「すべてクラウドではなく選択肢の提供が重要」-米MicrosoftタタリノフVPにDynamics戦略を聞く

Dynamics CRM Onlineは国内でも2010年中に登場

 マイクロソフトが手掛けるビジネスアプリケーション製品群「Dynamics」が日本国内で提供されるようになって、すでに3年以上が経過。ワールドワイドでも、国内でも、成長の著しい分野として強調されるようになった。

 今回は、その最新動向について、クラウドExpoの基調講演などを行うために来日した、米Microsoft ビジネスソリューションズ コーポレートバイスプレジデント クリル・タタリノフ氏と、マイクロソフト Dynamics事業統括本部 マーケティング部 エグゼクティブプロダクトマネージャーの齋藤誉氏に話を聞いた。


経済危機を背景にCRMは高い伸びを示す

米Microsoft ビジネスソリューションズ コーポレートバイスプレジデント クリル・タタリノフ氏

――まず、Dynamics製品群の最新動向を教えていただけますか?

タタリノフ氏
 Dynamicsは、とても早く成長している製品ですが、特にCRMがもっとも成長しており、前四半期で3%の伸び率を記録しました。CRMと、AXなどのERP製品で、合計30万社の顧客に利用いただいています。

齋藤氏
 CRMでは、国内の約200社に導入され、大きなところではKDDIが3000ユーザーを超える規模で展開しています。規模を問わず、中小から大手に幅広く導入されていますね。


――CRMが一番伸びているという理由は、どんなところにあるのでしょう。

タタリノフ氏
 昨年来の経済危機を考えていただければと思います。こういう危機を乗り越えるためには、既存のお客さまを大事にしないといけない。組織がCRMに関心を持つようになったのは、そういった状況があります。そして、危機的な環境の中で、TCOが低く、ROIが高いシステムが望まれているのですが、Dynamics CRMは実際に優れた効果を上げていて、そのために選んでいただいています。

 ユーザーに気に入って使ってもらえるシステムが必要ですし、より良いユーザーエクスペリエンスが求められていますが、Dynamics CRMはその面でも応えられます。


――従業員9000名を超える、グローバルな営業部門を抱えているMicrosoft自身でも、全社レベルで、CRMをSiebelからDynamics CRMへ変更する計画が進行中と聞いています。その狙い、効果などを教えていただけますか?

タタリノフ氏
 モダンなシステムに切り替えることは、コスト上のメリットが大きくありますし、もっとも大きな効果としては、営業部隊における生産性向上が挙げられます。彼らは、自分たちが持っているパイプライン管理ができるようになりますし、対象とする顧客層を、顧客中心の視点で分析できるようになります。こうしたことは、かつてのSiebelでは実現できていませんでした。当社では、年1回、営業部隊に関するブリーフィングを開催しているのですが、CIOがSiebelからDynamicsに切り替えることを2年前に発表したとき、拍手喝采(かっさい)で迎えられたのです。


齋藤氏
 既存のSiebelプラットフォームの撤廃後は、運用コストとサポートコストの削減などによって、年間で約2000万ドルのTCO削減を見込んでいるそうです。


――現在のCRM分野でのトレンドとしては、スマートフォンとの連携や、SNSの活用などが進めんでいますね。こういった、コラボレーションに関するトレンドをどう見ていますか?

タタリノフ氏
 Dynamicsは、コラボレーション製品のOffice Communications Server(OCS)と連携しており、IMに対応したり、プレゼンスを見たりできます。また、コールスクリプトとも提携されています。

 このように、当社の製品では、個別の要素の単に合計というわけではなく、すべてを合わせた相乗効果が大きなものになっているのです。例えば、Office、OCS、SharePoint、Exchangeなどに行ったすべての投資を合わせた価値が、お客さまに対して提供できています。

 もちろん、Windows Phoneについても、ほかのプラットフォームとのシームレスな統合が重要であり、イノベーションを提供し、その統合を進めることで、さまざまなシナリオ対応を進めていく予定です。(昨今話題の)クラウドはモバイル機器のイノベーションが発揮できる領域であり、接続性はとても大事なこと。当社がイノベーションをクラウド領域でも発揮し、これらをつなげていきます。


