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米AdobeリンチSVP、「AIRはエンタープライズにも大きなインパクトを与える」


 RIA(リッチインターネットアプリケーション)が叫ばれるなか、アドビが提供する新たな世界が大きな注目を集めている。その中核的存在ともいえるAdobe AIRは、β版がすでに46万シートも配布され、来年には正式版が投入されることになる。AIRは、どんなベネフィットをユーザーにもたらすのか。米Adobe Systemsプラットフォーム事業部担当シニア バイスプレジデント兼チーフソフトウェアアーキテクトのケビン・リンチ氏に、アドビが描く新たな世界を聞いた。


米Adobe Systemsプラットフォーム事業部担当シニアバイスプレジデント兼チーフソフトウェアアーキテクトのケビン・リンチ氏
―アドビのこれまでの歴史から見て、いま、どういうステージにあるととらえていますか。

リンチ氏
 アドビが、過去25年間にわたって、常にフォーカスしているのは、人々がアイデア、情報に対して、関与することができる仕組みを提供するということです。そして、デザイナーやデベロッパーを、エンゲージすることに力を注いできた。デスクトップパブリッシングやPostScriptの時代、そして、PDFの提供や、FlashによるWebサイト制作の時代、これからのリッチインターネットの環境に至るまで、この考え方は一切変化していません。こうした取り組みの結果、いまでは、アドビの作ったソフトに、日常的に触れることができ、世界の多くの人に利用されている。人との関わりを支援するという、コアフォーカスは変化していないのです。

 人々がより効率的にコミュニケーションできる技術を提供している会社が、アドビです。しかも、それをひとつの回答で提供するのではなく、人々が、自分が好む形でコミュニケーションできるようにしている。メディアでのコミュニケーション、Webサイトや、携帯電話、そしてリッチインターネットアプリケーションというようにです。

 では、アドビにとって、いまの時代をどうとらえるか。いま、われわれの生活において、インターネットは欠かせない技術となっている。インターネットは、人々をつなげるという意味では大変優れた機能を持ったものだといえます。これを、全世界の人が利用する時代が訪れていることは、アドビにとっても大変意味があることです。それは、アドビがコミュニケーションをお手伝いすることにフォーカスしている会社だからです。これまで以上にアドビの力が発揮できる時代になっているともいえ、最もエキサイティングな時期だといえます。

 いま、開発チームは、インターネットでなにができるかということを考え、そのインスピレーションをもとに新しい技術を創出している。SaaSを活用して、イメージサービス、音声コミュニケーションサービス、ドキュメント共有サービス、コラボレーションサービスを提供するという方向性を打ち出したのも、そのひとつの結論です。また、エンタープライズ領域に対しても、新たな体験を提供することができる。SaaSやSOAなどを活用することで、エンタープライズの世界も着実に変化していくことになります。


―アドビが考えるリッチインターネットアプリケーションの中核プラットフォームがAdobe AIR(Adobe Integrated Runtime)となります。AIRは、デベロッパー、ユーザー、そして、世の中に対して、どんなインパクトを与えることになりますか。

リンチ氏
 Adobe AIRでわれわれが実現したのは、HTML/CSSといったWeb技術のほか、Ajax、Adobe Flash、Adobe Flexを、複数のOSをまたいで稼働させることができるようにし、これにより、リッチインターネットアプリケーションの適用範囲をデスクトップへと拡大した点にあります。

 デベロッパーやデザイナーは、Adobe AIRとAdobe Flexによって、複数のOSに対応した環境で、表現力豊かなコンテンツやアプリケーションを制作できます。また、主要な要素はオープンソース化されていることから、世界中のデベロッパーが、業界最先端のプラットフォームを容易に利用でき、異なるOSに対応したRIAを構築できる。Adobe AIRは、Webとデスクトップが持つ双方の利点を兼ね備えた新たなメディアを実現するものであり、Webブラウザの内側であるか、あるいは外側であるか、ということを問わずに機能する次世代のアプリケーションを構築することができます。これは、コンシューマユーザーだけでなく、エンタープライズユーザーにとっても大きなインパクトを与えることになるでしょう。


