「ネットの可能性を信じられないようでは日本の将来はない」アイスタイル吉松CEO


 今回のゲストは、@cosme(アットコスメ)の運営で知られるアイスタイル CEOの吉松さんです。

 化粧品を中心としたコスメ情報をデータベース化して、ユーザーとメーカーを巻き込みながらCGM(消費者生成メディア)事業を展開していくという考え方は、創業10年たっても変わらないながら、吉松さんは最近のネット業界に落ちる暗い影を非常に憂慮されているように感じました。同時に、なんとかしなくてはならないという強い想いも伝わってきました。


吉松 徹郎
株式会社アイスタイル 代表取締役社長 兼 CEO

1972年千葉県生まれ。東京理科大学基礎工学部生物工学科卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。1999年、アイスタイル設立、2000年に株式会社化。現在、同社代表取締役兼CEO。


技術革新そのものに興味があるわけではない

吉松氏
 今日は小川さんの話を聞こうと思ってきたんですよ。面白い話を聞かせてもらえるだろうと(笑)。


小川氏
 いやいや(笑)。吉松さんが最近注目していることをまず教えてください。


吉松氏
 最近のトレンドですか。レベルファイブさんのキャバ嬢育成ゲームは個人的に注目してます(笑)。


小川氏
 そこですか(笑)。


吉松氏
 いや、ほんとによくできた面白いゲームなんですよ(笑)。

 起業してから10年になりますけど、特に最近は技術の進歩ということ自体にはあまり関心がなくなっていますね。

 セカイカメラみたいな、空間にタグ付けするような面白い発想が生まれてきているのはいいけれど、ドコモのBeeTVのように比較的ベタなサービス(笑)に、結局30万人以上も有料会員が集まっている。GREEのユーザー課金モデルも好調だし、新しい技術がどうこうというよりも、分かりやすいビジネスがネットでもメインになっていくのかなと。それとも小川さんのいうストリーム(ネット上の細小データが複数間のソーシャルWebを流動すること)みたいなものがお金になる時代がくるのか、そういうところを小川さんにまず伺いたいんですよ。


小川氏
 うーん…。ストリームというと難しい概念に聞こえるかもしれないですけど、デジタル化が進むと、リアルもWebもストリーム化するんですよ。

 例えば、音楽でいうとiTunesです。iTunesは音楽をCDというパッケージから解放してしまったけれど、同時に、アーティストが練りに練ったアルバムというパッケージも崩してしまった。iPodで音楽を聴いていると、アルバムを順番通りに聴くということがまずないですよね。それに、楽曲を一曲ずつ買うという行為が本当に一般的になってしまった。それはストリームの萌芽(ほうが)なんです。その後に、ネット上での共有が始まっていく。

 Webでいうと、まずサイトというパッケージが破壊されて、記事や画像、映像などのデータ単位で情報が伝搬されていって共有化されていきます。それがストリームという感覚です。


吉松氏
 なるほどね。iTunesの例えはストリームの概念をイメージしやすいですね。

 しかし、出版社さんの場合、iTunesのその感覚からまだ10年遅れてますよ。例えば、弁当というパッケージの中には、梅干しがあって、おかずとご飯とセットになっているものだという感覚が出版社にはまだ根強いです。梅干しだけを取り出して比べて売るなんていう感覚はないです。それでも雑誌はどんどんダメになっているのは分かっているはずで、テレビはまだ弱まったとはいえ影響力は大きいけれど、Webを無視できなくなってはいます。でもWebが雑誌が持っていたはずのマーケティングをすべて持てるのかについては、まだまだ誰も得心がいかないんです。


テクノロジーをマネタイズするのは日本では困難?

小川氏
 アメリカでは本当にインターネットの技術のマネタイズに成功しているケースが多くなっていますけど、日本ではちょっと違いますからね。Amazonを単なるオンライン書店と思っている人は日本には多いけれど、実のところあそこほどテクノロジーに特化している企業はない。


吉松氏
 Amazonと楽天は同じように見えて明らかに違いますからね。楽天の技術も素晴らしいけれど、技術そのものをお金に換えているわけではないですから。


小川氏
 日本で技術そのものをお金に換えられているネット企業は少ないですよね…。

 でも、吉松さん自身、その方向に進んでいきたいと思っているわけでもないですよね?


吉松氏
 どうでしょうか。ただ、少なくともファミコンがWiiに向かって成功しているように、@cosmeにしても技術革新していればいいというつもりはないですね。


小川氏
 正直なところ、僕は自分の会社をピュアなテクノロジーベンチャーとしてポジショニングしたいんですが、結局自分たちの営業力とか、技術だけではない人間的な部分に強く依存しなければならない状況にはあります。最近われわれはソーシャルメディアを活用した企業のPRや販促のお手伝いするためのソリューションを提供しているんですが、テクノロジーだけではなんともならないですから。


吉松氏
 ソーシャルメディアマーケティングということですよね。しかし、SMO/SMM、あるいはSEO/SEMでも、マーケティングという言葉は若干うさんくささがありますよね(笑)。


小川氏
 そうですねえ(苦笑)。僕はどっちかというとブランディングというほうが好きなんですが。


吉松氏
 ブランディングね、そっちのほうがいい(笑)。

 しかし、どちらにしてもソーシャルメディアを使ってマーケなりブランディングなりをしていくには、企業側がすぐに理解してくださらないのでは? 何か企業が乗りやすい手法とかシステムがあるんですか? 成功事例?


