トレンドマイクロの業績が好調だ。11月2日に出荷となった新製品のウイルスバスター2006は、発売直後から出足の良さを見せているほか、法人向けのビジネスも着実な成長を遂げている。今年4月には、ウイルスバスターのパターンファイルの不具合を背景に、ユーザーのPCに異常な負荷がかかり、PCが停止した状態と同じになるという社会的事件を引き起こしただけに、この信頼回復に向けた半年間におよぶ取り組みも同社にとっては見逃すことができない動きだったといえよう。トレンドマイクロの執行役員日本代表である大三川彰彦氏に、この半年間の取り組みと今後の方針について聞いた。
■ パターンファイルの不具合問題、社会に与える影響の大きさを社員の共通認識に
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執行役員日本代表の大三川彰彦氏
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―トレンドマイクロは、今年4月にアンチウイルスソフト「ウイルスバスター」の更新パターンファイルの不具合によって社会的問題を引き起こしたわけですが、この半年の間、社内ではどんな取り組みを行ってきたのですか。
大三川氏
あの時には、大変多くの方々にご迷惑をおかけしました。当社のユーザー分布や、時差の関係などによって、日本での被害が最も多く、その被害に対して、いかに迅速に対応するか、といったことも日本市場を中心に行いました。日本のスタッフは、その時の経験によって、二度とこんなことをしてはいけない、ということを肝に銘じたはずです。しかし、この危機感が、世界各国の末端の社員にまで共通の認識として植え付けられたかというと、そうでないところもある。日本で起きた出来事だからという、当事者意識が低い地域もある。そこで5月に、エグゼクティブが各拠点をまわって、そのときの様子を説明し、当時の日本での記者会見の様子やその後の報道の様子、日本の社会にどれだけの影響を与えたか、ということをまとめたビデオを作成し、全社員にこれを見せた。もはや、我々が取り組んでいるビジネスは、ひとつのミスによって社会に与える影響が大きいということを共通認識としてとらえ、二度と同じことを繰り返さないということを徹底しました。
―同じ過ちを二度と繰り返さない、という意識は社内に徹底できましたか。
大三川氏
すでに発表しているように、まずは仕組みを大きく変えました。例えば、日本IBMの大和事業所内に、トレンドマイクロのウイルスパターンファイルの検証、品質管理を目的としたトレンドマイクロテストセンターを設けたり、テスト体制の改善として、設備の増強、教育の強化、そして検証工程を完全に見直すといったことも行っています。外部の専門家による品質管理についての提言を受けるような仕組みも用意していますし、さらにサポートセンターの強化にも投資をしています。慎重に慎重をかさね、神経質ともいえるほどのプロセスを経て、それから市場に出すという仕組みとしました。
こうした体制の強化に加えて、社員の意識も変えなくてはならない。その点では、スピードという意味を全員で再度見直すといったことにも取り組みました。
―それはどういうことですか。
大三川氏
変化の激しいIT業界ですから、どうしてもスピードが要求される。しかし、スピードばかりを追求するだけでいいのか。そのスピードは本当にカスタマーのためにプラスになっているのか。そういう基本的な部分を改めて徹底しました。必要とされる情報や製品、サービスを、必要とされるタイミングでタイムリーに出す。スピードよりも、まずはカスタマー中心の視点で物事を考え、その上でスピードを発揮する。こうした意識を浸透させることが必要です。
―エバ・チェンCEOは、最後の一件が解決するまでは、自らの報酬を594円にするとしていましたが。
大三川氏
5月から7月までの3カ月間が594円の報酬でした。この報酬額は、不具合を起こしたパターンファイルの番号が「2.594.00」であったことに起因しており、社内でも「594問題」という呼び方をしています。7月の時点で、ほぼ問題は解決できたと考えています。先ごろ、ウイルスバスターの新製品として、ウイルスバスター2006を発売しましたが、前年よりもいい出足を見せています。その点でも、日本のユーザーに、当社の対応に関しては一応の評価をいただけたのではないかと考えています。
■ 日本市場重視を再確認した「ウイルスバスター2006」
―ウイルスバスター2006の出足はどんな状況ですか。
大三川氏
初期のダウンロード数では、ウイルスバスター2005の7~8%増という実績ですし、量販店店頭でも30%を超えるシェアを獲得しています。金額ベースでは40%のシェアとなっています。受け入れられた理由のひとつには、日本市場向けの機能を強化した点があります。今年初めの方針では、米国市場の拡大を優先課題のひとつとしていましたが、594問題によって、日本の市場をもっと重視すべきだとの方針を再確認しました。もちろん、グローバル戦略は重要なものですが、これまでのトレンドマイクロは日本市場を軸に成長を遂げてきたという実績がある。この市場をしっかりと守っていくことが大切ですし、日本が求める品質や機能を搭載することが世界で通用する製品を投入することにもつながる。日本のユーザーの先進性を取り入れることができる点を当社の強みとして、製品開発をしていくことが大切であると実感しました。ウイルスバスター2006では、フィッシングサイト詐欺に対する対応や、スパイウェアへの対応を強化していますが、これも日本のユーザーの声や、日本の市場環境を考慮して強化した機能です。もともとウイルスバスターは、日本のこのオフィス(新宿の本社オフィス)の30階で開発しているんですよ。そこも、他社のアンチウイルスソフトとは異なり、日本のユーザーの声を反映した日本に根ざした製品が開発できる当社ならではのものだといえます。
