広島大をお手本に、アクセシビリティ人材育成の土壌を全国の大学へ

アクセシビリティリーダー育成協議会の挑戦

マイクロソフト 最高技術責任者の加治佐俊一氏

 マイクロソフト株式会社、広島大学(広大)、独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)によって6月1日、アクセシビリティリーダー育成協議会が設立された。情報やサービスの発達により、世の中はどんどん便利になっていく。一方で高齢者や障碍(しょうがい)者など便利さを享受できずにいる人たちがいる。彼らも含め、誰もが便利に暮らせる社会を創出できる人材の育成を、全国の大学で進めるのが目的となる。

 その意義について、マイクロソフト 最高技術責任者の加治佐俊一氏に話を聞いた。

アクセシビリティで先進的な取り組みをする広島大学

 世の中の発展は、時として高齢者や障碍者などを置き去りにする。健常者にとって便利なサービスでも、身体的にハンディを持つ人たちが同じように利用できるとは限らない。そのような状況を背景に、世の中の利便性が誰にでも対応するものなのか否かを示す「アクセシビリティ」が、さまざまな場面で重要視されるようになっている。

 公共施設では、建物の段差をなくす「バリアフリー」化がだいぶ進んだように思える。が、それもアクセシビリティの一端でしかない。より広範に設備やシステムを見たとき、“便利な何か”に手足に障碍を持つ人はたどり着けるのか、操作することはできるのか。見回してみれば、ハンディを持つ人にとってのハードルは、依然としてそこかしこに存在するのが現状なのだ。

 そうした中、障碍学生支援やアクセシビリティに先進的に取り組むのが広大である。

 誰にも優しい社会を創出するには、そのための人材が必要だ。広大はマイクロソフトと産学連携し、2004年より「アクセシビリティリーダー」と呼ぶ人材の育成に着手。広大生向けにアクセシビリティに関する講義を採り入れ、実習・試験を通して、単位取得できる制度を導入した。

 また、学長の認定による学内資格制度を盛り込んだ「アクセシビリティリーダー育成プログラム」を2006年より開始。すでに約800名の学生が講義を受講し、93名が認定資格を取得したという。さらに資格取得者には研修の場として、障碍者へのIT活用方法などを学ぶ「アクセシビリティリーダー育成キャンプ」をマイクロソフトと共催。これまでに約60名の参加者を輩出するといった実績をあげている。

Windows 95から支援技術を開発してきたマイクロソフト

 バックアップに当たるマイクロソフトでも、アクセシビリティの取り組みは歴史が長い。加治佐氏によれば「1988年からアクセシビリティの共同研究を始め、Windows 95からアクセシビリティ機能を標準搭載。以降、バージョンごとに機能の拡充を図ってきた」という。

 例えば、画面が見にくい人のための「拡大鏡」「ハイコントラスト」、通常のマウス・キーボードを使うのが困難な人のための「スクリーンキーボード」「マウスキー」、両手でキーボードを打つのが困難な人のための「固定キー」「フィルタキー」などだ。

 Windows Vistaからは、PCを使いやすくする機能を1カ所に集約した「コンピューターの簡単操作センター」も搭載。Windows 7でもこれらを強化し、誰でも使える「拡大鏡」やタッチ機能にも対応した「スクリーンキーボード」が搭載される。

 2002年からは「マイクロソフト支援技術ベンダープログラム(MATvp)」もスタート。「音声読み上げソフト」「点字ディスプレイ」「点訳ソフト」「画面拡大ソフト」「数式エディタ」など、障碍者向けソフト・機器ベンダーへの情報提供・技術支援を目的に、現在までにワールドワイドで約150社、国内19社と提携を行っている。

 このほか、広大とのアクセシビリティリーダー育成キャンプでは、支援技術としてVisioやPowerPoint教材の提供などを行っている。 Visioでは、ブレーンストーミングとして、障碍者が思いついたことを書き連ねていくことで、自分の考えをまとめて話を順序立てる効果があるという。キャンプに参加した資格取得者は、こうしたITの利活用法を学ぶことで、アクセシビリティリーダーとしてのスキルを養うことになる。

全国の大学にアクセシビリティリーダー育成の土壌を

 広大とマイクロソフトの取り組みを全国の国公私立大学に展開するのが、アクセシビリティリーダー育成協議会の目的。具体的には、広大の認定資格制度を全国に普及し、人材育成の方策を協議することだ。また晴れて資格取得となった学生に、地域や企業におけるインターンシップなど、活躍の場を提供できるようにするのも役目となる。

