「ペイパーポストとは違う、ブログ活用の会話型マーケティングの啓発に全力を尽くす」アジャイル・メディア・ネットワーク徳力社長


 今回のゲストは、ブログネットワークのアジャイル・メディア・ネットワーク社長の徳力さんです。徳力さんと知り合ってから数年がたち、お互いに立場が変わってきましたが、共通するのは、ともにブログを通じてセルフブランディングを実行してきたことで今の自分たちがあるということです。特に徳力さんが社長を務めるアジャイル・メディア・ネットワークはブログネットワークそのものを事業にしているベンチャーであり、彼の知見が直接生かされる場です。ソーシャルメディアの世論への影響力が高まる中で、同社のポジショニングをどう動かしていくのか、伺いました。


徳力 基彦
アジャイル・メディア・ネットワーク株式会社 代表取締役

1972年11月16日生。NTTにて法人営業やIR活動に従事した後、IT系コンサルティングファームを経て、2002年にアリエル・ネットワークに入社。情報共有ソフトウェアの企画や、ブログを活用したマーケティング活動に従事。2006年からは、ブログネットワークのアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。2007年7月に取締役に就任後、2009年2月に代表取締役に就任。日経ネットマーケティングでの「カンバセーショナルマーケティングの近未来」の連載等、最新のネットマーケティングに関する複数の執筆・講演活動も行っている。
個人でも「tokuriki.com」や「ワークスタイル・メモ」等の複数のブログを運営するなど、幅広い活動を行っており、著書に「デジタル・ワークスタイル」、「アルファブロガー」等がある。


NTT OBとしてベンチャーへ

小川氏
 アジャイルメディアの社長就任までの経緯を教えてください。


徳力氏
 もともとNTTの法人営業を3年ほど勤めて、その後本社に転勤してIR担当をしていましたが、2001年6月に転職しました。当時グロービズのビジネススクールに通いながらベンチャーのマーケティングをやりたいと思っていましたが、キャリアがなかったから、そのときはベンチャーではなく、コンサルティングファームに行くことを選択しました。

 でもコンサルにいったら、感覚的に向かないことにすぐ気がついて、1年で辞めてグループウェアを作っているアリエル・ネットワーク株式会社に移りました。


小川氏
 コンサルの何が肌に合わなかったんでしょう?


徳力氏
 コンサルでは多くの案件を扱えますが、逆に一件一件の新規事業がおもしろくなっても、ある程度の段階で案件としてクローズして終えなくてはならないのが耐えられなくなったわけです。面白い案件にどっぷりつかってしまいたかったのに(笑)。そこで、コンサルを一年でやめて、アリエルにいったわけなんですけど、今度はめちゃくちゃ苦労しました。当時10人くらいしかいなかったんですけど、自分がやった仕事はことごとくうまくいかなかったですね。そのころにブログを始めたんですが、そのおかげでいろんな人に会えたし、自分的にも救われました。ブログに人生救ってもらったといっても過言じゃないですね。その過程で小川さんとも会えましたね。


小川氏
 徳力さんとお会いしたのはCNETが開催していた小規模なブロガーイベントでしたね。僕は当時日立製作所でグループウェアASPの立ち上げ中でした。

 それでアジャイルに移られた経緯は?


徳力氏
 アジャイルメディアが設立された2007年当時、ブログをお金にするための手法として、米国ではTechcrunchなどのブログメディアが既に台頭してきていましたが、日本ではブロガーに100~200円払ってブログを書いてもらう、いわゆるペイパーポスト(PPP)だけが脚光浴びていて、そうした状況を変えていきたいと思った有志が集まったんです。具体的にはカレンの四家さんや日本技芸の御手洗さん、デジタルメディアストラテジーズの織田さんらが集まって、日本発のブログネットワークのアジャイルメディアが誕生することになりました。僕も設立のお手伝いを少々させていただいていたこともあって、その年の6月か7月にアジャイルに転職したわけです。


アジャイルメディアの取り組みとWOMマーケティング協議会の設立経緯

小川氏
 アジャイルメディアの特性を教えてください。


徳力氏
 簡単にいえば、ブログを使ったマーケティングを行う企業です。カンバセーショナルマーケティングと僕らは言っていますが。ネットのマーケティングはマスメディアのそれとはちがって、会話のマーケティングになると考えています。インターネットでは広告は無視されやすいし、アテンションをとることが非常に苦手なメディアです。だからこそ、広告自体が会話であり双方向でなければならないわけで、ブログはその意味で面白いメディアになると考えました。だからミッションとしてはブログメディアの可能性を模索し、企業とオーサー、オーディエンスとの間に立って、三者の「会話」を促進する機会と手段を提供することですし、ビジネスモデルはブログやソーシャルメディアを使ったマーケティングやソリューションを提供することです。いわばブログメディアの広告代理店ともいえます。


小川氏
 具体的な商品は?


