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JPモルガンの契約破棄に見る日米のアウトソーシング事情


 9月中旬、米国で大規模なアウトソーシング案件のキャンセルが発表された。

 米JPモルガンチェースが、米IBMと総額50億ドルにのぼるアウトソーシング契約をキャンセルしたのだ。

 この契約は、金融業界のリーディング企業が契約した7年間に渡る長期の大規模アウトソーシング契約として注目を集めたもの。米IBMが、ユーティリティモデルの第1号大規模契約として、アメリカンエクスプレスと結んだ約40億ドルにのぼるアウトソーシンク契約を上回る最大規模の契約としてもその成り行きが注目されていた。

 だが、JPモルガンチェース側では、今年7月に発表したBankOneとの合併によって、自らでシステム運用可能な人員を確保できたことを理由として、この長期契約をあっさりとキャンセルしてしまった。

 同時に、2002年の契約以降、JPモルガンチェース側からIBMに移籍した約4000人の社員や契約社員も、来年からJPモルガンチェースに復帰するという。

 発表によると、今回のキャンセルについては、JPモルガンチェース側はキャンセル料を支払わないとともに、これまでにIBMが提供したサービスそのものにも問題はなかったということを強調している。

 「今後もIBMとの関係は強固なままである点では変化がない」とのコメントをJPモルガンチェース側では発表している。

 一般的に考えれば、キャンセル料の発生は当然。一部にはキャンセル料が発生しているはずとの声もあるが、それは定かではない。さらに、JPモルガンチェース側の理由もそのまま受け取るには説明不足だといわざるを得ないのも不思議な状況といえる。アウトソーシングの内容は、データセンター、ヘルプデスク、分散コンピューティング、音声/データネットワークなどの幅広い分野に渡るものだったからだ。


米国で相次ぐキャンセル?

 だが、気になるのは、こうしたキャンセルの状況ばかりではない。

 米国や日本のメディアも、それほど大きなニュースとしては取り扱っていないという点も気になるところだ。

 この点に関して、ある業界関係者はこう説明する。

 「日本では、アウトソーシングに対して、まだ大規模案件が発生していないことで関心そのものが薄いという点がある。一方、米国では、今回のキャンセルは大規模案件だったとはいえ、アウトソーシングのキャンセルは日常茶飯事のように起こっている。ニュース性が薄いと判断されたのではないか」

 米国におけるアウトソーシング案件のキャンセルについては、日本ではあまり取りざたされていない。しかし、中小規模の案件では、相当数のキャンセルが発生しているというのだ。

 米国でキャンセルが多く発生している背景には、サービスレベルの上昇とともに、アウトソーシング費用が大幅に低下、これによってアウトソーシング契約を見直す企業が増加していることも見逃せない。実際に、大規模のアウトソーシング契約でも、他のベンダーに契約を乗り換えるといった動きが米国では起こっている。

 とくに、最近顕著なのが、運用に関しても米国外のオフショアを活用する例が見られており、これにより大幅な料金引き下げに乗り出すシステムインテグレータが増加している点だ。ユーザー企業側も、こうしたシステムインテグレータとの契約へと乗り換える動きがあるという。

 また、アウトソーシングに対する企業の過剰な期待が薄れてきたことも見逃せない。

 例えば、ガートナーの調査では、多くの企業がアウトソーシングの効果のひとつとして期待しているコスト削減効果について、約1割のユーザー企業が「コストが上昇した」と回答している状況であり、アウトソーシングの運用、管理が適切に行われない限り、企業はアウトソーシングの効果を享受できないという実態が、浸透しはじめてきたことも見逃せないだろう。


日本ではどうなのか?

