【Kaspersky本社レポート】「浮沈の鍵はやはり法人ビジネス、新興市場の開拓も」

5人のエグゼクティブに、今と次のビジネスを聞く

 ロシアのKaspersky Lab(以下、Kaspersky)は、主にテクノロジー面での注目されることが多いウイルス対策ベンダーだが、非公開企業ということもあって、ビジネス面の戦略については表に出にくく、あまり知られていないのではないだろうか。

  Enterprise Watchでは、同社の本社があるモスクワで2009年12月に行われたプレスイベント「New Horizon」を取材。Kasperskyのビジネスの現状や、注力するポイントについて、同社のさまざまなキーパーソンに話を聞いた。


Kasperskyのチャレンジは「法人向けビジネス」

マーケティング担当副社長のロジャー・ウィルソン氏
コーポレートビジネス部門 プロダクト・マーケティング・ディレクターのアレクセイ・カルギン氏

 講演の中でも複数のエグゼクティブが話したように、世界同時不況下でのKasperskyの好調を支えているのは、コンシューマビジネスだ。しかし、今後の成長のためには、コンシューマ以外に、法人向けビジネスの拡大が欠かせないものになっている。マーケティング担当副社長のロジャー・ウィルソン氏も、「企業向けは大きなチャレンジになる、巨大なポテンシャルがあると思っている」と、再三話している。

 しかし、コンシューマと企業とでは、求められるものが違ってくる。そこで、ウィルソン副社長は、「コンシューマ向けには、よい品質の製品を低価格に届けることが求められるが、企業では管理性が非常に重視されるので、管理性能と(それによってもたらされる)高いTCOを特にアピールする。両者に共通することはもちろんあるが、それぞれ最適化された“価値”を提供していきたい」との方針を打ち出しているとした。

 法人向けでの価値については、コーポレートビジネス部門 プロダクト・マーケティング・ディレクターのアレクセイ・カルギン氏も「やはり、企業には管理者がいて、ソフトのコントロールをしているということで、その層に向けての製品になる。管理者は『効率的にセキュリティを保つためにどうするか』ということを考えなくてはならないため、例えば、モバイルに関しても、十分セキュリティが守れるようにサービスを提供している」という点を明確に述べる。

 また、品質やサービスの多様性という点も、コンシューマ以上に重要になるという。コーポレートビジネス部門担当副社長のキース・マスケル氏は、「企業では、コンシューマと違った市場ニーズがあり、高いクオリティーが求められる。そのために、例えばエンドポイント製品でも多くの時間をかけてテストをし、クオリティーの高いものを出している」という点をアピール。またサービスの多様性については、カルギン氏が「以前は、メールサーバーが各企業に1つあるのがふつうだったが、今では外部への委託も当たり前になった。こうした、さまざまな状況に対応できるようにしたい」とコメント。SaaS/パブリッククラウドのサービスなどについて、今後の拡充を目指すとした。

 また別の側面では、ウイルス対策以外のセキュリティ機能を統合した製品へのニーズも高まっているという。マスケル副社長がイベントでの講演で示したように、今後はスイート製品の方が高い伸びを見込めるということもあって、Kasperskyでも「広い範囲への取り組みを進めている状況」(カルギン氏)で、競合とも十分に戦っていけるとの見方を示している。ただしマスケル副社長は、「顧客のITセキュリティ戦略によって、求められるものが異なってくる」という点も指摘。「いくつかの製品を、同じベンダーから買うことはメリットがあるが、一方で、顧客はよりよいセキュリティ製品を、いくつかのベンダーでそろえたいというニーズもある。当社ではどちらのニーズにも対応可能なようにしている」と説明している。


中小企業向けのポイントは「使いやすさ」

コーポレートビジネス部門 マーケティングSMB Head of Productのアレクザンダー・レベデフ氏

 企業向け市場の中では、非常に多くの企業数が世界中に存在する中堅・中小企業(SMB)に対する取り組みも、非常に重要な分野の1つ。Kasperskyでも、この市場を獲得すべく、担当者を置いて取り組みを進めている。

 コーポレートビジネス部門 マーケティングSMB Head of Productのアレクザンダー・レベデフ氏は、SMBでの要望として品質や管理性を挙げ、基本的には大企業向けと同様としながらも、「より簡単に管理できるよう手助けする、という点を心がけている。当社ではKaspersky Administration Kitというツールを提供するほか、インストールと初期設定を簡単に行えるツールも提供している。SMBでは教育や設定作業に使えるリソースが限られているので、こうしたツールは、特にSMBの管理者には重要なものだ」と話す。

 さらに、「管理者の行動を研究して、その作業をできるだけ簡素化しようとするシナリオベースのアプローチを採用した。当社のツールの最新版にはステップ・バイ・ステップのウィザードが盛り込まれているし、1つのパネルを見るだけで、管理者が理解できるようになっている」と、具体的な例を挙げてこれを説明した。

