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SAPジャパン・イルグ社長、「中長期的な視点でビジネスを推進する」


 2008年9月、SAPジャパン社長に、前アドビシステムズ社長のギャレット・イルグ氏が就任して、3カ月が経過した。この間、イルグ社長は、顧客やパートナーへの訪問を積極的に行うとともに、「カスタマーサティスファクション」「エコシステム」「バリューイノベーション」という3つの新たな方針を掲げ、新体制のスタートを切った。「中長期的な視点で経営を行っていく。5年から10年という期間を、社長としてかじ取りしていくことを前提に、ビジネスを推進する」と語る、SAPジャパンのギャレット・イルグ社長兼CEOに、イルグ社長体制におけるSAPジャパンの取り組みについて聞いた。


代表取締役社長兼CEOのギャレット・イルグ氏
―アドビシステムズからSAPの社長に転身すると、やはり服装は変わるものですか(笑)。

イルグ氏
 以前はジーンズをはくというように、カジュアルな服装で出社する時もありましたが、SAPに来てからはそれはないですね。いまは毎日がスーツとネクタイです。本当は、1週間に1日ぐらいはカジュアルな日を作りたいのですが、毎日、顧客やパートナーのもとにお邪魔したり、ミーティングをしていますから、それは無理です。知人からは、「どうしたんだ、ネクタイなんか締めて」と、からかわれることもありますよ(笑)。まぁ、スーツだと、服を選ぶ苦労をしなくていいというメリットもありますが(笑)。


―趣味のジョギングは続けているのですか。

イルグ氏
 SAPに移って、トレーニングの時間がなくなるのではと思ったのですが、その時間はちゃんと取れていますよ(笑)。今朝も5km走ってから出社しました。いまは一週間に6日間走っていますから、1週間で30kmを走っている計算になります。


―2008年9月に社長に就任して以来、就任会見をしていませんね。新社長としての方針が、なかなか外に伝わっていないのではないですか。

イルグ氏
 社長に就任して、まずフォーカスしたのが、顧客やパートナーを訪問することです。多くの方々が、SAP製品の特徴や基本的な考え方についてはよく理解していただいていますから、その点ではなんら心配することはありません。その上で、私なりになにができるのかということを、社長就任後から直接お伝えしてきました。


―どんな方針を掲げたのですか。

イルグ氏
 ひとつめは、カスタマーサティスファクション(CS)です。顧客満足度の改善では、まだ努力する余地があり、2つの観点からのアプローチが必要です。

 1つ目は、顧客に直接お会いし、顧客のニーズを吸い上げる。それを社内を縦断する形で、きちっと共有し、製品やサービスに反映させることです。それを実現するために、早速、CSインプルーブメント・オフィスという組織を立ち上げ、私に直接レポートする体制としました。

 2つ目は、顧客に対してサービスを提供するための具体的なアクションにつなげるという点です。私自身、アドビ時代にSAPのグローバルカスタマーとしてソフトを利用していた経緯がありますから、品質の高さや技術力の高さを熟知しています。その上で、顧客満足度を一層高めるための努力をすれば、顧客とより強固な関係を築くことができる。CSの評価については、テーマごとにきちっとサーベイを行い、数値による指標で評価します。ターゲットを達成できなかった社員やチームには厳しく改善を求めていく考えです。そして、私自身にも、CSの評価を向上させることをテーマに課します。言葉だけではなく、いかに成果につなげるかを追求していきたい。そう考えています。

 そして2つめは、パートナーとのエコシステムの強化です。


―パートナーという点では、いくつかのカテゴリーがありますね。どの分野を、どういった形で強化しますか。

イルグ氏
 システムインテグレータとのパートナーシップ、インテルやマイクロソフトなどとのプラットフォームや技術におけるエコシステム、チャネルパートナーとの連携などというように分けられます。これらのパートナーに対しては、教育プログラムなどを通じて、将来に向けた体制を作り、新たな技術や提案などにも「レディ」といえる状況を作っておく必要がある。また、Go-to-Marketのパートナーに対しては、四半期ごとにどれくらい売るのかといったことを、お互いにしっかりと把握し、それを強力に支援していく体制を作る。もし、直販とチャネルパートナーが市場でぶつかるというようなことが起こった場合には、私はパートナー側の立場に立って考えていく。それが、パートナーにとっても、顧客にとっても、そして、当社にとってもよい解決方法を生み出すことになると信じているからです。


―3つめはなんですか。

イルグ氏
 SAPジャパンとしてのバリュープロポジションを明確にし、それにより、顧客のビジネスイノベーションを実現することです。これを明確化すれば、SAPジャパンの収益性の向上、ビジネスの成長へとつなげることができる。この3つのメッセージをSAPジャパンの方針として、明確に、そして一貫したものとして伝えていく必要があると考えています。


―9月の社長就任以降、経済環境が悪化しています。特に、SAPの主要顧客である製造業への影響が大きい。そうした環境において、SAPに対して、どんな期待がありますか。

イルグ氏
 グローバル規模での経済危機は、日本でも目に見える形で影響しています。多くの顧客とのミーティングを通じて、それを感じます。しかし、SAPに期待する基本的な要件は、状況が変わっても変化していないのではないでしょうか。むしろ、見方を変えれば、企業は、インフラ、プロセス、コストといった点で見直しを図ることができるチャンスがきたともいえる。その点では、危機をチャンスとしてとらえ、そこにSAPはどんな価値を提供できるかという点にフォーカスしていく必要がある。財務、管理、調達、コンプライアンスといった分野におけるプロセスやワークフローの見直し、さらには、人事管理部門の体質を強化したいといった要求も増えています。


