Enterprise Watch
バックナンバー

RFIDでつながった世界をめざして-日本IBMのRFID戦略とは?


グローバル・ビジネス・サービス事業 バリューネット事業推進の久保田和孝部長

 RFIDといえば、流通業や製造業における在庫管理のような使い方がすぐに思い浮かぶ。しかし、それ以外に成功して定着しつつあるケーススタディがあるかというと、続けてすぐに思い浮かばないのが現状だ。RFIDの利便性に疑う余地はないというのに、なぜ普及がなかなか進まないのだろうか。RFIDはこのまま一過性のブームで終わってしまうのか。こうした問いにNOと答えるのが、2006年にRFID専門組織「バリューネットセンター」を開設した日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)である。

 すでに参入しているミドルウェアベンダなどと比べると、RFID市場への参入が遅かった同社。その理由は、「専門組織が存在しなかったことに起因する」とグローバル・ビジネス・サービス事業 バリューネット事業推進の久保田和孝部長は語る。逆にいえば、バリューネットセンターを設立したことで、RFID市場へ本格的に参入する土台ができあがった形だ。「技術的にも、長年培ってきたThinkPadのワイヤレス技術など、RFIDに流用できるノウハウを蓄積している点で、当社には一日の長があるといえる。またソフトウェア研究を行う大和事業所のほか、海外にも10カ所の技術センターを有していることもアドバンテージ」(久保田氏)。

 そんな日本IBMが、RFIDの分野で実現したいこととは何であろうか。その答えは、RFIDの標準化を進める「EPCglobal」での活動および実績をひも解くと見えてくる。


安心・安全の視点で捉えれば、RFIDの用途は大きく広がる

 EPCglobalとは、2003年に発足した非営利の標準化団体。RFIDの世界標準化を推進しており、2006年7月に同団体が策定した「UHF(極超短波)Gen2 無線インターフェイスプロトコル」が、ISOのRFID標準規格(ISO/IEC 18000-6 Type C)として採用されるなど、すでに多くの実績を残している。

 そうした実績の中で特に重要なものとして挙げられるのが、「EPC Information Services(EPCIS)」の標準化だ。EPCISとは、無線ICタグのID(EPC)にひも付けられた“モノ”(製品)の情報を登録・検索するためのもので、2007年4月に標準化が完了している。久保田氏によれば、この標準化を行っていたのが、IBMの人間なのだという。「このことからも分かる通り、当社では標準化が何より重要と考えている」(久保田氏)。

 標準化が進みRFIDが成熟すれば、“モノ”の誕生から成長、破棄に至るライフサイクル全体のトレースさえも可能になる。特に車や薬、最近リコールで問題となっている家電など、人の命に関わる分野においては、トレーサビリティの重要性はいまさら指摘するまでもない。日本IBMでは、このトレーサビリティをRFIDとネットワーク技術を組み合わせることで実現できると考えている。

 「現状はサプライチェーンの効率化といったごく限られた分野のみで、RFIDが利用されている状況。これはICタグばかりにフォーカスしているためで、それではどうしても特定業種に限られたものになってしまう。そうではなく、安心・安全といった視点から焦点を絞っていけば、RFIDの用途は確実に広がっていく」(久保田氏)。

 「それどころか、RFIDをうまく活用すれば、顧客を中心とした製造、販売、保守、廃棄などのあらゆる要素がつながった新しい情報基盤をつくることさえ可能だ。この基盤を当社では“バリューネット”と呼んでいる。ただし、その構築には、どうやってネットワークをつなぐか、また検索性はどうするのかといった課題が存在する。それを乗り越えるためにも、標準化が何より重要。さらに、“バリューネット”が実現できたとしても、今度はそれをどうやって顧客へ提供していくかという問題が残る。その答えまで見つけ出すことが、当社が最終的にめざすところ」と久保田氏は語った。


現場とITを有機的につなぐ「RFIDスターターパック」

グローバル・ビジネス・サービス事業 バリューネット事業推進 営業開発の末次信治部長
 とはいえ、国内ではまだまだ業種間で密に連携してRFIDを活用できる体制にあるとはいいがたい。そこで手始めにバリューネットセンターにて提供するのが、「IBM RFIDスターターパック SOA Edition(以下、RFIDスターターパック)」というソリューションだ。グローバル・ビジネス・サービス事業 バリューネット事業推進 営業開発の末次信治部長は、同ソリューションを次のように説明する。

 「RFIDに期待される1つの役割として、IT(管理システム)と現場をつなぐということがある。しかしこのITと現場というものは、どちらも常に移り変わっていくもので、その両者を連携させることはなかなか容易ではない。そこで、RFIDに必要なミドルウェア、リーダ・ライタなどの関連機器、業務共通のサービスなどをパッケージ化して、連携しやすくしたのが、このRFIDスターターパックだ」(末次氏)。

