「営業感覚のあるエンジニアを育てて日本の技術インフラになる」ヘッドウォータース篠田代表
今回のゲストは最近「生き残るSE」という著書を出版されたばかりの、株式会社ヘッドウォータース 代表取締役の篠田庸介さんです。ヘッドウォータースはシステム開発を行うベンチャーですが、その業務内容よりも、ユニークな組織体制と人材教育システムに注目が集まっている企業です。
篠田 庸介(しのだ ようすけ) 株式会社ヘッドウォータース 代表取締役 1968年、東京で生まれる。 1989年、大学を中退し、企業の立ち上げに参加。 1990年、170名を超える営業社員の中でトップセールスとして企業を牽引。自分自身の営業力はもちろん、部下の営業力をも引き上げる、マネジメント・営業力強化のスペシャリストとなる。 1994年、経営方針の相違から、退職し新会社設立。 1995年、事業を行う傍ら、ボランティアとして私塾を運営し起業家の発掘育成にあたる。 2005年、株式会社ヘッドウォータース設立。代表取締役に就任。世界で戦える人材育成をライフワークとし、各種の講演・講義を精力的に行っている。 |
■優秀な技術者を採用する力を武器に成長へ
小川氏
よろしくお願いいたします。簡単に自己紹介をいただけますか?
篠田氏
ヘッドウォータースの篠田です。いま41歳です。3年で大学をやめて20代後半に、会社を立ち上げ、国内外のブランド品の並行輸入等をやっていました。20年くらい前ですね。年商100億円くらいまでいったんですが、バブル崩壊で25歳くらいのときに会社が無借金から30億円の借金まで落ち込み、そこで4人でスピンオフして別の会社を立ち上げました。
さらに紆余(うよ)曲折があって、2005年に今のヘッドウォータースを設立して今に至っています。現在は社員が140人です。
小川氏
ヘッドウォータースはSIerといっていいんですよね?
篠田氏
そうですね。SIerとして認知されています。他のSIerとの違いといいますと、SIは人の頭に財産があるといいますか、エンジニアの質とスタンスによって商品価値がある業界なんですね、ヘッドウォータースはそのエンジニアの質の良さや、継続して優秀なエンジニアを採用できていることに定評があります。
小川氏
どうやって採用しているんでしょう。
篠田氏
特別なことはしていません。しかし、われわれは終身雇用にすごくこだわっています。本人が辞めたいというまでは、会社からは辞めさせたりしない。同時に組織体制を他にはない仕組みにしていて、それが魅力なようです。社員140名を12の事業部に分けていて、階層的には役員、事業部長、一般社員という三階層だけにしています。そして事業部長は立候補制なんです。
小川氏
立候補?
篠田氏
そうです。一定の利益を保証できるのであれば年齢も職歴も関係なく立候補できます。事業部長として適材であると認められれば自分でメンバーを集め、給料も自分で決めることができます。そのかわり赤字が出ると管理ポスト入りして、赤字が続けば解散させます。
小川氏
ミスミみたいですね。会社として管理は難しそうですけど、社員はやる気が出るでしょうね。
篠田氏
はい。
日曜は会社を開放していて、好きなことをしていいということになっているのですが、エンジニアたちは自発的に出社してクリエイティブな時間にあてがっています。また、新卒も10名くらいは採用していますが、入社前の4年生の7月ごろには内定者課題を出して、仕事を早く覚えるようにさせています。このことは公示していますが、それでも千人以上の応募がきます。内定者課題は非常に厳しくて、夏休みもないといっていいです。半日は飛び込みの営業、半日はアプリの開発という厳しい研修ですから。
小川氏
へえ。
■オフショア開発先にも終身雇用制を
篠田氏
エンジニアとしてのキャリアを考えるとですね、40~50歳になっても世界で生きていけるという、技術とビジネススキルがないと、これからはダメなんです。海外のマーケットをとれるような人材になっていかないと。それはオフショア開発をやらせるという意味だけではなく、海外の事情が分かるエンジニアにならなきゃだめで、海外のマーケットも攻められるような技術や知識の土台をつくってあげたいと考えて人材教育をしています。
