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NICT稲田氏に聞く、“NGNの向こうに見える”新世代ネットワークの姿とは?



 先ごろから話題になっているNTTのNGN(Next Generation Network:次世代ネットワーク)は2007年度内にサービス開始予定だが、その先2020年ごろには、これでも間に合わない事態が予測されている。情報流通量がペタビット(1000テラビット)に達し、オール光信号処理や、超高速サーバーが浮上する。また、センサー端末を含めたワイヤレス/モバイル、あるいはネットワーク資源の仮想化などなど、次々と新たなソリューションが求められるだろう。それを実現するのが新世代ネットワーク、NwGN(New Generation Network)である。日本では、NICT(独立行政法人情報通信研究機構:National Institute of Information and Communications Technology)内に新世代ネットワーク研究開発戦略本部を立ち上げ、一方では総務省とも歩調を併せて新世代ネットワーク推進フォーラムを設立、本格的な取り組みが始まろうとしている段階だ。今回は、NICT理事の稲田修一氏に“新世代ネットワーク像”と今後の針路などを聞いた。


なぜNwGNなのか

図1:新世代ネットワークの位置付け

NICT理事の稲田修一氏
―NGNは2007年度内にサービス開始となっていますが、なぜこのような時期にNwGNという考え方が出てきたのでしょうか。

稲田氏
 まずはっきりさせておかなければならないのは、NwGNとは、2015年以降をにらんだ斬新なネットワークの考え方で、現NGNと比較すべきものではない点です(図1)。現NGNの本格的サービス展開は2010年くらいになりそうですが、今後多角的にネットワークを活用する段になると、ペタビットクラスの大容量化が不可欠で、かつネットワークに求められる機能も急速に進化するでしょう。これに追いつくためには、さらに本腰を入れた新しいネットワークが必要です。そこで登場するのが新世代ネットワークであるNwGNです。もちろん、現在のNGNからの円滑な移行戦略も必要で、このために改訂版NGN、そしてNwGNという段階的な移行が考えられると思います。


―NwGN登場の背景には、現状のネットワークが抱える問題もあろうかと思いますが。

稲田氏
 インターネットのアーキテクチャは、増設され続けてきた旅館のようなイメージです。これまで実にさまざまな機能が積み重ねられてきました。その結果、機能の重複や機能同士の互換性の問題が発生しており、これ以上新しい機能を積み上げると、さらにネットワークが複雑に、そして管理しにくくなってしまいます。情報流通量はどうでしょうか。総務省の推計では、2007年5月現在で全国のブロードバンド契約者数のトラフィック総量は721.7ギガビット、これは2年前と比較して約1.7倍になっています。このままいきますと、2008年ごろには1テラビット、さらに2020年代にはペタビット(1000テラビット)に達するのではないでしょうか。

 またセキュリティ問題も深刻です。日本におけるスパムメールの被害額は、2005年で約50億ドルと推計されます(米Ferris Research調べ)。また日本ネットワークセキュリティ協会によると、個人情報漏えい被害者数は2006年で約2200万人、想定される損害賠償額の総計は4570億円に達します。

 さらには、情報通信機器の消費電力も急速な増大が予測され、現在の技術を前提にすると、たとえばペタビットクラスの大型ルータ消費電力量はおおむね1万キロワットくらいに達し、これが100台もあるとなんと原子力発電1基分にもなります。加えて、いまのIPベースのネットワークは、ほとんどがPC接続ベースにおける利用形態を想定しています。電子タグやセンシングデバイスなどの、ものすごい数の端末がネット接続されるユビキタス環境を想定しますと、ルーティングが困難になるなど、今のネットワークのままでこれに対応するのはかなり厳しいのではないでしょうか。


―そうなりますと、社会に与える影響をしっかりとふまえたネットワークが求められてきますね。

稲田氏
 そうです。こうしたネットワークの限界があると、インフラとしてあと何年もつのか、私たちはこのまま今のネットワークに命や生活を預けてもいいのか、など不安を隠せないですよね。もちろん現NGNもこれまでの固定電話網の品質や信頼性をふまえてブロードバンド化に最適なオールIP、セキュリティ対策、広範なサービス提供、といったことを前提に提案されています。しかし、そうした不安など社会性を考えますと、さらに先を読んだネットワーク技術に登場してもらわなければならず、NwGNに大きな期待がかかってくることになります。


NwGNの具体像

表1:次世代ネットワークと新世代ネットワークの違い
―NwGNとはどのようなものなのでしょうか。

稲田氏
 巨大な情報サーバー連携からセンサーネットのような極小通信デバイスまで1000億以上の端末がワイヤレスやモバイル環境も含めて接続され、アクセス速度もユーザーごとに10ギガビット以上となり、コアネットワークでは、ペタビットクラス以上という大容量が必要になると考えています。また、必ずしもIPにこだわらず、多波長光交換などオール光信号処理を導入し、パケット交換および回線交換の技術を統合することも考えられます。

 さらにオール光信号処理の導入で100分の1以上の省電力化が実現できれば、環境にもやさしくなります。セキュリティも、エンドトゥエンドのネットワーク間をサポートし、アドレス追跡でスパムやDoS攻撃を制御することが考えられます。ネットワークの頑強性も、事業者による管理ではなくネットワーク自体に持たせ、かつ自己修復性も備えることが考えられます。そしてこれも重要ですが、ネットワーク資源の仮想化やほかのさまざまなネットワークとの連携・一体化が行われなければなりません。こうしたことを、安心かつ信頼できるネットワーク環境で実現することになります(表1)。


