ファイルメーカー粟倉社長、「中小向けという誤解を解くのが役目」


 2009年2月1日に、ファイルメーカー株式会社の代表取締役社長に粟倉豊氏が就任して、最初の四半期を経過した。社長就任リリースに、自らがかつてファイルメーカーのユーザーであったことを記していた通り、ユーザーとしての経験が、今後のファイルメーカーの経営にも生かされることになりそうだ。ファイルメーカーの日本における展開は今後どうなるのか。粟倉社長にファイルメーカーの今後のかじ取りについて聞いた。

代表取締役社長の粟倉豊氏

―かつてファイルメーカーのユーザーだったそうですね。

粟倉氏
 最初の会社(浜松ホトニクス)で営業を担当していたときに、社内IT化の推進にあわせて営業の売り上げデータをCRMにインプリメンテーションするという動きがありました。現場の責任者として、これに関して要件定義の取りまとめを担当したのですが、そのときに出会ったのがファイルメーカーでした。90年代半ばのことですね。社内には、WindowsとMacが混在していたこと、ファイルメーカーを一部の部門で利用しており、社内にテンプレートがそろっていたこと、さらにはAccessと比較すると、データを整理する上では使いやすいと判断したといった理由から、まずはデータを集約する段階でファイルメーカーを利用することになりました。まだ、Ver.3のころですよ(笑)。使いやすかったという印象を強く持っています。

 しかし、数人規模で利用するにはいいが、会社がグローバル化していること、それを数百人単位で利用するとなると、とても耐えきれないだろうと判断し、最終的にはLotus Notesを利用することになった。私も、今回の社長の話をもらうまで、ファイルメーカーのイメージは、大規模ユーザー環境では使いにくいデータベースというものでした。ところが、ファイルメーカーを使用している友人に聞いてみると、数百人規模のユーザー環境でも使いやすいという。むしろ、そこで力を発揮するツールになっている。それには驚きました。私がファイルメーカーを使用していた時代から、すでに10年以上も経過していますが、長年にわたり多くのユーザーに愛され、しかも大きな進化を遂げている事実を知り、この製品に対する魅力をあらためて感じました。

 ただ、一方で、いろいろな人に話を聞いてみると、ファイルメーカーを使っていない人のほとんどが、私と同じイメージを持っているんです。ファイルメーカーの進化を市場にメッセージとして伝え切れていなかったのではないか、という点を感じました。


―そもそもファイルメーカーの社長職を引き受けた理由はなんですか。

粟倉氏
 これまでソフトウェア開発支援ツールベンダーのTelelogic AB(本社・スウェーデン)の日本法人である日本テレロジック、ITインフラ管理ソリューションベンダーであるAvocent Corporation(本社・米国)の日本法人、アボセントジャパン株式会社の社長を務めました。どちらにも共通しているのは、エンタープライズ領域にフォーカスした会社であること、そして大きな成長力を持った会社であること、日本市場にコミットしていることです。

 昨年秋に、社長就任の話をいただいた時点では、前の会社で取り組んでいた目標がほぼ到達した時期でもありました。しかも、私自身、一時期はファイルメーカーのユーザーでもあったわけですから、知らない会社ではなかった。とはいえ、先ほどお話ししたように、私が使っていたのは10年以上も前の話ですから、まずは量販店に行って、店員の説明を聞いて、本を買って勉強しました(笑)。ただ、量販店の店員さんが懇切丁寧に、ファイルメーカーの説明をしてくれた。どれくらい進化をしているのかを知ることもできましたし、リテールショップに対して、メーカーとして、しっかりと支援していることも理解できた。また、友人からもファイルメーカーの製品としての性能の高さも教えてもらった。そうしたなかで、米本社のドミニーク P. グピール氏と面談をしたのです。


―米FileMaker社長のドミニーク P. グピール氏からはどんなことをいわれましたか?

