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F1ウィリアムズチームとHPが構築する“週末に戦うIT環境”


BMW Williams F1チームの2005年型マシン「FW27」
 去る10月9日まで三重県鈴鹿サーキットにて開催されたF1日本グランプリは、日本人ドライバー佐藤琢磨選手や、トヨタ、ホンダを母体としたチームの活躍などもあり、15万人以上の観客を集め、日本でのF1人気の高さを示した。

 そのF1とITとのかかわりは、ほかのモータースポーツと比べて群を抜いて密接であり、もはやITなくしてF1チームがレースに参加することは不可能といえる。ITベンダーも自社の技術力やブランドを示すべくスポンサーとして参加しており、レースカーやドライバースーツには見覚えのある企業ロゴがいくつも見られる。

 今回、テスト走行が行われた10月7日に、Hewlett-Packard(HP)が参加するBMW Williams F1チーム(以下、ウィリアムズ)を取材し、F1でITがどのように活用されているかを伺うことができた。


スーパーコンピュータを利用するマシン設計

HP F1担当テクノロジーマネージャー セルジオ・フォッセル氏

現場でのマシン設定は人の手で行われていた
 取材に応じてくれたのはHPのF1担当テクノロジーマネージャーのセルジオ・フォッセル氏。同氏によると、主にF1においてITが活用されているのはレースカーの開発、テスト走行でのデータ収集、そしてレース本番の3つの場面だという。中でもレースカーの開発には、2004年よりHPが保有するスーパーコンピュータ「HP Cluster Platform 4000」を使い、テラバイト級のデータ処理が行われている。また、今年からは「HP OpenView Storageミラーリングシステム」が導入され、ストレージパフォーマンスや管理機能が強化された。

 フォッセル氏が代表的な例として挙げるのが、レースカーのボディ(シャーシ)部分の開発だ。走行中の空気の流れをシミュレーションし、エンジンや各コースなどそれぞれの条件で最速となるレースカー設計を行う場面において、ITを全面的に駆使する機会が増加しているという。現在、開発にはレースカーのコンポーネントをモデル化して実際の空気の流れをテストする「風洞実験」と、これらをコンピュータ流体力学(CFD)シミュレーションによってコンピュータ上で行う2つの方法を共用している(もちろん風洞実験にもITが活用されている)。

 このCFDによって、従来風洞実験を行っていたシャーシコンポーネントの一部が、コンピュータ上のシミュレーションのみで設計・テストが行えるようになり、その結果、コンポーネントのモデリングが、4年前には3日かかっていたところを半日で完了することができるようになった。フォッセル氏は「今後CFDの適用範囲はさらに広まり、それにより開発の効率化、コスト削減につながる」と話す。

 ウィリアムズでは今年の序盤戦、レースカーの設計に問題があり成績が伸び悩んだ。このため、シーズンと平行して改良型の開発が進められ、7月に行われたフランスグランプリに投入された。従来の方法では、次のシーズンまで待たなければならず、問題のあるレースカーで1年間を戦わなくてはならないこともあった。

 また、最近のF1はレースカーの設計やレースのレギュレーション(規則)が毎年のように変わる。今年から1エンジンで2レースを続けて走らなければならず、またレース中のタイヤ交換も禁止となった。さらに2006年からは、現在主流のV10エンジンが禁止となることが決まっている。こうした変化に対応し、毎年新しいレースカーを設計していかなくてはならないのだ。


200のセンサーでレースカーの状況をリアルタイムで把握

ピットガレージ内にあるサーバー環境。レースカー各部分の状況がリアルタイムで表示される
 一方、我々が目にするレースにおいてもITは駆使されている。ピットガレージの中には19インチラックが10台近く設置されており、そこに何台ものサーバー・ワークステーションが積まれ、チームが開発した独自の専用ソフトが稼働している。ここでの役割は、走行しているマシンやレース全体の状況を把握し、戦略を立てることだ。フリー走行などのテスト時にはデータをネットワーク経由で本部にも送られ、レース本番の設定が検討される。「通常はADSL、悪くてもISDN回線のネットワークを確保する」(フォッセル氏)。

 レースカーにはシャーシやエンジン、ギヤボックスなどに約200のセンサーが取り付けられており、それらの情報がワイヤレスでサーバーに送られ、車の挙動がリアルタイムでわかる。「ケーブルや赤外線を使わずWireless LANの技術を一番早く取り入れたのがウィリアムズだった。ほかのチームは1年遅れで実装した」とフォッセル氏。こうして収集されたデータが専用ソフトで即時に解析される。テスト走行からレース本戦まで、グランプリ中に解析されるデータ量は5GBにも及ぶそうだ。

 こうしたIT環境は、ほぼ2週間に1度のペースで年19回各国で開催されるグランプリのたびに構築される。2名のスタッフが、ガレージが設置される火曜日より構築作業に入り、水曜日の午後には70人のスタッフが運用できる状態にしておかなくてはならない。HPもこのサポートを行っており「ダウンタイムを年間0.5日分にまで押さえている」という。

 ちなみに今年ガレージで使われているサーバーは、「HP ProLiant DL360」と「同145」で一元化されており、同じマシンを1年間利用する。このほか、オペレーション用端末として50台のWindowsデスクトップ/ノートPCや、PDAが利用されている。


ノートPCはピット内外に持ち歩いて利用される。もちろんWireless LANでネットワーク接続されている スタッフと打ち合わせするマーク・ウェバー選手。日本グランプリでは4位入賞を果たした

レースと企業間競争の共通点

 こうしたウィリアムズチームのIT環境は、HPの「Adaptive Enterprise」のコンセプトの元で構築されており、簡素化、標準化、モジュール化され、必要な時、必要な場所にリソースを配分できるようになっているという。そこで気づくのがF1をとりまく環境が、現在の激しい競争環境におかれている企業に酷似していることだ。

 戦略上ITは不可欠となりつつあり、スポンサー(パートナー企業)との連携も重要、レギュレーション(コンプライアンス)は遵守しなければならない。状況は刻々と変わっており、リードしていても判断を誤れば一瞬にしてひっくりかえされ、コンマ1秒のわずかな差が明暗を分ける。F1は企業間競争の要素を凝縮しているといえるかもしれない。

 HPは2005年一杯で契約満了でウィリアムズのスポンサーからはずれる見通しだ。チームもBMWが独立してチームを結成するため離れることが決まっており、来年よりコスワースエンジンを採用する。今年は日本グランプリ終了時でチーム成績が5位と、常に上位を争ってきた過去と比べると振るわなかったが、チーム関係者は「来年はレギュレーションが大きく変わり、今年強かったチームが沈んだり、思わぬチームが上位に食い込んだりするかもしれない。今年のルノーのように変化にうまく対応できるチームが優勝争いするだろう」と語っていた。



URL
  日本ヒューレット・パッカード株式会社
  http://www.hp.com/jp/
  HP F1グランプリ 2005
  http://h50146.www5.hp.com/info/sponsorship/f1racing/index.html


( 朝夷 剛士 )
2005/10/11 08:59

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