事例で見るセールスフォース:クラウド時代のIT管理術を学ぶ【最終回】

効率的な営業活動を推進する情報共有システムとしてのセールスフォース

 第二回では、京都市の中堅酒造メーカーである玉乃光酒造における導入事例等を元にセールスフォースの魅力に迫った。

 最終回となる今回は、国内の大手ホテルチェーンでの事例から、セールスフォースの情報共有機能とその意外な成果について紹介する。


系列ホテル間での客の奪い合い

 不況の波は、ありとあらゆる業界を襲っている。しかし、中でも特に深刻な影響が出ているのがホテル業界である。普通に考えると、財布のひもが固くなって旅行が減ったからと思われがちだが、それは一因でしかない。実は、企業からの受注減が大きな影響を与えているのだ。

 出張減少による宿泊数の減少はもちろんだが、発表会や説明会、販売促進セミナーといった企業イベントの減少による宴会場の稼働率の減少も大きな要因となっている。大型ホテルにとって、会場で開かれる催事は大きな収入源であるため、不況による企業からの受注減は「ダブルパンチ」となって効いてくるのだ。

ヒルトンホテルのホームページ

 世界中に店舗を展開するヒルトン・グループといえば、誰もが知るホテルチェーンだが、そんなヒルトンといえども例外ではない。中でも深刻だったのが、系列ホテル間での「客の奪い合い」であった。

 というのも、ヒルトン系列のホテルは、東京地域だけで新宿・浦安・汐留(ヒルトン東京、ヒルトン東京ベイ、コンラッド東京)の3カ所が存在する。にもかかわらず、つい最近まで顧客情報の管理方法は営業スタッフによってバラバラで、系列ホテル間での情報共有がほとんどなされていなかった。そのため、同一のターゲットに対して、系列ホテルの営業スタッフ同士が競合してアプローチしてしまうこともが多々あった。本来は味方であるはずの系列ホテルの参入により競争は激化し、顧客の囲い込みや勝つために価格を下げるという本末転倒の事態も起こっていた。

 こうした事態を避けるべく、日本ヒルトンではセールスフォースを情報共有システムとして導入した。


効果的な営業活動の実現

 結果からいえばこの狙いは的中した。システムの導入により、営業スタッフの働き方は劇的な変化を見せたのだ。

 どのようなことが起こったのか? 『クラウドの象徴 セールスフォース』では、同社の担当者の言葉として次のように述べられている。

 


 「ヒルトン系の中での不必要な競争が避けられるようになりました。調整が必要ならば全体を統括する国内営業部がすぐに動くこともできます。

 また、ほかの系列ホテルがどのような提案をしているのか、事前にチェックできるようにもなっています。例えばヒルトン大阪の営業マンが首都圏で営業するときも、同様のセミナーを大阪で開催するとしたら、どんなサービス内容が可能か、それを組み立ててから商談に臨むことができるようになりました」



 情報の共有化が、効率的な営業活動を可能としたのだ。しかも、より焦点の絞られた提案を聞けるので、顧客にとっても時間の節約につながる。

 さらに、営業スタッフ自身も情報共有の大切さを認識したことにより、チームのまとまりが向上するという「副産物」も得ることができた。この副産物について、同書では次のように述べられている。

 


 「日本ヒルトンの営業スタッフ全体が、非常に仲良くなったんですよ。カルチャーが変わった、という感じです。

 「セールスサミット」と称して、系列ホテルの営業スタッフが集まって営業内容を協議する会議も開かれています。それも、トップダウンで始まったわけではなくて、自発的な、ボトムアップで始まった会議なんですよ」



 こうした営業スタッフのモチベーションの高まりは、営業成果に表れるようになった。
 さらに、営業情報に対する意識も大きく変化したという。営業に出かける前に、系列ホテルの過去の提案内容を吟味し、自分の提案をチェックしてから顧客に会うようになった。その結果、経験の足りない新人でも、ある程度のクオリティで営業提案ができるようになったという。経験を積んだ営業スタッフならば、さらに高度な戦略を立てることができるようになったのはいうまでもない。


個人の力に頼らず、個人の力を生かす

 ほかにもセールスフォースの導入は、仮予約された部屋のキャンセル忘れによる「部屋の塩漬け」を防ぎ、部屋の稼働率を向上させることにも効果があった。確認作業をそれまでの手作業からシステムによる自動化されたものに切り替えたからだ。

 


 現在、仮予約については、30日・60日という期限をシステム上に設け、自動的に通知される仕組みになっている。それを見てマネジャーは、段階的なアプローチを営業マンに行わせる。まず、30日間放置されている案件には再度アプローチを行わせ、60日間放置されている案件にはキャンセルの有無の確認を取らせている。


 こうした確認作業から解放されることで、スタッフはより大切な業務に力を発揮することができるようになった。つまり、ITシステムの支援を受けて、「個人の力に頼らず、個人の力を生かす」ことが可能になるのだ。

 ただし、システム導入に際しては、次のことを忘れないようにしてほしい。

 


 だがそのためには、システムが現場にとって十分に「使えること」が前提条件だ。システムは、導入するだけでは生きてこない。活用するための戦略を立て、各社員が実際に使える環境を整えて、はじめてシステムの力は人の力となる。





 3回にわたり、セールスフォースの提供するクラウド型システムの魅力について、事例を元に紹介した。今回紹介した事例だけでも、大手企業から中小企業、そして地方自治体に至るまで導入企業・団体の規模はまちまちで、対象システムも定額給付金の給付システムから販売管理システムや情報共有システムとさまざまだったにもかかわらず、どのシステムにもマッチするカスタマイズ性の高さが光る。

 一般に、クラウド型システムは導入スピードや価格の安さにばかり目がいきがちだが、このカスタマイズ性能の高さにも大きな利点があることに注目してほしい。本稿で参考にした『クラウドの象徴 セールスフォース』には、クラウド型システムの弱点と考えられている信頼性やセキュリティについても考えを改めさせられる事例が数多く紹介されている。

 クラウド・コンピューティングへの流れは、もはや止められないところまできている。従来のパラダイムを抜け出し、いかにうまくクラウド・コンピューティングに取り組んでいけるかが、今後の企業活動の浮沈に大きな影響を与えるといっても過言ではないだろう。

 また、本書でも指摘があるが、日米両国で公共事業への導入が意外と進んでいる点も、見逃してはならない。米国では、国務省、国防総省、財務省、NASAをはじめ、多くの政府機関がセールスフォースのクラウド型システムをすでに導入している。最近話題になった例では、オバマ大統領の政権移行チームが、国民の声をネット上で集めるために、同社のシステムを1週間だけ使った。日本でも、定額給付金をはじめ、エコポイント(経済産業省/環境省/総務省)の登録や、経済産業省の「電子経済産業省アイディアボックス」など、同社のクラウド型システムが採用されている。


セールスフォースが利用されている電子経済産業省アイディアボックスのWebページオバマ大統領もセールスフォースを利用して、Webで国民からの声を集めた

 このような事実から、セキュリティの面でも信頼感が増していることに異論はないものと思われる。クラウドの実態に興味のある方は、ぜひ本書をご一読いただきたい。


クラウドの象徴 セールスフォース
著者:西田 宗千佳
サイズ:四六判
ページ数:272p
発行:インプレスジャパン
ISBN:978-4-8443-2769-1
価格:1,680円(税込み)

 



(インプレスジャパン コンピューターテクノロジー編集部)

2009/11/26/ 09:00