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アドビ・イルグ社長、「AIRによってビジネスの仕方が変わる」


 2007年に数多くの製品を投入したアドビシステムズ。2008年は、それらの製品群を市場に定着させる一方、AIRをはじめとする新たな戦略的製品が続々と登場することになる。日本法人も記録的な業績を達成し、ビジネスの領域を大きく広げている。2008年、アドビシステムズは日本において、どんな進化を遂げるのか。アドビシステムズ株式会社 代表取締役社長のギャレット・イルグ氏に話を聞いた。


代表取締役社長のギャレット・イルグ氏
―2007年を総括すると、アドビにとっては、どんな1年でしたか。

イルグ氏
 とにかく忙しい1年でした(笑)。私が、過去25年間仕事をしてきたなかで、一番忙しい1年だったのではないでしょうか(笑)。そして、もっともエキサイティングな1年だったといえます。すばらしい製品を数多く投入する一方で、組織を再編し、イノベーションを起こし、新しいチームとして効率的に動けるような仕組みをつくった。自動車が走っている間に、タイヤを変えて、色を変えて、エンジンのチューニングもしているという状況ですよ(笑)。

 2006年をマクロメディアとアドビの統合が始まった年とすれば、2007年はアドビジャパンがひとつになった年だと位置づけることができます。2つの会社、2つのビジネス、2つの文化がひとつになったといえます。それぞれに異なっていたディストリビュータモデルを一本化し、ビジネスの方法も一本化することができた。パートナーとのつきあい方もひとつになった。CS3(ADOBE CREATIVE SUITE 3)をはじめとして、多くの製品をリリースし、エンゲージメントプラットフォームの発展を示すこともできた。日本独自のキャンペーンを実施し、これを見た他の国が同じことをやりたいといった実績もあがった。先ごろ発表したワールドワイドの四半期業績は記録的なものとなり、日本も同様に記録的な業績をあげることができた。アドビとマクロメディアとの組み合わせによって、1+1がもっと大きなパワーになったといえます。


―1+1はいくつになりましたか。

イルグ氏
 アドビが、顧客に対して費やすことができるエネルギーという意味では、4になったといえます。顧客数は2倍になりましたし、それに対して、当社がコミュニケーションにかけている工数は2倍になっている。2×2というわけです。今日もオフィスが静かでしょう(笑)。みんな社員が顧客やパートナーの元に出かけているからなんです。

 パートナーシップという点では、1+1が2になっています。両社のパートナーをあわせると、新たなパートナーに枠を広げる必要がないんです。両社が取り引きしていた既存のパートナーと一緒にやっていくことで、十分なパワーが発揮できる。そこに、すばらしい製品を出すわけですから、当然、強いビジネスが展開できる。マーケットからの反応も前向きであり、パートナーとの間には、WIN-WINの関係を構築することができた。

 一方で、当社が掲げるビジョンに対しては、2以上の成果があがったと考えています。エンゲージメントプラットフォームの製品構成によって、よりパワフルなものが市場に提供できるようになった。サーバーの技術から、ユビキタスの技術もひとつのプラットフォームで提供できる。読む、あるいは再生するという環境においては、最高の技術を提供し、これらのアドビの技術が世の中で最も普及しています。


―企業同士の統合では、時間や作業工数のロス、あるいは人がやめるというマイナス要素が発生します。1+1が、マイナスになる部分はありませんでしたが。

イルグ氏
 ご指摘のようなマイナス部分もありました。率直にいうと、もっと仕事をこなさなくてはならなかったという反省がある。すばらしい製品があり、すばらしいパートナーがいる。もっと高い結果を出すことが期待されています。パートナーや顧客からは、アドビともっと話をしたい、もっと関わりたいという声があった。こういう要望に対して、しっかりと応えていく必要がある。アドビは、これからさらに大きな成長を目指していきます。そのためには、もっと仕事をしなくてはならない。こうした前向きな課題にも積極的に取り組んでいかなくてはならないでしょう。