実際、弊社ではインドを中心にオフショア開発をずいぶんやったんですが、いまのインドは技術は高いがコストも高くなってきていて、よほど大きな案件でないとインドに発注してもあまりもうからなくなっています。ならば中国などの他の国でのオフショア開発をどう考えていくか、というようにシフトしています。
小川氏
なるほど。
篠田氏
ベトナムにはライフタイム社という合弁を作っていますが、40名のローカル社員と2名の日本人という構成です。ハノイ工科大学の教授も雇っていて、Androidのアプリ開発などを手がけています。
ベトナムには8600万人の人口があり、GDPもあがってきています。日本以外のアジア各国は離職率が高いのが欠点で、ちょっと給料が高いオファーがあるとすぐに辞めてしまいます。そこでライフタイム、という社名にして、自ら辞めない限りは終身雇用だよ、ライフタイムの関係なんだよというカルチャーを作り上げようとしています。
小川氏
僕もアジアでの仕事が長いので、それはよく分かります。
篠田氏
終身雇用は技術が流出しない、会社に対するロイヤルティが高くなるというよさがあります。ベトナムで終身雇用で技術者が幸せになるというスタンスを作れたら、中国やインドに対抗できるはずなんです。ベトナムがうまくいったら、次はカンボジアに行こうと思っています。マーケットとしても開発リソースとしても魅力がありますから。
小川氏
SI業界はだいぶ不況の影響が大きいと思いますが、どうですか?
篠田氏
この不況下でもエンジニアの空きはない状況で、むしろ採用しようとしているくらいです。
絶対的な仕事の数は減っているかもしれませんが、われわれをご指名いただける案件は多いのです。なぜかというと、お客さま側で、発注したSIerが派遣してくるSEに対する満足度が低くて、それならヘッドウォータースを選ぼうかというように思ってくださるからです。SIの現場は非常にタフですが、ちゃんと現場をまとめる力があるSEは業界全体では少なくないでしょうが、集団で抱えているという企業は少ないんです。その点、うちは強い。
■日本の国民性こそが強み
小川氏
その経験でまとめた本が「生き残るSE」というわけですね。
篠田氏
そうですね。
会社は線で動くわけで、個人に頼る業態は間違っています。組織戦は、個人が出せるものを全部出してこそです。組織の力を極大化しなければ。
だから、ヘッドウォータースのエンジニアたちにとっては、余暇の時間も仕事に使うのも当たり前です。自分が努力すれば、未来を作り、幸せを作れるんだから。余暇を楽しみたいのなら、それはそれでいいし、余暇を仕事のために使うのも個人の選択だろうと思っています。
小川氏
人にそれを強いるのは難しいですが、おっしゃる通りとは思います。
篠田氏
コストも考えず、目先の成果に執着するSEは多いですから。彼らを管理職にするのは難しいことなんです。それでも教育によって、会社全体の利益や年間の収益を考えることができるようにする、営業的なセンスをエンジニアに移植することは可能だと思っています。
小川氏
そうですね。
篠田氏
日本の武器は国民性だと思うんですよ。ネジ一本作るのにスペースシャトルでも使えるような品質を作るこだわり。指の感覚で品質をあげていく、工芸品なのに芸術品みたいなものを作る力です。
一つのものを煮詰めていく、技術というより感性なんですね。エンドクライアントが使うということを考えて製品を作っていることが日本人の強さ、一つのセンスだと思います。設計などは大差ないんです。
平均を超えたものは思い入れがなくてはできないですから。エンジニアが新しいビジネスを自分で仕掛ける、という会社を作って、日本の技術者のインフラになりたいと思っています。
小川氏
篠田さんの熱い想いは伝わってきます(笑)。
最後に事業部制についてちょっと伺いますが、社員が立候補したら、どういうステップで選ばれるのでしょう。
篠田氏
現事業部長の3分の2が承認したら、役員面接へと進みます。意欲や事業計画など、さまざまな条件をクリアして初めて事業部長になることができます。
小川氏
なるほど。わかりました。
ちょっと関係ないですが、渋谷のマークシティそばの書店に僕の新刊書の『ソーシャルメディアマーケティング』と『生き残るSE』が並んでおいてありました。ともにたくさん売れるといいですね(笑)。今日はありがとうございました。
2010/2/9/ 09:00