アドビシステムズ株式会社(以下、アドビ)は、エンタープライズ分野における事業拡大を重点課題のひとつに掲げている。いや、同社・石井 幹社長が、「いま、エンタープライズ分野の事業を離陸させなければ、将来のアドビの成長はあり得ない」と言い切るように、この事業の拡大こそが、いまのアドビにとって最重点課題ともいえるのだ。クリエイティブプロフェッショナル向けや、コンシューマ向け製品の印象が強いアドビにおいて、エンタープライズ向け戦略は、どう展開されようとしているのだろうか。石井社長に、そのあたりの取り組みについて聞いた。
■ Acrobatの機能を使えば、業務フローを大きく変えられる
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代表取締役社長 石井 幹氏
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―アドビにおいて、エンタープライズ分野に対する取り組みは、どんな位置づけになっているのですか。
石井氏
アドビに対して、多くの方が持っている印象は、PhotoshopやIllustratorに代表されるクリエイティブプロフェッショナル向け製品のメーカー、あるいは最近、力を注いでいるイメージ編集や画像編集の個人向け製品のメーカーという印象ではないでしょうか。しかし、Acrobatを中心とした企業向けの取り組みももうひとつのアドビの顔といえます。2003年は、Acrobat 6.0を投入し、エンタープライズ事業における飛躍が始まった年だともいえます。
―Acrobatというと、どうしても文書の電子化というイメージが強く、エンタープライズ戦略というには大きな差があるように感じますが。
石井氏
多くの方がもっている認識が、紙で蓄積された文書データを電子化するのがAcrobatやPDFの役割だというものかもしれません。しかし、これは役割のほんの一部にしかすぎません。私たちの訴え方が悪いという反省もあるのですが、Acrobatの機能を使えば、業務フローを大きく変えられることを、もっと知っていただきたい。2003年には、Acrobat 6.0という最新版を投入し、さらに機能が強化された。これを導入して、すでに成果をあげている企業もある。例えば、大成建設では、数千社にのぼる取引先とのやりとりを、Acrobatの電子署名機能を活用し、業務フローの改善で大きな成果をあげている。文部科学省でも、電子申請を導入し、電子署名の機能を活用して、国民へのサービスをセキュアな環境で提供することに成功している。Cレベルの方々という言い方を社内ではしているのですが、CIOやCEOと呼ばれる方々に、こうした機能をもっと訴えていかなくてはならないですね。
―ドキュメントの電子化ツールとしての機能だけではないという点ですね。
石井氏
紙のドキュメントの電子化という点でも、PDFによる入力フォームを独自に作って、グループや企業で共有化したり、チェックボックスの設定でワークフローを管理したりといったことができる。ここでも、電子化による業務フローの改善ができる。一方、情報のコンテナーという呼び方をしているのですが、Acrobatは、音声や映像などの各種マルチメディアデータに加えて、XMLとの親和性が高いですから、バックオフィスのデータをXMLを通じてAcrobatに転送し、エンドユーザーが簡単にPDFで閲覧することも可能になる。例えば、SAPのR/3上のデータを、PDFの形でより見やすいフォームに書き換えて閲覧できるようになる。CRMやERPのデータが、Acrobatを利用することで、よりユーザーフレンドリーな閲覧形式に変えられます。また、社内に散在しているさまざまなデータを一元管理するには、多くの投資と工数がかかりますが、この点でもAcrobatを介せば、少ない投資でデータやドキュメントを一元的に管理できるようになる。2004年は、「プラットフォーム」をひとつのキーワードにしたいと考えています。Acrobatの知的機能を活用することで、ドキュメントやデータ、業務フローの共通プラットフォームを構築できると考えています。言い換えれば、インテリジェントドキュメント機能によって、CRMやERPを含めた一連の業務フローの改善を下支えするツールがAcrobatであるという認識へと変えたいと思っています。
■ 2004年末までに30社のパートナーとの提携を目指す
―ここまでくると、製品を販売するだけでなく、ビジネスプロセスそのものに対するコンサルティングや提案というものも必要になってきますね。
石井氏
ご指摘のように、いままでのようにITに関する提案だけでなく、ビジネスプロセスそのものへの提案は不可欠になってきます。ただ、このためのコンサルティングチームを社内に持つというのは、いまの社内リソースの面からも難しい。むしろ、社外のパートナーとの連携が必要だと考えています。しかし、これも既存の製品販売を目的としたパートナー制度では限界がある。コンサルティングビジネスを対象にしたパートナー制度の確立が必要だと考えています。
―具体的な計画は?
