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ロボカップ・プレジデントに聞く、「ロボット産業とロボカップの関係」




 7月13日から開催された「ロボカップ2005大阪世界大会」では世界35カ国・地域から計419チームが参加、史上最大の規模となった。2050年には人間のワールドカップ優勝チームを打ち破るという大目標で知られるロボカップだが、ロボット産業とはどのように関わるのか。日本の産業に果たすロボカップの役割とは何か。人類の大きな夢であるロボットは私達の生活にどのように関わるのか。ロボカップ国際委員会のプレジデントを務める大阪大学教授の浅田稔氏に聞いた。


400以上のチームが参加する「ロボカップ2005」

ロボカップ国際委員会のプレジデントを務める大阪大学教授の浅田稔氏
─ロボカップ大阪世界大会が始まりました。

浅田氏
 1997年に第1回大会を開催してから今回で第9回となるのですが、この間のロボット産業の成長には目をみはるものがあります。私たちがロボカップというランドマーク・プロジェクトを考えた1994年当時、2足歩行によるロボットの実現は20世紀中は難しいと考えていました。ところがロボカップ第1回大会の直前、1996年12月にホンダが2足歩行ロボット「アシモ」を発表したことで、大きな衝撃を受けました。2足歩行はもはや夢でも何でもない、既成の事実となったのです。研究者にとっては大変なプレッシャーです。この頃からロボットの研究開発のペースが一気に高まったように感じています。ロボカップも最初は参加40チームに過ぎなかったものが、第9回となるこの大阪大会では400チームを超えるなど、規模的にもレベル的にも大きな進化を遂げています。


─ロボカップの楽しみ方を教えてください。

浅田氏
 ロボカップサッカー、ロボカップレスキュー、ロボカップジュニアの各リーグとも内容が充実しており、専門の知識がなくとも充分に楽しめます。ロボカップは結果だけでなく過程を重視するイベントですので、実際にロボットの目からフィールドの景色はどのように見えているのかなど、現場でのさまざまな解説に耳を傾けることも楽しみの一つかと思います。ヒューマノイドリーグにおける2対2の戦いなど、今回初となる試みも多いので、転ぶばかりで立つのがやっとという哀れな可能性を含めて、大いに楽しんでください。


─ロボカップサッカーで勝ち抜くコツを。

浅田氏
 テクノロジー50%、気力50%です。1999年のストックホルム大会ではイランのチームが優勝したのですが、このチームが国の英雄となりまして、以後イランではロボカップに優勝したチームのメンバーには兵役が免除されるそうです。だから気力は並大抵ではない。下馬評ではドイツと日本に強豪チームが多いとされていますが、予断は許しません。


直径18cm以内のロボットが5台1チームで対戦する「小型ロボットリーグ」 4~6台のロボットで1チームとなり、フットサルのボールを使って対戦する「中型ロボットリーグ」 四足のエンターテイメントロボットが4台1チームで対戦する「四足ロボットリーグ」

「ロボット」をより広くとらえる姿勢が重要

─企業でもロボットへの関心が高まっています。

浅田氏
 ロボットという新たな産業分野には大きな魅力と可能性があります。製品一つをとっても、ロボットはプロダクトのあり方そのものが従来の製品とは異なります。特定の機能を満足させるというのが今までの製品ですが、ロボットは特定の機能を満足させるだけではなく、作った人の思想や文化を反映する新しいタイプの人工物であり、製品が自己を主張する必要があります。今までの製品からはこれを作った人の顔は見えませんが、ロボットは作った人のアイデアや考え方が見えなければならない。今までの産業形態の延長線上にはないフィロソフィーと手法で取り組むことが重要で、そうして取り組むことによってこそ新たな市場が一気に広がるのだと思います。