粟倉氏
 日本市場のことを大変詳しく理解している方ですし、日本市場が特殊な市場ではないということも知っている。その点では、私と同じ考え方を持っています。本社からみても、日本の市場が重要であること、日本の市場に向けた投資を引き続き拡大したいと思っていること、そして、リテール向けの販売強化に加えて、ライセンス販売の構成比を大きく引き上げたいという方針を聞きました。これまで私自身、エンタープライズ分野で経験がありますから、この経験はライセンス販売の拡大という点で生かせると考えました。こうした話をするなかで、昨年12月上旬には社長になることを決意しました。


―外からみたファイルメーカーと、実際に中に入ってみたファイルメーカーとの差は感じましたか。

粟倉氏
 この数カ月間、社員と話す機会を多く設けたのですが、そこで感じたのは、まじめな社員ばかりだということ。そして、会社のこと、製品のこと、ユーザーのことが好きな社員が多い。既存ユーザーへのコミット、使いやすい製品への進化に力を注ぐことを優先する集団です。これは、ユーザーやパートナーを裏切らないというファイルメーカーの強さにつながっていると思います。それと、日本市場に対して、私が感じていた以上に投資する姿勢が強い。新製品の開発スケジュールには、初期段階から明確な形で日本語化の時期が示され、さらに日本からの要求を反映する体制もでき上がっている。本社に対する日本法人の発言力が強い会社だといえます。


―前任の宮本高誠氏は、15年以上の長きにわたり社長を務めました。宮本氏が社長に就任したのは、現在の粟倉社長の年齢とほぼ同じです。何年ぐらい社長をやるつもりですか(笑)。

粟倉氏
 これは私の都合だけではなんともいえませんから(笑)。ただ、これまでの会社でも、終身社長をやりたいという気持ちで取り組んできましたし、ファイルメーカーでもその気持ちは同じです。短期的な目標もありますが、ライセンスビジネスの拡大や、ブランドのさらなる定着という点では、中長期的な視点も必要です。10年、20年と永続的に事業を拡大できる体制づくりに取り組んでいきたい。


―ライセンスの売り上げ構成比はどの程度まで引き上げたいと。

粟倉氏
 海外ではライセンスの売り上げ構成比の方が高いですから、日本では早期に50%程度にまでは引き上げたいですね。これは、2年程度でやりたいと考えています。ライセンス販売に向けて直販部隊を組織化しましたので、同部門を通じた新規顧客開拓、既存ユーザーの新バージョンへの更新に力を注ぎたい。ファイルメーカーの古いバージョンを使用しているユーザーはかなり多いですから、ここの更新だけでも大きなマーケットがある。

 それとパートナービジネスの拡大は、大きな鍵になります。やはり、システムインテグレータのなかでも、ファイルメーカーは中小規模事業所向けの製品だと考えているケースが多い。私と同じ誤解がある(笑)。ここも改善していかなくてはならない。また、大企業に精通した新たなパートナーとの協業も推進したいですね。しかし、現在、パートナーであるFBA(ファイルメーカー・ビジネス・アライアンス)は55社ありますが、これを大幅に増やすつもりはありません。ファイルメーカーは大企業を対象にビジネスを行っても、商売になるツールであるという認知を広げていくことが先決です。もちろん、パッケージビジネスの成長にも取り組んでいきますよ。


―社長就任からの3カ月間はどんなことに取り組んできましたか。

粟倉氏
 とにかく話を聞くことに時間を割きました。社員とのコミュニケーションや、FBA各社、エンドユーザーのところにもお邪魔しました。強い自信を持ちましたね。繰り返しになりますが、大規模ユーザー環境、ハイエンドのユーザー環境においても活用できるツールということを、パートナー、ユーザーの声から確信できました。また、ファイルメーカーには、多くの熱烈なファンがいる。ユーザー同士、パートナー同士が交流しあえる場を、もっと作るべきだと感じました。