徳力氏
 いろいろありますが、ネットワーク化したパートナーブログ群に共通の広告枠を提供すること、ブロガーリレーションズというか企業のPR・マーケティングのために会話(カンバセーション)を増幅する仕掛けの企画立案をしていくこと、あるいはお客さまのサイト上で、パートナーブログとのタイアップをソーシャルかつ双方向で行っていくということを提案しています。


小川氏
 先ほどPPPの話が出ましたが、最近WOM協議会の立ち上げにも参画してますよね? ペイパーポストの在り方を定義づけて、手法として確立させていけますか?


徳力氏
 ええ。PPPは、そのエントリーが読者に広告と認知させていないことが問題なんです。書き手であるブロガーがプロじゃないから、ついついお金をもらってないように書いてしまうんですね。企業は記事広告として書かせたいわけですが、書き手の認識が追いついていかないので混沌(こんとん)としている状態です。従来のメディアの業界の人は問題意識が高いから、PPPは記事広告として成立していますが、ネットのPPPはそうはいかないから、放置すればマーケティング手法全部の信頼性が低くなるという危機感があって、WOMマーケティング協議会の設立に至りました。


小川氏
 エニグモのプレスブログが日本での最初の事例ですかね。僕はあれはまずいんじゃないか?と当時から思ってましたが。


徳力氏
 そうでしょうね。プレスブログは世界的にみても最初じゃないですかね。プレスブログ自体はよいアイデアでしたし、ブロガーに小銭を払うのはいいんですが、読者がお金をもらっているとわからずに読んでしまうのはまずいですよね。事業モデルとしては素晴らしいと思うんですが、米国ではFTCが規制に乗り出しているし、早めになんとかしないとならないですね。


小川氏
 書く側のモラルを高めないとならないですからね。


徳力氏
 従来型のメディア倫理も狂ってきていますけどね。番組の中で唐突に出てくるしらじらしい広告も多いし、雑誌でも記事広告とうたってないけど明らかにそうであるものもでてきている。ネットだけが規制を強めるのもね、と思ったりもします。ただ、最近でもGoogleの広告がやらせであると騒がれた問題もありましたし、PPP自体がやらせであると思われてしまうのはまずい。


マーケティングにおける新しいトレンド

小川氏
 ちなみに僕は最近、グランドデザイン&カンパニーの小川和也さんとオガワカズヒロというソーシャルメディアマーケティングのユニットを作りまして。


徳力氏
 知ってますよ(笑)面白い試みだと思います。


小川氏
 ソーシャルメディアマーケティングというと、PPPか、ブログ上のクチコミ解析の二つのようにとられてますけど、われわれは企業がじかにソーシャルメディアにアカウントを設けて、自ら語りだして、顧客と会話することを提案しているんです。

 その意味で特にTwitterは重要だと考えています。


徳力氏
 Twitterはまだ日本ではユーザー数が100万人足らず(2009年8月現在)と少ないけれど、フィードをうまくつかっていたり、コミュニティが濃いから面白いことは面白いですね。一般ユーザーがTwitterを理解するまでにハードルがあるから、すぐに普及するかどうかは分かりませんが。ただ、小川さんが主張されていたフィードの在り方とは、実はTwitterのことだったんだ、と最近誰かと話したんですよ。


小川氏
 そうですか(笑)。


徳力氏
 TwitterはRSSリーダー的な役割をユーザーが無理やり吸収させようとしてるようですし、ユーザーイノベーションの固まりであるところが面白いですね。


小川氏
 Twitterを使えばマーケティングがうまくいくよ、という気は全然ないんですが、インターネットがこれほど普及すると、マーケティングは、広告と広報と販促が混然一体になって不可分になると思うんですよ。Twitterはその中のスパイス的な役目を果たすかな。


