【Kaspersky本社レポート】「日本の文化を尊敬、10年20年居続けることが重要だ」

“富士山にも登った”CEOと、会長に聞く、Kasperskyの現状と戦略

 ロシアのKaspersky Lab(以下、Kaspersky)は、主にテクノロジー面での注目されることが多いウイルス対策ベンダーだが、非公開企業ということもあって、ビジネス面の戦略については表に出にくく、あまり知られていないのではないだろうか。

 Enterprise Watchでは、同社の本社があるモスクワで2009年12月に行われたプレスイベント「New Horizon」を取材。経営のトップを務めているCEOのユージン・カスペルスキー氏と、会長のナタリア・カスペルスキー氏に対し、主にビジネス面について話をうかがった。


2009年も30%の成長、ロシア経済のダメージも大きな影響なし

ユージン・カスペルスキーCEO

―Lehman Brothers破たんの影響で、ロシアの経済は大きなダメージを受けたといわれていますが、その影響をどう感じていますか?

ナタリア・カスペルスキー会長
 ロシアの証券市場の崩壊は9月で、これは心理的な影響が大きかったと思っています。これは危険なことで、誰かが何かの問題を危険だと叫べば、(人々は)危険だと思って手を引いてしまう、崩壊してしまうのです。2008年春の段階でMerrill Lynchの会合に出た際には、ロシア経済は希望が持てるといわれていたのですが。


ユージン・カスペルスキーCEO
 ロシアはまず、ソ連崩壊で大きな打撃を受け、紆余(うよ)曲折あって、2000年ごろまでに復活したが、昨年また打撃を被りました。損害を受けた規模について比べると、ロシアも日本も建設業、製造業が被害を受けていますけれど、実は、ITは意外に大きな被害を受けていないのです。


―Kasperskyは大きな影響を受けていないということなのでしょうか?

ナタリア・カスペルスキー会長
 もちろんです。それはなぜかというと、当社の製品は需要があり、それは証券市場とは関係ないからです。2008年の11~12月については、むしろ売り上げが上がっているんです。当社は証券市場とは関係なく成長を続けてきました。成長は持続しており、今年は30%の成長を遂げています。

 ただし小さな影響はあって、企業向けの製品は本来、もっと大きな成長が望めたはずでした。それでも、コンシューマービジネスで人々が製品を買い続けてくれたおかげで、当社は成長を続けられています。


ユージン・カスペルスキーCEO
 例えば建設分野では投資は減り、人々が(消費活動全体としては)買い控えをするようにはなりましたが、インターネット利用はやめていませんし、PCについてもそれは同じです。車が壊れたら地下鉄、というように別の交通機関があります。しかし、ノートPCが壊れたら、新しいノートPCを買うことになるからです。そういう意味からすると、“守られたビジネス”といえるのではないでしょうか。(インターネット)犯罪の脅威もなくなっていませんし、その面でも(セキュリティ製品は)必要とされていますね。

 ですから、危機といっても、テレビや新聞で知るだけで、実感としては感じていません。(ITセキュリティは)ほかの産業の成長より速い速度で成長していますし、当社はその中でも、業界の成長を上回る速度で成長しているのですから。


―IPOについてはいかがでしょうか? 以前からIPOを準備しているとの報道がされていますが、まだ行われていませんよね。

ユージン・カスペルスキーCEO
 (全身で大きく否定の身ぶりをしながら)はい、現在はまったく検討していません。会社としては成長していますし、利益も十分に得ている。現在では、無期限に延期している形です。

 経済危機の中で無職になってしまった人を含めて、各分野のプロを集めているような状況で、人材戦略として、当社は(資金を得るために株式を)「売るフェース」ではなく、(むしろ資金を出して人材を)「買うフェーズ」というになっているということです。


ナタリア・カスペルスキー会長
 完全にやめたわけではなく、様子見の段階と思ってください。株式に対する資金を広く求めても、市場で株価が下がり続けている状況では難しいですから。現在は、ドバイ(ショック)の状況もありますし。


その会社でしかできないことにより可能性を開く

ナタリア・カスペルスキー会長

―(2009年12月4日の)イベントでの講演でもお話がありましたし、現在が好調であるということはよくわかりました。しかし、セキュリティの業界では、より大きなソフトウェア企業による買収・統合などが行われ、総合ベンダー化が進んできています。今後も、セキュリティの専業ベンダーは生き残っていけるのでしょうか?

ナタリア・カスペルスキー会長
 保証はもちろんないですが、商品の売り上げの推移を見ると、今は定常的な成長をしています。市場の成長が7%未満の状況で、Kasperskyは2007年に100%、2008年は50%、今年は30%の成長をしてきました。わたしは、何かにフォーカスをあてて事業をすることが好きですし、その会社でしかできないことをやれば、可能性が開けてくると思っています。

 DLPについて例を挙げますと、以前は注目されていた分野ですが、事業をやめるところが経済危機とともに増えました。各ベンダーが吸収合併を繰り返していて、例えばSymantecが(3億5000万ドルで)Vontuを買収しましたけれど、今では見る影もありません。合併によって活力が失われてしまっているのです。


ユージン・カスペルスキーCEO
 わたしの答えは、はいでもあり、いいえでもありますね。

 ある分野では、広い範囲のユニバーサルなサービスが求められていますし、別の分野では、ニッチな分野の事業が求められている。これは、皆さんの普段の生活と似ているのではないでしょうか。全体的なものが必要ということもあれば、ある特定の領域が必要ということもあるのです。

