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ワークステーション市場に一石を投じるパーソナル・スーパーコンピュータ [前編]


Transmetaの元共同創業者で、現在はOrion Multisystemsの社長兼CEO(最高経営責任者)のコリン・ハンター氏


 近年、コンピュータの演算性能を高めるアプローチとしてコンピューティングクラスタが各所で注目されている。コンピューティングクラスタとは、簡単に言えば小さなコンピュータを多数束ねて並列計算を行うことにより、スーパーコンピュータにも匹敵する高い演算性能を手に入れようというものだ。とはいえ、多数のコンピュータを用意する必要があることから、かなり大かがりなシステムとなってしまう。

 そこで、同等の性能を持つシステムを一つの小さなボックスに収めた画期的な製品が、Orion Multisystemsのパーソナル・スーパーコンピュータ「Orion Desktop/Deskside Cluster Workstation」だ。今回は、Transmetaの元共同創業者で、現在はOrion Multisystemsの社長兼CEO(最高経営責任者)のコリン・ハンター氏に同社のパーソナル・スーパーコンピュータが登場した背景とその特徴をお聞きした。前編では、クラスタ技術の最新動向とOrion Desktop/Deskside Cluster Workstationの基本的な仕組みを取り上げる。


TOP500に占めるクラスタ構成とx86系プロセッサの割合が急上昇中

 2000年に入ってからクラスタ技術の標準化が急速に進んでいる。世界中の高速なコンピュータシステムを1位から500位まで紹介するTOP500 Supercomputer Sitesによれば、2004年にはTOP500のシステムのうち約60%がクラスタ構成を採用している。また、プロセッサ別の割合を調べてみると、そのうち約70%がx86系プロセッサを採用しているという。なお、TOP500に入るクラスタシステムはクラスタシステム全体にとって氷山の一角にすぎない。世界中では、TOP500に含まれない小規模および中規模のクラスタが大半を占めており、そこではx86系プロセッサの採用率がさらに高まる。つまり、コンピューティングクラスタの世界では、x86系プロセッサが事実上の標準というわけだ。


TOP500にランクインするシステムのアーキテクチャ比率。クラスタ構成を採用するシステムが約60%に達しており、今後もさらに増える傾向にある(出典:Orion Multisystems、以下同様)。
TOP500にランクインするシステムのプロセッサ比率。x86系プロセッサを採用するシステムが約70%を占めている。x86系プロセッサには、インテルのPentium 4やXeon、AMDのOpteron、TransmetaのEfficeonなどが含まれる。

 標準化はそのほかの部分でも進んでおり、例えばノード間の接続にGigabit Ethernet、OSとしてLinux、ノード間の通信APIとしてMPI(Message Passing Interface)を採用していることなどが挙げられる。「ここで重要なのは、クラスタ技術の標準化が急速に進んだおかげで、コンピューティングクラスタの中身がかなり固まってきたということです。つまり、クラスタは決して少数の人だけが取り扱う特殊なテクノロジではなく、誰もが気軽に使えるテクノロジとなりつつあるのです(ハンター氏)」。


典型的な中規模クラスタシステム。デスクトップPCを多数組み合わせたクラスタシステムだが、写真のとおりにかなり大きな設置場所を必要とするのが欠点だ。
 しかし、現状のクラスタシステムは、いくら標準化されているとはいえ、利便性の面ではあまり優れているとはいえない代物だ。デスクトップPCをクラスタ構成するにせよ、ラックマウントサーバーをクラスタ構成にするにせよ、その消費電力や騒音はかなり大きく、データセンターなどの十分な電源および空調施設を備えた特別な部屋に置くことが前提となる。誰もが気軽に使えるようにするには、少なくともオフィス、研究室など、ユーザーが普段いる環境にも置けるものでなければならない。「ユーザーは、現状のクラスタに対して“扱いにくさ”にお金を払っているようなものです。TOP500に入るような高性能クラスタであれば、扱いにくさに対価を払うだけの価値がありますが、TOP500以下のクラスタ、つまり大半のクラスタに対してそのような価値があるとは思えません(ハンター氏)」。


100GFLOPSオーバーの演算性能を実現したパーソナル・スーパーコンピュータ

 そこで、Orion Multisystemsは、誰もが扱いやすい世界初のパーソナル・スーパーコンピュータ「Orion Desktop/Deskside Cluster Workstation」を発表した。Orion Desktop/Deskside Cluster Workstationは、標準化されたクラスタ技術を一つの筐体に収めた製品で、デスクトップPCにも似た外観のデスクトップモデル「Orion DT-12 Desktop Cluster Workstation」(以下、DT-12)と机の下にすっきり収まるデスクサイドモデル「Orion DS-96 Deskside Cluster Workstation」(以下、DS-96)の2製品からなる。DT-12は演算ノードを12ノード、DS-96は96ノードを搭載した完全なクラスタシステムだが、どちらもデスクトップPCやPCワークステーションと変わらないスマートな外観をしている。

