災害対策は「タンジブル」で効率的に-NTTコムウェアの災害情報管理システムを見る


CRM&ビリング・ソリューション事業本部 営業企画部 営業担当の香月亜希氏

 エヌ・ティ・ティ・コムウェア株式会社(以下、NTTコムウェア)が開発した「タンジブル災害情報管理システム」に触れる機会を得た。タンジブルインターフェイスを活用し、プロジェクタで投影した地図上に電子ペンで直接情報を書き込むという画期的なシステムだ。

 プロジェクタで投影した地図は“虚像”に過ぎないのに、なぜ手書きで情報を入力できるのか――子供のころに夢見た近未来感さえ漂い、ワクワク感を抑えられなかったのだが、細かい機能を知っていくほどに、災害対策の課題に現実的な解を与えるさまざまな仕組みに驚かされた。その詳細をCRM&ビリング・ソリューション事業本部 営業企画部 営業担当の香月亜希氏に聞いた。


災害対策本部が抱える課題

紙がメインの現場では情報共有とその活用が課題

 災害時に自治体に設置される対策本部の混乱を想像してみてほしい。殺到する問い合わせ。錯綜(さくそう)する情報。それらを紙地図、FAX、ポストイットなどの「紙」に取りまとめ、壁やテーブルを埋め尽くさんばかりに張りつけていく。情報の関連付けや解析は困難で、関連部署間での情報共有も難しい。また、対応履歴が残らないので、人のノウハウに依存せざるを得ず、やがてどれが最新情報かも把握不能となって、意思決定や救援活動の遅れさえ招きかねない。

 一面に紙を張りつけた壁の前で指揮を執る様子はテレビドラマの中だけでなく、NTTコムウェアが自治体にヒアリングした実情なのだという。浮き彫りになったこれらの課題に、「当事者が本当に必要な機能に絞って実現した」(香月氏)のが、タンジブル災害情報管理システムである。


タンジブルな災害情報管理

システム概要
システム全体イメージ

 特徴は、GIS(地理情報システム)や独自のインターフェイス技術により、タンジブルを実現している点だ。タンジブル(tangible)には「触れる」「実体のある」といった意味があり、日ごろから慣れ親しんでいる道具を情報の接点(インターフェイス)にするのが特徴。もともとはマサチューセッツ工科大学 メディアラボの石井裕教授が提唱した考え方で、キーボードやマウスに代わる新しいインターフェイスとして期待が集まっている。

 このコンセプトに従い、紙作業と同等の使い勝手で、デジタル情報による効率のよい災害対策を実現する。主要コンポーネントは、地図を机上に映し出す「デジタルペーパー」(A0サイズまで対応可能)、そこへ情報を書き込む「デジタルペン」、災害状況を示すアイコンを記した「パレットシート」の3種類。加えて、サーバーとプロジェクタが必要となるが、これらは汎用のもので構わない。

地図を投影するA1サイズのデジタルペーパーデジタルペン凡例を示したパレットシート。内容はカスタマイズが可能

 まず、GIS情報をプロジェクタでデジタルペーパーに投影する。その上にデジタルペンで手書きすると情報が入力され、即座に情報が共有される。ネットワーク越しにやり取りしたり、サーバーから付随情報を引っ張ってくることが可能となる。

 デジタルペンで直接書き込むのは基本的に、点・線・面。地図上に点を打つと、その位置の「経緯度」や「住所」が表示され、線を描けば「距離」が、ある範囲を線で囲んで面とすれば「面積」が表示される。例えば、大規模な洪水が発生したとしよう。その被害範囲を線で囲えば、「水害発生地域」として即座に情報をデジタル化・共有することが可能。加えて、自治体で住民情報などを保有していれば、その範囲内の住戸数や居住者数、要介護者の人数なども地図上に表示できる。

 さらにパレットシートから「地震/津波/火災」「建物全壊/半壊」「死者/重傷者/軽傷者」「不通道路/輸送可能路」といった状況を示すアイコンを地図上に投影することも可能。デジタルペンでパレットシートのアイコンに触れ、そのまま地図上の任意の場所にペン先をタッチさせるだけで、アイコンがプロットされるのだ。

 「このように従来の紙作業と同等の使い勝手で、効率的な情報共有を実現している点が特徴。実際の対策本部では、円卓上などで地図を写しだし、複数人で情報を入力したり、蓄積された情報を基に災害別、時系列別などに情報を参照したりしながら、救援などの指揮を執ることになる。庁舎の中でも道路課、河川課など部署が分かれている場合は、複数の場所で情報を手書きし、リアルタイムに共有することも可能」(香月氏)という。

システム基本機能水害発生地域を線で囲うと、GIS情報を基にその面積が表示される

パレットシート上の任意のアイコンにデジタルペンで触れ、地図上をタッチすると、アイコンが投影される



地図上に手書きできる仕組み

 不思議である。なぜ、プロジェクタで投影した虚像の地図に手書きで情報を入力できるのか。その秘密はデジタルペーパーに印刷されるドットパターン(黒い点)にある。普通紙を特殊なプリンタで印刷すると、1.8mm四方に6×6のドットパターンが刻まれる。これらはすべて、それぞれ異なる模様となっている。

 一方、デジタルペンのセンタには赤外線カメラが備わっており、ペン先をデジタルペーパーに近づけた際にドットパターンが読み取られる。その情報はデジタルペンからサーバーへBluetoothで送信され、地図のどの部分にペン先を触れさせたか、その位置にはどんな情報が投影されているのか、サーバーが把握してくれる。これらを基にして、あたかも実際の紙に実際のペンで書き込んだような感覚で、投影地図上に図形を描けるのだ。

