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村瀬社長、新生「キヤノンマーケティングジャパン」について語る


 4月1日付けで、キヤノン販売株式会社が、キヤノンマーケティングジャパン株式会社に社名変更した。通称は、「キヤノンMJ」。従来の「販売」という呼称は、大量生産、大量販売時代のビジネスを想起させ、時代遅れとの見方もできる。今回の社名変更は、ソリューションを中核とした同社の事業体質の転換によるものが背景にある、と村瀬治男代表取締役社長は指摘する。では、マーケティングという名称にどんな意味が込められているのか、そして、今後のキヤノンMJはどう進化するのか。村瀬社長に聞いた。


代表取締役社長の村瀬治男氏
―なぜ、社名変更をこの時期に行ったのですか。

村瀬氏
 いい機会ですから、ちょっと昔を振り返りましょうか(笑)。キヤノン販売の設立は、1971年。前身となったのは、事務機の販売および卸を行うキヤノン事務機販売、事務機の保守サービスを行うキヤノン事務機サービス、カメラの販売および卸を行うキヤノンカメラ販売の3社です。さらにこれを遡ると、68年に、キヤノン株式会社の事務機の国内営業部門とサービス部門を分社化するとともに、事務機のサービスをやっていた子会社を吸収して、キヤノン事務機販売とキヤノン事務機サービスをそれぞれ設立しました。一方、カメラ部門の方は、69年に、キヤノンカメラのカメラ営業部と、百貨店専門に卸を行うキヤノン商事や、東日本、西日本のそれぞれの卸会社を合併してキヤノンカメラ販売を作った。つまり、キヤノン販売の設立時点で目指していたのは、自らが直接問屋になることと直販を行うこと、そして販売後のサービスだったのです。いわば、「販売」という言葉が適切な会社だったといえます。

 だが、79年に放送局向けのテレビレンズや医療機器、半導体製造装置を扱う営業部門が、キヤノン株式会社から移管され、さらに、パソコンからスーパーコンピュータまでの取り扱いを開始するようになると、必然的にシステムインテグレータとしての道を歩み始めるようになる。複写機もどんどん進化し、ネットワークと接続されるようになった。会社自体の役割が、変化してきたのです。

 「販売」という呼称は、どうしても大量生産、大量販売時代のビジネスを想起させます。また、どうも一方通行的な販売活動のイメージがある。ハード、ソフト、サポート、ソリューションといったビジネスを、顧客との双方向で展開していく当社の実態にはそぐわないのです。

 社名変更の背景には、もうひとつの理由があります。


―それはなんですか。

村瀬氏
 キヤノングループは、来年、創立70周年を迎えます。そのキヤノングループの成長を見た場合、「過去10年と、これからの5年」という言い方ができる。過去10年というのは、ちょうどキヤノン株式会社の御手洗冨士夫社長の10年であるという言い方もできるわけです。

 過去10年のうち、最初の5年は、96年から2000年までの「グローバル優良企業グループ構想フェーズI」で取り組んだ改革。ここできちっと20世紀の体制に終わりを告げることができた。首を切ることをしない、前向きのリストラをやって、以前とは中身が違うキヤノングループを作り上げてきた。2001年から2005年までのフェーズIIでは、これを成長路線へとシフトさせ、2005年まで6期連続の増収増益を続けてきた。

 キヤノン販売は、キヤノンからはやや波が遅れていたが、98年から少しずつ改革に少取り組み、2000年後半からは本格的な改革に取り組んできた。2003年4月には新たな骨組みが完成し、2005年には、売上高、営業利益、経常利益、最終利益といった、すべての指標で過去最高の数字を更新した。キヤノンの10年計画に沿って、2006年にはようやく同じスタートラインに立つことができた。これからのフェーズIIIをとらえて、当社も2010年を最終年度とする5カ年の経営構想に取り組むことができる体制が整ったのです。

 そこで、これからの5年をとらえた場合、気がついてきてみたら会社の名前だけが、旧態依然のまま。それならこの時期に変えようと思ったわけです。


―いつ頃から社名変更を視野に入れていたのですか。

村瀬氏
 正直にいうと、キヤノンUSAにいたときから、「へんだなぁ」とは思っていましたよ(笑)。海外の法人は、キヤノンUSAとか、キヤノンヨーロッパと呼ばれるのに対して、「キヤノ販」とか、「C販」とか、なんだかわからないような呼び方をされる。「なんだよ、これは」と思っていましたよ(笑)。

