Enterprise Watch
バックナンバー

米VeriSignビゾス会長、「日本法人会長兼任で新戦略の方向性を浸透させる」


 日本ベリサインの経営体制が一新された。3月21日付けで、代表取締役会長に、米VeriSign会長のジェームズ・ビゾス氏が兼務で就任。新たに3人の取締役を迎え、日本での事業拡大に挑む。2007年11月には、米本社が、インターネットインフラストラクチャサービスに集中する新たな方針を発表。これを「中核事業の拡大と原点回帰を進める戦略」とし、本社経営陣を一新したところだった。日本でも、この戦略に沿った取り組みが行われることになる。来日したジェームズ・ビゾス氏に、米VeriSignの方向性、そして、日本における展開について聞いた。


米VeriSign取締役会長 兼 日本ベリサイン代表取締役会長のD.ジェームズ・ビゾス氏
―まず、2007年11月に、米本社が打ち出した新たな方針の背景と狙いを教えてください。

ビゾス氏
 米VeriSignは、1995年に設立しました。私は、それ以前は米RSAデータ・セキュリティの社長兼CEOを務め、SSLを提供する企業として、VeriSignをRSAから独立させる準備を進め、独立と同時にCEOに就任した。この13年間で、VeriSignはさまざまな変革に取り組んできました。98年には上場し、2000年から2007年の間に、実に48社の買収を完了しています。そのなかでも最大の買収成果は、2000年に買収したDNS事業を行うNetwork Solutionsだといえます。現在、当社が取り組んでいる3つのビジネスのうちのひとつを担っています。

 だが、これらの買収戦略が成功しているかというと決してそうではない。むしろ、48社を買収したものの、そのほとんどが買収の成果をあげることがなかったという反省がある。買収した企業が持っていた技術やビジネスは大変優れたものであったが、VeriSignのビジネスとそぐわないものが多かったのが原因だったといえます。


―なぜ、そんなに買収を急いだのでしょうか。

ビゾス氏
 投資家は常に成長を求める。それを追求したあまりに、本来の自分とは違う「誰か」になろうという努力をしていた。その結果だといえます。こんな恋愛映画のように例えるとわかりやすいかもしれません。ある女性に好意を持った男性は、女性に好かれようとする。その女性は、器用にいろいろなことができる男性が好きだった。そこで、男性は自分を変えようと、いろいろなことに挑戦する。ところがやってみたらなにもできない。結局、女性の気を引くことができなかった。そこで気がついたのが、自分は自分のままが一番いい。自分に正直に生きるべきだと。いまVeriSignはそんな状況にあります(笑)。


―男性がVeriSign、女性が投資家というように聞こえますね(笑)。

ビゾス氏
 投資家は会社の成長を求め、企業はそれに応えようとする。だが、それを最優先にすると、どうしても不自然な成長戦略を描かざるを得ない場合がある。これは米国の多くの上場企業が共通的に持つ課題であり、VeriSignの事例は、その課題を露呈したものだといえます。


―昨年11月に発表した新たな経営方針は、そうした背景からの転換だと。

ビゾス氏
 約1年前に、取締役会で議論が行われました。コア以外のビジネスを手放し、コアビジネスに回帰し、事業を集中する方針を掲げました。VeriSignが掲げたのは、EV SSL証明書をはじめとする、インターネット上で安全なデータ転送を実現する「サーバー証明書事業」、.com、.net、.tvの各ドメインの運用を行う「ドメインネームサービス(DNS)事業」、総合的なアイデンティティ保護・認証サービスであるVIP(ベリサイン・アイデンティティ・プロテクション)による「アイデンティティプロテクション事業」の3つです。


 SSL事業では、インターネットセキュリティ分野では最も信頼されているブランドとして評価されているVeriSignの強みを生かすものになる。「○にチェックしている」VeriSignのロゴマークは、多くの人たちに安心を与えるマークとして定着し、現在では、一日1億5500万件もの利用があります。

