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仕様のPCから思想のMacに学ぶこととは?

ITジャーナリスト林氏

 今日のゲストである林信行さん、通称Nobiさんは筆者の個人的友人でもあり、『ビジネスブログブック2・3』の共同著者でもあります。ITジャーナリストであり、著名ブロガーでもあるNobiさんと、Mac談義を中心に、インターネットビジネスにおけるユーザーインターフェイスの重要性やブランディングについて盛り上がりました。アップル、mixi、ソニー、と話は移ろいながらも、一貫したNobiさんの鋭い切り口を是非ご一読ください。


林氏 林 信行
フリーランスITジャーナリスト

'80年からのパソコンユーザーで、'90年からMac雑誌を中心に執筆活動を始める。一方で、'85年のパソコン通信自由化以来のネットワーカーという顔も持つ。'90年代は国内のインフラサービスや新興サービスの記事を手がけ、'01年以降はブログやSNSの記事も手がけ始める。日本の新聞雑誌に加え、米国のWired NewsやO'reilly.net、フランス、韓国のIT雑誌にも記事を提供している。
共著書に『アップル・コンフィデンシャル<上><下>』(アスペクト刊)や小川氏と共著した『ビジネスブログブック2,3』(毎日コミュニケーションズ)がある。マイクロソフト社のWebサイトで執筆している連載「Apple's Eye」が有名。


仕様から思想へ

小川氏
 この間のITmediaの記事はシビレました。


林氏
 いつもと立場が逆で、僕が小川さんを普段は取材するのに変な感じですけど、ありがとうございます。Speed Feedでもとりあげていただいて。


小川氏
 PCは「仕様のパソコン」、Macは「思想のパソコン」という切り分けは非常に分かりやすいです。韻を踏んでるしね(笑)。


林氏
 あ。分かってくれましたか(笑)。実際ね、僕が思うに20世紀から21世紀にかけて、パソコンというものは大きく変わったと思うんですけど、その変化は、仕様から思想へのとらえ方が変わった、ということなんですよ。

 スペック、たとえばCPUの速度やメモリ、HDDのサイズなどの性能の話から、これは使いやすいとか、あれは使ってたのしいということに、大事なことが変わってきた、という気がします。


小川氏
 同感です。


林氏
 アップルのMacの前身であるLisaというコンピュータがありましたが、これは実はもともとはビジネスコンピュータとして売り出そうとしてたんですよ。でも、どのくらいの性能がある、というのではなくて、パッケージを開けてわずか20分で使えますよ、というのが売りだったんですよ。


小川氏
 へえ。分かってるなあ、アップルは。


林氏
 スティーブ・ジョブズが初代Macの売り出しをしたときの話ですけど、今でもYouTubeで見られますけど(http://www.youtube.com/watch?v=4KkENSYkMgs)、PCには分厚い5~6冊のマニュアルがついてくるけど、Macは薄い1冊があるだけ。こんなにカンタンですよ、と説明するんです。


小川氏
 使いやすい、ということは実は絶対に譲れないほどの性能だと思うんです。


林氏
 Windowsベースの多くのパソコンは、お客様から言われた仕様は満たしている。こうこう要求を満たしてますよとか、あるいはコンプライアンス上、全部対応してますよ、などということはあるけど、実は、どうやったらスイッチが入るのとか、どこから始めればいいの、という根本的なことが抜け落ちているんですよね。使い始めるまでに、分厚いマニュアルを読まなければいけないとか、そういのはウソというか、本末転倒だと思うんですよ。そういう環境が、21世紀に入ってだいぶ変わってきた気がしてますね。今後は仕様を満たす、仕様がいいからPCを使用するというのではなく、使用のための思想が明確な製品が出てくると思います。


シンプルさとは引き算

小川氏
 結局インターフェイスとか、インスピレーションをわかせてくれる製品がいいですね。

林氏
 アップルはコンシューマがパッケージをあけてすぐ使えるようにリファインしたんです。ヒューマンユーザーインターフェイスをちゃんと確立したといえますね。その結果、HCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)という学問までできるようになったし。


小川氏
 HCI?