 かつて、ゼロワンショップを展開していた頃が、本当は、社名変更するべき時期だったのかもしれないですね。

 ただ、社名を変更するといっても、いい名前がなかなかない。キヤノンUSAに対して、キヤノンジャパンと名乗ろうとすると、キヤノン株式会社から怒られますしね(笑)。


―直感でお伺いするのですが(笑)、本当は、「ソリューション」という名前をつけたかったのでは。

村瀬氏
 正直にいいますと、それも検討しました。ソリューションという名称もいいなと思いましたよ。でも、なぜやめたのか。まぁ、キヤノンシステムソリューションズという会社もありますし、ここと混乱を招くということもありましたが、当社の生い立ちを見ると、先ほど触れたように、事務機とカメラと、半導体製造装置や医療機器といった3つの異なる事業がひとつになっている。ソリューションが似合う事業もあるが、そうでない分野もある。それぞれの事業に合致した名前はなにか、というとやはり「マーケティング」という言葉になる。


―マーケティングという社名にはどんな想いが込められているのですか。

村瀬氏
 かつては、マーケティングといえば販売促進活動を指したり、営業支援を意味することが多かった。だが、マーケティングの本来の意味は、そうではない。人、物、金という経営のすべてに関わるとともに、その先にある顧客に対しても、価値を提供することが、私は、マーケティングだと考えています。つまり、マーケティングとは経営全般を指す言葉だと。販売支援活動という発想でマーケティングをとらえていたら、それは間違いです。

 もうひとつ、こんなことも考えています。販売や営業というのは、右から左に物を移すという仕事です。これはこれで大切な役割がある。だが、マーケティングは、販売や営業という、どちらかというと体力が重視される仕事に加えて、たくさんの知恵を絞ることが求められる。顧客に対して、これまでよりも一段高い価値を提案するには、右から左にものを移すだけで無理。知恵を使ったマーケティングなしには実現しえないのです。

 だから、私は社員にこう言っているんですよ。「もっともっと知恵を使ってくれ」と。そして、「考える集団になってくれ」と。顧客がなにを欲しがっているのか、それを知るために知恵をつかってほしい。そして、それがわかったら、また知恵を使った提案をしてほしい。体力もますます重要だが、それ以上に、知力が大切になってくる。それがキヤノン販売からキヤノンマーケテンィグジャパンへの変化なのです。


―社名にジャパンという文字を入れましたが、これは日本でビジネスをする企業ということを明確化する狙いからですか。

村瀬氏
 そうです。まぁ、社内的な事情をいえば、キヤノンマーケティングタイランドという企業があり、この親会社だと誤解されるといけないので、ジャパンをつけたということもあるのですが(笑)、むしろ、ご指摘のように、「ジャパン」という言葉には、キヤノンマーケティングジャパンの事業領域が日本であること、そこにしっかりと根を下ろし、責任を持ってマーケティングに従事する企業であることを明確にする狙いがあります。


―社名変更の発表会見では、「双方向コミュニケーション」ということを徹底する姿勢を見せましたが。

村瀬氏
 これには2つの意味があります。ひとつは、顧客との双方コミュニケーションという観点です。先ほどもお話ししたように、顧客がなにを欲しているのか、それに対してどんな提案ができるのか、さらに顧客が求める次のステップはなにかということまで、知恵を使って提案できるようになりたい。これを実現するには、顧客との双方向コミュニケーションが前提となる。「こんな新製品が出ましたからどうですか」という一方通行の営業ではなく、顧客を知り、顧客が求めるであろう製品やソリューションを先回りして提案することが大切なのです。

 そして、もうひとつが、キヤノン株式会社との双方向コミュニケーションです。今日の技術、明日の技術を知り尽くしているキヤノンの開発部門に対して、今日の市場、明日の市場を熟知しているキヤノンマーケティングジャパンがお互いにコミュニケーションを行い、知恵を出し合うことで、より価値の高い製品を市場に投入できるようになる。また、技術をミスマッチさせた製品を市場に出すことを防ぐことにもつながる。ものづくりに対しても積極的に参画していくことは、キヤノンマーケティングジャパンの重要な役割のひとつです。