クラウドサービス「Dynamics CRM Online」、年内に国内でも提供開始

――今もお話があったクラウドに対する関心は、日本でも高まっています。クラウドExpoの基調講演では、クラウドサービスの「Dynamics CRM Online」を、国内でも年内に提供開始することを明らかにされましたが、クラウドサービスに対する要望は、この領域でも強いものがあるのでしょうか。

タタリノフ氏
 当社としては、(パブリック)クラウドを重要な要素として位置付けており、全面的にコミットしています。その中で、まさにCRMは、クラウドにおいてさまざまな形態で展開されてきた代表例の1つなのです。今年、日本でも提供できることはとても楽しみにしていますし、当社のデータセンターから、32の市場に対して展開されます。

 とはいうものの、一方でプライベートクラウドも当社の戦略の重要なところを占めていて、それを実現するためのテクノロジーは、パートナーに対しても提供されているのです。お客さまは、独自のデータセンターでのプライベートクラウドでも、同じコードとテクノロジーを利用していただけます。事例を通じてご紹介したように、日本でも、実装モデルを選択できることが重要で、展開の仕方は適切に選べなくてはいけないのです。

 先ごろ、Intelとともに発表したDynamicsとSQL Serverなどを使ったベンチマークでは、比較的コストの低いハードウェアを通じて、1秒以下のレスポンスを、同時10万以上のユーザーに対して提供できました。


――しかし、マイクロソフト自身がサービスを提供するようになると、パートナーのビジネスとのバッティングが懸念されるところです。

齋藤氏
 すぐ使っていただけるものは、当社が提供できるということになります。しかし、バーチカルな業種別のノウハウを追加したものにもニーズがありますし、細かな業務要件を踏まえると、やはりカスタマイズやテンプレートが必要になる場合も多い。こうした場合には、パートナーのホスティング環境で、そうした必要な機能を付けて展開することになるでしょう。アプリケーションへのアドオンが、大きな差別化の1つになるということです。

 また、ユーザーにとってはトライアルの面で大きなメリットを提供できると考えています。トライアルが楽なのは、圧倒的にクラウドなんですね。Dynamics CRMでは、裏側で持っている基本機能そのものは、パブリック/プライベートクラウドでも、当社のサービスでもパートナーのサービスでも変わらず、移行も容易という特徴がある。ですから、まずはDynamics CRM Onlineで試していただき、その後で、そのまま使うのか、パートナーの環境を利用するのか、はたまた自社内に持つのか、といった選択肢を提供できるのです。

 パブリッククラウドに全部持って行くのか、といったことをよく聞かれるのですが、当社では、あくまで選択肢の1つという前提に立っています。特に、日本のお客さまはプライベートクラウドを求めてくることも多く、パートナーと一緒に、細かい管理・監査の仕方を含めて考え、ご提案することになるでしょう。


――そういったすみ分けができるので、完全な競合にはならないという見方ですね。また、クラウドに関する別の話題では、MicrosoftはWindows Azureに非常に注力されていますね。日本で提供されるDynamics CRM Onlineは、Windows Azureベースになるのですか?

タタリノフ氏
 時間がたてば、Windows Azure上に載りますが、Dynamics CRM OnlineはWindows Azureより前に(米国などで)提供が始まっているものですので、最初は別になります。ただし、注目しないといけない点は、Dynamics CRMおよびDynamics CRM Onlineは、Windows Azureとシームレスに連携でき、今までに見られなかったような幅広いシナリオに対応できることです。

 例えば、ある企業が自分たちのイベントを管理できるようなシナリオを想像してください。イベントに対する必要な登録すべてを扱うために、Windows Azureを用いて、イベントに関するロジックをすべてWebサイトに置いて展開できます。さまざまなイベントに登録するための一般公開されたWebサイトと、社内のDynamicsをシームレスに連携することが可能になりますし、Dynamicsが統合されたことにより、ロイヤリティ管理の連携も行えます。これはほんの一例で、さまざまな連携が行えることに注目してください。


齋藤氏
 足りない機能をWindows Azure上に作っていただき、Dynamics CRMとマージするようなことも、ワンショットで作れるようになります。連携がしやすくなるため、柔軟なカスタマイズが可能になるのですね。

 システム全体を見た場合、お客さまは、クラウドに切り出せるものと、残すものと、連携するものとが組み合わさった、複雑化な環境を望まれているように感じています。こうした併用が行われる際に、当社はソフトウェア+サービス(S+S)戦略の強みがありますから、ありがたいお話をいただけるようになっています。


――また、CRMでは、顧客管理にとどまらないXRMという考え方が紹介されるようになりました。この面では活用が広がっているのでしょうか?

