高まる生体認証へのニーズ
 ~日立製作所に聞く「指静脈認証技術」


 ネット犯罪や内部不正などセキュリティへの不安が増すなか、「確かにこの人だ」と本人を確実に特定できる生体認証技術へのニーズが高まっている。日立製作所(以下、日立)は、生体認証のなかでも偽造の難しさや認証精度の面で優れると言われる「指静脈認証」ビジネスに早くから注力している。

 こうした生体認証技術のニーズの高まりの背景や今後の市場規模、日立の戦略などを、日立 セキュリティ・トレーサビリティ事業部 セキュリティソリューション本部 指静脈ソリューションセンタ センタ長を務める小野瀬健太郎氏に聞いた。


高まるセキュリティ不安による需要拡大と生体認証の優位性

日立 セキュリティ・トレーサビリティ事業部 セキュリティソリューション本部 指静脈ソリューションセンタ センタ長 小野瀬健太郎氏

――セキュリティ対策を強化する動きが高まっている背景にはどのようなことがあるのでしょうか?

小野瀬氏:
 社会全体でセキュリティに対する不安が増加しています。情報漏えい事件やネット犯罪が多発しているほか、「9.11」以降、入出国管理などの政府・警察関連のセキュリティも強化されています。一方、指紋を偽造した外国人女性が空港での検査を通り抜け、不法入国した事件も報じられています。

 企業では日本版SOX法の施行などから、確実に本人であることを認証できる技術へのニーズが高まっています。


――認証技術には生体認証のほかにどのような技術がありますか?また、それらに比べて生体認証が注目される理由は何でしょうか?

小野瀬氏:
 生体認証以外の本人認証技術として、1)パスワードによる認証(記憶認証)と、2)ICカードによる認証(物理認証)の2種があります。

 生体認証はこれらに比べ、持ち運ぶ必要がなく、紛失することもありません。当然、新たに発行したり、不要になって回収したりする必要もありません。また、パスワードを記憶することも不要ですし、定期的な更新の必要もなく、利用者も管理者側も運用の負担が軽減されます。盗まれることもありません。

ネット犯罪や内部の人間による情報漏えいなどでセキュリティに関する不安の高まりが、認証技術へのニーズ増加につながっている従来の認証技術の問題点と生体認証



各種生体認証との比較

――生体認証技術のなかで静脈認証が優位にある点は何でしょうか?

小野瀬氏:
 生体認証の主なものは静脈のほか、指紋、顔、虹彩です。この中では指紋がもっともコストが下がっていますが、偽造が実際に起きています。一方、顔や虹彩はコスト的に高く、処理装置も大型になるのが難点です。

 静脈認証は指や手のひらに近赤外線を透過させ、撮影した静脈パターンによって個人を特定します。外から見えない体内の特徴を利用した方法であり、他の生体認証技術に比べ偽造の難しさ、複製の難しさ、入手の難しさで優れています。

従来の認証技術の問題点と生体認証



日立の取り組み

――日立の「指静脈認証」事業への取り組みについて教えてください。

小野瀬氏:
 1997年から技術開発を進め、2003年から事業に取り組んでいます。最初は入退管理・PCログイン製品に採用しました。

 2005年からはATM、窓口端末など金融分野に応用し、その後、2006年からは複合機などIT分野への応用を進めるとともに、多くの企業と連携してさまざまなソリューションを提供してきました。海外展開も進めています。
 

日立の指静脈認証装置。他社の静脈認証に比べ、日立の指静脈認証は装置がコンパクトに収まる強みがある指静脈認証技術の概要と、認証の流れ



――具体的な応用例を紹介してください。

小野瀬氏:
 国内では生体認証ATMを採用している金融機関の約80%が当社の「指静脈認証」技術を採用しています。本人の指静脈データを暗号化してICキャッシュカードに格納してあり、ATMを操作するときに本人照合を行います。

 また、フィットネスマシンに組み込み、使用するときに本人のデータに基づきマシンを最適に設定するといった便利な使い方も実現しています。

 大規模な利用では通信会社のカスタマーショップに約2万台の指静脈認証装置を設置し、4万人以上の顧客管理システムに活用している事例を挙げることができます。

 また、大手飲食チェーンではPOSレジの操作や精算、勤怠管理システムと連携する指静脈認証システムを100店舗、約2000人の従業員を対象に導入しています。
 

これまでの日立の取り組み金融機関のATM、金庫、フィットネスマシン、POSレジなどの本人認証で幅広く利用されている



――海外での事業展開はどのようですか?

小野瀬氏:
 先行市場である欧米では有力な生体認証装置ベンダーへ組み込みモジュールを提供しているほか、シングルサインオンなどソフトウェアベンダーと連携して本人認証システムへの「指静脈認証」の適用を広げ、シェア拡大を図っています。

 連携相手は、生体認証ベンダーのサジェム社(フランス)、L-1社(アメリカ)、セキュリティソフトウェア・ベンダーのエヴィディアン社(フランス)などです。

 また、中国を新興市場ととらえ、入退管理設備セキュリティベンダーとのパートナーシップを強化しています。


今後の事業拡大戦略

――今後の事業拡大の戦略をお聞かせください。

小野瀬氏:
 日立は行政・医療、スマートグリッドなどのエネルギー、グリーンIT、次世代交通システム、通信、金融などの市場に向けて高信頼・高効率な情報通信技術に支えられた社会インフラを提供する「社会イノベーション事業」を強化していきます。その基盤技術として「指静脈認証」技術は不可欠だととらえています。

 当社はこうした多方面で事業展開していることに強みがあります。今後は、国家セキュリティに関連する市場への参入を積極的に展開するため、海外パートナーとの連携を一層進めます。

 また、クラウドサービス事業での認証技術としての広がりは大いに期待できます。さらにISOなどでの「指静脈認証」技術の国際標準化の動きもありますので、これをリードしていきたいと考えています。

 特に欧米の国家セキュリティ市場への取り組みを強化するため、指紋認証分野で世界のトップシェアを持つサジェムと指紋認証と「指静脈認証」を組み合わせたマルチモーダル生体認証装置の開発に向け提携し、2009年10月にプロトタイプ製品の開発を発表しました。

 指紋認証はこれまでもさまざまな分野に使われており、それに「指静脈認証」を組み合わせることで偽造に対応し、より高度なセキュリティと認証精度を実現できます。


――最後に市場規模と事業の売上目標をお教えください。

小野瀬氏:
 静脈市場全体は関連システムを含めてグローバルで2009年950億円、2010年1150億円、2011年1500億円と、年平均約26%という高い伸びで急速に拡大していると見ています。

 そのなかで当社は、「指静脈認証」事業で2009~2011年度の累計で関連システムを含めて1100億円の売り上げを目指しています。

グローバルにおける静脈認証の市場規模





(丸山 隆平)

2010/2/5 00:00