徳力氏
 別にネット限定ではなくて、マーケティングとはもともとそういうものですよね。いままでいっているマーケティングが極端だったと思います。この100~200年で特殊な発生をした形態というか、マスメディアが登場したことで、何でもかんでもテレビで流せばいいだろうという極端な形を当たり前の手法のように思ってしまったんでしょう。

 それがネットのおかげで、もとに戻ってきた感じがする。ネットの上では企業より利用者側の情報が多くなって、企業側が仕掛けた広告がいいから売れるというのではなく、利用者の会話、クチコミを考えないとならないというトレンドが見えてきましたね。

 ただネットでは強烈なのが検索サービスで、リアルの世界では店頭でお客さまのアクションを捕まえていたのが、インターネットではGoogleに頼らざるを得ない。SEO/SEMが全盛なのも致し方ないところがあります。


マスマーケティングは短距離走、ネットのマーケティングはマラソン

小川氏
 検索というかクチコミを作るためというか、その両方に関係しますが、商品名でもブランド名でも、覚えやすさ、耳で聞いてすぐわかるとか、口で言いやすいとかいう五感的な配慮が実は非常に大事ですよね。無理やりに検索させようとしても、無理。


徳力氏
 そうですね。よく検索されるようなビッグブランドならGoogleが言葉の揺らぎをだいぶ吸収してくれますけど。例えばmixiはカタカナではミクシィですけど、ミクシーもでもミクシでもmixiとして検索結果を返してくれますからね。

 でも、小さなブランドや新しい製品の場合はそうはいかない。


小川氏
 マーケティング=広告、という図式がなくなっていくのは近いような気がします。インターネット、それもソーシャルメディアを活用していくためには広く告げるというよりは広く伝えることを考えないとならないわけだし。


徳力氏
 ネットマーケティングには広告と広報などの境界線がないということを理解してもらうのは難しいですけどね。縦割り組織ではまずダメですね。

 やっぱり欧米並みにCMO(最高マーケティング責任者)を置いて、すべてのマーケティング予算を横断的に行えるような形でないと。マス広告では会話はできないし、ネットでは一気にアテンションを集めることが苦手だし。


小川氏
 総合的な戦略が必要なんですけどね。


徳力氏
 マス広告は短距離走的で、短期間で告知することには向いてますけど、カンバセーショナルマーケティングはマラソンのようなもので、徐々に話題を盛り上げていきますからね。役割が違う。


小川氏
 そうですね。


徳力氏
 そもそも僕がアジャイルに誘われたときに、マスメディアにいたわけでも代理店にいたわけでもない自分がマーケティング企業のトップになれるのか、と迷ったんですよ。

 でも自分がブログのアクセスをのばそうと考えて、コンテンツを選び、読者に読まれるためのさまざまな手法を試してセルフブランディングをやってきたことを考えれば、それを企業でも同じことがあてはまると考えたわけです。ならば、僕の経験がお客さまにも役立つことがあるだろうと。ただ、カンバセーショナルマーケティングは、マスマーケティングと考え方が本当に180度違う。僕らが経験したプロセスをわかる人が企業にいないと、説得にも時間かかることは否めないですね。


小川氏
 オガワカズヒロの活動でも同じことがいえますね。

 ところで、今年も半分以上がすぎましたが、目標のようなものを教えてください。


徳力氏
 WISH2009というTechcrunch50みたいなベンチャーイベントを成功させたことが一つの成果ですが、もう一つ、アジャイルとしてはブログ利用のアドネットワークというよりも、自社メディアをもう少し盛り上げていきたいですね。


小川氏
 分かりました。今日はありがとうございました。





小川 浩(おがわ ひろし)
株式会社モディファイ CEO。東南アジアで商社マンとして活躍したのち、自らネットベンチャーを立ち上げる。2001年5月から日立製作所勤務。ビジネスコンシューマー向けコ ラボレーションウェア事業「BOXER」をプロデュース。2005年4月よりサイボウズ株式会社にてFeedアグリゲーションサービス 「feedpath」をプロデュースし、フィードパス株式会社のCOOに就任。2006年12月に退任し、サンブリッジのEIR(客員起業家制度)を利用 して、モディファイを設立。現在に至る。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス) などがある。

2009/9/1/ 09:00