タタリノフ氏
 Dynamics CRMでは、重要なシナリオビューが3つあり、1つがセールスフォースオートメーション(SFA)、1つが顧客管理とサポートですが、3つ目として、拡張性を提供することによって、とても広いエリアでのビジネスアプリケーションのシナリオを提供できるようにしています。

 セールスパイプラインの管理、顧客管理のみならず、さまざまな組織に置けるワークフローに利用していただけるのがこの機能で、拡張性豊かなプラットフォームは、世界各地においても、日本でも数多く提供されています。


齋藤氏
 XRMではこれまで、大学の事例を出すことが多かったのですが、ここにきて、地方自治体などの公共部門において、住民管理や顧客サービスといった部分での採用を検討いただけるようになりました。人を中心とした管理を進める、というソリューションですから、もともとパブリックセクタは注力領域であり、米国では多くの政府機関に採用されています。これが、日本でも見られるようになってきました。


ERPでも日本市場の特性を踏まえた製品作りを実施、パートナーとの連携も

――ERPの方に話を移しますと、Dynamics AXはもともと、ワールドワイドでは実績のある製品ではあるものの、日本国内ではまだまだ知名度が高いとはいえないと思います。今後、さらに国内で発展させるためには、どういったことが必要とお考えですか?

タタリノフ氏
 ほかのベンダーと比べて、日本へのビジネスアプリケーション分野の進出が遅かったのは、確かにその通りだと思います。しかしDynamicsにとって、日本は重要な成長市場だともいえるのです。そのためCRMとERPに関して、当社が約束したことを日本の顧客に関して提供できるよう、フォーカスしています。

 例えば、日本の主要なニーズにあわせて製品を提供することは重要ですし、パートナーのエコシステムも重要でしょう。とても強いローカルのパートナーが、ビジネスアプリケーションの成功のためには重要だからです。従って、国内での特定産業のニーズを理解している既存パートナーが発展し、Dynamicsのビジネスでより利益を得られるようにすることは大切です。また、新規パートナーを支援し、日本市場へのリーチを広げることも需要と考えています。さらに、別の重要な点として、事例となる顧客のリストも整備したいと思っています。

 また、製品開発の面では、市場ニーズに適応できるよう、ERPに対する投資を進めています。開発センターの中に、日本のニーズを組み上げられるよう、専任部隊を設けて対応しているのです。


――ERPのトピックとしては、IFRS(国際会計基準)がありますが、この面では、もともと欧州企業が開発したものだけに、ワールドワイドでの実績はありますね。

タタリノフ氏
 はい。1ついえることは、2014年から2015年にIFRSが全面適用(アドプション)となった場合、その規制に対応できるシステムとして提供していけることです。


――先ほど、Microsoft製品を複数導入すると、メリットが最大化できるというお話がありましたが、その一方でDynamics CRMでは、グループウェアを手掛けるサイボウズなど、国内企業との連携も進めんできています。こうした、パートナー製品との連携も進めていくのでしょうか。

タタリノフ氏
 当社は、相互運用性に関して、非常にフォーカスをあてています。業界標準のさまざまなソリューションに緊密にかかわってきていますし、業界標準を通じて統合を行うことで、例えばレガシーインフラをお持ちのお客さまにおいても、当社のイノベーションを生かすべく、取り組みを進めているのです。

 パートナーは非常に重要です。CRMとERPにおいて、1万社のビジネスパートナーが存在していまして、そのうちの2000社がソフトウェアソリューションを提供しています。その多くが、業界特有の要件を満たした、いわゆるバーチカルなソリューションです。



(石井 一志)

2010/5/14 12:11