 パレットシートのアイコンを読み取って、地図上にプロットするのも同じ仕組み。サーバーに凡例情報が保存されており、赤外線カメラで読み取ったドットパターンから、パレットシート上のどのアイコンに触れたかが記憶される。その後、地図上をペン先でタッチすれば、そのアイコンがプロットできるわけだ。

 なお、パレットシート上にどんなアイコンを配置するかは自由。ユーザーが必要とする凡例一覧表として作成し、サーバーに登録すれば、あとはドットパターンを敷き詰めた上に通常のプリンタで印刷すればいい。ただし、ドットパターンの印刷は、1.8mm四方に6×6という精密さが要求されるため、Anoto認定の専用プリンタを使う必要がある。

 デジタルペーパーとデジタルペンは、スウェーデンAnoto製品を活用。NTTコムウェアは災害対策に便利なインターフェイスを開発し、タンジブル災害情報管理システムとして提供している。


災害対策を効率化する多彩な機能

 実際に使った様子を紹介しよう。投影された地図の上、基本的なインターフェイスが右側に表示されている。デジタルペンでタッチすることで、縮尺変更やポイント移動が行える。GISはレイヤ構造となっており、「建物」「等高線」「水系」「道路」「鉄道」「避難所」など、任意に好きなレイヤだけを表示させることが可能だ。

右側のインターフェイスから地図を移動できる

縮尺変更(左)やレイヤ表示(右)も可能

 点や線の描画、あるいはアイコンのプロット以外にも、情報の入力手段はある。実際の対策本部では、付せん紙も多用されている。刻々と変化する状況(例えば、負傷者数など)を、いくらでも張ってはがせる付せん紙に書いて、紙地図上などに張り付けているのだという。これと同様のことを実現する機能が、NTTコムウェアのシステムにも用意されている。

 利用するのは、付せん紙サイズのデジタルペーパー。この上に、インクの出ないデジタルペンで文字を書く。するとその形を、筆圧やストロークも含めてデジタルペンが記憶する。そのペーパーを投影図の上に置き、デジタルペンで、ペーパーから地図へとペン先でなぞると、まるで実際に付せん紙を張り付けたようなイメージが地図上に表示されるのだ。

付せん紙サイズのデジタルペーパーに情報を書き込む。それを地図上に置き、ペーパーから地図へとペン先でなぞると、付せん紙を張り付けたような画像が投影される

 また、将来的には現場に設置された観測系システム(監視カメラなど)の情報をネットワーク経由で参照できるようにする予定。データベースを連携させることで、GISで監視カメラの位置が判断され、投影地図上にカメラのアイコンなどを表示する。デジタルペンでタッチすると、静止画や動画のウインドウが表示され、閲覧できるという仕組みだ。

 もう1つ、現場の情報をリアルタイムに本部へ伝えるために、デジタル帳票を使う方法もある。ドットパターンを印刷したA4サイズの用紙に、例えば、「避難施設設置状況報告書」や「被害状況報告書」などのフォーマットを重ねて印刷しておき、インクの出るデジタルペンで現場担当者が、設置作業の進ちょくや負傷者の数などを書き込む。用紙には「送信」と書かれた個所があるので、そこをデジタルペンでタッチすると、現場に設置されたサーバーにBluetoothで送信され、ネットワークを経由して本部に届くのだ。もちろん、本部の地図上でそれらの情報を参照することができるため、電話よりも早く、確実に複数の部署で情報共有が図れる。

カメラアイコンをタッチすると、現場に設置された観測系システムのデータが表示される現場で施設準備状況などをデジタル帳票に記入し、「送信」にペン先でタッチ地図上の避難場所のアイコンにペンで触れると施設情報などが表示されるのだが、帳票に書き込んだ情報もここで確認可能となる

 対策本部が稼働してから時間が経つと、書き込んだ情報、外部から送られてくる情報で、やがて地図は埋め尽くされていく。情報過多で見にくくなった場合は、書き込みの「タイムライン機能」が役に立つ。同システムでは、地図に書き込んだすべての情報が時系列に沿って記録されている。このため、ある時間帯の書き込みだけを表示したり、1時間前や前日の書き込みまでさかのぼったり、特定の時間帯の情報だけを表示するといったことが可能なのだ。

 「実際の対策本部では、日付が変わるとともに担当者が入れ替わることも多い。紙資料だとその引き継ぎも大変だが、このシステムを使っていれば、被害発生時から状況がどう推移し、現在、どこまで復旧が進んだかなども簡単に把握できるようになっている」(香月氏)。

タイムライン機能やグラフ機能も備えるタイムライン機能では、特定の時間帯の入力情報へさかのぼることが可能
CRM&ビリング・ソリューション事業本部 営業企画部 営業担当課長代理の佐藤賢二氏

 価格は、デジタルペン、デジタルペーパー、電子地図情報などシステム一式で一千数百万円。まだプロトタイプの段階だが、順次、自治体を中心に販促を進めていく。また最近は、「企業でも災害対策本部を設ける例があるため、そういった企業への展開も進める」(CRM&ビリング・ソリューション事業本部 営業企画部 営業担当課長代理の佐藤賢二氏)としている。




(川島 弘之)

2010/1/22 11:00