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IP電話が“アプリケーションからサービス”になるためにクリアすべき課題

SUPERCOMM 2004にみる、IP電話の最新事情

 昨今話題のIP電話であるが、最近ようやく「子供のおもちゃに毛が生えた程度」には使用できるものに仕上がってきていると感じるようになった。残念ながら現状のIP電話は、依然電話サービスの提供に耐えられる代物ではないためこのような表現を用いている。それは、IP電話もしくはインターネット電話といったアプリケーションを提供するための装置については、それなりにキャリアなどへの導入が進んでいるが、電話というサービスを提供するために必要となる周辺の機能に関しては、まだまだ不十分な状態だからである。ここではこうしたIP電話の現状をふまえ、多くのキャリアがIP電話を疑いの目で見ていた5年以上前から、技術動向を見つづけてきた筆者が、米Chicagoにおいて開催された通信業界向けのイベント「SUPERCOMM 2004」で感じたことを記してみる。


IP電話の基本的な仕組みと課題

図1:インターネット内における、Webアクセス(上)とIP電話(下)の動作
 インターネットのもっとも基本的な動作は、情報を格納したパケットに関して、パケットヘッダ内にある、あて先IPアドレス(DA)に示されたマシンに対して送るというものである。Webブラウザを用いるものでも電子メールでもこれは同じである。目標となるHTTP ServerやPOP/SMTP ServerのIPアドレスを知るために、DNS Serverというものがあり、極端な話、インターネットの利用者はDNS ServerのIPアドレスとDNS Serverで検索するための、目標のキーワードさえ知っていれば何の不都合もない。そして、DNS ServerのIPアドレスは、利用者本人が常に認識している必要はなく、利用するPCに登録されていればよい。

 IP電話の基本構成もこれと似通っていて、DNS Serverに相当するCA(Call Agent)があり、目標のキーワードとして、相手先の電話番号を用いる【図1】。

 いささか異なるのは、電子メールやWeb画面の検索などは、あらかじめ格納された情報を引っ張り出すといった自動化されたものであるのに対し、IP電話では、多くの場合相手先も人であるため、呼び出す手順を必要とし、そのためのシーケンスが追加されている程度である。IP電話もしくはインターネット電話といったアプリケーションを提供するための設備としてはこれでもよい。

 しかし、これでサービスとしての電話の提供が可能になったかといえば、まだまだ力不足ということは否めない。主な理由としてインターネットそのものが、提供するサービスに関して、目的の違いに対応しきれていないことが挙げられる。インターネットが「情報を塊として扱う」そして「転送に失敗すればやり直せばよい」という思想が根底にあるのに対し、電話サービスは「連続した情報」であり「失敗をやり直す余裕はない」というものであるためである。それらのギャップを埋めなければ、現在の電話網と同等のサービスを提供することはできない。これらギャップを埋めるための装置を、サービスの提供を行うプロバイダや、情報の伝送を受け持つキャリアに配備して、はじめて電話サービスの提供を行うことが可能となる。

 具体的なものとしてはQoSを含む「品質の確保」であり、これにさらに110番、119番などの「特番処理」が入ってくる。サービスの利用者からは見えにくいものではあるが、縁の下の力持ち的な装置として、サービス提供者側が今後導入してゆく、もしくはすでに試験運用が開始されているものについて、触れてみたい。


通信リンクのQoS保証

 まず行うべきステップは品質の確保と保証である。品質の確保をしない状態で特番の処理を行っても混乱を招くだけでメリットは少ない。SUPERCOMM 2004では、この品質確保のために使用する機器群が登場していた。

 品質の確保は、まず2つに大別できる。提供されるサービスの品質と信頼性である。前者のためのキーワードはQoSとなる。これは失敗をやり直す余裕のないストリーム情報を扱おうとする際に、失敗しないようにするための手法でもある。QoSの保証は通常、レイヤ1,2で処理される。つまりソフトウェアでどうにかなる範囲のものではない。無論、IPヘッダ内のToS(Type of Service)フィールドなどにより多少は調整可能であるが、これらの手法だけではトラフィックの増大により遠からず破たんを来たす。言い換えれば、従来のルータやHUBではなく、QoSを確保できる装置を導入しなければならない。現在一般的に提供されているIP電話のサービスは、旧来の装置で運営されているが、少なくとも現状は品質に関して大きな問題にはなっていない。しかしそれは単に、利用者がまだまだ少ないことと、限定範囲内でしか行われていないからであり、今後も問題なく利用できることを保証したものではない。