―Adobe AIRの浸透を推し量る指標はどこにおいていますか。

リンチ氏
 やはり、AIR Runtimeのインストレーション数が、ひとつの指標になります。すでに、β版Runtimeは、50万近いインストレーションがあり、かなりいい数だと認識しています。これは素直に喜べる数字です。AIRは、2008年度にリリースし、日本語版は2008年上期の出荷を目指しており、初年度には全世界で1億インストールを目指します。これは、野心的な数ですが、当社は、Flashプレーヤーで、何億人ものユーザーに普及させた実績があります。

 もうひとつの指標は、AIR上で利用できるアプリケーションの数です。β版の段階であるにも関わらず、すでに、200以上のアプリケーションがある。これはわれわれの予想を越える数だといえます。日本においても、まだ、日本語版が出ていないにも関わらず、AIRのアプリケーションが登場している。大変、エキサイティングなことです。1年後には、何千ものアプリケーションが登場することを期待しています。

 これまでのWebアプリケーションの開発には、何年も、何カ月もかかっていましたが、AIRの技術を使えば、わずか数日で、Webアプリケーションを作れるほど環境が進化している。カスタマイズされたアプリケーションがどんどん出てくるようになるでしょう。こうした環境が実現したことで、何百万人というユーザーに訴求するものだけにとどまらず、十数人程度しか使わないようなものまで、アプリケーションが広がるようになる。インターネットの世界にはロングテールという言葉があります。AIR上のアプリケーションによって、同じようにロングテール型のアプリケーション開発を加速させることができるようになります。

 また、いまあるツール、アセット、コンテンツを簡単に使えることも大きな特徴です。現在のWebブラウザで稼働するFlexのアプリケーションを、AIRで稼働させるには30分あればできる。一番時間がかかるのは、アプリケーションのアイコンのデザインかもしれませんよ(笑)。既存コンテンツを、簡単にAIRアプリケーションに移行させるようにするのは、重点課題のひとつでしたから。

 いまは、Macでも、Windowsでも、Linuxでも、OSの枠を越えて、AIRアプリケーションを提供できますし、時間が経てば、AIRアプリケーションを携帯電話でも提供できるようになります。


―AIRによって、アドビのビジネスモデルはどう変わるのでしょうか。

リンチ氏
 アドビは、AIRを使うことで、デスクトップ上でリッチインターネットアプリケーションの世界を実現しようと考えています。AIRは、Flashプレーヤーや、PDFのリーダーと同じように無料で提供されるものであり、しかも、Flashでも、HTML、AjaxでもPDFでもいいし、Flex Builder、Adobe Creative Suite 3(CS3)といった、デザイナーや開発者が得意とするベストなツールを使うことで、AIRアプリケーションを構築できるようになる。そして、Flash Media Server、Adobe LiveCycle Policy Serverなどのサーバー技術も活用できる。こうして実現された環境において、サービスという形での新たなビジネスモデルを提供できるようになる。

 アドビは、Adobe Media Playerをユーザーに対して無償で提供しますが、ここでは、広告サポートした動画も用意します。動画にひもづけした広告からアドビは収益をあげるというビジネスモデルを開始します。また、ビデオを提供するコンテンツプロバイダからも収益をあげることができるようになる。リッチインターネットアプリケーションへの移行によって、こうした新たな収入が生まれてくることになります。


―アドビでは、AIRの普及促進に向けて、AIRマーケットプレイスを提供していますね。この成果はすでに出ているのですか。

リンチ氏
 AIRマーケットプレイスでは、開発者がアプリケーションを公開し、ここにユーザーがアクセスして利用できる環境を提供ています。すばらしいAIRアプリケーションを、ユーザーが見つけるための、便利なスペースだと考えています。AIRは、Flashがそうであったのと同じように、アドビだけが普及を促進するのではなく、多くのWebサイトがAIRアプリケーションを採用し、普及を促進していくことになります。まさに、Flashで構築されたのと同様のエコシステムがAIRでも見られる。パートナーとアドビが、WIN-WINの関係を実現できるものといえます。