 「DT-12は12台のパソコン、DS-96は96台のパソコンを束ねたのにも匹敵する高性能クラスタですが、その筐体は机の上や引き出しの横などに収められる小さなものです。また、どちらも電源ケーブルが1本ですので、オフィスや研究室など、普通の部屋の壁にある電源コンセントに電源ケーブルを差し込むだけで使用できます。騒音レベルも50dB以下に抑えられており、普通の部屋に置いても仕事の邪魔になりません。このように、通常のパソコンやワークステーションとまったく同じように扱えるのが大きな特徴です(ハンター氏)」。


12ノードモデルのOrion DT-12 Desktop Cluster Workstation(写真左)と96ノードモデルのOrion DS-96 Deskside Cluster Workstation(写真右)

DT-12とDS-96にはまったく同じプロセッサボードが内蔵されている。これにより可能な限り設計を共通化し、完全なバイナリ互換性も達成している。
 TOP500にランクインするクラスタの演算性能(持続性能)は800GFLOPS以上だが、多くの施設で使われている大半のクラスタは10~100GFLOPSのものが主流だ。DT-12は14GFLOPS、DS-96は110GFLOPSなので、現在主流とされるクラスタの仲間に入る演算性能を持っている。これほどの演算性能を小さな筐体で実現しているのはかなり驚異的だが、Orionは、こうした超高密度のクラスタ構成を達成するために独自のプロセッサボードを開発したという。このプロセッサボードには12ノードのノードが搭載されており、DT-12には1枚、DS-96には8枚のプロセッサボードが装備される形となる。

 Orion Multisystemsは、DT-12をソフトウェア開発や評価用、DS-96を本番用といった形で、両方セットで使用することを想定している。DT-12でOrion Multisystemsのプラットフォームやその性能を評価しつつ、現在使用中のクラスタからOrion Desktop/Deskside Cluster Workstation向けにソフトウェアを移植していく。DT-12とDS-96は完全なバイナリ互換性を持っているため、DT-12で開発したソフトウェアはDS-96でもそのまま実行できる。つまり、12ノードを上限とする小規模のクラスタアプリケーションを使用する場合を除けば、多くのユーザーは、DT-12、DS-96という順番にクラスタシステムを購入していけばよいわけだ。

 「弊社にとって、ターゲットとなるクラスタシステムはあくまでもDS-96でした。そして、ここからDT-12が派生して出来上がったのです。ソフトウェアの開発者は、比較的安価でありながら高性能クラスタとバイナリ互換性を持つボックスを希望しています。12ノードのDT-12はその目的にかなった商品といえるでしょう(ハンター氏)」。


ヘッドノード上に作られたイメージからノード全体のシステムを起動

Orion Desktop/Deskside Cluster Workstationのシステムアーキテクチャ。
 Orion Desktop/Deskside Cluster Workstationを構成する各ノードには、DT-12がノード0~11、DS-96がノード0~95のようにそれぞれ番号が割り振られているが、特にノード0をヘッドノードと呼ぶ。ヘッドノードはユーザーと直接つながる特殊なノードであり、ここにはシステムを起動するためのHDD、ソフトウェアの追加などに使用するDVDドライブ、ユーザーとのやり取りに使用するディスプレイなどが接続される。原則的にはヘッドノード専用として機能することになるが、アプリケーションによっては演算用のノードとしても流用可能だという。

 OSには、Linux kernel 2.6.6にOrionの最適化ドライバを組み込んだFedora Core 2ベースのLinuxを使用するが、各ノードのシステム起動にはヘッドノードが重要な役割を果たす。具体的には、ヘッドノードに接続されたHDDからOSを起動し、ここでヘッドノードのRAMに作られた特別なイメージを他のノードにブロードキャストする。これが他のノードに対するOSイメージとなり、全ノードのシステムがそろって起動する。従って、最低限ヘッドノードにHDDさえ搭載すればクラスタとして機能するわけだが、通常はすべてのノードにHDDを搭載しているという。これは、各ノードに対してスワップスペース、テンポラリスペース、クラスタファイルシステムを用意するケースが一般的だからだ。

 プロセッサボード上の各ノードには、ノートPC向けの2.5インチATA HDDを搭載できるようになっている。HDDの記憶容量は執筆時点で80GBなので、クラスタシステム全体のストレージ容量はDT-12で約1TB、DS-96で約7.7TBとかなり大きい。さらに、大容量データの待避場所として外部ストレージを外付けすることも可能だ。「Fibre Channelをサポートできますので、Fibre Channel SANを通じたストレージ共有が可能です。ただし、私はこの方法をおすすめしていません。今後は、10Gigabit EthernetでOrion Desktop/Deskside Cluster Workstationと外部機器を接続する傾向が強くなるでしょうから、外部ストレージにはNASを使用したほうがよいのではないでしょうか(ハンター氏)」。


 後編では、DS-96の増設によるさらなる性能向上、CPUにEfficeonを選択した理由、64ビットコンピューティングへの対応について取り上げる。



URL
  Orion Multisystems
  http://www.orionmulti.com/

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( 伊勢 雅英 )
2005/07/21 01:15

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