 その特徴は、受け入れなどの現場の動きなどもユースケースとして、SOAを利用してあらかじめアーキテクチャに埋め込むことができる点。「現場で受け入れを行う際、実際はさまざまなアクションが発生している。ところが、管理システムには受け入れが完了したあとの情報しか記録されない。両者のこの差を、ユースケースを定義しておくことで、うまく吸収することが可能になる」(末次氏)。

 これで、現場と管理システムは結合することができる。では、現場とリーダ・ライタなどのデバイスはどうつなぐのか。この点に関しては、2007年3月に発表したデバイスベンダ向け支援プログラムの「IBM WebSphere RFID Device Validation Program(以下、RFID Device Validation Program)」で解決するという。


デバイスと現場をつなぐためのデバイスベンダ向けプログラム

ソフトウェア開発研究所 WPLC開発&サービス ソリューション開発担当の坂本史朗部長

日本IBMのソリューションアーキテクチャは完全にEPCグローバルのアーキテクチャに準拠している
 RFIDに関するデバイスは、多くのベンダから多様なものが製造されている。これらを活用してRFIDシステムを構築するためには、まずリーダなどのデバイスコントローラを使用できるようにする必要がある。このために日本IBMが提供するものの一例が、ミドルウェアの「WebSphere RFID Premises Server 6.0(以下、RFID PS 6.0)」だ。

 デバイスベンダはまず、自社のデバイスと同ミドルウェアを接続するためのインターフェイスを開発しなくてはならない。その際これまでは、日本IBMのミドルウェアをOEMという形で購入し、その上にソフトウェアなどを構築していく必要があった。ところが、RFID PS 6.0では、デバイスとミドルウェアをつなぐためのデバイスプラットフォームがEclipseをベースとしており、完全にオープン化されている。

 「デバイスベンダは必ずしもRFID PS 6.0を使う必要はない。すでにミドルウェア製品をほかに持っているのならば、それを活用して開発することもできる」と、ソフトウェア開発研究所 WPLC開発&サービス ソリューション開発担当の坂本史朗部長は話す。

 その場合、日本IBMはデバイスベンダの開発を支援するためのソリューションを提供するのだという。「例えば、開発ワークショップやツールキットの提供、動作検証サービスなど。こうした支援を含めたプログラムが、RFID Device Validation Programだ。デバイスベンダと当社は、いうならば密ではなく疎の関係となるので、デバイスベンダは自分たちのデバイスを自分たちでサポートしつつ、機能の拡大や他社との差別化を維持していくことができる」(坂本氏)という。

 「こうした支援プログラムを提供する背景には、最近のオープン化の流れがある。標準化の話でもそうだが、ミドルウェアとデバイスが連携する部分において、オープン化されていることが非常に重要。そうしなければRFIDは広まっていかない」、日本IBMにはそうした思いがあるのだと坂本氏は述べた。

 もちろん、日本IBMがミドルウェアを含めたRFIDソリューションアーキテクチャを提供しないわけではない。デバイスベースのプラットフォームから、ミドルウェア、そこから吸い上げたデータをさらに上(SOAの領域)へと出力するソフトウェアに至るまで、EPCglobalに完全準拠したアーキテクチャを用意している。


総合ベンダである日本IBMにとってのベストポジショニングは?

DHL事例。袋の中にICタグが埋め込まれており、その中に薬を入れて温度を管理する
 こうしたソリューションによってRFIDの普及を促進していく日本IBMだが、すでにグローバルでは、安心・安全という視点から着想した珍しい事例が存在する。エアエクスプレス(国際宅配便)のサービスを提供するDHLの薬剤輸送に関する事例がその一端だ。薬品を輸送する際に問題となるのが温度管理。高温下では薬の品質はたちまち劣化してしまう。そこで、輸送中のリアルタイムでの温度管理として、RFIDが利用されている。

 「こうした事例を国内にも多く紹介していきたい」という久保田氏。そのためには、デバイスベンダとの協業が重要だと語る。「当社では、ICタグ自体の開発・製造は行っていない。ゆえにデバイスベンダとの協業は欠かせない。国内・世界において、常に最適なアライアンスのあり方を模索している」。

 そもそも日本IBMは総合ベンダである。その同社がRFIDに取り組む際には、「デバイスベンダと協業しながら、ICタグばかりに注視することなく、ミドルウェア、業務アプリケーション、コンサルティングまで含め、幅広くカバーしていくことが重要。それが、グローバルにおける導入実績や体制を持つ同社の強みを、もっとも生かせるポジショニング」(久保田氏)と語った。



URL
  日本アイ・ビー・エム株式会社
  http://www.ibm.com/jp/


( 川島 弘之 )
2007/06/14 00:00

Enterprise Watch ホームページ
Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.