石井氏
米国では、IBMのコンサルティングチームやAccentureの提携による提案活動をすでに開始しています。日本でも同様に、日本IBMやアクセンチュアとも提携の話をすすめたいと考えていますが、新たにコンサルティングファームなどと提携についての話し合いをすすめたいと思っています。年明けから、従来の販売パートナーのなかから、SI機能やコンサルティング機能をもつパートナーとの連携を強めるのに加えて、新パートナーとの提携に向けて、私自らが候補企業を訪問するなどの具体的な活動を開始したいと思っています。2004年末には30社程度のパートナー企業との提携をしたいと考えています。ですから、少なくとも毎週2社以上のパートナー候補企業を訪問して、当社の考え方をご説明しないと、30社と契約することは難しいですね。
―これまでのアドビにはない取り組みですね。30社も賛同してくれるパートナーはいますか?
石井氏
私はちょっと自信があるんですよ(笑)。お会いするトップの方々に、Acrobatが本来もっている機能をご紹介すると、ほとんどの方が、もう少し詳しく聞かせてくれ、という話になる。大変興味を持っていただいているのです。ですから、この分野に関しては、当社がもっと努力をして、Acrobatによる業務フローの改善のメリットを訴えていかなくてはならないのです。市場拡大の余地は大きいんですよ。
―エンタープライズ向けの事業規模はどれくらいにまで拡大させたいと。
石井氏
2003年は、日本のAcrobat事業に対する期待が大きくて、とても達成できないと思っていましたが、Acrobat 6.0の発売によって、予想以上に新規ユーザーが多く導入いただき、その大きな目標も達成できてしまった(笑)。2004年は、これまでご説明したように業務フロー改善のためのプラットフォームとして、いままでアプローチできていなかった新たな企業ユーザーに導入をしていただきたいと考えている。あまり具体的な数字はいえないのですが、Acrobatに関連するサーバー製品の国内売上高は、前年比倍増以上に拡大させたいですね。数%増、数10%増という伸びだけでは留まらないことは確かです。営業という点で見れば、リソースの6割をエンタープライズ向けに割いています。この増員は今年も引き続きやっていきたいと考えています。今年は、エンタープライズ事業を、クリエイティブプロフェッショル、コンシューマと並ぶ3つめの事業の柱として明確に位置づけたいと考えています。いま、アドビがエンタープライズ事業を加速させないと、将来の発展がありません。米国の企業は、会社の存在意義であるミッションステートメントを重視しますが、エンタープライズ分野の事業を加速させることで、当社のミッションステートメントそのものを変えるぐらいのインパクトと改革につなげたいと考えています。
■ クリエイティブワークに専念できる新製品「Adobe Creative Suite」
―ところで、クリエイティブプロフェッショナル向け、および個人向けのプロダクト戦略はどうなりますか。
石井氏
過去20年間に渡ってアドビが提供し続けてきたクリエイティブプロフェッショナル向けの分野では、12月4日にAdobe Creative Suite日本語版を発表しましたが、この出荷が1月16日からになりますので、これをきちっと市場に定着させる1年にしたいですね。これまでPhotoshop、InDesign、Illustrator、GoLiveというようにバラバラに出していた製品が、スイートとなることで生産性があがる。さらに、新たに開発したバージョン管理ソフト「Adobe Version Cue」によって、クリエイティブプロフェッショナルの方々が左脳を使う時間を短くすることができる。つまり、本来のクリエイティブワークに専念できるようになる。実際に多くのクリエイターの方々が、欠かせないツールとして活用している製品ですから、慣れるのに時間がかかるのではといった不安や、ほかの人が使ってからの評価を聞いて導入を検討しようという状況にあるのに確かです。しかし、先行的に利用していただいたユーザーの方々からは高い評価を得ていますし、発売前日の1月15日には、発売前夜祭として、1700人のクリエイティブプロフェッショナルの方々に参加していただくイベントを予定しています。当初は1500人の動員目標だったのですが、あっという間に目標数を上回りました。今年1年間で1万人の方々に直接対面でAdobe Creative Suiteの良さを訴えます。また、出力センターや印刷会社などがInDesignの対応に積極的になっています。こうしたアプローチも積極化させたいと考えています。ここでも、エンタープライズ向け戦略のキーワードと同様に、Adobe Creative Suiteによる「プラットフォーム」が重要なキーワードになります。
―個人向けの取り組みはどうなりますか。
石井氏
2003年は、Photoshop Albumという新たなプロダクトを3月に投入しましたが、わずか8カ月後の11月には新たなバージョンを発表するという、私もびっくりするような(笑)取り組みが行われました。この分野は、日本が先進的ですから、日本の声を聞いて製品化するという仕組みができあがっています。今年も個人向けのデジタルイメージング向けの製品強化は引き続き行われますし、今後も、Photoshop Albumのバージョンアップは行っていきます。また、ビデオ編集に対する要求も高まっており、これにあわせてPremiere LEの機能強化に対する期待が高まっているのも理解しています。デジタルビデオが浸透している日本では、この分野で米国に比べて2年は先行しているといえますから、日本のユーザーの声は、製品化に強く反映されることになると思いますよ。ぜひ、期待していてください。
■ URL
アドビシステムズ株式会社
http://www.adobe.co.jp/
( 大河原 克行 )
2004/01/09 00:00
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