―具体的には、どのように推進されていくのですか。

稲田氏
 NICTでは10月1日、「新世代ネットワーク研究開発戦略本部」を設置しました。ここでは、研究開発戦略を考えるとともに、NICTの中で産・官・学連携で研究開発を推進する、また、ダイナミックネットワークなどの研究を産学に委託する、といった活動を行っていきます。さらに研究開発テストベッドネットワーク「JGN2」の後継として、「JGN2plus」(仮称)テストベッドを構築し、実証実験を推進するなどの活動を展開する予定です。また11月6日には、総務省と共同で「新世代ネットワーク推進フォーラム」を設立しました。今後、NwGNに向けての、いわばオールジャパンとしての取り組みは、このフォーラムがリーダーシップをとり推進することになります。


―NwGNはどのように設計されるのでしょう?

稲田氏
 NICTでは、NwGNのアーキテクチャおよびこれに基づくネットワーク設計図作成を目的に、「AKARIアーキテクチャ設計プロジェクト」を立ち上げています。4月に新ネットワークアーキテクチャの原理と手法をはじめ基本構成、その検証のためのテストベッドに対する要求条件などからなる「新世代ネットワークアーキテクチャAKARI概念設計書」をとりまとめて公表しました。今後、詳細設計を経て評価・検証、2011年度にはNwGNの設計図を完成する予定です。その後テストベッドネットワークを構築、実証実験を経て2016年度以降に本格的に社会展開をはかる、という段取りになります。


NwGNの普及に向けて

図2:COREオーバーレイテストベッド over JGN2の概要
―いまネットワークやサーバーなどでも注目されています仮想化へは、どのように取り組むのですか。

稲田氏
 10月1日にNICTの中に設立したオーバーレイネットワーク仮想化研究プロジェクトを中心に取り組む予定です。ここでは、さまざまなネットワークの仮想化や一体化を実現する技術、新ネットワークアーキテクチャの実験・評価、高信頼性・効率性を両立させるネットワークサービス基盤技術の実証などを行います。いつでも簡単に使える可用性や非常時でも止まらない持続生存性、ユーザーが最大限利用できる効率性など、すべてインフラとして安心して使える99.999%をめざして取り組みます。また、オーバーレイネットワークのテストベッドとして、ノードにサーバーを置き、さまざまな実証実験ができる環境も構築しています(図2)。


―海外におけるNwGNの取り組み状況はどうなっているのでしょうか。

稲田氏
 たとえば米国では、FIND(Future Internet Network Design)と呼ぶNSF(National Science Foundation:全米科学財団)の研究ファンドプログラムがあります。予算規模は4000万ドルで、まず小規模な多数のプロジェクトを構成し、2006年度は26のプロジェクトに合計1200万ドルをあてるようです。ここでは既存技術を前提とせず、包括的なネットワークアーキテクチャ設計研究にフォーカスしています。この多数プロジェクトは徐々にふるいにかけられていき、最終的に残ったアーキテクチャがテストベッドネットワークであるGENI(Global Environment for Network Innovations)で実証されることになります。

 またヨーロッパでは、大学や企業の技術力、そして競争力確保を目的とした研究開発に向けた助成プログラム「フレームワーク・プログラム」があります。2007年~2013年の第7次フレームワーク・プログラム(FP7)の場合、予算は総額532億ユーロで、うちICT関連には91億ユーロがあてられることになっています。主な関連プロジェクトには、未来のネットワークはじめサービスとアーキテクチャ、セキュアで信頼できるインフラ、ネットワーク化したメディアなどがあります。FP7のテストベッドネットワークは、GEANT2と呼ばれるヨーロッパ全域をカバーするギガビットネットワークです。EU加盟34カ国の学術ネットワーク(NREN)を相互接続し、3000を超える学術研究機関が研究活動に関する最新かつ重要な情報等を共有可能です。2008年には、さらに大容量・高速化をはかるべくGEANT3に移行する準備をしています。


―標準化についてはどのように取り組んでいかれるのでしょうか。

稲田氏
 それは最も戦略的に考えておかなければならないことの一つです。技術開発は当然のことですが、その技術を実際に実現する上で標準化が不可欠要素となります。何を、どこで標準化するのかが重要なポイントです。物理媒体、ネットワーク、ミドルウェアなどさまざまな要素の標準化が必要です。ワイヤレスや放送も関係してくるでしょう。標準化機関の動向や能力を考えつつ、取り組んでいくことになると思います。


―これからNwGNにおけます社会的な展開をどう展望されますか。

稲田氏
 NwGNの場合、特にユビキタス的な志向が強くなりますので、これまでよりもさらに広い、キャリアや通信ベンダー以外の企業の参加が求められると思います。たとえば映像系コンテンツを数多く所有し、ネットワークを通じて市場の創成をめざしていくような放送系や映画系の関連企業が参加することが必要だと思います。今後、米国のGENIや、欧州フレームワーク・プログラムなどの関係者との交流を積極的に展開するとともに、NwGNのコアとなる部分の研究開発を世界に先駆けて日本として推進することが必要です。日本の強みである光通信技術やワイヤレス通信技術などをベースに国際競争力を強化することも必要になりますね。



URL
  独立行政法人情報通信研究機構
  http://www.nict.go.jp/


( 真実井 宣崇 )
2007/12/21 09:02

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