QoSに対する業界各社の取り組み

 QoSの確保というサービスの提供にもっとも適した技術はATM(非同期転送モード)である。SUPERCOMMでもCisco SystemsやFoundry Networksといったレイヤ2/3製品の老舗の他に「ATMクラスのQoSを提供」といったスイッチが出展されていた。しかし、それはあまり大々的なものではなかったが、確かにIP電話サービスをターゲットにしているものであった。顕著な例として、アメリカ西海岸にある、IP電話関連の製品を多く市場に投入している、net.com(http://www.net.com/)がある。この会社はVoIP用のゲートウェイ(PSTN-Internet接続用)や、呼制御プロトコルを変換するための装置を市場投入していたが、Broadband Services PlatformとしてSCREAMシリーズを展示していた。

 また、MPLSのようなマルチな帯域制御ではなく、VoIPのようなアプリケーションにターゲットを絞り、独自のフローベースルーティングにより帯域制御を行うエッジルータを投入しているCaspian Networks(http://www.caspian.com/home.asp)といったものも出てきている。

 続いて品質の確保における2つ目の「信頼性」についてであるが、これはさらに2つに分けることができ、その1つが伝送路の信頼性である。どのような構成にしようとも、壊れない装置などありえない。装置に障害があったからとサービスの提供を止めるわけにも行かないので、障害発生時には速やかな予備系への切り替えが必要となる。スイッチなどは構成を二重化することにより対応するが、障害が伝送路で発生することもありえる。このような伝送路の障害が発生した場合を考え、G-MPLS技術を用いた光コネクト装置が、Calient Networks(http://www.calient.net/)から出展されていた。もっともこのメーカの装置は、すでに国内のいくつかのキャリアにおいて試験運用されている。


サービスのための悪意の除去

図2:IP電話ネットワークに次に導入されるものは?
 信頼性は障害ばかりではない。2つ目の項目として、通信を希望するときに確実に相手先と接続されなければならないが、それを阻害するものとして悪意の第三者からの攻撃というものも考えられる。つまりIP電話サービスを提供するためのCAがネットワーク上にそのまま存在するということは危険なのである。このようにIP電話サービスを提供するキャリアの装置について、サービスを提供しつつ、外部からの攻撃を遮断する、ある意味ファイアウォールのような設備も必要となってくる。このような装置として、NETRAKE(http://www.netrake.com/)からSession Border Controllerが出展されていた。これは外部からの攻撃を遮断することのほかに、キャリアをまたがるサービスの提供が必要となった際に、H.323とSIPの変換といった処理も行えるようになっている。

 こうした機器がIP電話ネットワークの要所要所に導入されることにより【図2】、安定したIP電話サービスが提供されるようになる。そうすれば、現状のように限定範囲でしか効果を発揮しないがため、様子を見ている多くの企業もIP電話導入に動き出すことであろう。


IP電話で特番処理を行うために

 品質の確保に目鼻がつけば、次のステップである「特番処理」となる。特番は全国共通の番号でありながら、複数ある警察署や消防署について最適の場所に対して通信リンクを確立させなければならない。つまり、相手先を探し出す検索キーワードとして相手先の電話番号、特番では110番や119番といったもののほかに、通信を行おうとする者の所在などの情報も必要になる。このような特番処理については日本国内のメーカも含め何社か水面下で研究を続けているが、今回のSUPERCOMMにはまだ出展がなかった。


QoSのあるべき姿とは?

図3:「どちらが真のQoSか?」
 SUPERCOMMにおいて、再び脚光を浴び始めたATMといったQoS関連技術であるが、ネットワークが巨大になってくると、いくつか問題や疑問も生じてくる。一例を示すと、QoS機能を持つとあるルータを開発しようとした場合において、そこで使用するアプリケーションが仮にインターネット電話でパケット送出間隔が20msecであるとき、ある瞬間のパケットだけがほかの全体の流れより2msec遅れて到着したとしよう(右図左側の入力部にある赤パケット)。このときルータは、(1)到着している状態を可能か限り再現して送出するのがQoSの真の姿である【図3右上】。(2)パケットの到着間隔は20msec均等なのだから、遅れて到着したパケットは優先的に処理し元の姿に戻すのがQoSの真の姿である【図3右下】。さてどちらが正しいであろうか?

 エッジ系ルータなどを出展していたブースの説明員に、このような質問を浴びせたところ、現時点における現実解は(1)の、入力された状態を可能な限り再現して出力するというものが多かった。それはその通りである。中継を行う装置がアプリケーションで制御されている送出間隔を正確に知り得るはずはないからである。しかし、今後登場してくる新しいサービスなどに対応するためには、将来的に(2)の形状を実現しなければならない可能性も否定できない。

 いまだ紆余(うよ)曲折をしながらではあるが、IP電話はサービスとしての次の姿に移ろうとしているのが感じられる。



( 金代 一留 )
2004/08/12 00:01

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