「時代の要望に応じて、自社開発でセキュリティ機能を拡充する」、カスペルスキーCEO


 検出率の高いウイルス対策ソフトのベンダーとして知られている露Kaspersky。かつては、パワーユーザーを中心に、「知る人ぞ知る」製品だったが、ジャストシステムがコンシューマ向けのパッケージを提供するようになってから3年が経過し、コンシューマ市場での認知度も向上してきた。その同社が、次に狙うのがエンタープライズ市場だ。今回は、来日した露本社のユージン・カスペルスキーCEOと、日本法人の川合林太郎社長にお話をうかがった。



迅速な提供のためにセキュリティ機能の自社開発を推進

露KasperskyのCEO、ユージン・カスペルスキー氏

―企業向けの市場では、ウイルス対策ソフトを導入していない企業はほぼないという状況で、シェア拡大=ほかのベンダーからの乗り換え、ということになりますよね。ただ、一般ユーザーから見ると、どの製品も似たようなものに見えてしまいがちで、なかなかアピールがしづらいので、ほかのベンダーでは、例えば差別化のために暗号化の機能を統合するなど、明確な機能面での差別化を図っています。こういったことについては、どう考えていらっしゃいますか?

カスペルスキー氏
 Symantec、McAfee、Sophosといった企業は、総合セキュリティベンダーを狙って企業買収を進めてきましたが、そうすると、どこにフォーカスしているのかがぼやけたり、リソースが分散したりしてしまいます。それぞれの機能がもっとも良いものを提供できているのか、という点にも疑問符が付きますね。実際に、こうした企業は昨年、今年とほとんど成長していません。一方で、成長しているのは、当社やBitDefender、AVGなど、ウイルス対策に特化している企業なのです。

 とはいえ、ウイルス対策だけですべてを賄えるとは考えておらず、例えばDLP(データ流出防止)は、今後のセキュリティを語る上で外せない機能だと考えています。ただし、(DLP製品を持つ企業を)買収してきたとしても、もともとは別製品なのですから、統合的に見せることができても、1つの管理ツールで管理することなどは難しい。そこで当社は、自社内にDLPを開発するチームを設けて、開発を進めています。


―DLP以外では、どういったセキュリティが必要になってくるのでしょうか?

カスペルスキー氏
 ノートPCやデスクトップPCといった、環境によって異なってくるでしょう。ノートPCでは、暗号化がまず必要でしょうし、バックアップはあると望ましいものです。一方、デスクトップPCでは、暗号化は必要ないと考えていますが、バックアップは必須でしょう。企業環境全体を見ると、マルウェア対策だけでなく、ゲートウェイでの境界防御や、迷惑メール対策、ファイアウォールなどももちろん必要ですね。


―そうした機能についても、やはり開発は自前で行うのですか?

カスペルスキー氏
 そうですね。すでにある企業を買収するのは一見簡単に見えますが、異なる会社で、異なったポリシーで開発された製品を統合するのには、高い障壁があります。時と場合によってはゼロから開発した方が早いのです。当社でも、迷惑メール対策の機能は買収して得たものですが、最終的に統合するのには、相当のリソースと労力を消費しました。そこでの苦い経験から、自前で取り組む方向でいます。場合によっては、ライセンス供与を受ける、という方法もあるかもしれませんが。

 実際の提供時期としては、2010年の前半に、暗号化機能をコンシューマ製品から投入します。企業向けには、良い暗号化製品がいくつも出ているので、現状ではそこに挑むつもりはありません。DLPは、やはり2010年の前半に、まず英語版を提供します。企業向けのアプリケーションに統合された形でリリースされることになるでしょう。

 なお、決して、すべての買収を頭から否定しているわけではない、ということも付け加えておきます。DLPでも、買収を検討したことはありますが、製品への統合を試算してみたところ、膨大な時間がかかることがわかって、断念したという経緯があります。


―新たな機能を追加していく一方で、コアとなるウイルス対策の機能についても、継続的に強化はしていくのでしょうか?

カスペルスキー氏
 ウイルス対策の技術については、ナンバーワンだということを実証して来ましたし、市場でも認知されていると思っています。今後も、もちろんそれを発展させていきますよ。当社では、平均して45分に1回という頻度でパターンファイルのアップデートを提供していますが、これをさらに短くすることは可能です。しかし、現実的にこれを短くする必要はないと思っています。間隔を短くするよりは、補助する機能を増やしていくことになるでしょう。

 例えば、最新版から導入された「カスペルスキーセキュリティネットワーク(KSN)」も、セキュリティを提供する手法の1つです。ただKSNはそれ以上に、インターネット上のユーザーの統計を表してくれる機能も持っていて、今後の製品展開の方向性を示すのに役立つ情報をくれますし、誤検知を抑えるのにも、ホワイトリストの拡充にも役立ちます。今後も、強化していきたいと思っています。

 ウイルス対策ソフトに関していえば、かつては、純粋なウイルス対策機能のみで良かったものが、インターネットセキュリティという形で統合され、今後はリスク管理の視点からDLPなどが必須になってくる。トータルセキュリティすべてを手掛けることは考えていませんが、こうした時代の要求には、適時対応していきたいですね。



パートナーとともに企業市場の開拓を目指す

Kaspersky Labs Japanの代表取締役社長、川合林太郎氏

―製品面では、企業向けに、新しい「Kaspersky Open Space Security Release 2」を日本でも発売されますが、どういった領域を狙っていくのでしょうか?

