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ITベンダーで導入進む「テレワーク」、その実態に迫る【後編】

テレワークに適したルール作りが不可欠-日本IBM

日本IBMの本社ビル。テレワークを利用すれば、ここに出社しなくとも社外から作業を行える
 テレワークといえば、通信やハードウェアといったITに注目が集まる。が、実際にはITだけではテレワーク導入は成功しない。人事をはじめテレワークに適したルール作りが不可欠となる。コンピュータメーカーとして時代の先を行くソリューション提案を行ってきた日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)では、1997年からオフィス以外の場所での勤務を認める制度を導入。顧客にもコンサルティング込みでソリューション導入を行っている。

 人事制度についても、ワールドワイドで先進的な企業であり、テレワークを導入する際にも、ワークスタイルの変化を考慮した制度とすることで、テレワーク導入成功を後方から支援している。後編となる今回は、テレワーク実現に欠かせない人事労務の課題とはどんなものかを、日本IBMの人事・労務担当者に聞いた。


業務効率と働きやすい環境作りという2つの視点で進化した人事制度

IBMにおけるテレワーク施策の変遷

テレワーク施策の沿革と通信手段の対比

労務担当の小玉道雄氏
 日本IBMでは、「業務効率の向上」「社員の働きやすい環境作り」という2つの視点から、積極的に新しいワークスタイルの実現を進めてきた。

 社員にとって働きやすい環境作りという点では、1999年6月には、「育児・介護ホーム・オフィス制度」を実施。自宅での勤務が可能な職種に就く社員に対しては、育児あるいは介護と業務の両立を目的に、1日の勤務の一部分について、自宅で勤務することを認めている。

 2000年4月からは、それをさらに進化させた「e-ワーク制度」を導入。前年度導入された制度に比べ、勤務場所や勤務形態がよりフレキシブルになり、社員が育児あるいは家族の介護と業務との両立を図るために適用を希望した場合に、上司の承認があれば、ITを活用した完全在宅勤務「e-ワーク」を認めている。

 また2004年1月から、労働時間を選択できる短時間勤務制度を導入。育児や介護中の社員が、1日の労働時間、もしくは1週間の勤務日数を短くすることで、働く時間の制約を取り払うことを狙っている。

 業務効率の向上としては、1997年からオフィス以外の場所での勤務を認める「モバイルオフィス」を制度として取り入れた。営業やSEなど顧客と接する業務を行う社員に対し、できる限り客先に向かいやすい環境を整え、顧客満足度向上につなげることを想定してのことだ。

 2001年から、テレワークを「e-ワークスタイル」と呼称し、モバイルオフィスを進化させたワーキングスタイルを取り入れている。

 「モバイルオフィスは、働き方を変えていくことを考慮したものではありましたが、オフィスの実態は変わっていませんでした。しかし、2001年から『オンデマンド・ワークスタイル』の実践として、オフィスの中に固定席を設けない制度へと進化させたのです」(労務担当の小玉道雄氏)。

 固定席を廃止したのは、営業などの職種に携わるスタッフのオフィスは、昼間は在籍している社員の数が圧倒的に少ないことが起因している。その様子は、同様の制度導入を検討する外部企業にも公開している。前回紹介したNEC同様、テレワークとはどういう制度なのか具体的な例を見て把握したいという企業からのニーズにこたえるため、自社を実例としている。


セキュリティ対策にもルール作りが不可欠

コミュニケーションツールなどを利用することで、社員のテレワーク利用を支援している

テレワーク利用者数の推移。社員全体の割合と比較すると、女性の比率が高いという
 それだけ実践を重ねた日本IBMの労務担当者として小玉氏は、「導入の際には、人事評価制度を、プロセス評価ではなく、成果評価にすることが成功のポイントでは?」とアドバイスする。