 また、DNS事業においては、.comや.netのドメイン運用において、一日310億ものトランザクションを処理し、過去10年以上にわたって、アップタイムは100%を維持している。恐らく、このネットワークが全世界で最もアタックされているネットワークであろうと思われますが(笑)、当社のDNSネットワークが落ちるということは、インターネットのネットワークそのものが落ちることにつながるのと同義語となります。それだけ、高い堅牢性と、安定性、拡張性が求められている。この分野においては、今後も、継続的な投資を行い、一日に処理できる件数を4兆件レベルにまで引き上げていく考えです。

 ここで仮定の話をしますが、この3つのコア事業とID認証サービス(IAS)とを組み合わせることで、より多くのユーザーに、高い利便性と、信頼性、安全性を提供することができます。若いバーチャル世代と呼ばれる人たちは、SNSを活用したり、ゲーミングを楽しんだり、セカンドライフに参加したりといったことを日常的にやっている。こうした複数のネットワークに対して、ひとつのID、パスワードが使えるようになったら、どれだけ便利か。VeriSignが、現在、所有する資産を生かし、それを新たなビジネスへと展開することで、一般消費者や企業ユーザー、そしてインターネットのコミュニティの認証の世界が大きく進化する。将来の可能性のひとつとして、こんなところにも、VeriSignの役割があると考えています。安全性、拡張性、信頼性といった点で高い評価を得ており、この分野におけるブランドが確立され、しかもビジネスを、インターネットインフラストラクチャサービスだけにフォーカスしているのがVeriSign。この5つの条件を兼ね備えている企業はほかにはありません。

 VeriSignは、昨年、この「SSL」「DNS」「VIP」という3つの領域にフォーカスする方針を打ち出すとともに、それを推進するために最適な形に経営陣を一新しました。私は、2001年に一度VeriSignを離れたのですが、昨年8月に戻ってきた。映画のターミネータと一緒で、「I'll be back!」ということになります(笑)。


―VeriSignにとって、上場以来の戦略は回り道でしかなかったのですか。

ビゾス氏
 私は、不必要な回り道であったと思っています。ただ、この結果、コアビジネスにフォーカスすることの重要性や、買収した企業に対しては、買収後もさらなる投資をしていかないと成果には結びつかないといったことを、身を持って体験できた。他人からやれ、と言われたものはなかなか成果にならない。しかし、自分がやりたいと思ったことは成果につながるんです。これも過去の経験で学んだことだといえます。


―とはいえ買収戦略は凍結したわけではありませんね。

ビゾス氏
 その通りです。当社のコアビジネスにとって、別の企業の技術やビジネスが必要であれば、買収も視野に入れています。ただし、インターネットインフラストラクチャサービスというコアコンピタンスから離れた買収は行いません。


―日本における事業展開も、この新たな方針に沿ったものになると。

ビゾス氏
 基本的には、3つのコアビジネスを推進することになりますが、日本には日本固有の市場性がありますから、それに配慮したビジネスも、米国本社の方針とは別に行っていくことも考える。私は、日本の市場特性を理解しています。また、日本法人はVeriSignにとって唯一の子会社であり、日本は戦略上、重要な市場だと認識しています。

 少し前の話になりますが、2001年に、米VeriSignの経営陣は日本法人を閉鎖したいという意向を示しました。理由は詳しくはわかりませんが、インターネットバブル崩壊後の全社的な業績悪化のなかで、リストラの一環として日本法人の閉鎖を議題に取り上げたようです。私は、大反対しました。すぐに、個人的に日本に行き、市場機会や可能性を探りました。それを取締役会に提示し、閉鎖を覆した経緯がある。その日本に、今度は会長として、「I'll be back!」となったのです(笑)。


―日本法人では、今後は、ビゾス会長体制によって、長期的にビジネスを行っていくのですか。

ビゾス氏
 いえ、私は数カ月間という短期的な役割になります。3月21日から新たな取締役を選任しましたし、今後、日本法人の経営トップを新たに迎え入れる準備をしています。日本人を中心とした経営陣をまとめていくことを考えていますし、候補者はかなり絞られている。当社の技術だけに興味を持つのではなく、ビジョンや経営理念にも共感し、支持してくれる人。そして、社員の可能性を生かすための最適な環境づくりをする人をすえたい。

