シマンテックは、企業買収によってそのビジネス範囲を大きく拡大させてきた。コンシューマユーザーにもおなじみのセキュリティソフト「ノートンシリーズ」をはじめ、ベリタスとの合併により企業のシステム管理分野にも進出。現在では200を超える製品を持つ巨大ソフトベンダーとなった。
2008年4月、日本法人の社長に就任した加賀山進氏は、「シマンテックが提供するソリューションのコンセプトは、セキュア&マネージ・インフォメーション。このコンセプトを実現するために製品拡大を進めてきた」と話す。そして、「われわれが持っているソリューションには、コスト見直しに最適なものも多い。コストが厳しい中、どう対策をとるのか、悩んでいる多くの企業の皆さまにわれわれのソリューションを正確に理解していただくために、2009年のシマンテックはお客さまを大事にする年としたい」と話す。
■ クラウドコンピューティングへの対応準備は現在すでに進行中
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代表取締役社長の加賀山進氏
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―2009年にコンピュータ業界の大きなトレンドとなりそうなのが、「クラウドコンピューティング」です。クラウドコンピューティングが実現すると、シマンテックのビジネスにはどのような変化が起こるのでしょう。
加賀山氏
クラウドコンピューティングのような新しいITの利用形態が登場することで、「ビジネスに変化が起こるのでは?」と思われる気持ちはよくわかります。しかし、提供形態がどう変化しようとも、シマンテックのビジネスの根幹である、「セキュア&マネージド・インフォメーション」というコンセプトは一切変わりません。
よく見直してみると、われわれのソリューションを提供する形態はすでに多様化しています。個人ユーザー向けに提供しているパッケージソフトもあれば、企業のお客さまにはライセンス販売や、アプライアンスにソリューションを搭載して販売しているケースもある。新しい提供形態が登場しても、そこにわれわれのソリューションを提供して販売していく、この方針に変わりはないのです。
ただし、クラウドコンピューティングに向けた準備はすでに始まっています。
―クラウドコンピューティングがどう結実していくのか、まだ不透明な部分も多いと思うのですが、この段階ですでに準備を始めているのですか?
加賀山氏
まだ市場が見えていないビジネスではありますが、「注力していく」という方針は明言しています。
2008年11月に買収が完了したオンラインセキュリティサービスを提供しているイギリスのMessageLabsは、オンラインサービスビジネスを行うためのプラットフォームとなる企業です。MessageLabsは日本をはじめ世界10カ国で、アンチウイルス、アンチスパムといったセキュリティ対策をオンラインで提供しています。
ただし、MessageLabsが利用しているテクノロジーそれぞれのエンジンはシマンテックのものではありません。これをシマンテックのものに切り替える必要はあります。そうした環境が整えば、シマンテックがSaaSをはじめオンライン型ビジネスを展開する際、MessageLabsのオンラインセンターがプラットフォームの役割を果たすと思います。2009年はMessageLabsの日本法人スタッフがシマンテックオフィスに移ってくることも決定していますし、クラウドコンピューティング市場ができあがる前から、対応準備が整うことになります。
―MessageLabsが核となってクラウドコンピューティング対応を進めていくということですか。
加賀山氏
MessageLabsはオンラインビジネスのプラットフォームとして重要な役割を果たしますが、それ以外にもいろいろな試みを行っています。
シマンテック自身が、「SPN(Symantec Protection Network)」という名称で、サービス、ライセンス両方で、ハイアベイラビリティなバックアップ体制を試験的にご提供するといった試みもしています。
さらに、コンテンツ配信技術を持つアップストリーム、PCユーティリティソフトのPC Toolsといった企業の買収を進めることで、いろいろな角度からオンライン型のビジネスに対応する体制を整えています。
われわれの基本コンセプトである「セキュア&マネージド・インフォメーション」実現のためには、あらゆる提供方法に対応する体制を整えていく。これがシマンテックの基本スタンスです。
■ 景気が不透明な時期だからこそ評価されるソリューションもある
―2009年に入っても簡単に景気回復は実現できないとされています。企業のIT投資もかなりシビアになるといわれていますが、シマンテックのビジネスに影響はないのでしょうか。
加賀山氏
実はそこにSaaSのようなコストコンシャスなものが大きな威力を発揮すると考えています。多くのCIOが社内のコスト削減要求にどう対応するか、悩んでおられると思います。コスト削減に寄与するソリューションという切り口は、経済環境が厳しい時にこそ多くのユーザーに響くものだと思います。