 「テレワークは、当社が実現しているような、『インフラやソリューションのすべてがそろわないと導入できないのではないか』と思われがちです。しかし、実際に導入した企業として意見をいわせてもらえば、すべての仕組みが必要ということはありません。ただ、組織自体が変わっておくべきポイントがあることも事実です。そのひとつが成果評価の導入です。テレワークが導入されるとなると、社員には『自分が正当に評価されなくなるのではないか?』という不安がつきまといます。確かに、プロセス評価ではその懸念を生むことになる。それを払しょくするために、成果評価に切り替えを行うのです」。

 日本IBMでは、年初に所属長と協議の上、その年に達成すべき目標を設定する。そしてその目標が達成されたか、否かで評価が決まる成果評価制度をとっている。この方法であれば、日常業務が所属長の目にとまりにくいテレワークを導入しても、評価のブレは起こりにくい。

 「テレワーク導入となると、ハードウェアやソフトウェア、ネットワークといった部分ばかりに目がいきがちですが、実はテレワーク制度に見合った人事など社内制度の変革が不可欠になるのです。ところが、その点はあまり理解されていないことが多い。導入を検討する企業は、IT以外の部分もきちんと見直しをするべきでしょう」。

 小玉氏は人事院で行っている「国家公務員のテレワークに資する勤務時間の在り方に関する研究会」にも参加している。その中で行われる議論の中で、セキュリティに対する不安が取り上げられていることがある。その際の意見に、小玉氏は次のような感想を持った。

 「この研究会の中で、情報流出を防ぐために、クライアントをシンクライアントにしなければならないのではないか?という意見があがりました。しかし、日本IBM自身の経験でいいますと、当社はシンクライアントではなく、パソコンを利用していますが、トラブルは起こっていません。正確にいえば、社員が利用しているパソコンをなくしたケースはゼロではありません。ただし、セキュリティ対策をきちんととっているため、そこから情報流出しているケースはありません」(小玉氏)。

 小玉氏は、セキュリティ対策とは新しいハードやソリューションを入れなければ実現できないのではなく、きちんとセキュリティポリシーを定め、それにのっとった運用が行われていれば、実現できるものだと強調する。

 「実は日本IBMでは、個人のパソコンを持ち込んで、社内ネットワークに接続することを認めています。実際に起こった情報漏えい事件の中には、個人のパソコンを持ち込んだことが原因とされているものもあります。それをふまえると、『個人パソコンの持ち込みを認めている』というと奇異な印象を受ける方もいるかもしれません。しかし、セキュリティポリシーに則った対策ツールを導入したパソコンであれば、個人のものであっても、社内ネットワークに接続してもトラブルは起きないのです」(小玉氏)。


 ITベンダーの中には、日本IBM同様、個人のパソコンを社内ネットワークに接続することを認めている企業がある。なぜ、それが可能なのか状況を聞いてみると、小玉氏と同様に、「社内セキュリティポリシーに基づき、必要とされているソフトなどをインストールしてセキュリティ対策をとり、なおかつ禁止されているソフトは絶対にインストールしない。そうやってルールをもった運用を行っていれば、問題は起きない」との答えが返ってきた。

 要は運用していくためのルールがあり、その通りに運用していく体制があるか…これはテレワーク導入の際、絶対に欠かせないポイントとなる。

 とはいえ、日本IBMのワークスタイルの変遷を見ると、同社が標ぼうしてきたソリューションに呼応していることがわかる。

 e-ワークスタイルは、eビジネス推進にあわせて導入されたものだし、オンデマンド・ワークスタイルはオンデマンド・ビジネスを連想させる。

 日本IBMの場合、ソリューションコンセプトと人事制度を連動させているからこそ、導入効果が現れているということだろう。



URL
  日本アイ・ビー・エム株式会社
  http://www.ibm.com/jp/

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  ・ ITベンダーで導入進む「テレワーク」、その実態に迫る【前編】(2007/08/23)


( 三浦 優子 )
2007/08/30 00:00

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