 現時点での参画企業・団体は、幹事がマイクロソフト、広大、JASSO。会員が関西学院大学、富山大学、広島文教女子大学、富士通、日本IBM。

 広大はこれまでのノウハウから、カリキュラム作成、認定資格試験の実施、事務局業務を担当。マイクロソフトは製品を軸に、障碍者を支援するIT活用方法についてのアドバイスのほか、カリキュラム作成支援、キャンプの企画・実施、協議会に賛同する企業への呼びかけを行う。そしてJASSOが全国の大学とのネットワークを生かし、講演会・研修会・Webサイトなどを通じて、全国への普及活動を行っていく。

 いち早く取り組みに賛同した関西学院大学、富山大学、広島文教女子大学は、全国展開への先駆けとして育成制度を採り入れていくことになる。

 こうした方針を定めるため、協議会では年4会、会議を実施。6月末には第1回目の話し合いが行われ、「協議会会長を務める広大学長の浅原利正氏を中心に、協議会規約や全国展開のための計画案、先例となる3大学にどのように展開するかなどについて、4時間にわたる熱い議論が交わされた」(同氏)というように、いずれの担当者も前向きで、幸先の良いスタートを切った同協議会。だが、現時点で課題がないわけでもない。

課題は、いかに一貫したプログラムを作るか

 加治佐氏によると、課題は、各大学ごとに事情が異なる点だ。「協議会に参加する担当者はみな非常に前向き。だが実際の導入現場となる大学には、いろいろと調整しなければならないことがある。先例となる3大学でも、例えば学部ごとに事情が異なったりして、特定学部からの賛同だけではなかなか導入に踏み切るのも難しい面がある。コストや管理など大学側にも負担がある以上、無理もない話だが、当協議会でやろうとしていることがどんなことか、まずはきっちりと伝えていく必要がある」(同氏)。そこで、全国の大学とパイプを持つJASSOに与えられる役割は大きい。

 また、「いかに一貫したプログラムを作っていくかも課題だ」と加治佐氏は語る。広大における育成プログラムには、オンライントレーニングがメニューとして用意されている。レベルとしては1級/2級があり、まずは2級の資格を他大学でも取得できるようにすることが最初のステップとなる。が、この場合、広大の環境を経由しなければ試験が受けられないのが現状という。「普及のためには、どの大学からも一定の条件で試験が受けられなくてはいけないのだ」(同氏)。

 解決策としては、SaaS形式のオンライントレーニング環境構築を検討しているという。この辺りはIT企業の専売特許だ。マイクロソフトに加え、富士通や日本IBMが名を連ねているのが心強い。

 2009年度のアクセシビリティリーダー育成プログラムはすでに開始してしまっている。従って、協議会での活動成果が表れるのは2010年4月からとなる。「それまでには先例となる3大学でも調整を終える予定。4月からは正式にプログラムを開始できるよう進めていく」(同氏)という。

 協議会では、2014年3月までの活動を通じて、アクセシビリティリーダー育成プログラムを実施する大学20校、資格認定者300名を目指す。

広大生や障碍者はみんな熱意を持って取り組んでいる

 今回印象的だったのは、加治佐氏から伝え聞く、アクセシビリティリーダーや障碍者たちの熱意だ。マイクロソフトではこの取り組み以外にも、障碍のある高校生のための大学体験プログラム「DO-IT Japan」も行っている。「広大生や障碍者の方はみんな情熱をもって参加してくれている。障碍者の方も、非常に前向きで、もちろん自身の特徴のことで引け目を感じることもあるようだが、こうした活動の中で自分ではできないと諦めてきたことが、実はそう難しいことではないと知って、とても晴れやかな表情を見せてくれる」。そう話す、加治佐氏も晴れやかな表情をしていた。

 大切なことは、「最初からアクセシビリティを念頭に入れて社会が形作られていくことだ」と同氏は語る。「例えば、教科書の電子化だけでも状況は一変する。それはもう、物や技術だけでは解決できない話」。その考えの下、現在は一般法人会員としてはIT企業のみの協議会だが、「今後は住宅やバリアフリーなどの分野でも提携を進めていきたい」という。





(川島 弘之)

2009/7/30 14:45