 例えば、将来の需要を考えると、携帯電話向けのセキュリティサービスなどは、とても大きな市場になると考えています。携帯電話は小さなものではありますが、メモリもプロセッサも機能も向上し、より強力になりました。わたしが思うには、携帯電話では、性能が飽和点に達して、すべての機能を提供できるようになるのではないでしょうか。

 わたしのこのPCは、もう性能はこれ以上必要ないところまで来ています。写真品質も素晴らしいし、ビデオについても同じ。携帯電話も、いつかそのレベルに達すると考えているのです。その時になれば、携帯電話がPCの代替品となります。ホテルの部屋も、(PCを持ち込んで)LANケーブルではなく、テレビ(モニター)とキーボードと携帯につなげるコネクタが用意される、そういう状況になることも考えられます。オフィスも、それに似たような状況になるでしょう。


―つまり、今のWindowsと同じでセキュリティが、そうした携帯電話にも提供されるようになるということでしょうか?

ユージン・カスペルスキーCEO
 インターネットサービスがコンピュータから携帯電話に移れば、サイバー犯罪もいっしょに付いてきます。WindowsかMacか、そういったこととは関係なく、インターネットがどこの世界にあるか、が重要な要素なんです。

 今はWindowsの世界からお金を盗むのが、一番可能性が高い。でも、もしもMacの方がお金がたくさん得られるとなれば、サイバー犯罪もそちらに移るでしょう。


アジア市場に注目、保守的な日本市場にも粘り強く取り組む

―アジア地域については、どのように見ていらっしゃいますか? 積極的に、投資は継続していくのでしょうか。

ナタリア・カスペルスキー会長
 もちろんです。例えば中国は興味のある市場です。大きくダイナミックですね。難しいのはもちろん事実ですが、中国には10億の国民がいて、可能性が大きな市場です。将来への投資、ブランドの投資として中国は大きく見ているし、投資する意味があります。


ユージン・カスペルスキーCEO
 簡単な国も難しい国もあって、それぞれの国については状況が異なりますが、もちろん、アジアについても、積極的な投資はします。例えばマレーシアやインドネシアなど、東南アジアは比較的参入しやすい国です。反対に一番難しいのは(保守的な風土のある)日本で、20年30年という長期で、社会に溶け込まないといけません。そのために、日本が当社に気付いてくれるまで、ビジネスを継続していきます。


―日本にも、市場として期待していると再三お話がありますね。以前、日本と同じように保守的な市場である英国市場において、粘り強く取り組み、成功したというお話をうかがいました。そのときは、どんな施策をとられたのでしょう?

ユージン・カスペルスキーCEO
 かなりアクティブに行動しました。PR活動をしたり、カンファレンスを開いたり、当社がここにいるよ、ということを広めるため、さまざまなアピールをしました。しかし、テレビ、新聞への広告は打ちませんでした。なぜなら、広告を入れても、英国人はそれを見ようとしないからなんですね。だから当社がやったことは、10年そこに存在したことなんです。その結果、ようやく認めてくれて、OKですというサインが出た。

 日本についても同じように、カンファレンスを開いたり、パートナーとのネットワークを広げたり、会議をしたりしていまして、1年2年じゃない、10年20年と長くかかわっていくんだということをアピールしたいと思っています。

 今年、わたしは富士山に登ったのですが、それについても、日本にKasperskyがいるんだ、わたしが日本の文化を尊敬しているんだ、ということをわかってもらうためなんですよ。


ロシアのDLP市場は不況で減速、しかし関心は高い

―話は変わりますが、Kasperskyからスピンアウトし、会長が指揮を執っている、DLP企業のInfoWatchについても聞かせてください。言語エンジンの採用などに、特徴があるようですね。

ナタリア・カスペルスキー会長
 長所としては、フィンガープリント技術に比べてわかりやすい点です。機密情報を送ろうとすると、エンジンがそれを検知して止めてくれます。一方で短所としては、言語に依存している点でしょうか。日本語、中国語などの単位で開発する必要があるので、大きなシステムになってしまいます。


―その言語対応についてですが、中国を先に攻め、その後日本への参入を検討するとの報道が以前にありました。現在の状況はいかがですか?

ナタリア・カスペルスキー会長
 実は、まだエンジンの開発は始まっていません。アジア参入は経済危機の関係で遅らせたんです。おっしゃったように、中国を先にするつもりではいますが、日本市場でもっと大きな顧客が出てきたら、日本を先にする可能性もありますね。


―DLPに関するロシア市場の関心などはいかがでしょうか。今お話にあったように、やはり影響が大きかったんでしょうか?

ナタリア・カスペルスキー会長
 この分野は、企業向けとしては大きな影響がありました。会社によっては後ろに導入を延ばしてしまったり、場合によっては無期限延期にしてしまったり、ということが多くなっています。ウイルス対策製品は20年にわたって事業をしており、企業としても必要なものですから、契約を延長してくれる。でも、DLPはこれまでなかった新技術ですから、経済危機の状況でなぜ必要なのか、ということになるんです。

 しかし、関心を持っている企業は多いですから、今後も継続して取り組み、アピールしていこうと思っています。


―ありがとうございました。




(石井 一志)

2010/1/12/ 00:00