SaaS以外にもシマンテックには、お客さまが本当に困っていることを助けて、コスト削減につながるソリューションが多い。大規模ITセンターにお邪魔しますと、まさに異機種混合状態で、ハードメーカーの独自OSで動いているマシンもあれば、Linuxで動いているマシンも、Windowsで動いているマシンもあるというのがごく一般的な環境でしょう。ストレージもいろいろなベンダーの製品が稼働していて、これらをどう統合していけばよいのか、システム管理者の方にとっては本当に頭の痛い問題だと思います。
しかも、システム管理者の皆さんは、既存の環境をどう整理すればよいのかという課題だけでなく、年々増加していくデータをどう管理するべきかという現在進行形の課題を抱えておられる。調査によれば企業が利用するストレージのボリュームは毎年50~60%増加しているそうです。
ではストレージボリュームが増加する原因はどこにあるのでしょうか。一つはメールの増加です。ただ、メールが増加しているのは正規のメールだけでなく、猛烈な勢いでスパムメールが増えていることにも起因しています。スパムメールのためにメールサーバーのストレージを大きくしても意味はありません。スパムメール対策ソリューションを導入することは、無駄なストレージを増やさずに済むというコストメリットを生むことになるのです。
―セキュリティは、コストを増やすことはあっても、コスト削減につながるものではないと思っていました。セキュリティ対策をとることで、ITコスト削減につながっていくのですね。
加賀山氏
そうです。スパムのように本来、コストをかけるべきではない部分のコストは対策ソリューションを導入することできちんとカットするべきなのです。
ストレージ統合という点では、物理的な統合が進んでいますが、管理という視点で考えると論理上は複数のストレージが散在しているようでは、運用管理コストはやはりかかってくるものなのです。われわれのソリューションはこうした問題を解決することもできる。これもコスト削減につながるものだと思います。
特に日本企業の場合、会計システムと情報系システムは別のシステムインテグレーターが導入した、全く異なるメーカー製品であることが多い。同じフロアにあるシステムであっても、成り立ちが違うと横ぐしを刺してシステム全体を俯瞰(ふかん)するという考え方がないのです。
これはコスト的に余裕がある時期であれば問題ないかもしれませんが、コストの余裕がない時には見直しに着手すれば、着実にコスト削減ができる部分でもあるのです。
こういったことを考えていくと、シマンテック製品はコストコンシャスな時期であればあるほど、ビジネスチャンスがあるものだといえます。
―それは大きな声でいうと怒られそうな(笑)。
加賀山氏
それでは小さい声で(笑)。でも、今まで未着手だった部分にも踏み込んでいきましょうというアピールを、VMwareと一緒になって進めています。
―セキュリティやリスク管理には、コスト削減と共に、法律対応や企業責任といった側面もありますね。
加賀山氏
そうです。セキュリティというのはコスト削減ができるか、否かだけで導入を決めるものではありません。悪いやつはどんどん増えています。いろいろなやり方で行われる企業へのセキュリティ脅威を防ぐ対策を導入することは不可欠ですし、日本版SOX法のように法律ができたことでとらなければならない対策もあります。法律対策は、「延期して後日対応します」といったことはできません。お客さまのこうした問題に対しては、迅速に対応する体制を、われわれが確立しなければならないと思っています。
■ お客さまとの距離を短くすることが日本法人の急務
―シマンテックの社内体制強化という課題は、加賀山社長が2008年4月に社長に就任した後、7月に開催した戦略発表の中でも掲げられていたテーマでしたね。
加賀山氏
現在、シマンテックには200の製品があります。しかし、現在の日本法人がすべての製品をバランスよく販売しているのかといえば決してそうではありません、やはり売れ筋製品は10~20製品程度です。この状態はよく考えればおかしいんですよ。ここ数年、シマンテックは企業買収を進め、製品ラインアップを増やしてきました。いずれもその分野でのリーダーといえる製品ばかりです。つまり、買収した新しい製品はものすごい製品力があるものばかりということです。ところが、それがうまく販売されていない。
―要因はどこにあるのでしょう。
加賀山氏
いくつか要因はあると思いますが、シマンテックとはどういう企業で、どんなソリューションを持っているのか、お客さまにきちんと伝わっていないことに最大の要因があると思います。
シマンテックの商品販売は、すべてパートナー企業を通して行われてきました。われわれのソリューションをお客さまに伝える役割をパートナーに依存してきましたわけです。しかし、新たにマーケットを作る新製品は、パートナー経由では十分にアピールすることができないのです。
そこで、お客さまへのアピールはわれわれシマンテックが直接行います。パートナーの皆さまは、フルフィルメントをお願いしますと申し上げたのです。
―フルフィルメント?