 さらに、こんなこともある。先日、当社の社員約40人を、ベトナムにあるキヤノンのプリンタ工場を視察に行かせた。そこで当社の社員がショックを受けて帰ってきたのです。工場内では、コンマ何円のコストダウンを図るためにたくさんの知恵を使っている。ベトナムで多く採れる竹を使って、自分たちで道具を作って、効率化に挑んでいる粘着テープもなるべく短い分量で済むように工夫している。こうしたコストに対する徹底した取り組みに驚いたのです。日本では、平気で数千円単位の値下げ交渉に応じている連中ですから(笑)、1円のコストダウンのために生産現場はどれだけの苦労をしているのかが身に染みてわかったようです。こうしたこともキヤノン株式会社との双方向コミュニケーションによって得られるメリットだといえます。


―2010年を最終年度とした長期経営構想では、売上高で1兆1000億円、経常利益率5%以上を目標としていますね。リコーが、メーカーとしての事業を含めているとはいえ、中期経営計画で10%の営業利益率を目標にしているのに比べると、やや慎重な感じがしますが。

村瀬氏
 当社が目標としている経常利益率は具体的には5.25%です。6%や7%という目標を出すこともできるのですが、絵に描いた餅ではなく、社員がしっかりと目標として掲げ、それを達成することが大切であろうと考えています。1兆円突破という目標も、そればかりを優先するつもりはありません。


―長期経営構想では、ビジネスソリューションにおいて、現在の4759億円から、2010年には6000億円の事業規模を目指し、そのなかでITソリューションを成長戦略の核に据えています。この事業におけるポイントはなんでしょうか。

村瀬氏
 実は、ビジネスソリューションは6000億円を最低ラインとして、できれば7000億円規模までを視野に入れています。ざっくりといって、7000億円のうち、3000億円がハードウェアの部分。保守サービスが1500億円程度。そしてITソリューションが2500億円程度と想定しています。3000億円のハードウェア部分は、利益率が3.5%程度ですから、5%以上の経常利益率を目指す上では、利益率の高い保守サービスやITソリューションの分野を伸ばしていかなくてはならない。情報系、基盤系、基幹系といった分野での展開や、MEAPアプリケーションの強化やドキュメント関連ソフトウェアの強化などにも積極的に取り組んでいく。プロジェクトベースでの展開やITアウトソーシングといった領域への進出も重要なポイントとなります。さらに、キヤノンシステムソリューションズが、かなり大規模の案件に取り組むようになってきましたし、キヤノンネットワークコミュニケーションズも、データセンターなどの領域で実績を積み始めている。こうした取り組みをさらに拡大したい。

 また、必要であればM&Aやアライアンスも積極的に推進していきます。昨年3月の日本SGIへの資本参加では、当社から6人の社員を日本SGIで預かっていただき、ブロードバンド時代にドキュメントをはじめとするコンテンツをどう活用するかといったことに向けたノウハウを蓄積している。当社は、機器やソリューション、サービスは提供できるが、コンテンツの中身にまで入ることまではできていない。日本SGIとの提携によって、この部分に入りこむことができるようになるのです。さらに、今年1月にも、アステラス製薬の情報関連子会社であるFMSを買収し、医療ソリューション事業への足がかりを作った。

 とはいえ、ソリューションビジネスを展開する上では、まだまだ足りないところがあると思っていますよ。SAPやオラクルとの連動システムの提案ではまだ弱い部分もある。

 ビジネスソリューション事業に関しては、グループ力の最大化とともに、キヤノンの強みを生かしたソリューションの展開に加えて、事業拡大のためのM&Aやアライアンスを積極化していく予定です。


―コンシューマ事業に関してはどうですか。

村瀬氏
 4月からコンスーマカンパニーの名称をコンスーマイメージングカンパニーに変更しました。ここからもわかるように、デジタルフォトを中核とし、デジタルカメラ、デジタルビデオといった入力系から、インクジェトプリンタやFAX、コピーといった出力機器に至るまでのイメージング領域全般で、ナンバーワン製品を投入していきます。デジタル写真文化はキヤノンが創るという気持ちはこれからも変わりません。

 ちなみに、SEDは、この3カ年の中期計画のなかには入れていませんが、5年という期間で見ると大きく影響してくることになるでしょうね。大画面薄型テレビとしてのコンシューマ領域での販売ばかりが注目されていますが、高精細での表示が可能なSEDの特性を生かして、医療分野における活用など、ビジネスソリューション領域でも根強い需要が出てくると考えています。SEDは、途中でやめることは絶対にありませんからね。これからどう売っていくのか、じっくりと練っていきますよ。



( 大河原 克行 )
2006/04/03 00:00

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