林氏
 ボタンの配置はこうしたらいいとか、どうやったらコンピュータを使いやすくできるかなどの学問です。ただ、最近は、Webがでてきて、いったんそういう常識がリセットされちゃった感はありますね。ヤコブ・ニールセン(http://www.usability.gr.jp/alertbox/)らがWebユーザビリティの向上にはずいぶん努力をしたわけですけど、ブログの普及でまたリセット(笑)。


小川氏
 確かにそうですね。それに、どうしてもWebの場合は特にですけど、やたらと説明やアイコンをつけてしまって、狭い画面に情報をあまりに入れ込みすぎる気がします。シンプルさをすぐに失うというか。


林氏
 そうです。シンプルさは引き算なんですよね。スペックシート文化でモノを作ると、他社のサービスには機能が30あるとすると、うちは31だ32にしようという足し算になりがちです。


小川氏
 アップルは明らかに引き算です。


林氏
 いらないものはとる、ということをジョブズは徹底してますね。それよりは、所有感というか、お店で箱をみたらワクワク、あけたらドキドキ、といった感覚的なものを重視しているんでしょう。そういうものを演出できるところが非常にいいですね。ビジネスソフトでは、ついつい遊びじゃないんだからとまじめに取り上げがちなんですけど、ビジネスの場でも、やっぱり使う道具は、使っていて楽しい方がいいに決まってます。


小川氏
 そのとおりです。


林氏
 mixiの笠原さんたちもマイナスがうまいですね。ユーザーの要望は多いと思うけど、うまく間引きして、適度にプラスしています。また、インターフェイスにしても、100万人を超えてもその巨大さをあまり感じさせないじゃないですか。


小川氏
 そうですね。


林氏
 あとはMacでちゃんと表示させたことがmixiの勝因ですかね。GREEは当時Macではうまく表示できなくて、多くのMacユーザーが逃げてしまいました。


小川氏
 僕もそうです。デザイン的にはGREEが好きでしたが、レイアウトがMacで見ると崩れたんですよね。


林氏
 最近いとこの女性がペットショップを始めたんですけど、パソコンをMacにしたんですね。


小川氏
 はい。


林氏
 iPhotoをみせたら、ああ、これならお客様の犬の誕生日カレンダーを作れるな、と言いながら興奮してるんです。そういうアドレナリンとかアルファ波というか、インスピレーションをわかせる力があるんですね、Macには。


小川氏
 Web 2.0系のカンファレンスに行くじゃないですか、日本でもアメリカでもMacユーザーが本当に多いです。Macを使えばクリエイティブになれるわけではないけど、クリエイティブな人が好むのがMacであることも事実ですね。


ことなかれ文化を脱しなくてはならない

林氏
 日本はね、どうしてもことなかれ文化というかね。日本にも優秀なデザイナーやエンジニアは多くて、コンセプトレベルではエッジなものが多いんですよ。ところが製品化、QAの段階で、これは法的に問題が、とか、危険があるとかで、どんどん分厚くなったり、かっこわるくなったりするんです。


小川氏
 エンジニアは優秀でも、ビジネスプロデューサーが腰砕けになることが多いってことじゃないですかね。僕は日立時代にSonarという、イントラ向けのFeedリーダーを開発したんですけど、Joi(伊藤穣一氏)に頼んで優秀なプログラマを紹介してもらって、密かに作り上げて。できてから、会社にこんなのできちゃいましたと伝えたんです。


林氏
 問題ですね(笑)。


小川氏
 ええ(笑)。素性の知れないソフトをみんなどう扱っていいか分からないわけですから(笑)。相当もめましたけど、製品として認めてもらうまで頑張りましたよ。そこは日立は懐が深いというか、僕のやんちゃを認めてくれる土壌があったわけですけど。


林氏
 小川さんは意外に日立好きですよね。


小川氏
 ですね(笑)、4年しかいなかったわけですけど。それと、ソニーの逸話があって。


林氏
 はい。


小川氏
 ソニーが初代ウォークマンを出したときに、記者会見をやったらしいんですね。そこで、ある意地の悪い記者が「四六時中イヤホンを使っていたら難聴にならないか?」と質問をしたんです。


林氏
 それで?