小川氏
 ROIをいわれると今の段階ではつらいですね。最初はこうした新しい手法をおもしろがっていただけるクライアントと仕事をして、それを事例として紹介していくしかないかな。

 今はそうしたケーススタディをそろえているところですね。それでも、もうネットメディアを新しく立ち上げていくには遅すぎますし、ソーシャル化するWebの使い方を一般企業に啓発するような仕事はそれなりに大きな市場になりそうだと思っています。


日本企業はサービス事業で世界進出できないのか?


吉松氏
 日本では、Web 2.0にさえ届いてないのかもしれないですね。

 確かにWebのメディアでも、小川さんのいうストリーム化が影響しているのか、広告で商売できるところが減っていて、WebのベンチャーがみんなWebサイトの制作下請けになりつつありますから。既存のマーケティングが入ってきて事業を上向かせることができるのか、それともユーザー課金のコンテンツビジネスで広く速く動くか、電博の下請けになるか、選ばなければならない時期にあるかもしれないですね、多くのベンチャーは。

 谷郷さんのサンゼロミニッツとか、ビジョンドリブンで進んでいる企業もあるから、3年後はおもしろいよね、と思いつつも、サービスで成長するのは大変だよなあと(苦笑)。

 うちも海外進出を試みたりするわけですが、今までネットに限らずサービス事業で世界進出している日本企業はないじゃないですか。ソフトウェアでもゲームという製品でしかないわけで、はてなを始め多くのベンチャーが米国撤退している現状を見えるとね。


小川氏
 そうですねえ。


吉松氏
 サービスレベルで海外にはでられない。IPOマーケットに日本にお金が回ってこない。となると、ネットベンチャーはどうしたらいいのかなと。

 ただ、ユーザーの生活レベルは日本はとても高いわけで、市場としてはガラパゴスかもしれないけど、海外のテストマーケティング市場としてはいいはずなんですけどね、慶應SFCの国領先生の受け売りですが。


小川氏
 うーん…。


吉松氏
 ほかの業界は(最先端のものを取り入れるのが)遅いから、Webの世界はいいよねとよくいわれますけど、ネット業界の自分たちがネガティブに思うことが多いのは困るね(苦笑)。


小川氏
 強気でいきたいですけどね(苦笑)。まあ、シリコンバレーとは集められる資金がまるで違うわけで、はなから勝負にならないことはあるんですけど。


吉松氏
 ただ、IT業界全体で見ると、SIerが今一番厳しいでしょうね。回線の太さが十分でなくてデータ転送の重さが問題視されていたころと違って、今はじゃぶじゃぶの世界じゃないですか。容量無視ならばGoogle Appsを使えばいいじゃない、ということになるし、後はせいぜい保守運用の話になってしまうわけです。


小川氏
 そうですね。


吉松氏
 テレビの編集業界でもスタジオがいらなくなって、サーバーもWebベースになっていく。SIerは大変ですよ。


小川氏
 息苦しくなってきました(笑)。


吉松氏
 ネット自体も苦しいことは変わりないですね。ユーザーのリテラシーもそれほど高くなってないですし、iPhoneを見たある女の子が、iPhoneってiモードできるんだって言うんですよ。単にメールやWebを見せただけなんですけど、モバイルネット=iモードなんだそうです(笑)。


小川氏
 ああ(笑)。ところで@cosmeはあんまりモバイルという感じがしないですが。


吉松氏
 モバイルにはまだあまり投資してきてないですね。そろそろと思うんですけど、化粧品という世界ではまだモバイルに対する認識が高くないです。ブランディングに効くのか、販促に役立つのか、まだ分からないんですよ、誰にも。化粧品はパッケージが大事ですからね、出版以上に。ただ、今後は投資をする分野であると思っています。


小川氏
 そうですか。最近不況でネットベンチャーだけでなく、それなりに大きなIT企業から、非ネット企業に転身する人も増えてきて、それらの企業のマーケティングやIT部門の担当になることが多いようなんですよ。だからわれわれが何か提案を持っていっても、話がわりと早くなって、それはいい傾向かなと思っています。


吉松氏
 それはそうですね。

 繰り返しますけど、ネット業界にいるわれわれが強くネットの可能性を信じられないようでは将来はないですから、一層がんばらないとならないですね。


小川氏
 はい。@cosmeにも上場してもらわないと、後から続きたい起業家が困ります(笑)。


吉松氏
 こんな市況ですから今すぐの予定はないですけど、気持ちだけは常に前向きでいます(笑)。





小川 浩(おがわ ひろし)
株式会社モディファイ CEO。東南アジアで商社マンとして活躍したのち、自らネットベンチャーを立ち上げる。2001年5月から日立製作所勤務。ビジネスコンシューマー向けコ ラボレーションウェア事業「BOXER」をプロデュース。2005年4月よりサイボウズ株式会社にてFeedアグリゲーションサービス 「feedpath」をプロデュースし、フィードパス株式会社のCOOに就任。2006年12月に退任し、サンブリッジのEIR(客員起業家制度)を利用 して、モディファイを設立。現在に至る。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス) などがある。

2009/9/15/ 09:00