 では、翻って、日本でのアウトソーシングの動きはどうなるのだろうか。

 日本では、先行する日本IBM、NTTデータに加えて、日本ヒューレット・パッカード、富士通、NECなどのベンダーがアウトソーシングに前向きに取り組んでいるが、まだ、日本のユーザー企業のCIOは、慎重な姿勢を崩していないのが実態だといえよう。

 米国がアウトソーシングを前向きに捉え、キャンセルということに対しても柔軟な対応が始まっていることに比較すると、日本はビジネスそのものが、まだまだ緒についたばかりといえる。

 だが、少しずつそれにも変化が出てきている。

 その背景には、この数年の相次ぐリストラで情報システム部門にもリストラの波が押し寄せていることが見逃せない。それは、ITマネジメントの分野だけを自社に残し、「軽い情報システム部門」を構築するとともに、実際の運用は外部に任せるという動きによるものだ。だが、この仕組みの運用には、従来以上に、強力なリーダーシップがユーザー企業側には必要であり、それをコントロールできるかどうかという点で、日本のCIOが導入に二の足を踏んでいるという実状も見逃せない。

 また、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)や、BTO(ビジネストランスフォーメーションアウトソーシング)といった上流工程を対象にした範囲にまで広がっており、企業トップの関心がアウトソーシングそのものに向き始めているという点も、アウトソーシングに注目が集まりつつある点だろう。

 さらに、自社内に大量のデータを蓄積することのリスクを推し量り、アウトソーシングに、そのメリットを見い出すユーザー企業もある。昨今の相次ぐ情報漏えいのなかでは、社内からのデータ流出という事件も目立つ。自らの企業価値と、所有している情報価値とのバランスが成り立たないと判断する企業は、アウトソーシングをその解決の一手段として活用しようというわけだ。


日本の中小企業が乗り出しやすい環境に

NTT東日本
 一方、中小企業、個人企業にとってもアウトソーシングを活用しやすい環境がこれから整いそうだ。

 というのも、光ファイバーの整備において、ユーティリティモデルを活用しやすい環境が整い始めているからだ。

 例えば、NTT東日本は、Bフレッツの今後の普及戦略の仕掛けとして、テレビ電話であるフレッツフォンによる展開、ぷららが提供するオンラインテレビともいえる「4th Media」をはじめとするコンテンツ戦略、そして、ユーティリティモデルを想定したネットワーク基盤としての光ネットワークの提供を、3つの柱として掲げようとしている。

 NTT東日本によると、光ネットワークを基盤として、エンドユーザーは廉価なパソコン端末を導入すれば、サーバーとの接続によって、データやアプリケーション、システムなどのすべてをサーバー側から短時間にダウンロードし、同時に最新のセキュリティ環境を維持することが可能なユーティリティモデルが、簡単に、そして安価に利用できるという。

 この仕組みづくりに、システムインテグレータやコンテンツプロバイダーを巻き込み、日本特有のアウトソーシング環境を整えようというのがNTT東日本のシナリオだ。

 これは、これまで触れた大規模アウトソーシング案件とは異なる切り口の話だが、中小企業のIT武装の遅れが指摘される日本において、アウトソーシング活用のインフラ整備のひとつとしては見逃せない動きだといえる。


いま見直しが必要とされる日本のアウトソーシング

 日本のアウトソーシング市場は、これからも成長していくというのは、各ベンダーや調査会社に共通した意見である。ただ、その成長は一筋縄にはいかないのは米国の先行事例を見ても明らか。一部には、国内のデータセンターの投資はすでに過剰投資になっているとの指摘もある。

 アウトソーシングが叫ばれてからかなり多くの時間が経過したが、いま一度、日本固有のアウトソーシングとは何か、なぜ、日本のユーザー企業は依然としてアウトソーシングに対して慎重な姿勢を崩さないのか、そして、どんなメッセージを発信すべきであるかといったマーケティングの観点からも、アウトソーシング事業を検証すべきかもしれない。


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  ・ 米JPMorgan、米IBMとの50億ドルのアウトソース契約を解消(2004/09/16)


( 大河原 克行 )
2004/09/30 10:15

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