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マイクロソフト初のERP製品「Dynamics AX」の戦略を探る・前編

Officeとサーバー製品のすき間を埋めるものこそDynamics

 マイクロソフトにとって初のERPである「Dynamics AX 4.0」では、ほかのERPとは異なるアピールが行われている。4月に行われた説明会では、「ユーザーに優しいERP」という点が強調された。この「ユーザーに優しい」とはどんな部分を指すのか、そして、ERP分野にマイクロソフト自身が進出する狙いはどこにあるのか。こうした点をマイクロソフトの担当者に取材し、2回に分けて掲載する。

 前編となる今回は、Dynamics AXのそもそもの位置付けについてを中心に、マイクロソフトビジネスソリューションズ事業統括本部 プロダクトマーケティング本部の新保将製品戦略部長と、ビジネスソリューションズ事業統括本部 MBSプロダクトマーケティング本部の國持重隆AXプロダクトマネージャに話を聞いた。


ERP投入でサーバー製品群とOfficeの重要性が高まる

Dynamics AXは会計管理を中心に、ビジネスアプリケーションとして必要な機能を一通り備えた、本格的なERP製品だ(資料提供:マイクロソフト株式会社)

ビジネスソリューションズ事業統括本部 MBSプロダクトマーケティング本部の國持重隆AXプロダクトマネージャ
―いよいよ、日本ではマイクロソフト初のERP製品となる「Dynamics AX 4.0」が提供開始されました。最初に確認しておきたいのですが、このDynamics AX 4.0と昨年発表された「Dynamics CRM」は連動して利用するのが前提のものと考えた方が良いのか、それとも個別の製品ととらえた方が良いのかを教えてください。

國持氏
 両者には連動するための機能も搭載されています。しかし、基本的には個別に利用してもらえるものとなっています。例えば、ほかのERPソフトを利用しながらDynamics CRMを利用することも可能ですし、Dynamics AXを利用しながら他社製CRMソフトを利用してもらうことも可能です。


新保氏
 Dynamicsシリーズのソフトは、Microsoft Officeの中に入っているExcelやWordと同じように考えてもらえばいいと思います。同じシリーズですから、共通する部分もあるでしょうが、個別のソフトとして利用してもらっても構わない。

 ちょっと裏話をすると、Dynamics CRMはマイクロソフトオリジナルのソフトです。それに対してERP関連は既存製品を買収したもので、米国ではDynamics AXだけでなく、合計4つの製品ラインアップがあります。もともとの出自がCRMとERPでは違うんです。


―同じ質問をDynamics CRM発売時にもしたのですが、なぜ、マイクロソフトというプラットフォームベンダーがERPに進出する必要があったのでしょう?

國持氏
 これまでマイクロソフトでは企業ユーザーのフロントエンドソリューションとしてMicrosoft Officeを提供し、バックヤード用にサーバー製品群を提供してきました。これまでにもフロントエンドとバックエンドの相互をつないでいくための努力はいろいろとしてきましたし、製品も提供してきました。

 しかし、「Excelやサーバー製品群を業務用に利用できますよ」とアピールしても、一抹の弱さがあった。フロントエンドとバックヤード用だけで、その間をつなぐ業務ソリューションがなかったからです。そこでマイクロソフト自身がERPを出すことで、サーバー製品とフロントエンド製品を連携して利用することを実証したいと考えました。


―「マイクロソフトは、業務ソフト分野には進出してくることはないだろう」と考えていたISVにとっては、強力なライバルが登場することになると思うのですが?

