「ナレッジマネジメント事業はソフトウェアからソリューションへ」リアルコム吉田COO


 今回のゲストはリアルコムの吉田健一COOです。Enterprise 2.0ソリューションの提唱者の一人として知られる吉田さんが考えるナレッジとはどのようなものでしょうか。現在の不況によって大きく変わりつつあるIT産業の中で、リアルコムが考える成長への途とは? 詳しくお伺いしました。


吉田 健一
リアルコム株式会社 取締役 COO

一橋大学商学部卒
戦略系コンサルティングファーム、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンにおいて、国内外の大手企業に対する戦略立案・実行支援のコンサルティングに従事。リアルコムでは、マーケティング、営業、ビジネスコンサルティング部門を統括し、顧客企業における情報アーキテクチャーのデザイン、情報共有、ナレッジマネジメント、企業変革プロジェクトを指揮する。これまでに培った方法論と事例をまとめた書籍『この情報共有が利益をもたらす~経営課題に適した4つの実践アプローチ~』(ダイヤモンド社)を監修。ブログ:組織を進化に導くIT羅針盤:ZDNet Japan Blog


暗黙知をどう生かすかをはかる知識経営を事業に

小川氏
 今日はよろしくお願いいたします。

 簡単に自己紹介いただいていいですか。


吉田氏
 そうですね…。大学は一橋大の商学部に入りまして、野中郁次郎先生に出会ったことが転機になりましたね。野中先生は、数少ない日本発の経営理論である、知識経営、つまりナレッジマネジメントの生みの親なんです。

 先生は、バブル崩壊前の日本企業が躍進している状況から、日本企業、例えばトヨタが、非常に柔らかい組織管理をしているところに注目されました。日本企業は、欧米的な形式知に対して暗黙知をうまく生かしているからこそ、うまくいっているという考察をして、ナレッジマネジメントという概念を生み出したんですね。


小川氏
 はい。


吉田氏
 先生の影響を受けたことで、私は卒業後にあるコンサルティングファームに入社したんですが、2年目にドットコムバブルがきて、自分もその波に乗りたいと思って独立してしまいました。同じコンサル畑の南場さんがDeNAを作ったころですね。


小川氏
 そのときはどんな事業をされてたんですか?


吉田氏
 オウケイウェイヴさんの有料課金版みたいなものをやっていました。知識のオークションサイトといったらいいかもしれません。知識の対価でお金をもらうコンセプトですが、企画倒れでそのときはだめでした(苦笑)。

 ところが、会社つぶれるかも、というときになって、クライアントの一つだったある商社さんが、個人ではなくて企業向けに、企業内ナレッジマネジメントのサービスをやれば?といわれたんですよ。それでその商社に社内版を作って買っていただきました。それからは、その事業に集中して、徐々にうまくいきだして、2000年12月にVCからの投資も受けて今に至るわけです。


ナレッジマネジメントとは人と人のふれあいから始まる経営手法

小川氏
 上場されたのはいつでしたっけ?


吉田氏
 2007年にマザーズに上場しました。その後、昨年の8月にAskMe Corporationという米国のナレッジマネジメント企業と合併し、さらに業態を拡大しています。P&GさんはAskMeの代表的な顧客の一つです。これで日米をまたがるエンタープライズ向けのナレッジマネジメント企業としての基盤ができました。


小川氏
 ナレッジマネジメントを簡単に説明してください。


吉田氏
 ナレッジマネジメントとは、人中心の経営方法です。知識は人の頭の中にある、それを暗黙知といっています。(ポランニーが提唱した「暗黙に知ること」というプロセスとしての)暗黙知を、経験や勘に基づく知識であり言葉などで表現が難しいもの、という概念に置き換えて広めたのが野中先生です。


小川氏
 ありがとうございます。話は違いますが、吉田さんはEnterprise 2.0という呼称の熱心な推進者だったと思いますが、最近はあまり使われなくなってきましたね。


吉田氏
 そうですね(苦笑)。Web 2.0をエンタープライズに生かすためのさまざまなツールが生まれましたし、われわれも作っていますが、最近ではツールではなくコンサルティングサービスに主眼を置いています。やはりこれだけの不況で、高額のパッケージソフトを買う企業が減っていることは事実です。

 リアルコムは、創業から上場まではパッケージベンダーだったわけですが、ソフトウェアが価値を減じ始めていると考えています。リーマンショック以降の不況もあるけれど、そもそも企業のIT基盤が既にけっこう出来上がってしまっていて、もうあらためてソースコードにお金を払わなくなってきた感じがします。

 むしろ、もうITのツールはそろっているから、使い方をどうにかしようと思っているようです。だからわれわれの事業もコンサルや、ナレッジ・プロセス・アウトソーシング(KPO)と呼んでいる、情報・知識の作成・流通業務をアウトソーシングしていただくソリューションのほうが中心になっています。


小川氏
 KPOは、要は既にある情報共有ツールの使い方を教えるみたいな感じですか?