―チームがひとつになったと感じたのはどんな時ですか。

イルグ氏
 ある日の帰宅途中、「組織がまとまってきたな」と思いながら、社員の顔を思い浮かべました。その時、誰がマクロメディア出身か、誰がアドビの出身か、ということを考えていなかったことに気がついた。このときに、アドビはひとつのチームになったと感じましたね。そして、いまや、それが普通になり、会社がひとつになって、パートナーや顧客に向かって仕事をしている。全員が、アドビの社員ということに誇りを持って仕事をしている。

 2007年のキーワードをひとつあげるとすれば、それは「ワンチーム」であり、それを達成できたことに尽きます。セールス、ファイナンス、マーケティング、カスタマケアといったすべての部門が、ひとつとなって仕事をしている。また、パートナーや顧客ともうまくコミュニケーションが取れている。顧客ともワンチームが形成できているのです。ここにきて、顧客から強い信頼感を得ているな、ということを感じます。


―2007年11月に開催したAdobe MAX JAPANを見ても、アドビに対するデベロッパー、パートナー、顧客の期待感が変化しているのを感じましたね。

イルグ氏
 MAX JAPANでは、デベロッパーコミュニティの方々とコミュニケーションができたことは、私にとっては大きな成果でした。また、大手企業から中小企業の方々も、ビジネス環境をどう変えていくかということを考え、その答えをアドビに求めていたことを感じました。かつては、技術や製品をチェックするという要素が多かった。それが、いまは、アドビでなにが起こっているのか、アドビとのパートナーシップでどんなビジネスができるのか、ということに興味を持つパートナーや顧客が増えている。「MAX JAPANに参加して、アドビのビジョンがはっきりとわかった」、「アドビと一緒にビジネスをやりたい」という前向きなフィードバックが参加者から返ってきています。とくに、デベロッパーの熱心さには驚きました。朝8時30分に会場をオープンして、夜10時30分に終了する時点に至るまで、多くの人が参加していた。午後10時30分にも満席に近いぐらい人が参加していました。私は、そんなミーティングを過去に見たことありません。「ホテルがドアを閉めますので、申し訳ないのですが、ご退場ください」とお願いするほどでしたから(笑)。みんな真剣に学んでいるから、時間を忘れてしまうんですよ。


―2008年はどんな年になりそうですか。

イルグ氏
 もっと忙しい年になるでしょうね(笑)。アドビは、12月から新年度が始まっていますが、昨年の今ごろに比べて、すでに比べものにならないほどの忙しさです。チームもエキサイティングしています。いまのアドビは、働けば働くほど、機会が生まれると思っている。アドビの社員がもっと働くことで、パートナーのビジネスチャンスがさらに拡大できると思っています。例えば、Acrobatは、コンテンツマネジメント、セキュリティ、コラボレーションにおいてコアテクノロジとなっており、さらに改善が進む。ここにたくさんのチャンスが生まれる。また、日本の市場が電子ワークフローを受け入れ始めており、これもアドビにとっては追い風となる。クリエイティブビジネスも、CS3の投入を皮切りに、非常にパワフルになってきた。サーバービジネス、データライフサイクル、ポリシー、ライツマネジメント、フォームなど、日本の企業が求めている要素の多くにアドビは絡むことができる。


―2008年には、大きな製品として「AIR」の投入がありますね。

イルグ氏
 アドビにとってプラットフォームビジネスはこれからのビジネスです。しかし、AIRにはたくさんの人が期待していることを強く感じます。AIRによって、日本の企業のビジネスの仕方が変わり、日本からたくさんのソフトが登場する土壌を作ることができるようになります。