國持氏
 確かに、「すべてオリジナル製品を開発したい」と考えるISVにとっては、一部、競合となってしまう側面もあると思います。ただDynamics AXという製品は、標準機能をもとに作り上げられた製品で、それをベースにさらに作り込みができる製品となっています。ISVのスキルやノウハウをアドオンすることができる「プラットフォーム」と考えていただければと思います。

 提供するのは、あくまでもプラットフォーム部分ですから、ISVでなければできない部分もたくさんある。例えば、ExcelをBI(ビジネスインテリジェンス)ツールとして利用してもらうためのテンプレートなど、業務ノウハウを持ったISVでなければ、提供できないソリューションもたくさんあると思っています。


パートナーとの連携を意識した階層構造

―すでに発売しているCRM製品とは違い、ERP製品は税法変更など、ベンダー側にも細かい対応が求められます。マイクロソフトもそういった日本独自の対応も行っていくのでしょうか?

國持氏
 法的な対応が必要なところは、ほかのベンダーと同様に対応します。ただ、先ほどからお話しているように、製品単体を売ることが当社の目的ではないんです。サーバー製品、フロントエンド製品含めて利用してもらうことが狙いとなっています。

 しかも、ユーザーの皆さんの指向調査を行うと、ERPには法定要件を満たすことではなく、もっと付加価値のある部分、例えば管理会計機能など、企業価値を高めるために必要な機能が求められているようです。


プロダクトマーケティング本部の新保将製品戦略部長

Dynamics AXでは階層構造を採用しているため、カスタマイズをしても、バージョンアップの際にそれを持ち越せるという(資料提供:マイクロソフト株式会社)
―ターゲットとする企業規模を教えてください。

新保氏
 2つ考えています。1つは中堅企業で、そのままメインシステムとして利用してもらう。もう1つは大企業です。すでにSAPなど既存ERPを利用しているが、ある部門だけ別システムが必要という場合、SAPやOracleなどのERP製品では規模が大きすぎて導入は難しくなります。マイクロソフトのXbox事業部がまさにこのケースで、本社で利用しているERPはSAPなのですが、Xbox事業部だけはDynamics AXを利用しています。


國持氏
 Dynamics AXの現在の強みといえるのが、多言語対応であること、ERP製品として必要な機能が一通りそろっていることだと思うんです。この現在の強みをメリットとしてとらえていただけるのは、中堅企業よりは、大企業ではないかと考えています。

 そういった点から考えると、Dynamics AXはまずは大企業の部門に導入され、その後、バージョンアップによってOfficeやサーバー製品との連携機能が強化されて、中堅企業での利用が広がっていくことになるのではないかと考えています。


新保氏
 補足しますと、現行製品をカスタマイズしても、次世代製品にそのまま持ち越すことができますので、中堅企業の方でも現バージョンから利用していただくことは十分可能だと思いますよ。


―カスタマイズを行っても、次世代に持ち越せるというのは、何か特殊なテクノロジーを利用しているからなのですか?

國持氏
 Dynamics AXは階層構造になっておりまして、標準コードと付加されたコードが別々の階層に分かれています。この構造は、バージョンアップによって標準コード部分に変更が加えられても、カスタマイズ部分をそのまま生かせる構造になっています。この構造もDynamics AXの大きな特徴となります。


―この構造だと、例えばSaaS型アプリケーションとして提供するのにも適していますね。そういった、さらなる展開を想定し、この構造になっているのでしょうか?

國持氏
 SaaSというよりも、パートナーの皆様との連携ビジネスを想定しているからこその構造だといえます。説明会の際にお話ししましたが、Dynamics AXはパッケージソフトではありません。「SPA(Solution Provider Agreement)」と呼ばれるマイクロソフトと販売代理契約を結んだ販売パートナーに対してOEMでDynamics AXを提供し、SPAが手を加えずそのままAXを提供するか、何らかの付加価値をつけて提供されていくことになります。階層構造になっていると、販売パートナーにとっては自社の付加価値をつけやすくなるんですね。


他社製業種ソリューションをマイクロソフト自身が販売する可能性も

―基本部分以外は、すべてパートナーが付加していく形態となるのでしょうか?