―SAPとして、重点的に取り組んでいく製品領域、あるいは業種分野などはありますか。

イルグ氏
 エンタープライズSOAやERP、ミドルウェア、あるいはサービス強化による顧客満足度向上といったようにいくつかのテーマはありますが、SAPがある特定の分野にフォーカスするというのではなく、各パートナーがどこにフォーカスしていくかということを重視し、それに対してサポートする体制をとりたいと考えています。


―長年にわたる課題となっている中小企業の攻略は、引き続き取り組むべきテーマですね。

イルグ氏
 その点では、これまでの社長とは異なる見解かもしれません。SAPは、これまでにもSAP Business All-in-Oneをはじめ、中堅・中小企業にフォーカスした製品を用意し、取り組んできた経緯があります。しかし、中小企業が求めている要件と、SAPが提供するテクノロジーには明確なギャップがあったといえます。価格の面で中小企業に適したものであったのか、あるいは中小企業にSAPのシステムを運用できるリソースがあったのかどうか。反省すべき点も多かったのではないでしょうか。そのあたりをもう一度見直して、システムインテグレータやチャネルと協力して、中小企業が導入を図るための体制を、2009年に再度構築しようと考えています。

 ビジネスオブジェクツのBI製品についても、チャネルパートナーとの連携によって中小企業に対して提案していくということも考えていきたい。日本の中小企業ビジネスは広範であるといえます。その市場に対して、われわれがどこまでやり、チャネルパートナーがどこまでやるという境界が明確ではなかったことも、混乱を招くものとなり、ビジネスを拡大する上でマイナスに影響していたのかもしれません。この点も改善を図っていきます。


―SAPジャパンは、クラウドコンピューティングにおける取り組みについて、明確な言及はしていませんね。

イルグ氏
 いまは、クラウドコンピューティングに関して、新たなプロダクトをリリースするとか、サービスオファリングがあるといった段階にはありません。SAP自身が、まだサービスを提供できる準備ができていないのは事実です。また、日本の顧客は、データをファイアウォールの外に置いたり、オープンネットワークを利用するということに対して、慎重な姿勢を見せています。さらに、こうした経済環境のもとでは、新たなものに投資することを避けたいという考えも働くでしょう。とはいえ、クラウドコンピューティングやSaaSに関しては、今後の重要なマーケットだととらえています。パートナーとの協力関係を築き、ビジネス環境を構築する必要があることは熟知しています。


―ところで、話は変わりますが、SAPの社長に就任した理由はなんですか。

イルグ氏
 私は、これまでソフトウェア会社(=BEAシステムズ、アドビシステムズ)のマネジメントを経験し、また、日本の企業(=三菱電機)、外資系企業(=ロイター、ダウ・ジョーンズなど)を経験し、さらに、ユーザーインターフェイスに関する仕事にも従事してきました。こうした経験をもとにしたベスト・オブ・ブリードをSAPジャパンにもたらすことができると考えています。また、SAPのユーザーでもあったわけですから、優れた技術を背景に、顧客に満足度を提供するにはどうすればいいかもわかっている。

 歴代の社長は、エンタープライズ分野に精通したり、経営に精通したりといった経験を生かし、SAPジャパンを成長させてきた。そうした蓄積の上で、私の経験を生かせば、さらに強い組織ができるはずです。SAPの製品を経営の立場から何年も活用してきて、その技術力には強い感銘を受けてきた。これを、企業の成長に寄与できるツールとして、さらに広げていきたい。その気持ちが、今回のSAPジャパンへの移籍につながっています。


―短期間で決定したような印象を受けますが。

イルグ氏
 SAPの幹部と公式に面談してからは、かなり短期間で決定しました。それは、報酬とかという問題ではなく、日本市場に対する本社の強いコミットメントを感じたからです。本社では、長期的にわたって、日本市場におけるビジネスを成長させることができるCEOを求めていた。チェンジ(変革)するには時間がかかる。そして、変革するための「実行」ひとつひとつも、長期的な視点で取り組んでいく必要がある。その仕事にかかわれるという点で、大きな魅力を感じました。


―SAPでいう「長期間」とはどれぐらいの期間を指しますか(笑)。

イルグ氏
 1~2年というものではありません。少なくとも5~10年。それぐらいの長期でとらえていきます。その間は、社長をやっていくことになる。まぁ、本社から駄目だといわれたら、そうはいきませんが(笑)。


―2009年はどんなことに取り組んでいきますか。

イルグ氏
 2009年はチャレンジの1年になります。経済環境は引き続き厳しいでしょう。しかし、冒頭にも申し上げたとおり、企業にとっては変革するチャンスでもある。アジアの成長が、グローバル成長の中心になる。そのなかで、日本の企業が強みを発揮できる部分はまだまだ多い。それを支援する企業でありたい。

 社内に対しては、「ワンチーム」、「フォーカス」という2つの言葉を提示し、結束した組織づくりを進めていく。特に、ワンチームという言葉は、私の長年の経験のなかで得たビジネスフィロソフィーともいえるものです。外資系企業は、グローバルな組織であるわけですし、デュアルレポーティングの環境に置かれることも多い。グローバルに、ワンチームとして動くことが成功につながる必要不可欠な条件です。これは徹底していきたい。

 一方で、CSの向上は、2009年の最重点課題として取り組みます。今後一年間で数百件の顧客の声を直接聞き、質問や課題にはすぐに対応し、企業が置かれた立場をしっかりと把握し、提案できる体制を作る。朝起きてから、夜ベッドに入るまで、CSのことは常に考えていきたいと考えています。1年後に、「CSが向上した」と顧客やパートナーからいわれるようになることが最初の大きな目標です。



URL
  SAPジャパン株式会社
  http://www.sap.com/japan/


( 大河原 克行 )
2009/01/07 08:55

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