 これまでのソフト開発は、固有のプラットフォームの上でアプリケーションを開発してきたが、AIRであれば、プラットフォームに固定されることなく、独自のアプリケーションやサービスをデベロッパー自身で開発することができる。OSはどれか、バージョンはどれかといったことを気にしないで済むからです。そして、変更を加えたい場合には、サーバー側で変更を加えればいい。AIRによって新しいサービスを簡単に加えることができるようになるのです。


―日本でのAIRの投入時期は、いつごろになるのですか。

イルグ氏
 英語版は2月に出荷する予定です。日本向けのローカライズは注意深くやっています。春の終わり、あるいは夏の始まりには出荷できます。現時点では、β版配布しています。すでに、これをベースにしてアプリケーションを作っている企業もありますが、私は、「まだβ版なのであわてないでくれ」といっているくらいですよ(笑)。


―最近は温暖化が進んでいて、夏の始まりがわかりにくくなっていて(笑)。もう少し時期を絞り込むことはできますか。

イルグ氏
 確かに、今日もコートはいらないぐらいですね(笑)。AIRの日本での出荷は5月末から6月上旬。もう少し早くできるかもしれません。ただし、時期を早めることを優先して、品質を落とすわけにはいきません。マーケットに出す前にさまざまなフィードバックを反映したいと考えています。


―日本語化に際して、なにか問題になっていることがあるのですか。

イルグ氏
 とくにそれはありません。ただ、あえてあげるとすれば、日本が世界最先端といわれるブロードバンドインフラにおいてのテストに時間をかけています。また、単に漢字メニューにするというだけでなく、プラットフォームの拡張性や、日本向けの教育ツールなども用意するといったことにも時間をかけています。

 一方で、2008年には、さらに新しい製品が出てきます。Premier Expressは簡素化したビデオ編集ツールで、SaaS型のサービスとして提供します。オンラインワープロのBuzzwordもリリースしていくことになる。また、Acrobatの利用メリットを具体的なシーンを示しながらコミュニケーションしていくことも必要でしょうし、CS3についてもより認識を高めていくための活動を行います。Flash Media Serverも、ハイディフィニション機能が加わったことを強力にプッシュしていきたいと考えてます。アドビは4つの製品、5つのディビジョンがありますが、課題は、これらのビジネスを同時に全部成長させることです。さらに、製品ベースのアプローチから、ソリューションベースのアプローチに移行していく必要があります。


―ソリューションベースの企業へと変化すれば、これまでとは違う企業とのパートナーシップも可能ですね。

イルグ氏
 官公庁、製造業、キャリアのほか、携帯音楽プレーヤーやカーナビメーカーなどにも範囲が広がります。


―自動車メーカーとのパートナーシップも出てきそうな勢いですね。

イルグ氏
 いまのカーナビは、数年前のPCと同じような機能を持っています。もはやカーナビの差別化要素は、地図ではなくなっています。ドライバーの「情報センター」として進化できるかが、差別化ポイントになります。この情報センターへの進化において、アドビの技術や製品、サービスを導入すれば、さらにさまざまなことができるようになる。自動車業界とは、もっとお話しをしたいですね。


―2007年には、BIGLOBEとの提携を開始しましたね。これは、今後、どう展開していきますか。

イルグ氏
 BIGLOBEとの提携は、製品を販売する、導入するというのが目的ではなく、ホスティング、サービスデリバリー、カスタマーエンゲージメントといったパートナーシップが目的であり、新たなマーケットを作るということが視野に入っている。最初は、「BIGLOBEドキュメントコントロールサービス」としてサービスを開始したが、これに特化したものではありません。今後、新たなビジネスモデルを構築していくパートナーとしてとらえています。次になにをやるかは、具体的には開示できませんが、ネットを利用したアセット管理や、SaaS型サービスの新たなものも考えている。いま、いろいろなアイデアが生まれています。