國持氏
 米国での実情をお話ししますと、そこはケースバイケースですね。

 例えば、生産管理に関してはマイクロソフト自身が作ったソリューションがあり、海外で販売実績をもっています。「日本の商習慣に合うの?」といった不安も持たれる方もいるでしょうが、逆に海外での販売実績を評価してくださる声も、販売管理についてはあります。

 もっと国ごとに仕様変更が必要なもの、例えば給与のようなものについてはマイクロソフト自身が提供したものと、パートナー企業から提供されたものが両方あります。

 なぜサードパーティ製だけでなく、マイクロソフト製を用意するのかという点ですが、基本的な機能については、「マイクロソフト純正の製品が欲しい」という要望も多いんです。


新保氏
 パソコンにも車にも「メーカー純正」のアクセサリーと、「サードパーティ製」の両方がありますよね?Dynamicsに関しても同じような状況ということです。純正製品を望むユーザーもいれば、サードパーティ製を望むユーザーもいます。製品によっては、両方を用意する必要があるということです。


國持氏
 業種への対応についても、実は米国では、「MDIS(Microsoft Dynamics Industry Solutions)」という仕組みを立ち上げています。マイクロソフトが販売および製品サポートを支援するアドオンソリューションのことで、外部のパートナーが提供していて、評判のよかった業種ソリューションをマイクロソフト自身が提供するという仕組みなんです。日本で同じようにMDISを起ち上げるのかは未定ですが、定評ある業種ソリューションをマイクロソフト側で販売する仕組みは、検討していく必要があると思っています。


―業種にもよりますが、業種向けソリューションを開発しているベンダーは規模の小さいところも多い。マイクロソフトが販売を請け負ってくれるとなると、「ありがたい」というところが、出てくる可能性もありますね。

國持氏
 そういう期待からでしょうか、4月12日に東京で開催したパートナー向けセミナーには、100人を超える参加者が集まりました。パートナー企業からの期待が高いことは実感しています。


―当初は何社くらいの企業がSPAとなりそうですか?

國持氏
 当社からお声掛けをしているところでは、おおよそ10社くらいが参加する見通しです。


―Dynamicsシリーズによって、Officeやサーバー製品の重要性が増すということでしたが、その点を企業に理解してもらうためには、販売パートナーの役割が重要になると思いますが。

新保氏
 ご指摘の通りです。実情としては、その点を理解している販社はまだまだ少ないと思っています。むしろ、ユーザーの方が進んでいるかもしれません。


Excelを操作する社員を経営に生かす方法がようやくできた

Excelをフロントエンドツールとして使うことで、ERPを使っていると意識せず、使い慣れたツールでの操作が可能だ(資料提供:マイクロソフト株式会社)
―中堅企業と大企業がメインターゲットとなるということでしたが、ターゲットをこの層に絞り込んだのは何か理由があるのでしょうか?

新保氏
 調査を行ってみると、「ERPを導入したいけれど、導入に至っていない」という企業が多いという結果が出ました。そこで導入に至っていない理由を調べてみると、「導入前」、「導入時」、そして「導入後」のそれぞれのフェーズで不安の理由がわかってきました。

 導入前に不安を感じている企業は、コストが膨大にかかるのではないかという点と、既存システムとの連携部分に不安を感じているケースが多い。導入時、導入後に不安を感じる企業は、「ERPは、導入する際に会社のルールを変更しなければならない」という点を最大の不安部分としてあげています。

 実際にERPを導入した企業の事例を聞いても、「何も問題なしで、うまくいった」というケースはあんまりないようですね。そういった点に不安を感じる企業も多いのだと思います。

 そこで大きな力を発揮するのが、Dynamicsシリーズの特徴である「Officeとの連携機能」です。Dynamics CRMの時も、「自分がCRMを使っていると意識せず、ExcelなどOfficeアプリケーションを使っているうちに、実はバックエンドでDynamics CRMが動いているのが特徴」とお話ししました。Dynamics AXも同様で、Excelを使っているのだが、実はバックエンドでDynamics AXが動いている。つまり、「ERPを使っていると意識せず、Excelを使っていると、実はバックエンドでERPが動いていた」というアピールができるんです。