カスペルスキー氏
 ほかの国と同じで、OEMビジネスからコンシューマ、SMB、エンタープライズへという流れは変わらないでしょうね。その後、政府系や防衛系などでも使っていただくのがゴールになるでしょうか。

川合氏
 現状では、大手向けもありますが、主戦場はSMBですね。当社製品の価格が高い、というイメージを一部では持たれているようですが、実際に価格は高くありませんし、ネームバリューも上がってきていまして、クライアント向けの10ユーザー版、25ユーザー版といった製品が結構使われいるようです。今度、サーバー対応を追加した製品の提供もリリースする予定でして、検知率などを評価されて、当社製品に移行するようなケースを想定しています。

 そのためにも、日本のユーザーが求める機能、主に管理側の機能になりますが、こういう設定があるといい、こんなレポートが出したい、といった要望を、きちんと本社側にフィードバックしていきます。乗り換えの場合には、これまで使っていた製品と比較することになりますから、使い勝手などが大きく変わらないのが望ましいですよね。

 また企業向けには、4月からパートナープログラムを一新し、より充実させているところです。直近のパートナーカンファレンスでも、定員をオーバーする申し込みをいただきまして、関心を持ってもらえています。代理店でも、各エンドユーザーでのセキュリティの取り組みがシビアになっているので、新たな商材として当社製品を取り扱いたいという要望がありますし、提供できる利益率の高さで関心を示してもらえることもありますね。当社では、メーカーの一人勝ちはしない、常に代理店と利益を折半していく、ということをコミットしているんですよ。

 当社はまだまだシェアが高くありませんから、今は特定の分野に限らず、多くのパートナーを開拓していきたい。実は、これまでは、代理店という名前の通り、製品の販売からサポートまでを一部おまかせしていたので、国内の大手流通とは直接取引がありませんでした。しかし、より柔軟に、共同で展開できるプログラムを発表したので、そういったところともガッチリ組めるようになったんです。


―では、サポートを支援するための人員拡充なども検討されているのでしょうか?

川合氏
 毎日、本社サイドを突っついていますよ(笑)。


―OEMビジネスについては、どういった状況でしょう。

カスペルスキー氏
 当社はOEMでのエンジン提供からスタートした企業ですから、かつての主戦場だったわけですが、今では全体の売り上げの10%ほどになりました。残りは、コンシューマが60%、企業向けが30%という状況で、コンシューマの知名度も上がってきましたので、これからは本気でエンタープライズを狙っていきたいと考えています。

川合氏
 日本では、コンシューマでもトップ3に入れていませんが、OEMへの取り組みや、コンシューマでのジャストシステムの協力もあって、認知されるようになってきました。最終判断で、(企業の決裁者に)名前も知らない製品はダメだ、とようやくいわれなくなりました(笑)。あわせて、コンシューマやOEMにも引き続き注力していきます。OEMについては、今年もIIJを含め、いくつかの話を進めました。



Microsoftによる無償提供は“影響なし”

―エンタープライズとはあまり関係ないお話ですが、先日、Microsoftが無償のウイルス対策ソフト「Microsoft Security Essentials(MSE)」を提供されましたよね。これによって、セキュリティ業界に大きな影響はあるのでしょうか。

カスペルスキー氏
 MSEが出る前に、Microsoftは「Windows Live OneCare」という製品を提供していましたよね。巨大企業が当社の主戦場に製品を出してきた、ということで、脅威になるかもしれないものだったのですが、影響はありませんでした。無料になったからといって、ユーザーの選択肢に入ってくるのでしょうか? ウイルス対策というのは、常に進化する必要のある、コストのかかる分野で、相当に“しんどい”です(笑)。無償の、利益を生まないところに、Microsoftがたくさんのリソースをかけるとは思えませんし、今後も影響は出ないのではないでしょうか。

川合氏
 無償のウイルス対策ソフトを使うユーザーは、もともと、当社のユーザー層とはぶつからないと考えています。日本でも、無償のソフトはさまざまな企業が提供していますが、これまでも影響はほとんどありませんでしたしね。


―最後に、日本のユーザーに対してのメッセージをお願いします。

カスペルスキー氏
 日本市場は非常に保守的だと理解していますので、新製品の投入だけで、劇的な変化があるとは思っていません。ただし、わたしの目の黒いうちに、日本市場で必ず成功してみせます。

 日本同様に、保守的な国である英国において、一定の成功を収めるために10年の年月を費やしてきました。そこで認められたように、必ずユーザーに認めてもらえる製品を提供したいと思っています。これは、ちょっとやそっとのことでは揺るぎない考えなので、長い目でおつきあいいただければ幸いです。

―ありがとうございました。





(石井 一志)

2009/11/6 09:00