんに直接ケータイコンテンツ用にマンガを書き下ろしていただいて、ある程度話数がたまっていくと本として出版していくというビジネスモデルです。
もともとマンガは週刊誌で最新作を発表して、話数がたまるとコミックスになって、そのあとコンビニ系のやすいマンガ本や携帯・ゲーム・映像化などで二次利用・三次利用というようなピラミッド的な販売構造になっています。この出版不況においてマンガは稼ぎ頭だけど週刊誌や雑誌は売れない。以前なら出版社は雑誌でもうけて単行本でもうけていたのですが、少しずつ雑誌の赤字を単行本で埋め合わせるといった形になってきたのです。出版社としても雑誌は毎週手間ひまかかるもの。
弊社は、まず携帯で発表して単行本を売ります。われわれは作家さんに書き下ろしてもらったマンガを携帯に配信するためにデジタル化するので、大掛かりなコストがかからない。週刊誌と同等レベルのPR効果があれば、事業としては成り立つと考えています。現在書き下ろしで50タイトルくらいの連載がありますが、サラリーマンが好きそうなマンガを中心に携帯でまず発表して、次に単行本として出版し二次利用といった感じです。
―では、これからは出版の方にシフトしていくと?
谷口氏
いいえ。やはりわれわれはあくまで主軸を流通においています。出版社ではありませんから、コンテンツをどう配信するかを一番に考えています。われわれがもっている携帯コンテンツの販路をいかに大きくしていくかということに一番力を入れていきたい。その中でいかに自社の製品を流通させて、収益をあげていくかが大切です。
―競合他社との大きな違いは?
谷口氏
うちはこの業界ではシェア2位くらいです。『ケータイまんが王国』の中では、およそ17000タイトルくらいのマンガを扱っていて、その数では日本で一番多い。そのうち50タイトルほどがオリジナル作品の自社コンテンツ。それ以外の過去の作品は出版社やプロダクション、作家さんへ直接交渉に行っています。そのボリュームタイトルの営業許諾をとってくる営業部隊がうちの強みですね。品ぞろえと製造キャパシティは他社に比べるとかなり力を入れているという自負があります。
―将来的な御社のビジネスの可能性や目標などを教えてください。
谷口氏
中期的にはもっとマーケットシェアをとっていきたいですね。
特に、われわれは出版社に近い業態を展開しているので、この出版不況でなかなかコンテンツを発表する雑誌がなくなっている背景をふまえて、そういったコンテンツの販売の受け皿になっていきたいと考えています。出版社にとって雑誌はやめるか続けるかどうかの瀬戸際と聞いていますから、続けてもらうためにも販売の受け皿としてうちのサイトを活用してほしいですね。もちろん出版社としては紙へのこだわりもあると思いますが、紙とともにデジタル流通の役割も大きくなるはずです。総合的な電子書籍という形の新しいメディアとして当分は併存する形になると思いますが、紙媒体が徐々にデジタル媒体へとシフトしていくのではと考えています。新しいジャンルのコンテンツも大歓迎です。
あとは、海外。日本のユニークなマンガコンテンツの市場を作りたいですね。韓国、台湾だけでなく、中国、徐々にヨーロッパ、北米へ展開したいと考えています。幸いなことに弊社の幹部社員は元商社マンが多く海外勤務の経験がある人間ばかり。なので、海外に対してはあまり抵抗がないです。本命は中国です。華僑のビジネスに感化されているし、中国のビジネスの厳しさはわかっていますから、ここで大きく展開していきたいですね。
今回のキーワード:出版の逆転 週刊誌でマンガの最新作を発表して、話数がたまるとコミックスになって、そのあとコンビニ系のやすいマンガ本や携帯・ゲーム・映像化などで二次利用・三次利用というようなピラミッド的な従来の販売構造を、作家がケータイコンテンツ用にマンガを書き下ろし、ある程度話数がたまっていくと本として出版していくという逆のビジネスモデル。また、雑誌の記事をコンテンツとしてばら売りをしていくことも考えている。 |
5月25日に開催される第99回「Eビジネス研究会」のEビジネスマイスターとしてビービーエムエフの谷口社長が登場します。詳しくは、こちら。
2009/5/15/ 12:30