―業績も好調に推移していますね。
大三川氏
2004年は前年比20%台中盤の成長率で推移し、今年の第1四半期(1~3月)も前年同期比27%増という実績でした。しかし、第2四半期は、594問題もあり、5月の1カ月間は完全に営業が停止した状態でしたから、前年同期比は16%増とやや成長率は落ちています。また、第3四半期も、13%増という成長率です。この第3四半期は、前年同期にはウイルスバスターの発売があったものが、今年は第4四半期になっていますから、その影響だといえます。
―今年、ウイルスバスターの発売が11月になった理由はなんですか。
大三川氏
先ほど申し上げたように、594問題以降、社内の体制を大きく変えました。ウイルスバスター2006も、出荷前のベータテストにかなりの時間を割き、内部でのさまざまな検証を行った。当初の計画よりは1カ月程度ずれ込んだといえます。しかし、こうした体質が社内に植え付けられたのは、まさに「雨降って、地固まる」ということだといえるのではないでしょうか。
■ SMB向け製品・販売体制を強化
―今年に入ってから、トレンドマイクロは買収戦略や提携戦略を加速していますが、これにはどんな狙いがあるのですか。
大三川氏
今年5月に、スパイウェア製品を開発・提供する米InterMute、6月にIPフィルタリングのレピュテーションサ-ビスの米Kelkeaを買収しましたが、これはウイルスが複合化し、より悪質なものが増えてきたことが挙げられます。従来は、自らファイルを開けたりしなくては感染しなかったものが、普通に利用するだけでもウイルスに感染したり、スパイウェアが入り込んだりしてしまう。最近、話題のbotの例を見てもわかるように、一瞬にして感染が広がる。こうした脅威に対抗するためには、1社のソリューションだけでは太刀打ちできない。かといって技術を開発するには時間がかかる。買収というのは、時間をお金で買うようなものです。一連の買収は、そうした背景から取り組んだものです。今後も、優れた技術を持った企業の買収戦略を進めていく考えです。
―セキュリティベンダーは買収戦略を加速していますが、トレンドマイクロは買収戦略で、どの分野にまで進出する考えですか。
大三川氏
なかには、セキュリティ以外の領域まで手を広げている企業もありますが、当社は、セキュリティという領域を越える考えはありません。あくまでも、セキュリティに特化したエキスパートな会社である、あるいは広義のウイルス対策の会社であるという点を追求していくつもりです。
―エンタープライズ分野における展開にも広がりが出てきましたね。
大三川氏
これまで、メーカー系のベンダーや、大手システムインテグレータが当社の製品を積極的に取り扱っていただいてますし、その分野に向けた製品も増加してきた。企業ネットワーク向けゲートウェイセキュリティソフトでは、欧米やアジアでもナンバーワンの実績ですし、シスコシステムズとの提携によって、ネットワーク機器と連動したソリューションの提案も可能になった。先ごろ、シスコシステムズのCisco ICS(Incident Control System)の導入、および関連するサービスの提供でネットワンシステムズとの提携を発表しましたが、こうしたパートナーシップによるエンタープライズ向けの事業強化も進めています。
今後の課題は、むしろSMBの領域でしょうね。この領域では、販売パートナーとの協業が鍵になります。パートナー制度は、今年から新たな制度を開始し、現在、エグゼクティブ、エリート、エクシードという契約があります。このパートナー制度には、約200程度のシステムインテグレータやディストリビュータなどにご参加をいただいています。来年からは、サポートを行うことを主眼としたサービスプロバイダーにもパートナーシップの対象を広げていきたいと思っています。また、今年後半から、地場ディーラーなどを対象にしたレジスタードパートナー制度を開始し、パートナーシップの枠をさらに広げています。これによって、当社のパートナーは、最終的には1000社規模にまで増加すると見ています。SMBの市場に打って出るためには、ぜひ、こうしたパートナーの力をお借りしたいと考えています。
同様に、SMB向けの製品に関しても強化します。従来、「Trend Micro Client/Server Security」と呼んでいた製品を、今回の機能強化とともに、統合型セキュリティソフト「Trend Microウイルスバスター ビジネスセキュリティ」としました。この製品は、中堅・中小企業が、主な対象となりますが、ウイルスバスターという最もわかりやすい名前をつけることで、中堅・中小企業の方々が、認知しやすく、導入しやすくしました。ウイルスの予防から、感染復旧までの自動処理を実現していますから、ITの専門家がいない中小企業でも安心して導入できる。こういう当社製品の特徴をもっと訴えていく必要がありますね。
―2006年はどんな取り組みを予定していますか。
大三川氏
カスタマーセントリックな企業にしていくということを2005年に標ぼうしましたが、この実現に向けた下準備が1年間をかけてようやくできました。従業員や年商規模別で物事をとらえるのではなく、カスタマーの置かれた環境や、それによって求められている製品やサービス、解決しなくてはならない課題といった、カスタマーセントリックの切り口で、製品やサービスを提案していくことになります。来年1月1日からは、その実現に向けた具体的なスタートを切る年になります。今年、エバ・チェンがCEOに就任し、いよいよそれによって生まれ変わる新生トレンドマイクロの姿が、みなさんの前にお見せできると思いますよ。
■ URL
トレンドマイクロ株式会社
http://www.trendmicro.co.jp/
( 大河原 克行 )
2005/12/02 00:00
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