―Premier ExpressによるSaaS型サービスはどうなりますか。

イルグ氏
 Premier Expressを日本独自のSaaSモデルとして提供していきます。アドビが独自にPremier Expressを提供することはなく、数社がパートナーとして関与することになります。これにより、多くの人が、簡素化したビデオ編集機能をWebから利用できるようになる。どこが最初にPremier Expressの日本語版を提供するかは現時点では開示できませんが、いま、数社と話し合いを進めており、AIR日本語版と同じような時期にサービスを開始できると思います。アドビは、まず1社とビジネスを開始し、それが成功すると判断した段階で、パートナーを広げていくという段階を踏みます。うまくいかないものを多くの企業とやっていても駄目ですからね。これも同様の手法を採用します。いま、話し合いを進めている企業は、すべてグローバルプレーヤーです。名前を発表したら、きっと驚くと思いますよ。


―ところで、2007年12月から米本社のCEOが、チゼン氏からナラヤン氏に変わりました。このトップ人事は、アドビ全体に対して、また日本法人に対してどんな影響を及ぼしますか。

イルグ氏
 チゼンとナラヤンは、CEOとCOOの立場で何年にもわたり、一緒に仕事をしてきた経緯があります。CEOが次の道に進むと決めた時に、すでに、COOがCEOのポジションを得るだけの準備が整っていた。アドビのビジネス、製品、顧客のことも知っている。アドビがどんな方向に向かい、どんな会社になるかも知っている。その変化でどんなことが起こるかもわかっている。そして、顧客にフォーカスを当てることを重視することは変わらない。最も恵まれた環境での変化といえます。個人的意見ですが、アドビのCEOの役割を担うのに、ナラヤン以上に準備が整っている人はいない。どんな影響があるのかという質問に対しては、これまで以上に良くなるという回答が最適でしょうね。

 では、日本法人に対しての影響はどうか。実は、ナラヤンは、9カ月間にわたり、私の上司であり、その間、私が日本の状況をレポートしていた経緯があります。つまり、日本法人に直接的に関わっていた経験がある。グローバルに見ても、日本法人の売り上げ構成比が高いので、常に日本の市場に対して目を配り、耳を貸し、学んでいた。日本の要求にも対応してくれた。


―チゼン氏はCEOとして、よく来日していましたね。それだけでも、日本市場を重視していることが伝わってきました。ナラヤン氏はどうでしょうか。

イルグ氏
 ほとんどの方が知らないと思いますが、ナラヤンは、チゼンと同じぐらいの頻度で日本に訪れています。2008年前半には、CEOとして初来日し、顧客、パートナーを訪問すると約束してくれています。これからも、ナラヤンは、よく日本に来ることになると思いますよ。


―アドビジャパンの2008年のキーワードは。

イルグ氏
 ひとつは、「ワンチーム」。これは「Our Team」という言い方もできます。なにか問題が発生した時に、「本社が米国だから」という言い訳ではなく、日本においては、アドビジャパンの責任として、日本のパートナー、顧客に対応していく。2008年以降もワンチームは、継続的なフォーカスになります。そして、もうひとつは、「実行する」ということです。アドビには、多くの製品があり、多くの機会がある。チームがひとつになり、コミュニケーションをとり、さらに、顧客を常に真ん中において、ビジネスを実行する体制を作りたいと思っています。


―やはり2008年も忙しい1年になりそうですね。

イルグ氏
 私は、毎朝6時30分から、会社に来る前に5km走っているんですよ。その時に、一日のことを考え、ビジネスのことを考える。アドビに入ったときは、道を見たり、葉っぱを見たり、道行く人を見たりしていましたが(笑)、いまはビジネスのことを考えるいい時間になっています。考えすぎて、道を間違えたり、車にひかれないようにしないといけませんが(笑)。あまりにもたくさんのことが頭を行き交います。ただ、こうした忙しさは、私にとっては大変いいことなんです。毎日がエキサィテイングです。忙しいですが、決して疲れはしないんですよ。



URL
  アドビシステムズ株式会社
  http://www.adobe.com/jp/


( 大河原 克行 )
2008/01/11 00:00

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