 AIRマーケットプレイスでは、現時点で、エンタープライズユーザーがAIRを適用している事実があることに驚いています。通常、インターネットから出てくる技術は、コンシューマから広がり、その後、エンタープライズ分野に広がっていくものですが、AIRはそうではありません。SAPでは、FlexとNetWeaverを統合してアプリケーションを開発しています。また、当社も、デスクトップ上でディレクトリアプリケーションを稼働させるAIRアプリケーションを開発し、ソースコードを公開しています。ユーザーは、オフラインであっても、ディレクトリ情報にアクセスし、コネクトした際には、最新の情報にアップデートしてくれるというものです。

 日本でも、すでにAIR上のアプリケーションが開発されており、ソニーはウィジェットプラットフォームとして提供しているFLO:QでAIRに対応。楽天のショッピングアプリケーションや、サイバーエージェントのデスクトップ動画視聴プレーヤー「Skimee」が、AIRアプリケーションとして開発されています。

 アドビは、製品開発において、デペロッパー、デザイナー、クリエイターの声を反映するシンクロナスデベロップメント(同期開発)といった手法をとっています。これが、使いやすいもの、便利であるものを提供する素地になっている。AIRのβ版では、もともとはローカルのデータベースを乗せる予定はなかったが、コミュニティのフィードバックによって、SQLiteを乗せています。コミュニティを開発に関与させるという手法は、アドビにとって重要なものです。


―一方、アドビでは、Thermo(サーモ)と呼ばれる、RIA向けの新たな開発ツールを用意していますね。これによって、開発者とデザイナーの関係はどう変わっていきますか。

リンチ氏
 最もすばらしいアプリケーションは、開発者とデザイナーが協力して作ったアプリケーションです。いまは、アプリケーションの画像をデザイナーが作り、それを実装するのが開発者。この間のインタラクティビティと、新たな機能を提供するのがThermoということになります。これにより、デザイナーと開発者の間で起こる摩擦や、ワークフロー上の問題を軽減することができる。アドビは、デザイナーと開発者が協力し、ベストのエンゲージメントの体験を提供できるようにしたい。その役割を果たすのがThermoです。そして、この関係の実現は、エンタープライズユーザーにとっても多くの体験を提供できるものといえる。エンタープライズアプリケーションの開発において、社員はより生産性をあげることができ、効率的なアプリケーションが開発できるようになり、対外的な差別化もできるようになるからです。


―次期FlashプレーヤーであるAstroには、どんな期待をしたらいいでしょうか。

リンチ氏
 これはぜひ期待していてください。開発チームは、高い表現力、パフォーマンスの向上に向けて多くの努力をしています。より良いエンゲージメント体験が可能になるといえます。


―日本のテベロッパー、コンテンツホルダーに対して、どんなことを期待しますか。

リンチ氏
 日本のユーザーからは、テキストを、もっとうまく処理できるようにして欲しいという声を数多く聞いています。この点では、Astroの次に出荷する、AIR Version2で反映していく考えです。また、日本においては、AIRを携帯電話に乗せてほしいという要望も数多くいただいています。すでにAIRのなかでも、携帯電話に持ち込みやすい要素を選んで対応しています。FlashやWebKitなどがそれですし、携帯電話でPDFを見ることもできる。携帯電話にAIRを載せることは、通信事業者にとっても、携帯電話端末製造メーカーにとっても有意義なものといえます。パソコンと同じぐらい簡単に、携帯電話でディストリビューションができるようになる。しかし、AIRを携帯電話環境で利用できるようになるのは、もう少し時間がかかります。

 いまは、ソフト開発、ディストリビューションという観点から見ると、世の中は大きな変化が起こっています。こうした変化は10年、20年に一度の変化だといえるものです。この時代のシフトをとらえ、Webソフトを活用し、すばらしいアプリケーションを開発できる機会が生まれている。日本は、プロードバンド環境、モバイルインターネット環境などを見ても、世界のなかでも、すばらしいアクセス環境を持っている。日本は、多くの国にとって、未来の状況にあるといってもいいかもしれません。その環境を持つ日本の開発者、デザイナーが蓄積した知識やノウハウを活用して、Webアプリケーションを開発し、利用することで、他の地域よりも大きな優位性を獲得できるはずです。その環境を十二分に生かすツールとして、AIRを活用していただきたいと考えています。



URL
  アドビシステムズ株式会社
  http://www.adobe.com/jp/


( 大河原 克行 )
2007/11/16 00:00

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