─ロボットとは何でしょうか。

浅田氏
 実はこれがなかなか難しく、ロボットという定義などないに等しいのです。「人や動物をまねた動きをする多関節のプログラム可能な人工物」というようなコンセンサスがあるにはありますが、そんな定義ではとても通用しないほどの大きな広がりがロボットにはあります。ロボットを産業として発展させようとする立場としては、ロボットをより広くとらえる姿勢が重要です。私は「人と共生する人工物」をすべてロボットと呼んで差し支えないと考えています。その意味では、パソコンも家電製品もロボットの範疇(はんちゅう)に入ります。ただロボットという言葉にはロマンの響きがありますので、これをうまく汲み上げていくことにより、産業としてのロボットに絶えず夢を与えていく工夫が重要になります。


ロボットの本質はリアリティ

─ロボットのリアル性を重視されておられますが。

浅田氏
 ロボットの本質はリアリティにあります。デジタル環境が普及してバーチャルな世界がごく一般的なものとなっていますが、人間が現実に生きるのがリアルな実空間であることに変わりはなく、リアルな世界があるからこそバーチャルな世界が意味を持ちます。人と人とが交わる現実の空間の重要性は言うまでもなく、そこで醸し出される空気というか雰囲気をバーチャルで代替することなど不可能です。ロボットはデジタル技術の産物でありながら、この現実空間で活動するリアルな存在であるところに、その本質があります。


─鉄腕アトムのような全能のヒューマノイドロボットが目標ですか。

浅田氏
 必ずしもそうではなく、2足歩行のロボットだけが最終目標ではありません。先ほど述べたように「人と共生する人工物」がすべてロボットであるとするなら、ヒューマノイドもロボットのほんの一部でしかありません。ただ2足歩行のヒューマノイドロボットについては、人間の本能的な部分として、自分と同じ形のものを作ってみたいという欲求があるようには思います。これはロボット開発にとって永遠の夢であり、ロボット産業をリードするランドマーク的なプロジェクトとしてさまざまな分野に応用できるような技術開発も可能になる。人間とサッカーを激しく戦えるロボットが実現すれば、衝突の際などに人間に優しい環境を瞬時に生成できるなど、介護用途などでの応用も考えられます。人間の形をした2足歩行ロボットは現実にはまだまだ何の役にも立たないかも知れませんが、この夢を追い続けることによるロボット産業全体への波及効果はきわめて大きいと思います。現在の産業ロボットと、2足歩行のヒューマノイドロボットは底辺で深く関わり合っているのです。


全体を見る発想を鍛えるロボット

─ロボットを手がけるメリットを。

浅田氏
 まだビジネスとしては揺らん期にあるにもかかわらず、ロボットを手がけることのメリットは人材面などですでに現れています。周知のようにロボットはシステム的な発想が必須であり、自分のセクションを考えているだけでは通用しないのです。あくまで全体を見渡した上でのセクションの役割を認識していないとシステム全体が動かない。ほとんどの企業はまだロボットでは採算がとれないので、ロボット専門の部署というのはなく、ロボット担当社員もあちこちのセクションに回されます。このロボット経験者達の評価は高く、どのセクションでも歓迎されています。ロボットを担当すると全体を見るシステム工学的発想が鍛えられますので、企業としては大きな戦力になるようです。


─ロボット産業も大手メーカーが目立ちますが。

浅田氏
 話題性では大手メーカーですが、実際に活躍している企業を見ると必ずしも大手メーカーに偏ってはいません。今後のロボット産業の方向性を左右する高度な要素技術を持つ中小企業は多いのです。しかしロボットは総合技術なので、単独でのロボット開発は難しく、企業群がグループを形成して産業を盛り立てていく必要があります。ロボカップはそのきっかけとしても重要な役割を担っています。ロボカップは現在3つのリーグで構成されていますが、今後は産業関連のリーグも重要と考えています。F1で過酷なレースに打ち勝った技術成果が市販車にフィードバックされるように、ロボカップで培われ磨かれた技術が次々とロボット産業にフィードバックされるようになることが、ロボカップのもう一つの大きな目標でもあります。



URL
  ロボカップ2005大阪世界大会
  http://www.robocup2005.jp/


( 倉増 裕 )
2005/07/14 08:51

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