加賀山氏
うまい日本語が見あたらないのですが、見積もりから売り上げ回収までという意味です。商品のアピールはシマンテックが行い、フルフィルメントはパートナーにお願いする。この役割の切り分けをすることで、シマンテックブランドを正しく理解していただけるようになればと考えています。
―シマンテック社員の意識改革も必要となるのではないですか。
加賀山氏
社員の意識は変わってきましたよ。ただ、実行となるとマンパワーも限られてきますし、やりたいことすべてができるわけではありません。
お客さまの声にきちんと耳を傾けると、ないがしろにされているお客さまが多いという実体がわかりました。ありがたいことに、日本の企業のトップ3000社のうち3分の2がシマンテックユーザーなのです。ところが、そのうち営業がアサインされているお客さまは300社にすぎないことがわかりました。
なぜ、そうなっているのか。社内調査をすると、「手が足りない」といった声があがりましたが、いずれも自分たちの理論で、お客さまの理論ではない。お客さま理論で物事を考えていくとすべてのお客さまに営業をアサインしない理由がまったくないことがわかりました。
―しかし、全お客さまに担当営業をつけるとなると・・・
加賀山氏
一人の営業マンが100社を担当することになります。限られた人員でやっていますから、毎日営業マンが日参するといったことはできませんが、まず名刺やメールで、「私が御社の担当です」とごあいさつをすることから始めました。
―確かに今日のお話を伺っていると、シマンテック製品はプロダクトを指名して購入するだけでなく、自社が抱える問題点を相談するうちにそれを解決する製品があるんだと認識して導入するものも多いのではないかと思います。そうなると、まずシマンテックという企業に対して、「セキュリティ&マネージで問題を抱えているのなら、相談するべきベンダーだ」という認識を持ってもらう必要があるでしょうね。
加賀山氏
正しいブランドイメージをお客さまに伝えていくためには、営業部門がきちんとお客さまと向き合う必要がある。お客さまが何を困っていらっしゃるか、それを解消するために現在のシマンテックでは何が足りないのか、まず正しく認識する必要があると思います。
―大企業以外のお客さまへのアプローチはいかがですか。
加賀山氏
中堅企業のお客さまへのハイタッチはもっと遅れています。これまではお客さまから問い合わせを受けてもすべてパートナーに振り分けていましたが、これを止めて、まず社内の責任者をはっきり決める。その上でパートナーさんを介しての営業や専用電話窓口の整備といったことを進めています。
その下のSMBマーケットに対しては、お客さまの数も多く、われわれが直接タッチするのは難しいですからパートナー経由ではありますが、奇をてらわず、当たり前のことではあるが、これまではやっていなかった施策をとっていくことが重要だと思います。
―今までのお話をふまえて、2009年はシマンテックにとってどんな年になりそうですか。
加賀山氏
お客さまにとって顔が見える企業になりたいと思います。これまで遠かったお客さまとの距離を縮める努力をしていきたい。そうなると、大きく実績を伸ばすというよりは、少し耐えて次の成長に備える年ということになるのかもしれません。
―米本社では、10年間CEOだったジョン・トンプソン氏がCEOを退任し、COOだったエンリケ・セーラム氏がCEOに任命されました。この体制変更により、シマンテックのビジネスに影響はあるのでしょうか。
加賀山氏
新しくCEOになるセーラムは、変わった経歴の持ち主で、もともとは技術者として採用され、その後自分で会社を作って2回ほどシマンテックを辞めているのですよ。にもかかわらず、二回とも自分で作った会社がシマンテックに買収されているのです。
彼が2008年にCOOに任命されたことで、次期CEOは彼だという認識が社内にはありました。ビジネス方針にどんな変更が起こるのかわからない部分もありますが、必ず前向きなプラス効果があると、私自身も楽しみにしています。
■ URL
株式会社シマンテック
http://www.symantec.com/ja/jp/
( 三浦 優子 )
2009/01/06 08:59
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