専用ツールを使う場合でも、Outlookライクなインターフェイスが採用されており、マイクロソフト製品に慣れたユーザーであれば、直感的な操作が可能だ(資料提供:マイクロソフト株式会社)
―現場の担当者は、新たにDynamics AXの使い方を覚えるのではなく、使い慣れたExcelの操作をすることで、Dynamics AXを操作できてしまうことに意味があると。説明会の時の「ユーザーに優しいERP」というのはこの点から来ているのでしょうか?

新保氏
 そうですね。マイクロソフトからアピールしたいのは、「使い慣れたものがあるのなら、そのまま使ってください」という点です。これまでマイクロソフト自身もBIツールを提供してきましたが、BIツールはOfficeに比べ価格も高いですし、操作も新たに覚えなければならない。使い慣れたExcelで業務分析ができるのであれば、そのままExcelを使ってもらえばいい。


國持氏
 海外での事例を見ますと、Dynamicsシリーズのユーザーには政府機関の利用も多い。すべてをDynamicsに置き換えるのではなく、既存システムとDynamicsを併用して、Microsoft InfoPathを利用してデータ連係を実現するといった使い方もできます。また、これは一般企業の例ですが、IT部門にとって各部門からあがる、「このデータについて、もっと詳細分析が行いたい」といった要望に応えるのは苦労が多かった。こうした要望に対して、Dynamics AXの中にある必要なデータをSharePoint Portal Serverにアップする部品を作っておくと、あとは各担当が自分でExcelを使ってデータ分析ができるようになります。IT部門の業務負荷が大きく削減したそうです。


新保氏
 今紹介したような使い方が出てくると、Dynamicsシリーズによって、SharePoint Portal Serverの重要性も増すことになります。現在、マイクロソフトでは「社員力を経営力に」というキャッチフレーズのキャンペーンを行っています。Excelを使えるというのは、立派な社員力だと思うんです。ただ、これまでは「Excel操作が得意な社員の力」を、経営力へ転換することは十分には出来ていなかった。ようやく、Dynamicsシリーズによって、Excelを操作する社員の力を、経営に生かしていくことができるようになったんです。


すぐに成果が出るとは考えていない

―今日のお話を聞いていると、Dynamics AXという製品が認知されるまでに時間がかかるのではないかと感じました。どれくらいの時間で普及をさせていく計画を立てているのでしょう。

國持氏
 今日、お話ししたような特徴をもったERPはこれまでにはなかったと思います。まず、先進的にこの製品を理解するユーザーもきっと出てくるでしょうが、幅広く普及させていくためには、販売パートナーの存在が不可欠になります。そういうパートナーが増えていくまでには、時間がかかると思っています。まず、2、3年かけて認知度を高め、本格的な成長はそれからでしょうか。


―成果を重視するマイクロソフトにしては、随分、長いスタンスで成果を考えているのですね。

新保氏
 コンシューマ製品ではありませんから、発売して、わーっと盛り上がって売り上げが伸びていくというビジネスモデルにはなりません。これからバージョンが上がっていくごとにさらに、ほかのマイクロソフト製品との連携機能が向上していきます。ERPのような製品は、継続してビジネスをやっていく姿勢を示すことも重要なことですから、バージョンアップによって機能向上を行っていくというのは、マイクロソフトが継続的にDynamicsシリーズに取り組んでいくという意思の現れでもあるんです。

 長期的なビジネスを考えているということは、マイクロソフトとしても本気で業務アプリケーションに取り組んでいくのだと考えてください。



URL
  マイクロソフト株式会社
  http://www.microsoft.com/japan/

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( 三浦 優子 )
2007/07/18 00:00

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