 今後については、カルギン氏も強化するとしたクラウドについて、SMBでも有効に働くと考えているとのことで、「パートナーの中には、すでに管理者向けのクラウドサービスを提供しているところがあるし、将来は当社自身のクラウドサービスを拡充しようと思っている」とコメント。加えて、「信頼できるシステムを提供すること、また簡素化されたシステム管理という点はこれからも求められる。管理というのはセキュリティと大きく結びついている、との考えから、ソフトウェアのインベントリ管理機能や、エンドポイントの脆弱性分析といった機能を提供する予定。こうした機能はエンタープライズクラスのシステムとしてはよく見られるが、価格が高いなどの問題があって、SMB向けのシステムは不足しているからだ」と述べ、今後の方向性を示した。


アジア、アフリカ、中東など世界中で成長を見込む

コーポレートビジネス部門担当副社長のキース・マスケル氏

 なお、Kasperskyが特にロシア、欧州で強いのはさまざまなレポート、報道で示されているが、今後はどういった市場に期待しているのか。ウィルソン副社長は、「トルコ、ギリシャをはじめとする地域、また中東ではエンタープライズビジネスがとても早く伸びている。また、億を超える人口のあるエジプト、モロッコなどの北アフリカ、カザフスタンやウズベキスタンといった地域にも、非常に大きなポテンシャルがある」と、具体的な地域を示す。これらの地域はまだ、インターネット利用率が低いものの、今後、それが増えるにつれてウイルス対策ソフトなどのセキュリティ製品も、需要が上がってくると見ているようだ。

 一方、「クオリティー、信頼性といったものを当社のソフトウェアは持っているが、これは、品質が要求される日本にはきっとマッチする」(マスケル副社長)、「日本は、企業の評価がとても影響する特別な市場。当社の築き上げてきたブランドを、企業向けにも生かし、お客さまの信用を勝ち得たい」(レベデフ氏)と、期待できる市場の1つとして日本を挙げるエグゼクティブも多かった。その日本での今後の課題はパートナーとのことで、マスケル副社長は「(法人)市場拡大のためにも、信頼できるパートナーを継続して求めていきたい」とした。



ライセンス提供ではナンバーワン、産業分野への浸透も期待

テクノロジーアライアンス担当副社長のピョートル・メルクーロフ氏

 コンシューマ、法人向けと並ぶ第3の分野、テクノロジーアライアンスの現状はどうなのだろうか。

 この分野の中にもいくつかの市場があるが、そのうちもっとも強いのが、他社のセキュリティソフトウェア、ハードウェアへのエンジン提供だという。「当社の中では、かなり昔からやっているビジネスで、製品ジャンルとしてはUTM、メールアプライアンスといったものに、メーカーとしてはCheck Point、Juniper、SonicWALL、Blue Coat、Tandbergといったところへ提供している。正確な数は把握していないが、おおよそ80社ほどだろう」(テクノロジーアライアンス担当副社長のピョートル・メルクーロフ氏)とのことで、さらに、「(この分野での)ライセンス提供ではナンバーワンだ」という点を強調する。

 こうしたバンドルのユニークな例では、シリコンウエハーをカッティングする産業機械に、Kasperskyのウイルス対策エンジンをバンドルするようになった、株式会社ディスコの例がある。これが産業機械への最初の採用例であり、まだほかの国でも例はないようだが、メルクーロフ副社長は「産業分野でもウイルス対策のバンドルはこれからも増えてくるし、その分野にも力を入れたい。産業分野でもスタンダードなシステム、例えばTCP/IPやWindowsが使われるようになると、ウイルスの脅威が増えるということだからだ」と述べ、組み込み系も期待できる分野だとした。

 では、Kasperskyの何がパートナーに評価されているのだろうか。これについては、「テクノロジー分野について、ほかのベンダーに比べて優れているということを評価してもらっている。もう1つは、信頼できるパートナーである点。技術だけでなく、いっしょにチャネルを作って、顧客を開拓している点が評価されている」とし、会社としての方向性が優れているという点もアピールしている。

 一方で、PC製品へのウイルス対策ソフトウェアのバンドルという分野では、同社では、それほど多くの製品に提供しているわけではない。「現在はAsusなどに提供はしているが、PCへのバンドルはあまり大きなシェアはない。ただし、今後は当社も増やしていきたいとは考えている」(メルクーロフ副社長)とする。

 また、マルチエンジンを採用しているウイルス対策ソフトにおいて、Kasperskyのエンジン採用を取りやめる例がいくつか見られた。これについても「具体的な各企業については話せないが、ビジネスの方向性の違い、戦略の違いの上での話。当社としては、マルチエンジンについて、競合であっても欲しいといわれれば提供するというスタンスは変わっておらず、新規のパートナーがエンジンを欲しいといってくれば、オープンな姿勢を取っているので、提供するのにはやぶさかではない」とコメント。さまざまな分野で、ビジネスを拡張していく姿勢を示した。




(石井 一志)

2010/1/13/ 00:00