小川氏
 そしたら、お名前は忘れてしまいましたけど、当時のウォークマンのクリエイティブ面を仕切っていた常務だか専務の方が、「そんなの当たり前じゃないか」と。使いすぎればなんだってカラダに悪いことはあるよ、と切って捨てたんです。


林氏
 かっこいい。


小川氏
 そういう切れのいい、クールなリーダーが日本にもいたんだな、と。


林氏
 なんであっても最初は問題があるのは当たり前、ちょっとずつ改善してけばいいんですよ。日本では、消費者にうるさ型が多くて、足を引っ張る人がちょっと多い気もしますね。あら探しをしたり、製品のちょっとした弱点を罵倒する人が多いようかもしれません。そういうことを言う人たちは割と小さなコミュニティなんですけど、負のエネルギーが強くて、結果的に事なかれ主義の人がその意見になびいていくのでしょう。こういう世界は勢いが大事じゃないですか。それを妨げるような動きがあると、日本がだめになっていくんじゃないかと怖いです。


ブランディングを重視するべき

小川氏
 そのNobiさんからすると、最近気になるサービスや市場はなんですか?


林氏
 そうですね、シニアブログが気になるかな。


小川氏
 団塊の世代がブロガー化したらすごいことになりますよね。


林氏
 アフィリエイトブログが増えたことによって、ブログの質が落ちた感じがしてましたから。日本語ブログがブログスフィアで一番多いという統計があるけれど、ユニークな情報が少ないですよ。でもシニア層のブログはユニークです、メッセージ性が高いような気がしています。これまでのブログユーザーとは違う、よりメッセージ性の高い良質なエントリが増えてくるんじゃないですかね。


小川氏
 それはみんなが言いますね。


林氏
 それから、ランドーというブランドコンサルティングの会社があるんですけど、FedExとか、マイクロソフトなどの世界企業のブランド構築をしてるんですね。


小川氏
 僕も一部そういう仕事を請けていこうと思ってるんですよ。


林氏
 いいと思います。ランドーがBP(ブリティッシュペトロリアム。世界的な石油メジャー)に対して行ったセミナーか何かの中で、対外的なブランド構築も大事だけど、まずは社内に対してブランドを徹底させることが大事だと説明したんです。社員にカードを渡して、BPをどう思うか、と書かせて自社ブランドの価値を考えさせたんです。ブランドがいいと、かっこいいと、社員のモチベーションにつながる、それがすごく、大事なことなんです。


小川氏
 実は今度僕のプロジェクトが事業部化することになって、名刺を特注しようとしてるんです。結構コストかかるんですけど、ブランディング上必要と思っていて。


林氏
 大事ですよ。かっこいい名刺を持つことは社員の士気につながるし、デザインのよい名刺をもらえば、その会社を覚えます。ブロークウィンドウセオリー(割れた窓理論)は知ってらっしゃると思いますけど。


小川氏
 軽い犯罪を徹底して防止すれば、より大きな犯罪も抑止できるという考えでしたね。


林氏
 ええ。小さなプライドを社員が持つことで、社外にも広がる強いブランドになっていくと思いますね。それと、小川さんや(元アップルの)前刀さんはプレゼンの名手として知られていますけど、海外ではプレゼンの巧拙がほんとに大事とされてます。経営者はスクリプトを作り、シナリオライターを雇ったりします。そういう投資をするのも大事なことですね。


小川氏
 僕はいまmodiphiというサービスを立ち上げる準備をしているわけですけど、実は今回、アートディレクターというか、ブランドディレクターをmodiphiのブランド構築のために採用しているんです。


林氏
 へえ。それはすごくいいことですね! 社外からの登用ですか?


小川氏
 そうです。これまではBOXERにしてもfeedpathにしても、僕が基本的にデザインを決め、そしてブランドの育て方をディレクションしてきたんですけど、modiphiに関しては僕の志向や、より一般的なネットユーザーに通じる線を理解してもらったうえで、一段上の世界観を作り上げてもらえるようなパートナーを選んでみました。


林氏
 便利だけど一生使われないみっともないサービスを作るのか、美しいものを作ってリスペクトをされるか、そういうことを大事に慎重に考えることは大事です。期待しています。


小川氏
 ありがとうございます。今日は長い時間、ありがとうございました。




小川 浩(おがわ ひろし)
株式会社サンブリッジ i-クリエイティブディレクター。 東南アジアで商社マンとして活躍したのち、自らネットベンチャーを立ち上げる。2001年5月から日立製作所勤務。ビジネスコンシューマー向けコラボレーションウェア事業「BOXER」をプロデュース。 2005年4月よりサイボウズ株式会社にてFeedアグリゲーションサービス「feedpath」をプロデュースし、フィードパス株式会社のCOOに就任。2006年12月に退任し、現在サンブリッジにて起業準備中。 著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)などがある。

2007/04/24 00:00

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