吉田氏
 具体的には、お客さまの社内にナレッジセンター(知識管理の事務局)を作っていただき、そこでの業務効率を向上させるためのプランニングをするというものです。


情報感度が高い人ほど営業成績が良い?

小川氏
 なるほど。そうなるとコンペティターはコンサルですか?


吉田氏
 昔はマイクロソフトのSharePoint Portal対抗みたいな感じでしたけど、いまはそういう議論はないですね。強いていえばNRIやアクセンチュアですかね。でも彼らはビジネスプロセスのほうがメインだから、たまにかぶることはあるくらいですね。まあこの市場がブルーオーシャンなのか沼なのかは、まだ分からないですけど(笑)。

 いずれにしても、ソースコードとしてのITではなく、作るから使う、へシフトしたのは間違いないですね。Web 2.0のインパクトが逆に大きいんだろうと思うんですよ、ITを使う、ということにユーザーが慣れたという意味で。GoogleにしてもAmazonにしても、ツールやパッケージはだいたいそろってしまってるじゃないですか、あとはどう使うか。勝負はそこだろうと思いますね。


小川氏
 社内ブログを作ればアルファブロガーが社内に急に生まれるわけではないですからね(笑)。


吉田氏
 そうなんです。だからKPOが引きが強いわけです。ナレッジワーカーの生産性やクリエイティビティをあげるお手伝いをしているから。今の日本企業の生産性は低くて、派遣社員をやとっても業務を切り分けて与えられないから、すぐに業務効率を上げることができない。だから、KPOは低コストで業務を外出しにするアウトソースではなくて、必要なナレッジを中にためて、スパイラルアップさせることが目的なんです。


小川氏
 具体的にはどうするんですか?


吉田氏
 例えばあるお客さまでは、紙の情報共有からITに変えたとたん一気に情報量が増えて、肝心の営業がぜんぜん情報を消化する時間がなくなってきていました。そこで、ナレッジセンターを作って、仮に100本の記事があるとしたら、その中から大事かなと思える記事を選出して、おまとめサイトで公開するようにしたんです。


小川氏
 手作業で?


吉田氏
 ええ、まあ(苦笑)。ともかく、そうしてあげた結果、営業マンも記事を読んでくれるようになった。同時に、面白いことに、たくさんの記事を読んでいる営業マンほど営業成績がいい、ということが分かってきました。全体では平均して日に3つくらいの記事を読んでいる計算なんですが、成績のいい営業はだいたい6つくらい読んでいることが分かりました。そこで、今度はそういう営業マンが読んでいる記事を抽出していけばいい、ということが分かるわけです。よい情報をつかむ力を、われわれはGoogle力といったりしていますが。


小川氏
 なるほど。


吉田氏
 できる人はほっておいてもいいですけど、できない人をどうやってひきあげるかがナレッジマネジメントの一つの成果ですから。Excelの使い方一つとってみても、企業の中では効率が良い人と悪い人でバラバラじゃないですか。ツールや情報をどう生かすかを定義して、この情報をみたらこう考える、というところを共通化することがナレッジなんですね。情報をどうフィルタリングするかがノウハウです。


小川氏
 それは確かにそうですが、非常に難しいところでもありますね。われわれのようなスタートアップだと、できる人を採用して、できない人をひきあげるコストはかけない、というのがどうしても基本になってしまいますが、大企業は、いったん採用したらそうもいってられないですからね…。


吉田氏
 そうですね。とにかく日本はよりクリエイティブな仕事をやっていかないと、中国やインドなどに太刀打ちできなくなりますから。


小川氏
 確かに。

 最後に、KPOなどのソリューション以外に今後の御社の取り組む方向を教えてください。


吉田氏
 夢の話ですけど、コンテンツを作るから使うというか、情報やツールの使い方を、ほかの会社はこうやってますよ、というように、ナレッジそのもののエクスチェンジサービスを作れたらいいかと。現在、100社くらいのお客さまがいらっしゃいますが、こうしたナレッジワーカーのノウハウ流通の話をさせていただいているが、まだまだビジネスモデルとして確立しているわけではないし、どうやってお金にするかはまだ分からないので、ほんとに夢想の話ですね、いまは。


小川氏
 でもそういう夢想がないとアイスブレイキングもないですよね。

 今日はとてもためになりました。ありがとうございました。





小川 浩(おがわ ひろし)
株式会社モディファイ CEO。東南アジアで商社マンとして活躍したのち、自らネットベンチャーを立ち上げる。2001年5月から日立製作所勤務。ビジネスコンシューマー向けコ ラボレーションウェア事業「BOXER」をプロデュース。2005年4月よりサイボウズ株式会社にてFeedアグリゲーションサービス 「feedpath」をプロデュースし、フィードパス株式会社のCOOに就任。2006年12月に退任し、サンブリッジのEIR(客員起業家制度)を利用 して、モディファイを設立。現在に至る。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス) などがある。

2009/6/2/ 09:00