 今後は、地方都市においても、ファイルメーカー主催のイベントを計画し、ファイルメーカーの考えを伝えるとともに、ユーザー、パートナーに直接お会いをして生の声を聞きたいと考えています、それと、私に対する要望としては、「ファイルメーカーの良さをもっと多くの人に広げてほしい」という声が多かった(笑)。私自身、それを強く感じていますから、これは優先的にやっていきたいですね。


―ところで、粟倉流の経営手法とはどんなものですか。

粟倉氏
 社員を仲間ととらえて、相手を尊重し、相手を理解し、仲間(社員)が興味を持って、会話しやすい環境を作り、その上で、わかりやすい言葉で語る。これが、社員の間に自然と広がり、コミュニケーションが活発化するようになる。そんな企業を作ることです。

 いま、社員とミーティングする場を積極的に設けているんです。毎週、どんなことをやったのかということをお互いに報告する。実は、営業担当が具体的にどんな営業を、今週やったのかということを、別の部門の担当者はほとんど知らないんです。これをお互いに知ると、いろいろな知恵が出てくる。実際、何回かやりましたら、質問がどんどん出てくるようになった。お互いがお互いを理解し、知恵を出し合いはじめているんです。私自身も、メールだけでなく、どんどん社員の席に行って、会話をするようにしています。


―この手法はどこかで学んだものなのですか。

粟倉氏
 1987年にドイツで数十人を率いたことがありました。このとき、日本人のやり方を押しつけてもだめだということを学びました。一方で、いろいろな国籍の、いろいろな文化、経験を持った人がいますから、それぞれのことを理解しなくてはならない。そして、さまざまな言語を使う人に対して、英語でわかりやすく説明しなくてはならない。そうなると、自然と、相手を尊重し、相手を理解し、わかりやすい言葉を使って、考えを伝えるということになるんです。誰から教わったというものではなく、自らの体験のなかで、培った手法だといえます。


―話は変わりますが、1月に出荷したFileMaker Pro 10の動きはどうですか。

粟倉氏
 非常に好調な売れ行きを見せています。FileMaker 9に比べると、初期3カ月の出足は、2割増ぐらいになっていますね。新たな機能に対する評価が高く、パートナーを通じた販売が好調ですし、直販部門による販売や更新提案なども成果となっています。ただし、まだ古いバージョンをお使いのユーザーが多いですから、もっとFileMaker 10の良さを訴求していく必要があります。


―5月7日からは、新製品として、Bento for iPhone and iPod touchを発売しましたね。こちらの反応はどうですか。

粟倉氏
 Bento for iPhone and iPod touchは、持ち運んで利用できるパーソナルデータベースで、App Storeを通じて、わずか600円でダウンロードすることができるという手ごろさも特徴です。発売初日には有料アプリケーション全体のなかでは6位、「仕事・効率化」カテゴリーのなかでは2位となりました。Mac版を使っているユーザーからは「待っていました」という声をいただく一方で、「もっと改良してほしい」という意見もいただいています。この点は真摯(しんし)に受け止めて、フィードバックしたいと考えています。

 驚いたのは、製品発売に伴って、Bentoのデスクトップ版のダウンロードが6倍にも増えたことです。なかには、「初代のBentoを死蔵させていたが、Bento for iPhone and iPod touchが出たので、使ってみようと思った」という声もいただきました。iPhoneおよびiPod touch対応としたことで、多くの人にBentoに興味を持っていただくことができたと考えています。


―今後、1年間でどんなファイルメーカーを目指しますか。

粟倉氏
 ファイルメーカーはユーザーの声に耳を傾けるメーカーである、ユーザーを尊重する会社であるということを定着させたいと考えています。製品のことを知っているのは社長としては当たり前。そして、ユーザーのことを知らない社長は失格ですから、私自身、どんどんユーザーの声を聞いていきたい。この風土を全社に徹底していきたいと考えています。これまでの経験を生かして、ファイルメーカーが持つ多くの利便性を知っていただき、日本市場における成長の地盤づくりに努めていきます。





(大河原 克行)

2009/5/22/ 00:00