 ただ、短期間とはいえでも、直接、私が日本法人を見ることで、新たな経営陣とビジョンを共有することができますし、日本におけるビジネス基盤も短期間で再構築できる。これはベストな選択だと思っています。私の役割は、正しい方向に会社を導いていくことであり、戦略的ビジョンを定義し、社員にインスピレーションを与え、戦略の実行を支援する。細かいところは、日本の課題を知り、熟知している、優秀な人材に任せる考えです。


―日本法人における現在の課題はなんですか。

ビゾス氏
 戦略の方向性を浸透させることです。米VeriSignでの新たな展開を日本法人も追随できるようにすることとになる。一般的に、米本社が新たな戦略を構築すると、日本の子会社には、その内容を書き記したメモを渡して終わりということになる。私はそうではなく、日本の経営に積極的に関与し、コアビジネスにフォーカスを当てていくつもりです。ほかにも日本法人が取り組むべき課題はありますが、それらのテーマは軽微なものだと考えています。日本法人は財務的にも健全であり、成長を遂げている。その点では問題がない。


―日本では、米国とは違う施策を展開する可能性もありますか。

ビゾス氏
 日本の通信業界は、世界的に見ても最も進化している市場です。ブロードバンド、モバイルワイヤレス、携帯電話を見ても、先進的な環境が整っている。ただ、コンシューマユーザーのeコマース利用という点では、残念ながら、最も進化しているとはいえない状況にあります。ここにビジネスチャンスがあります。96年に、私はeコマースによる取引の仕組みを米国で確立し、標準化したが、これと同じことを日本でやっていけるだろうと考えている。ただ、新たなことをやるには、年を取りすぎているので(笑)、これは日本法人の社員にやってもらいたい。

 一方、新たな構想として、「U-JAPAN」の提案を行っていきたい。Uには、ユビキタスという意味があります。これは、日本ベリサイン自身が構想としているものであり、日本の政府がやっているU-JAPAN計画とは別のものです。ユビキタス環境の実現には、どこからでもアクセスできる環境が求められますが、これをサポートするためには新たなインフラづくりやインフラの統合が必要になり、そこに当社が持つ既存の技術が活用されることになる。これは、まさに、街をつくるのと同じで、ひとつひとつのインフラやサービスを整えていく必要がある。そこにベリサインが積極的に関わり、U-JAPANを実現していく。今後2~5年後という中期的な観点で、ユビキタス社会への進化が起こることになるでしょう。

 では、誰が、最終的に「U-JAPAN」を構築していくのか。それはベリサインではなく、マイクロソフト、グーグル、IBMでもない。日本の企業そのものです。ベリサインは、構築に関わる人たちと緊密に連携をとりながら、そこでなにが必要かを理解し、それを的確に提供し、支援することに役割がある。これまで、日本ベリサインは、米VeriSignが開発した製品を、日本の市場に販売するということに力を注いできたが、そうではなく、社会を変革させる構想にも、積極的に関わっていくことが必要であると思います。


―新体制、そして新方針を打ち出した新たな日本ベリサインの成功は、どこで評価しますか。

ビゾス氏
 (少し時間をおいて)いま、その回答に躊躇(ちゅうちょ)したのは、もし、米VeriSignについて同じ質問をされても、やはり考えてしまうからです。つまり、これからのVeriSignには新たな方針をベースにして、やらなくてはならないことが多い。日本法人でも、組織や研究開発の強化、標準化への取り組み、パートナーとの関係強化などやるべきことが多い。これまでは製品の販売に評価の重点を置いてきたが、これも変える必要がある。来年までの間には、社員が増加し活動も活発になることを期待しています。そして、社員が誇りに思って働ける企業、将来に向けて社員が強いコミットメントができる企業を目指したいと思っています。日本ベリサインには、これから大きな変化が起こっていきますし、私の来日回数も増えます。その進ちょくをぜひウォッチしていてください。



URL
  日本ベリサイン株式会社
  http://www.verisign.co.jp/
  プレスリリース
  http://www.verisign.co.jp/press/2008/pr_20080321.html


( 大河原 克行 )
2008/03/24 00:00

Enterprise Watch ホームページ
Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.