事例で見るセールスフォース:クラウド時代のIT管理術を学ぶ【第一回】
「クラウド・コンピューティング」に注目が集まっている。現在、クラウド・コンピューティング形態でサービスを提供するベンダーは数多くあるが、その中でもセールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)は、クラウド・コンピューティングの代表的なベンダーとして挙げられることが多い。
ワールドワイドでの利用が6万3000社、150万ユーザーを超え、国内でも多くの有名企業の導入実績を持つセールスフォースの強みはどこにあるのか? 本稿では、インプレスジャパンから発売されている書籍『クラウドの象徴 セールスフォース』で紹介されている事例の中から、セールスフォースの魅力の秘密を3回にわたって紹介する。
■地方自治体に突きつけられた「難題」
2009年初頭に世間をにぎわせた定額給付金。この降ってわいたような経済政策によって議論百出、社会全体が混乱させられたことをご記憶の方々も少なくないだろう。国民に支払われる定額給付金が1兆9570億円、給付に要する事務費が825億円。給付手続きを突然丸投げされた地方自治体にとっては、ただでさえ多忙な期末を控えて大変な混乱であった。
というのも、2008年秋以降、給付額や給付方法が国会で二転三転し、最終的に法案が成立したのが2009年1月下旬。それにもかかわらず、国側は2009年3月の給付開始を主張したため、自治体側は2カ月弱という非常に短い期間で給付準備を行う必要に迫られた。給付システムの開発や運用に要するコストは国側(総務省)の負担である。しかし、住民基本台帳などのデータベースから適格者を抽出し、申請書を印刷して発送し、住民の問い合わせに対応するのはすべて地方自治体の仕事になったのである。
このような「短期間」かつ「低コスト」の給付システムの新規開発という「難題」に対して、人口20万人の甲府市(山梨)が出した答えは、給付に必要なシステムを自前で持たずに、セールスフォースのクラウド型システムを利用する、というものだった。ちなみに20万人の住民のうち、1割から電話で問い合わせがあったとして、2万人のコールに対応しなければならない。数人の職員が紙のメモでこなせる量ではないので、ITシステムの支援は不可欠なのだ。
■サーバーを持たずに作られた給付システム
この「給付に必要なシステムを自前で持たずに、セールスフォースのクラウド型システムを利用する」とは、どのようなことなのだろうか。
通常、自治体は税収や戸籍管理のためのサーバー機器をすでに所有しており、市庁舎内のコンピューター室(あるいはデータセンターなど)で運用管理している。システムを新規に導入する際は、これらのサーバーの余剰部分を利用したり、サーバー機器を追加購入したりして、その上にソフトウェアを開発してシステムを構築するのが、いままでのやり方だ。
しかし、甲府市が採ったアプローチは、こうした方法とは大きく異なる。同市が採用したセールスフォースのクラウド型システムは、セールスフォースがアメリカ国内に持つ巨大サーバーの一部を使い、その巨大サーバー上にすでに組み込んであるソフトウェアの機能を、定額給付業務に合わせて修正して利用するというものである。
従来の手法とクラウドの違い |
同市が採用したセールスフォースの画期的な点について、『クラウドの象徴 セールスフォース』では次のように述べられている。
セールスフォースの新しいところは、このソフトウェアを、それぞれの企業や自治体のサーバーにいちいちインストールするのではなく、同社の巨大サーバー上で運用し、各企業や自治体のニーズに合わせて情報の保管や処理を行い、その処理結果だけを、インターネット経由でユーザーのパソコンに返す、という点にある。エクセルやデータベースソフトが、自分のパソコンや社内サーバーではなく、海の向こうの巨大サーバーにインストールされているようなイメージである。(『クラウドの象徴 セールスフォース』より)
■実現された「短期間」かつ「低コスト」のシステム
自前でサーバーを所有するのではなく、セールスフォースのサーバーを利用することにはどのようなメリットがあるのだろうか。
まず、第1のメリットとして「コストの削減」が挙げられる。通常、サーバー機器を購入してシステム開発した場合、ハードの購入費だけではなく、設置場所、電気代、人件費といったサーバー機器にまつわる管理コストが発生する。しかし、セールスフォースの巨大サーバーの一部を借りて、その利用料を利用者一人につき月額いくら(甲府市の場合だと、オペレーションする職員一人につき月額約4000円~7500円。アクセス権限や編集権限などにより利用料が変わる)という形で支払うため、サーバー機器や設置場所のコストが不要となる。基本的なソフトウェアの機能もあらかじめ巨大サーバー側にすでに組み込まれているため、従来の方式では必要となるソフトウェアの購入費、開発費、メンテナンス費の多くも削減することができ、全体では大きなコスト削減となる。
具体的なコストについては、同書では次のように述べられている。
システム利用料は月額で十数万円前後、といったところだろうか。2009年7月までにかかったコストは、初期費用も含めて300万円強とのことである。人口が同規模の自治体に比べ、明らかに低コストだが、比較の詳細は第3章をお読みいただきたい。(『クラウドの象徴 セールスフォース』より)
また、第2のメリットとして「開発期間の短縮」が挙げられる。システムの開発では、導入したサーバーが意図通りに動作するかをチェックし、その上でシステム全体の動作を確認するという二段階の動作検証が必要となり、多くの手間と時間を必要とする。しかし、セールスフォースのクラウド型システムではその必要はなくなるので、開発期間を短縮することができるのだ。
しかも、セールスフォースの巨大サーバーは、すでに世界各国のユーザー企業6万社によって日夜利用されているため、サーバーそのものの基本的な動作検証がそもそも不要なのだ。検証期間がなくなるわけではないが、利用者側は、自分たちが必要とする機能についてだけ検証すればいいので、大幅に検証期間を短縮できるのである。(『クラウドの象徴 セールスフォース』より)
こうしたセールスフォースが持つ利点を活用することにより、甲府市は「短期間」かつ「低コスト」の給付システムの新規開発という「難題」を乗り越えることに成功した。
■セールスフォースの魅力とは
地方自治体の本来の業務である税の出納や戸籍データの管理であれば、従来のようにサーバー機器を購入して開発を行い、導入に大きな初期コストがかかったとしても、長期間利用できるので、元を取ることができるだろう。
しかし、定額給付金は一度きり、半年から1年の運用となる可能性が高い制度だ。であれば、一度きりのドライブのために自動車を購入する人がいないのと同じで、サーバーを借りるという今回の甲府市の選択は非常に理にかなっているといえる。定額給付金において、こうした賢い選択をした地方自治団体は甲府市だけではなく、近隣では甲斐市、南アルプス市も同様にセールスフォースを導入している。
逆に、全国に1800ある自治体のうち、ほとんどが従前の方法で定額給付金システムを構築している。甲府市と同じ20万人の人口規模をもつ港区(東京)、渋谷区(東京)、熊谷市(埼玉)の実例については本書を参考にしてもらいたいが、甲府市とのコスト差は最大で13倍も開いている。
必要なときに必要なだけ、安価に、そして短期間で導入できる。それが、セールスフォースの魅力であり、多くの導入実績を誇る理由の1つであることが、甲府市の事例でおわかりいただけたのではないだろうか。
クラウドの象徴 セールスフォース 著者:西田 宗千佳 サイズ:四六判 ページ数:272p 発行:インプレスジャパン ISBN:978-4-8443-2769-1 価格:1,680円(税込み)
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2009/11/24/ 09:00